第30話 カイルの選択
シャムロックの艦長士官室ほどではないが、ピンコットの自室も綺麗に整えられていた。
内装にこだわりがあるらしく、船の模型や燭台などの美術品が飾られている。一晩中でも眺めていられそうなくらいだが、疲れもあったカイルはすぐ眠りについた。
寝床として借りた大きなソファは、これまた寝心地がものすごくよかった。船特有の揺れも波音もない静かな夜は久々に、深い夢の中へと引き込まれ――。
そうして一夜を明かしたカイルだったが起床してからは一転、穏やかだった心が不安に押しつぶされそうだった。焦燥感にも似たものを抱えながら、今日もまた質問を受けては、不都合のないように答えを紡いでいく。
カイルの真正面には、回答を聞き取るたびにスラスラとペンを走らせるシャムロック。視界の端には雑貨類の手入れをしているピンコット。それなりの地位を持つと思しき海軍が二人も同室にいるとあっては、ますます落ち着くのも難しかった。
とりあえず、シャムロックの書く文字はさぞ丁寧に記されているんだろうな、と感心しておく。他に、気を紛らす方法が思いつかなかった。
「ふむ、これくらいでいいだろう。協力に感謝するよ、ホワイトリー」
「はい。……あの、シャムロックさん」
拳をぎゅっと握りしめて声を発すると、シャムロックは書類をまとめつつ、顔を上げる。
「ん? どうかしたか?」
「僕は……アルフに捨てられたのかな、なんて」
「なぜ、そう思うんだ?」
「逃げたんでしょ、アルフとザンは。手負いなんて、彼しかいなかった、と思うし」
「それに関しては君の言う通りだが、なぜ突然『捨てられた』などという考えに至る?」
「それは…………」
すぐには答えられなかった。どうにか答えを探そうとするも、不安を抱える心境が思考の邪魔をしてくる。カイルは無意識に左の手首をさすって、顔を俯かせた。
その様子を見たシャムロックは、どうしたものかと頭を抱える。彼もまた複雑そうに眉をしかめるも、日頃の不満と天秤にでもかけたような諦めの表情で、やれやれと溜息を吐いた。
「奴の手助けをするようであまり気は進まんが……私は違う、と思うぞ」
「違う……?」
「ホワイトリー、君は何者だ?」
「僕は……僕はアルフの仲間で……」
「君自身が『海賊』だと言ったことは? 言われたことはあるか?」
「そんなの……っ、ない……ないや……」
渦巻いていた不安が晴れ、悩みの根が顔を出す。
確かに、身に覚えがない。アルフレッドらと行動をともにしていたが、海賊だと自ら名乗ったこともなければ、そう言われたこともない。
どころか、五年も一緒にいたのに知らないことばかりだった。彼と関わりのある「仲間」以外の大海賊については、その存在についてさえもほとんど知らなかったのだ。
――なら、僕は一体なんだったの? 仲間じゃ、なかったの……?
寂しさと悔しさが込み上げてきて、カイルは緩みかけていた拳に力を込める。
今にも泣きだしそうな彼を真っ直ぐ見据え、シャムロックは姿勢を正した。
「海賊と関わった者は、見つけ次第に捕まえ、処刑する。それが今のルールだ。だが、中には罪のない者もいるだろう。私は、関わった者すべてに罪があるとは考えていない」
「どういうことですか? いきなりそんな……」
「カイル・ホワイトリー、君はまだ選べる。差別的になってしまうのは申し訳ないが、それを使うことで君を引き戻すことができる。今なら、普通の生活に戻れるんだ」
シャムロックの力強い物言いを聞くうちに、カイルは冷静さを取り戻す。彼の言いたいことがすっと読み取れるまでに落ち着いてきた。
「つまり、僕が人と違うから連れまわされていたことにできる、ってことですか?」
「意味としては、そうなるな」
「仮にそうして、僕はどうなるんですか? 実家になんか絶対に戻りたくない」
「そのときは私やピンコットが面倒を見る。安心しろ、そこらに放置などしない。無論、売り払うことも絶対ない。愛玩しようなど、一部の腐った貴族が起こした恥ずべき事柄であり、歴史の汚点だ。それに君ならば、海軍でも十分にやっていけるだろう」
シャムロックがカイルの過去を根掘り葉掘り聞いてきたこと、カイルの剣術を試したこと。それらの意味がようやく分かった。
「私からは決断を聞かない。もし残る気があるならば、このまま残るがいい。君の身が白いうちは手を出さないと誓おう。君の道は、他でもない君自身が決めるべきものだ」
――おまえはどうしたい?
いつしかアルフレッドに訊かれた台詞が、カイルの体内を再び巡る。
違う、捨てられたんじゃない。これは、もう一度与えられたチャンスだ。しっかり自分の足で立てるように、と与えられたものなんだろう。
「自分の道は自分が決める……うん。僕の道は僕が決めます!」
「ああ、それがいい。だが、急ぐ必要はないぞ。これはしっかりと考え、決断すべきことだ。その機会を与えた者なら、君の決意を待っているだろうさ」
「はい、ありがとうございます」
「ここにも好きなだけいるといい。ただし、ここにいる限りは私に合わせてくれたまえよ?」
「もちろんです、シャムロックさん」
「いいだろう。では、いい機会だ。昼食のついでに街を案内しよう」
「ご馳走してくれるんですか?」
「仕方がないからな。ピンコットも行くか?」
「喜んで〜」
シャムロックはカイルの環境適応能力も買っていた。まるで弟でもできたような心地を覚えながら、アルフレッド・グレイディも思っているのではないかと何気なく考える。
――カイルは、俺たちとは違う。頼むよ、シャムロック。
船に乗り込む前、立ちくらみを起こしただけのように見せていたアルフレッドだが、実はシャムロックの耳元でそう囁いていた。庇うようでありながらも力強い口調で。
「……これで、多少は清算されよう。二度とはごめんだ」
あのとき、不覚にもシャムロックは一瞬動揺した。起き上がったあとの顔色を見るまで、アルフレッドの不調を疑ったくらいだ。それほど、アルフレッドの声には威勢があった。
「シャムロックさん、行かないんですかー?」
「いや、行こう」
シャムロックもピンコットも、カイルがどの道を選ぶかの見当はついていた。だから、少しでも経験を与えようという気持ちで街へ繰り出す。
今まで、海軍の手が届かないところで例の組織を潰しては、土産を残していた一つの海賊団へ、感謝になりきらない礼を込めて。
代わりに、ひとたび接触を認めた瞬間からは――と目論んでいたが、それを打ち破られるのはまた別の話である。
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海賊たちの青庭 久河央理 @kugarenma
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