47話 闇の奥で待つ影
【18:18】
「……ギリギリだな」
戸山公園の入り口に立つ御堂は、夜空をひと目見上げた。
クリスマスイブの今頃なら、帰宅途中の人影やカップルの姿があってもいい。
だが街へ人が吸い寄せられたせいか、ここだけぽっかりと空いたように静かだった。
その静寂を――
「キャァァァァ!!」
甲高い悲鳴が切り裂いた。
同時に、御堂の皮膚に“魔力”が走る。
ビリビリと肌を刺す振動。
底なし沼に足ごと引きずりこまれるような重み。
そして、嫌悪感を伴う、ねっとりとした魔素が腕を撫でた。
(……発症しかけてるな)
次の瞬間。
バリンッ――!
公園の街灯が、一本残らず砕け散る。
破片が吸い込まれるように闇へ消え、光が“一斉に消された”ような暗黒が訪れた。
月明かりさえ落ちてこない。
上下すら判別できぬ世界で、魔力の流れだけが“方向”を作っていた。
御堂は小さく舌打ちを落とす。
「……遅かったか」
柚月との約束が脳裏をかすめたが、迷いは一切ない。
御堂は魔力の源をたどり、真っ黒な闇へ足を踏み入れた。
ザッ……ザッ……
歩くたび地面がゆがむようで、距離感すら狂っていく。
闇を進み、ようやく――確かな“気配”が現れた。
――グルルルル……。
獣とも人ともつかない、濁った唸り声。
怒り、苦痛、狂気が混ざり合ったその音に、御堂の瞳が細くなる。
「……来いよ」
低い声は、挑発ではない。
“これを終わらせる”と告げるだけの、冷たい確信。
眼鏡をくいと押し上げる。
抑えていた魔力が静かに解放され、闇の中で淡い光を帯びたように御堂の輪郭が揺らめく。
◇
闇から飛び出した影は、もはや人の形を保っていない。
膨れあがった腕、赤黒い魔素。
ディスルド特有の“血のように赤い瞳”だけが、はっきりと光っていた。
「グァァァァァァッ……!」
咆哮とともに振りかざされる巨腕。
御堂は、風を切る音とともにその場から姿を消す。
次の瞬間――
「――
黒い鎖が地面から跳ね上がるように伸び、男の両脚を絡めとった。
「ガッ……!?」
「
御堂の影が形作る黒い刃が、男の喉元へ静かに添えられた。
まるで死神の鎌。
それを手にした御堂は、淡々と告げる。
「終わりだ」
刃先が脈動し、ディスルド化の魔素だけを切り裂く。
噴き上がっていた魔力が霧散し、男の巨体が崩れ落ちた。
白い泡を吹きながら意識を取り戻しかけた男の胸倉を、御堂は無慈悲に掴み上げる。
「……かはっ!」
壁へ叩きつけられた男が呻く。
「お前、誰にクスリをもらった?」
「……っ……お、れは……」
ようやく口が動きかけた、その瞬間。
パンッ。
乾いた破裂音。
男の体が光粒となり――跡形もなく消えた。
「……チッ」
御堂の手が空を切る。
その刹那、闇の奥で、乾いた拍手が響いた。
「いやぁ……さすがやねぇ。ほんま、惚れ惚れするわ」
ディスルドが消えたのに闇が晴れない。
つまり――“もう一人”がまだいる。
御堂はすでに気づいていた。
視線だけで、その気配を射抜く。
「そろそろ、“答え”は見えてきたんちゃう? なぁ?」
粘りつく声が闇を這う。
「……何が言いたい」
御堂が冷たく返すと、男の影は薄い笑みを深めた。
「お前は何がしたいんだ。わざわざ俺の前に姿を現してまで」
問いかけに、男はくつくつと喉を鳴らす。
「はは。そんなん簡単な話や。
ただ――おもろようしたいだけやねん」
闇がゆっくり薄れ、月明かりが漏れ出す。
同時に、男の気配が霧のように散り始める。
「君を見てると飽きへんわ。
正義みたいで、悪にも見えて……その曖昧さが、たまらんねぇ。
ほんま、ええ“駒”や」
さぁ――と冬の風が闇をさらい、気配が消える。
「ほな、頑張っとき。御堂駿くん。
君が動けば動くほど――物語は、いっそう刺激的になるさかい」
残されたのは、静寂と、冷えた風だけだった。
冷たい風が背中を押す。
何度でも、君に恋をする。この愛、歪んでますか? 豆 @haricots
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