夢白書

ポチョムキン卿

夢白書 2010/11/02

 私は夢の中で眠り、その夢の中でまた眠っている自分がさらに夢を見る——そんな夢を見たことがあります。その夢がどんな内容だったかは、もう覚えていません。

 夢は長いようでいて、ほんの一瞬で終わることもあり、長い夢を見ていたように感じることがあります。もしかしたら、実際には寝ているほどでもなく、誰かと話している途中でふっと意識が睡魔に落ちて、夢を見ていたことを繰り返していたのかもしれません。脳は起きているけれど体は寝ている――この状態がレム睡眠で、このとき夢を見やすいそうです。


 また、夢の中の時間の流れと現実の時間の流れは違うのかもしれません。例えば事故の衝突寸前、ほんの一瞬が緩やかに感じられ、自分の動きがスローモーションのようになるという話を聞くことがあります。


 私が夢の中で音を発したと感じ、それが言葉だと認識したのは50歳を過ぎてからのことです。それまではストーリーがあっても(支離滅裂風にはなりますが)、無声動画のように進行していました。あるとき、初めて音声のある夢に気がついたのです。夢の中では喋っているつもりでも、実際は頭の中で言葉のような「念」を発している夢がほとんどです。


 夢に色がついたのは高校生の頃が初めてです。それまでは白黒の夢しか見たことがありませんでした。一時期、熱帯魚が好きで、淡水性熱帯魚(いわゆる熱帯魚)や後に海水性熱帯魚(いわゆる海水魚)を飼育していたこともあります。海水魚で、小さな鮒のような体型をした真っ青なコバルトスズメという魚がいます。


 立川(東京)に、かつて第一デパートという建物がありました。立川駅北口を出て左へ回るとあった場所です。今も同じ名前のデパートがあるかどうかは知りませんが、私は八王子から電車で何度も熱帯魚を買いに通ったものでした。デパートの熱帯魚売り場は屋上近くにあることが多く、ここの売り場には海水魚は置いてありませんでした。


 ある日、夢の中でその第一デパートに熱帯魚を買いに行く夢を見ました。入り口に差しかかり、何気なく左のショウウィンドウを見たとき、水槽の中に一匹の真っ青なエンゼルフィッシュが泳いでいました。鰭を除いても10センチ以上の大きさになるはずの魚が、コバルトスズメと同じ大きさだったのです。


 夢の中では「品種改良でついにブルーのエンゼルフィッシュが生まれたんだ」と思っただけでしたが、目が覚めてから初めて、夢に色がついていたことに気がつきました。それまでは白黒の夢ばかりだったのです。その日を境に、私はカラーの夢を見るようになりました。ちなみに、現実には真っ青なエンゼルフィッシュはまだ作出されていません。ブルーエンゼルという品種はありますが、それも「ライトブルーに見えるといえば見える」という程度です。


 30代を過ぎてから、なぜか夢のリアリティが増してきました。特に印象的なのは、現実と錯覚するほど生々しい夢で、その多くが、少しばかり官能的な内容を含んでいます。いわゆる「エッチな夢」というより、肉感的な描写が際立ち、まるで実体験のようなのです。通常であれば夢の中の出来事を一歩引いて眺める自分がいますが、この種の夢では、そうした俯瞰する意識が不思議と消え失せています。たとえて言えば、『釣りバカ日誌』風の「合体」シーンが現実さながらに進行し、ただし多くの場合、その直前に夢が朧となって終わってしまいます。夢の中でさえ「肝心なところで目が覚める」――そんなもどかしさも、夢ならではの妙味なのかもしれません(笑)。


 夢の中の言葉というのは、ほとんどの場合、夢を俯瞰して見ているもう一人の自分が「ああ、そっちへ行っちゃダメだ」と思っているのを、喋っていると錯覚しているだけなのかもしれません。


 目の見えない人は匂いの夢を見るそうです。映像+匂いなのか、あるいは家の匂い、人の匂い、花、犬、雨の匂いなどが、視覚の代替として抽象化されているのでしょうか。とても興味深く、もっと知りたいと思います。誰か詳しい人がいないでしょうか。


 人には頭の中に小人のようなホムンクルスがいます。これは錬金術の人工生命体のことではなく、体性感覚における脳機能局在のホムンクルスです。脳皮質の該当区分として、体のどの部位がどの程度脳で占めているかを示す図として使われます。


 生まれつき目の見えない男の子が、男性裸像の粘土細工を作ると、男性器の比率がかなり大きくなることがあります。この像は、脳内ホムンクルスに似ていなくもありません。目が見えない人の場合、脳の中のホムンクルスはより強調されるのではないかと思います。鼻や口や人差し指など、情報が入ってくる器官は、脳の中でとても広く占められているのです。反対に背中などは、実際の面積は広いけれど刺激を受けにくいため、脳の中での占有面積は狭いと言われています。目の見えない女性が女性裸像を作ったらどうなるのか――非常に興味があります。


 この小人のようなホムンクルスが、夢にも深く関わっているのではないか。そんな気がしています。


 私が一番興味を持っているのは、夢です。頭の中のことです。ただし、予知夢や正夢については、私は懐疑的です。人類が70億2010年頃もいれば、その中には偶然夢と同じ出来事が起きる人もいるでしょう。それは宝くじに当たるように偶然の話です。


 けれど、自分の夢を考察することは、自分の脳の秘密をほんの少しだけ垣間見るような気がして、それが楽しいのです。他人との夢を比較したり、自分の夢についてもっと知ったりしたいと、そう思います。


 目には入ったけれど、自分では見た覚えがなくても、脳はその現象を覚えていることがあります。例えば幼少時に親の交わりを目にしても、意味がわからず成長するにつれてその記憶が表面には出てこなくなる。3歳くらいで親が代わっても、当時は理解していたとしても、大人になる頃にはその記憶が曖昧になり、育ての親を実の親と思うようになるのです。


 それでも、経験したことは脳の奥深くに記憶として残っている。だからこそ、退行催眠によって自分が覚えていない記憶が引き出されることも可能なのだと思います。でなければ、催眠療法なんてマンガチックな話になってしまいます。


 夢とは、過去の記憶の深層に沈殿した経験や感情の断片が、脳内で無意識に選び取られ、組み合わされて映像として再構築されたものだと考えられます。例えば、白黒だった夢に突如色がついたり、無音だった夢に音声が加わったりするのも、記憶の中にあった視覚や聴覚の情報が再編集された結果かもしれません。レム睡眠時にうつらうつらしているとき、夢だと気づくとその夢を覚えていることがあります。レム睡眠中に夢を見ていることに自覚がなくても、行動を観察すると夢を見ている時と同じ反応が起きていると言われています。


 性は人の一生を左右する大きな要素です。自分では性に左右されていないと思っていても、それは自分で自分を騙しているだけかもしれません。それだけ強い性衝動(行動に出すという意味ではなく)が、夢にも何らかの影響を与えるのは当然のことだと思います。


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