シャイニング・レトリバー

江呂川蘭子

シャイニング・レトリバー

 Shining Retriever

 シャイニング・レトリバー



 雅子はOL時代から二十年来の友人であるリエに誘われ最近雑誌でも話題になったサンドイッチの専門店でアールグレイを飲んでいた。

「雅夫さんは元気にしてるの」リエが雅子の夫の話題をはじめた。リエは、雅子と雅夫という名前の二人を結婚当時から雅夫雅子という芸名で漫才をやればいいと冷やかすのが、いつものパターンであった。雅子は二十九の歳に同僚で同じ歳の雅夫と結婚して退社したのが十五年ほどまえのことだった。それからしばらくしてリエは年上の実業家に嫁ぎ悠々自適な生活を送って今に至るのだ。

「雅夫さんは最近忙しいみたいで今日も休日出勤なの」と雅子が言った。だがリエはその話に興味が無さそうに、

「そう」と言ってから

「あなたもここのサンドイッチ食べなさいよ。おごってあげるからさ。そうだ雅夫さんのぶんもお土産に持って帰るといいわ」リエは店員を呼ぶと雅子のサンドイッチとお土産ように二つ包むように言った。

 テーブルで雅子のまえに来たサンドイッチはトマトとローストビーフのサンドイッチだった。この店の自家製ローストビーフとイタリアから取り寄せているという甘いジューシーなトマトが売りの人気商品だとリエが教えてくれた。

 ひとくち食べてみるとレタスがシャキシャキとして甘めのマヨネーズソースが口の中にひろがる。

「どう?美味しいでしょ」いつものようにリエが自慢げに言う。

「ええ…おいしい」雅子はあまりよくわからなかったのだが、もうひとかじりしてから、

「ほんと!スゴく美味しいわ」といつものように嘘くさく見えるほど大袈裟に目をむいて言うのだ。

「よかったわ絶対に雅子ちゃんが喜ぶと思ったの」そのあとはリエのいまの生活や夫の経営する会社の仕事の収入や従業員の話を自慢げに聞かされた。

 雅子は帰りの電車で土産にもらった紙袋に印刷されたサンドイッチ店の『びばびばイタリアーノ』という名前を見て、

「オシャレなのかなんだかわからないわ」と小さくつぶやいた。結局いつものように散々自慢話を聞かされてお土産まで持たされている自分がなんだか惨めに思えた。

 日曜日の午後二時だと電車はこんなにも空いているものかと結婚前の朝の満員電車を思いだしぼんやりと車窓を眺めていた。そんなときスマートフォンにメッセージの通知で雅子のカバンが振るえた。スマートフォンを取り出し、誰からだろうと見ると先程わかれたばかりのリエからだった。

 メッセージには、

「いまね、さっきのお店で久しぶりに雅夫さんと会ったのよ。それが女を連れていたのよ。あれは絶対浮気に違いないから帰ったら問いたださなきゃダメ。素敵なリエさんから聞いたって言うのよ」と書いてあった。そのあと『びばびばイタリアーノ』から遠ざかっていく雅夫の車の写真が一枚送られてきた。

 四十歳なかばにはなったが雅子はまだまだ自分の美貌には自信があった。雅夫には秘密にしているが結婚まえは雅夫を含めて五人の男性と交際していたこともあった。半年ほどまえまでそのうちの一人と年に何度かは人目につかぬように会い続けていたのだ。そんな自分だから、それほど怒る気にもなれなかった。

 雅子は、どうせ若いだけの馬鹿でつまらない女でしょと鼻で笑っただけだった。

 家に帰ると中学生の娘が先に帰っていた。

「ただいま、花蓮とパパにってリエおばちゃんから」と言ってから雅子は『びばびばイタリアーノ』のサンドイッチをテーブルにおいた。リエとは花蓮の話をすることはまず無い。リエは子宝に恵まれなかったことを異常なまでに気にしていて雅子が花蓮のはなしをすると不機嫌になるほどだった。だから花蓮がリエに会うことは絶対にないのだ。

「ママこのサンドイッチスゴく美味しい」と花蓮が心にもない事を言う。

 花蓮は自分に似て綺麗な顔だと雅子は思った。

「今日もリエおばちゃんは、スゴく馬鹿だったのよ!お母さんが色々教えてあげたから、お礼だってサンドイッチをくれたの」と雅子はいつものように虚言でリエという馬鹿な召使いの話をして娘の花蓮を笑わせ、自分のなかのストレスを吐きだした。

 花蓮はあまりにも馬鹿なリエの作り話を聞いて育ったものだからリエバカラーという空想の怪獣を落書きで書いていたこともあったほどだった。

 陽が落ちると庭先の駐車場に雅夫のセダンが戻ってきた。

「ただいま」と何事もなかったように雅夫が帰ってきたが、『びばびばイタリアーノ』のサンドイッチを見るとまるで凍りついたように表情が固まった。

「リエちゃんなんか言ってた…」ぽつりと言って冷蔵庫にビールを取りに行く。

「いいえ、なんにも…ただ」と雅子は意地悪く言葉を止めた。

「えっただ、ただ何よ」と雅夫が狼狽えながらビールのリップルをプシュと空ける。

「雅夫さんにもサンドイッチ食べてもらってって言ってました。それとももう食べられたのかしら何処かのお嬢さんと」と言って雅子は嘲り笑った。

 雅夫はキッと睨んでビールを持ったまま玄関から出て行った。

「あれパパ帰って来てなかった」花蓮がキッチンにやって来た。

 雅子は花蓮と二人で先に食事を済ましシャワーを浴びて髪を乾かしているとベロベロに酔っ払った雅夫が帰ってきて、そのままソファで眠ってしまった。

 雅子は眠っている雅夫を見ていた。最近益々脂ぎって全身に肉がついてきている。腹を出してブゴォブゴォとイビキをかく姿を見て、

「イヤだわ。まるで家畜みたい」出会った頃はまだスポーツマンの名残りがあった。リエと雅子の間では『名残りスポーツマン』というあだ名で呼んでいた事を思いだし雅子は夫に新しいあだ名をつけることにした。

「お前は今日から『家畜マッシグラ』と名乗るがいい」眠っている夫に宣言する雅子だった。こんなによく眠っているのなら顔にラップを巻いてやれば簡単に窒息死してくれるかもしれないと思ったが、そんなことで自分が犯罪を犯すのはバカバカしい。ラップがあまり残っていないことを思いだした。

「明日は買っとかなきゃね…」濡れたバスタオルを雅夫に投げつけるとキッチンの灯りを消して寝室に行こうとした。その時にテーブルの上に置いであった雅夫のスマートフォンがブブブッと振るえ画面がパッと光った。雅子は特に悪気もなくいつものように夫のスマートフォンを手にとり暗証番号を入力して開く。

「そう言えば半年は見てなかったわ」雅子は最近会話が無いせいか独言が多くなったなと思いながら夫に来たSNSのメッセージを見る。

「マサくん今日はありがとう。気が楽になりました。ホントはマサくんのほうがショックだったはずなのにゴメンなさい」いくつかのハートマーク。差し出し人にララぴょんと書いてあった。雅子はそのメッセージを自分のスマートフォンのカメラで写真に収めると寝室で眠った。

 そういえばキッチンのソファが雅夫のベッドになって何年経ったのだろうかと少し頭をよぎったが、そのまま深く眠ってしまう雅子だった。

 朝になって花蓮の朝食をつくろうとキッチンに入ると珍しく雅夫がいた。

「あら、おはよう。珍しいのね」と雅子

「キミと話さなきゃならない事がある」雅夫は真面目に言った。

「どうしたの?珍しく人間みたいな顔しちゃって」と蔑みの笑みを浮かべる雅子。

「半年まえに亡くなった剣持さんのことだよ」珍しく私の目を見てくるなんて生意気だわ家畜マッシグラの分際で。と思いながら睨み返す雅子だった。ただ剣持とは会社に務めていたころから、剣持の亡くなる三日前まで密会を繰り返していた仲なのだ。さてはこの家畜に入れ知恵した奴がいるに違いない。昨日のメッセージの文面を思いだした。くそぉララぴょんの野郎ぶっ殺してやる。思わず口から出そうになる言葉を慌てて飲み込む。

「剣持さんがどうかして?私にはなんの関係もありません。自殺されたんですってね。お可哀想に」そう言いながら花蓮のトーストを焼くために棚から食パンを取りだす。

「あなたも食べますか」面倒くさそうに一応言ってみる。

「いや、要らないよ。着替えたら仕事に行ってくるよ。次の日曜日にゆっくり話そう場所は決めておく。花蓮には聞かれたくないからね」そう言うと雅夫は寝室で着替えて、雅子の見た事がないネクタイをしめて出掛けた。

 雅子はトーストにバターとジャムをぬる。白い食器に目玉焼きとウインナーをのせる。いつもの花蓮の朝食メニューだ。お弁当は冷凍食品のオンパレードで出来上がっている。

 いつものように花蓮が学校に行くと洗濯と掃除をする。昨年ながく患っていた雅夫の母親が亡くなってからは、雅子はのんびりと家事が出来るようになったし、そろそろ何か派遣会社で簡単な仕事でもしようと考えていたが急ぐ必要もないのでのんびりと先延ばしにしていた。

 とても天気がいい気持ちのいい日だった。

 たまには花蓮の部屋でも掃除してやろうと思いつく。簡単に掃除機をすましてから、デスクの引き出しの中、クローゼットの中、ベッドの下、娘のノートパソコンのフォルダと雅子は調べた。ベッドの下からスケッチブックを見つけた。そこにはA4のスケッチブックいっぱいに鉛筆で写真のように写実的に描かれた勃起した男性器があった。それもスケッチブックは一冊ではなかった。全部で五冊最初の一冊目は漫画程度の画力だったが冊数を増す毎に画力が恐ろしくあがって、それは芸術作品だった。だが中学生の女子が描いたこんな絵をどこに発表する事ができる。これこそまさに才能の無駄使いだ。おまけにスケッチブックの最後のページには娘の文字でぎっしりと男根に対する狂ったような熱い思いが乱雑に書き綴られている。

『オピンポが欲しい。オピンポ!オピンポ!もしアタシにオピンポが生えたら一生大切にしてあげる。おおオピンポ!オピンポ最高。欲しい欲しいお願い』雅子は娘の書いた絵に身体が火照るのを感じ熱く濡れたデリケートな部分を乱暴に満足がいくまで娘が書いた文章を読み上げながら続ける。なんどもひとりで絶頂に達しているのに満足出来ない。頭が朦朧としてきたがやめられない。陰部が痺れて重い。それでも狂ったように自分の右手が、その部分を激しくいたぶり続ける。全身に電流が流れるような今迄感じたことのない絶頂が駆け抜けた。雅子は獣のように咆哮をあげて悦びを感じた。そして電池の切れたおもちゃのように床に倒れこんでしまう。ずいぶんと床を汚してしまった雑巾で拭かなければと思いながら気を失った。

 気づくとあられもない姿で三十分ほど眠っていたようだ。床を拭いてからアルコールスプレーもして綺麗にする。シャワーで身体の汚れを落とす。陰部に痛みを感じ嫌な気分になる。着替えてから先程着ていた衣服を洗濯機に入れて回す。

 ノートパソコンの電源を切るのを忘れていたのを思いだし。花蓮の部屋に戻る画像フォルダにもとんでもない写真や動画が置いてあった。おそらくこれらを模写したのがあのスケッチブックなのだろうと雅子は思った。アダルトサイトのリンクがいくつかお気に入りにあったので気にはなったのだが、そろそろ花蓮が帰ってくる時間なので電源を落として部屋を元の状態にしてから、髪を乾かし簡単にメイクをすませて買い物に出かける。ラップとティッシュは忘れてはいけないからと言い聞かせる。


 雅夫は定時で仕事を終えると待ち合わせの公園に急いだ。桜の花が満開だった。

「待たせてゴメンね」その桜の木の下には絶世の美女がワインボトル片手にフランスパンをかじっていた。

「マサくんってヒマなの?お父さんはこんなに早く帰ってきたことなかったよ」と大きく少し青みがかった瞳で笑った。

「そうだね。オレは剣持さんと違って万年平社員だからねぇ」と雅夫は悪びれることもなく言った。

 絶世の美女の名前は剣持ララ。雅夫にとっては亡くなった上司の剣持の娘だ。ララの母親はロシア系のフランス人だった。その母親はララの幼いころにフランスに行ったまま帰ってこないのだ。ララもまた大学をでてから母親を探すという大義名分をかかげパリで暮らしていたのだが剣持の死をきっかけに日本に帰ってきたのだ。

「マサくんも飲む」とワインのボトルを差し出す。

「ありがとう」雅夫もボトルを受けとると、そのままぐびぐびと飲む。

「そうだ雅子には日曜日に外で会えるようにに言っておいたからどこがいいかな」

「どこって?ここでよくない」ララぴょんはスーパーで買ってきたと思われるカマンベールチーズをかじる。そしてまたワインを飲む。雅夫はワインがなくなりそうなことに気づく。

「ワイン買ってくるわ。赤でいいんだよね。またチリワインでいいかな」ワインの空き瓶が三本転がっている。父の剣持もやたら酒が強かったのを思いだした。

「ありがとね!ララぴょんもうお金なくなっちゃったよ。マサくんおごってね」


 夜も更けて来るとララの友人が集まりだした。若い芸術家気質の顔やスタイルのいい男性がほとんどで、雅夫とはどうも噛み合わない。居心地が悪くなってきた雅夫は、

「じゃオレは、そろそろ帰るわ」オレのような親父がこんな絶世の美女にモテるわけないわな。と思い駅に向かって歩きだした。

「ダメだよマサくんは帰っちゃダメ!ララぴょんのうちに泊まるの!いいことしちゃうかも知んないぞぉ」酔いがまわったのか上機嫌でララぴょんがはしゃぐ。遅くなるに連れてアートな若者が増えてきた。

 雅夫は少し離れて缶ビールを飲んでいた若者が集まってから酒や食べ物が増えて、なんだかお祭り騒ぎになってきた。

 月を見た。綺麗な満月だった昔に雅子と見たお月様と同じ月だった。雅子のあの眩しい笑顔はどこに消えたのだろうと思うと雅夫は悲しくなって来た。

「マサくん泣いてんの?アイツらほっておいて帰ろうよ。ララぴょん御奉仕しちゃうよ。お金もこんなに入ったしさっさと帰ろ」よれよれの革バックから大量に紙幣を取りだし雅夫にわたす。雅夫は札を数えた。

「え!六十万円以上あるよ。どうしたの」

「悪いお金じゃないから、心配要らないってアイツら金余ってるから、そんなヤツらを出会わせてあげるからアタシは仲介手数料をもらえる?みたいなもん。だから気にしないのアイツらまた騒ぎ過ぎたら警察が来て面倒くさ!だから帰ろ」

 雅夫は月が笑ってるように感じた。

 公園から歩いて十分ぐらいの街の繁華街にララの住むマンションはあった。

 二人は二十四時間営業のスーパーマーケットでワインとビールに鶏のもも肉、レタス、人参、馬鈴薯、セロリ、バニラアイス、十キロの米などを買い物カゴに入れた。否、米はララが肩に担いでいた。ララは身長が一メートル七十五センチと大柄なうえに九センチのヒールをはいているのでかなり目立つ。しかも体重は50Kgしかなく手脚がとても細長くモデル顔負けのスタイルに西洋と東洋の血がまじりあった美しい顔だち。彼女を絶世の美女と呼ばず誰を呼ぶのだと雅夫は常々思っていた。そして彼女は酒豪で怪力だと知る。

「マサくんフラフラだけど大丈夫?抱っこしたげよか」とララがレジで支払い人気の少ない商店街を歩く。

「大丈夫だよ」雅夫は呂律の回らない口調で言いながら千鳥足でフラフラと歩く。二人の前方から騒がく悪酔いしているような体格のいい会社員ふうの男を先頭に五人ほどの輩が歩いてきた。

 彼らはララを見るなり奇声をあげて二人をかこみ、

「可愛いじゃん!」と華奢な男が言い。

「素敵!」とゴリラっぽい大男。

「いまから遊ぼうよ」と男達は絡みだした。

「ゴメンねララぴょん忙しいんだ」と軽くあしらおうとするが、雅夫が酔っ払った勢いで男たちに怒鳴りだした。ララが聞いても雅夫がなにを言ってるのかはわからなかったが怒りだけは伝わった。

「マサくんやめなよ。帰って飲もよ」と言ってるあいだに雅夫は一番華奢な男に殴られた。

「もうめんどくさいなぁ」とため息をつくララぴょん。こんどは一番身体つきの良いゴリラっぽい大男がララに絡みだした。ヒールを履いたララよりも少し上背があり体重はララの倍はあるだろう。

「俺らさぁ、オマエらせいですんげぇ気分悪くなったの。俺ら全員に詫びいれろよ。いい身体してんじゃん」ララは呆れ返った。

「時代劇がお好きなんですね」雅夫はさらに殴られていた。

「ナメてんじゃねぇぞ」大男がナイフを出してララが肩に担いでいた米のビニールを切りつけた。ササーっと米が路面にばら撒かれる。

「ちょっと待ってよ…」ララは米袋の穴の空いた部分を押さえて商店街のはしで殴られている雅夫の横に米袋を置くと、自分のボロボロの革バックからゴソゴソと何かを取りだす。男たちはそれを見て大笑いし始めた。

「コレさぁさっき友達にもらったんだ」と言いながらララは自分の腰に巻き付ける。雅夫を殴っていた華奢な男も手を止めて笑っている。

「マサくんもう大丈夫だから」と何事もないかのように微笑むララ。

「ララひよん…それ玩具の変身ベルトだよね」雅夫はあんぐりと口を空けてララを見た。

「お見せしよう!ヘンシーンとおぉ」と言うとララぴょんは馴れた足さばきで華奢な男の顎に膝蹴りを入れた。男はその反動で弓なりに海老反りそのまま仰向けにひっくり返って泡を吹いた。雅夫をふくめその場にいる者皆が目を疑った。

 ララぴょんは雅夫に微笑むと小さな声で、

「ライダーキーック」と言った。雅夫はクスッと笑った。ウケたと思い調子に乗ったララはベルトのスイッチを入れ変身ベルトを輝かせて、

「お米を粗末にする奴は許さん」と言いながら大男に向かっていく。

「ララぴょんダメだムリって!」と叫ぶ雅夫。

 ゴリラっぽい大男は右の拳を大振りに、向かってきたララの顔面に目掛けて打ち込む。ララは大男の拳を軽くかわすと、その腕を両手で掴んで自分の身体を軸にして相手の体重を利用し投げ飛ばした。腰から地面に叩きつけられた大男はウグゥっと痛みを堪える。

 ララぴょんは地べたに這いつくばって呻くゴリラっぽい大男に、

「グーはねパーに勝てないんだぞ」と言いながら変身ベルトの光り方をカチカチと変えてふざけながら言う。

「くっそー舐めんなよおぉ」とゴリラっぽい大男はナイフを取り出して飛びかかろうとするが、絶妙のタイミングでララの蹴りが大男の顎に炸裂する。大男は痛みのあまり顎をおさえて転がりまわる。

「はやくお医者さんに連れて行ったげたほうがイイよ。アタシのヒールはステンレス製なんだ。顎が粉砕骨折してると思うよ。食べ物粗末にするからバチが当たったのよ」そういうと米袋を子供でも抱くように大事そうにかかえた。

「マサくん帰ろ」酔いも醒めた雅夫は腫れた顔をおさえてララぴょんを追いかける。

「アタシ子供ン頃から、ひと通り格闘技させられてたもんで…てへっ」と照れくさそうに笑って変身ベルトのスイッチを切った。


 商店街を抜けるとすぐララの住むマンションがある。オートロックのエントランスを抜けてエレベーターに乗り五階のララの部屋にはいる。雅夫はこの部屋にララときたのは二度目だ。

 若い女性のひとり暮らしとは思えないほど殺風景な部屋だ。それもそのはず父親がひとりで暮らしていた部屋にそのまま住み付きクローゼットも剣持のスーツやシャツがはいったままなのだ。

 2LDKのキッチンでテーブルに買い物を置きララは最初に米を常備しておくストッカーに米を愛おしそうに流し入れた。冷蔵庫にしまうものを所定の場所に入れると、製氷棚から氷をスーパーマーケットのビニール袋に入れて雅夫にわたす。

「冷やしといたほうがいいよ。だいぶと腫れてる」雅夫は情けなそうに受け取ると二つしかない木製の椅子に腰掛け顔に当てた。

 ララは赤ワインの金属キャップをカリカリと開けると、雅夫にも飲まないかとたずねようとしたが、彼はテーブルにうつ伏せのまま眠っていた。ララは仕方なくベランダにでて街の夜景を眺めながらひとりで瓶のままワインを飲んだ。しばらくしてそのまま床に腰掛け眠ってしまった。少し夢を見た子供の頃の夢をみた。

 父親に抱きしめられ泣いている夢だった。

「心配ないよ。ララはお父さんの可愛い娘なんだから……」陽が昇りはじめララは自分の寝言で目覚めた。

「ララは、こんなからだでも女の子だよね」ララは、自分が泣いている事に気づいた。また嫌な夢だ。言葉にださず立ち上がる。キッチンに戻ると雅夫が水を飲んでいた。

「服が汚れたから一度家に帰ってから会社に行くよ。停めてくれてありがとう」と雅夫が言う。昨晩商店街で殴られた部分が赤黒く腫れている。

「お父さんのスーツとかシャツあるから来ていけば」とララが言う。

「いや、剣持さんの服はオレには大きいから帰るよ。ありがとう」雅夫はそのまま部屋を出て行った。

 ララはトイレにはいりピタリとしたスリムパンツと下着を降ろし用を足そうとするが上手くいかない。

「ヤダなぁまた大きくなってる……」ため息をつきムリだとわかっていながらも欲望に抗うべきかを少し考えた。


 雅子はひとりベッドで娘の描いた絵を思い出し悶々としていた。自分自身がしたことではあるが陰部がヒリヒリと痛い。それにもかかわらずもっと自分で慰めたい。

『今日なら雅夫でもかまわないから慰めて欲しい。いや無茶苦茶にして欲しい。それなのに雅夫は帰って来ない。無断外泊など今迄一度だってなかった。まさかあの男の貧相な棒切れをどこかの女が咥えこんでいるのでは、否、絶対にそんなことはない。まさかあのララぴょんとかいう女だろうか。そういえば『家畜マッシグラ』の奴が日曜日に外で話したいって言ってたわね。まともに人間の言葉も話せない家畜のクセに。剣持さんのことを知ってる口ぶりだったわ。ララぴょんってふざけた名前よね。きっと若作りのブサイクな婆ァに決まってるわ。ホントに腹が立つ!こんな時にまったく。あの貧相な棒切れも正妻である私の所有物だってわからないのかしら。そうだ日曜日にララぴょんも連れて来るにちがいない。そうだララぴょんというふざけた婆ァに私の美貌を見せつけて後悔させてやるわ。そうよ日曜日までに美容院とエステに行っておかなきゃね。』雅子は怒りと欲望に取り憑かれ妄想を繰り返し、典子の中で作り上げられた。まだ見ぬララぴょんという高齢の小汚い婦人を嘲り辱め続け朝までカッと目を見開き小声でクククッと狂人のように笑っていた。そんなとき玄関ドアの開く音がした。

 雅夫は、この部屋に着替えに入ってくるのはわかっている。

「そうだわ」雅子は慌てて衣服を脱ぎさり掛けぶとんをベッドから落として妖艶なポーズで寝たフリをした。

 雅夫は妻に気づかれないようにと、コソコソと部屋に入ってきた。雅夫は若い頃と変わらぬ雅子の身体を見てドキリとした。昨晩は自分が若い絶世の美女との一夜を夢見たことを恥ずかしく思った。俺にはこんなイイ女がいたのだ。着替えようと服を脱ぎすてるが雅子の身体から目が離せない。

「あぁ、あ〜あん」突然身悶えし悩ましい声を出す雅子。雅夫の股間が熱く燃えたぎる。

 雅子はパッと目を開くと、

「あらイヤだ。あなた帰ってらしたの、今ね私ったら雅夫さんの夢を見ていましたのよ」雅子は下着の上からでもくっきりとわかる粗末な棒切れに狂喜する。

「あなた。その顔どうなさったの今日はお仕事お休みになったほうがよろしくってよ」雅夫の息があらくなる。

「あぁ、そ、そうだね」雅子はブラジャーをはずし形の良い乳房を見せつけ、

「お疲れのようね。ひとまずお休みになった方がよろしいんじゃなくって」雅夫はショーツをを脱ぎすてるとベッドに入り雅子の最後の布切れをむしり取り、粗末な棒切れを存分に活躍させるのであった。


 ララはパリで父の死の知らせをうけとってから日本に戻るまで半年近くかかった。面倒をすべて姉の典子に押しつけて申し訳ないとは思っていたのだがパリに住む日系の友人の窃盗事件に巻き込まれて帰国出来なかったのだ。メールや電話で詳しく姉に説明したものの相も変わらず気丈に振る舞う典子をおもんばかりララは少しでも早く日本に帰りたかったのだ。でもその窃盗事件の真相は友人の自作自演だったという洒落にもならない結末におわり、やっとのことで帰国することが出来たのだ。

 姉から父の死因はガレージで排気ガスを車内に引き込んでの一酸化炭素中毒と聞いた。季節は秋から冬に変わろうとしていたころだ。

 姉の典子とララとは腹違いの姉妹で年齢は十歳近くはなれている。典子の母が病死した数年後に剣持はララの母と出会いララが産まれた。歳の離れた妹を典子はとても可愛がってくれた。しかも姉は秀才で難関校の医学部に大して勉強をしている風もなくストレートで入学したほどだ。

 いま典子は街で『剣持クリニック』という泌尿器科の開業医をしており名医との評判も高く父の葬儀に関しても金銭的な心配は要らなかったが、いつも黒縁メガネの奥の感情を押し殺した瞳がララを不安にさせた。

「ゴメン姉さん。いま日本に着いた。空港よ。内容はパリから話した通りだから安心して。え!いいよ車で迎えに来てくれなくって。うん。空港バスで行く。わかった病院の方に行けばいいの。え、ついでにララぴょんの身体も診てやるって。うん、ありがとう。じゃ昼までには行けると思う。はい、じゃあね」パリの友人とはとくに深い仲ではなかったが相手の男性が一方的にララに思いをよせて日本に還らせたくなかったのだ。ララはその話を聞いたときは、男の部屋の家具から電化製品まですべて破壊してやろうと思ったのだが、そんなことでまた帰国が延びるのは馬鹿らしいので、その男性には何も言わずにパリをでたのだった。

 ララは空港バスに乗る。バスが空港と都市をつなぐ大きな橋を走っていく。姉が高校生のころ幼いララと空港まで遊びに来たことを思い出した。典子は成績がいいのにほとんど勉強もせずにゲームばかりしていて、それが原因で黒縁の大きなメガネをかけているのだ。

 そうだあの時もバスの中で典子はゲームに一生懸命だったことをララは思い出した。


 ララが診察台から降りて下着を着ける。

「問題はない。正常と言やぁ正常だよ。いや健康体だわ」黒縁メガネにボブの黒い髪の典子が少し困ったように笑う。

「おかげさまで未だにヴァージンレーベルです」と面白くなさそうにララが言う。

「ちょっと見ないあいだに、またデカくなったねぇ」

「そ!そうなのよ」

「ソレさぁ後ろからはみ出したりしないの?」興味深そうに典子がララを見る。

「もう!ひとごとだと思って。好きなこと言わないでよ」むくれるララ。

「もう笑うしかないよ。笑え笑え。笑う門には福来るだよ」本当に愉快そうに笑う典子。

 少し気分を悪くしたララだが姉にはとうてい及ばないのだとため息をつく。

 ララは勉強だけでなく格闘技に関しても典子には敵わないのだ。典子の身長は一メートル六十センチぐらいで骨格も肉付きも華奢ではあるが典子の母方の家系は古来から伝承された格闘家の家系であり、ララの師匠と呼べる存在でもあるのだ。


 典子が久しぶりにご馳走するというので、典子の行きつけの定食屋に入る。

「お姉ちゃんは相変わらず、よく食べるね。ホントその身体のどこにいれてるの」

「秘密」と言って焼き肉で二杯目のどんぶり飯の残りを口に入れた。

「あんただって酒だったら死んでも飲んでるじゃん」そうだ典子はあまりアルコールが強くなかった。ララが唯一姉に勝てるところがあった。

「アタシも普通に食べれるけど、お姉ちゃんの食べる量はおかしいよ」ララがビールを飲んでると典子がラーメンを食べだす。

「あんたの酒もね。あ!そうだ父さんの遺書」と封の切った封筒をだす。

「自殺って言ってたよね。なんかあったの」

「なんにも言ってなかった。この遺書を読むとよけいにわかんないのよ」ララが封筒のなかの遺書をとりだす。間違いなく父の筆跡だ。『典子とララへ、済まないが俺はあの世が見たくなってきたので死ぬわ。それでだが会社の部下で海林雅夫くんって人がいるのだが父さんは彼に詫びたいことがある。隠し棚に入れてある封筒を彼に渡してほしい。最後の頼みだ父より。追伸、仲良く暮らせ』

「コレだけ?」ララは封筒にまだ続きはないかと探る。

「ないよ」面倒そうにカバンから別の封筒と写真を取り出してララにわたす。

「中身見た?」

「他人さま宛の手紙の封は切れないでしょ。この小太りな中年男が海林雅夫さんだと思うよ。父さんがよくマサって呼んで可愛がってた人を思い出したわ」

「で、なんでアタシに渡す」

「こんなオッサンなら、あんたの彼氏になってくれんじゃないかと思ってさぁ。ララぴょんパッと見は完璧な女じゃん。絶対食いついて来るって。ハイこれ父さんの住んでたマンションの鍵。あそこで暮らしな」とマンションの鍵をララの前に置く。

「アレ、姉ちゃん家に泊めてもらおうと思ってたのに。イケメンの彼氏が時々来るんでしょ。見たい紹介してよ」

「いや、もういっしよに住んでる。だから嫌です。あんた昔からワタシの男取ろうとするから嫌」典子の表情が冷たい。

「勝手に行くからいいもん」

「絶対くるな。お前ワタシの彼氏になる男は自分をわかってもらえると勝手に思ってるだろ」

「そ、そんなことないよ……」ララが狼狽える。

「隠してもムダ。おまえの中学生のころの日記は全部読んだ。ひとり遊びばっかりしてたんだよな。ウチに来てみろ。ワタシの彼氏にあの日記読ませるぞ。そのうえお前の恥ずかしい写真つきでインターネット上で拡散してやるからな。おまえのせいでワタシまで怪しいと思われて男が皆んな逃げていった恨みは忘れやしませんよ。ララぴょんさん。ひとり遊び記録のところなんか暗記してますよ。なんだったら今ここで発表しましょうか」そこまで根に持たれていたことに驚くララぴょんだった。

「ごめんなさいララぴょんが悪かった。もう二度とお姉ちゃんの彼氏を取ろうとたくらみません。あの……できればあの日記を焼き捨ててもらえないでしょうか……」

「ダメ!あんたの考えなんかお見通しよ。ワタシん家の近所をうろついてるのを見かけたら即拡散だから」

 積年の怨みをはらしてやったと内心笑いの止まらない典子であった。

「ごちそうさまでした」蚊の鳴くような声で言うとララぴょんは封筒と写真、それと父親の部屋の鍵を持って立ちあがる。大きな身体を小さくして、

「お姉ちゃんなんか大嫌い」と言いながらオイオイと声をあげて泣きながら店を出て行った。

「先生ってホントに性格悪いよね。そんなだから男が皆んな逃げだすんじゃないの」とララをかわいそうに思った食堂の親父が典子に説教をしようとする。

「うるさいわ!くだらないこと言うな。お前の棒をちょん切ってやろうか」親父は手のひらを返した。

「先生が間違うわけないよ。悪いのは全部アンタの妹だよ」と言っていなり寿司を典子のテーブルに置き、コレはサービスだと言って店の奥に逃げていった。


 ララは泣きべそをかきながらトランクを転がして父親が暮らしていたマンションにたどり着いた。トランクは玄関に置いたまま部屋の奥へといく。カーテンの向こうから陽射しが入る。ベランダの手前の部屋にベッドがある。ララはそのまま寝転がって天井をみつめる。

「典子のバカ」と声にだす。なんだか少しスッキリした。するとメールが来た。送信者が典子だったのでドキリとする。メールに本分はなく上半身裸のイケメンに嬉しそうに典子が抱きついてカメラに向かってピースしている写真が添付されているだけであった。

「顔も身体もイケてる……クソ」ララのなかでなにかが壊れた。

 携帯と財布を握りしめて部屋をでてエレベーターにのる。薄ら笑いを浮べ商店街の百円ショップに入る。玩具コーナーに着くと小さな声でクククと笑いながら百円のバービーモドキの女性を二体と男性を一体カゴに入れると工具のコーナーを物色している。目を血走らせクククと笑いながら店内をうろつく様子は鬼気迫るものがあり子供連れの主婦が子供を抱いて、

「見ちゃダメよ」と小さな声で言っているが、ララぴょんには聞こえていないようだ。店の前でプリント機にスマートフォンを繋げて何枚かの写真をプリントしてから、父が暮らしていた部屋に戻る。

 ララぴょんは笑いが止められない様子でクククと笑いながらハサミで写真から自分の顔を切り抜きボンドで女性の人形顔に貼り付ける。今度は先ほど典子から送られてきた写真のイケメン彼氏と典子の顔も切り抜き人形に貼り付ける。満足そうなララぴょん。

 ララぴょんの人形と典子の人形を右手と左手に一体ずつ持ち遊びはじめた。

「ララ様、先ほどは本当に申し訳ございませんでした。ド近眼クソ眼鏡の典子をお許しください」と言いながら左手の典子を動かす。

「何を言っているの。ド近眼クソ眼鏡大食いガリガリ女のクソ典子。このララ様がそんなことで怒るわけないじゃない」右手のララぴょん人形を動かす。

「ああララ様ワタシはララ様に殴る蹴るの暴行を与えてもらわなければ納得がいきません。出来ることなら、その後でこのクソ眼鏡めの身体にララ様の糞尿を浴びせてくださいませ。それがこの大食いガリガリ糞女に相応しい姿でございます」

「このクソ眼鏡よ!おまえがどうしてもというのなら仕方あるまい」そういうとララぴょん人形を丁寧に床に置いてから、大きな奇声をあげて典子人形を全力で床に投げて踏みにじり腕や脚をもいで、

「ララ様ありがとうございます。あとは貴方様の糞尿に塗れとうございます」ララぴょんはチョコ味のアイスクリームを半分ほど食べてバラバラにした典子人形をアイスクリームの中に突っ込んで、

「あぁララ様ありがとうございます」

 今度は男性人形を右手に持って、

「ただいまクソ眼鏡。イケオが帰って来たよ」

「はじめましてアタシはララぴょんクソ眼鏡の妹でございます」

「え!君のような素敵な方が、うちのクソ眼鏡の妹だなんて、もう我慢出来ないよ」

 ララぴょんはララぴょん人形の服を剥ぎ取り、

「キャー嫌です。おやめになってください。貴方はアタシの身体を見たら嫌いになるかもしれません」

 イケメン人形の顔をララぴょん人形の股間くっつけて、

「素晴らしい。素敵だ僕はこんな女性を探してたんだ。あのクソ眼鏡とは別れてララぴょんと暮らすよ」

「アーン。ダメです。アタシははじめてなの優しくしてくれなきゃ嫌です。アレ〜」

「はぁはぁはぁララぴょん最高だったよ。ウチのクソ眼鏡を知らないか」

「あのクソ眼鏡でしたらアタシの糞尿の中でよがり続けております」

「アレが君の糞尿なのかい。いい匂いだね。パクっ!ん美味しい。今日は何十回でも責め続けるからね」

「イヤーん!ララぴょん壊れちゃう」

 ララぴょん人形とイケメン人形を抱きあわせてから、ウォッカをボトル一本一気飲みする。ララは典子のスマートフォンに電話を架ける。

「はーい、なんなの忙しいんだけど」典子が不機嫌にでる。

 ララぴょんは、

「ざまぁみろ」と一言だけ言ってすぐに電話を切る。

 ララぴょんの人形遊びは、まだ始まったばかりだ。


 隼人はリハーサルのスタジオが終わり典子の部屋に戻ってきていた。

「妹さん?」と隼人がたずねる。

「うんそう。多分藁人形でワタシんこと呪ってると思う。あの子は高校ぐらいからけっこうおかしくなったんだ。普段は良い子なんだけどね……だから隼人くんには会わせたくないんだ」と典子はなんでもない事のように言う。

 隼人はケースからフレットレスのエレキベースをだすと、壁に設置したベーススタンドに楽器をひっかけた。

「隼人くんってベースを一本だけしか持ってないよね不便じゃないの」端正な顔立ちに伸ばしっぱなしの髪と無精髭。ララに送った写真よりはワイルドな雰囲気になっている。

「いいよ。別に自分がだせる音しかヤラねぇし」ハイライトに火をつける。隼人は自分にはテクニックも才能もないと考えはじめていた。

「そんなこと言ってるから売れないのよ」と典子

「別に売れなくてもいいよ。典子さんが食わしてくれるしさ」と隼人がニヤッと笑う。

「そんなンで良いの」

「売れたら、俺出て行くかもしんないよ」隼人は典子にだけは弱音を吐きたくなかった。それだけが今の隼人のささやかな抵抗だった。

「あ!それヤダ」典子はサラッと言う。

 隼人はララより少し上だが典子よりはだいぶと歳下になる一年ほど前から一緒に住んでいる。隼人が住み着いたと言うより典子が野良猫のように拾ってきたような感じだった。

「典子さんって子供とか欲しいって思ったことないの」隼人は少し意地悪な気持ちになる。

「そうね。忘れちゃったわ」典子は不機嫌に言う。

「作る行為は好きなのにね」と隼人が意地悪く笑う。

「あら、誘ってるの?ワタシはいつでもオッケーベイビーよ」と腕を隼人の股間にのばす。

「ねぇ典子さんは俺とバイクとどっちが好きなの」と隼人。

「わかんない。同じぐらいかなァ」典子は会話が面倒になってきた。

「え!そこは嘘でも隼人くんって言うところでしょ。傷つくなぁ。もういいよ今日はやらないからね」少し拗ねてみせる隼人。

「悪いけどワタシは、そういうの無理なんだ。イヤだったら出てきゃいいじゃん」と不機嫌に典子は言う。

「え!いま俺とずっと一緒にいたいみたいなこと言ったじゃん」少しムキになる隼人。

「ごめんね忘れたわ」と笑う典子。

「典子さん酔っ払ってるんですか」隼人は典子から目をそらす。

「いや、忘れっぽいだけよ。過去なんてもんは過ぎ去る幻なんだよ。ボクちゃんにはわかんないのかな。ガレージで遊んでるわ。好きにしといてね。おやすみ」典子は立ち上がった。


 典子の家の庭を挟んだ離れにある大きなガレージには十台程ならんだバイクと二台のスポーツカーがおいてある。その中から新しく手に入れた新型のスズキGSX1100カタナに跨る。元々カタナというバイクは昭和の末期に作られた名車だ。そのカタナは今も尚モデルチェンジをくり返し最新の技術で進化し続けている。

 典子は小型のリモコンをライダースのポケットから取り出して電動シャッターを上げる。心地よい夜風を感じ黒いフルェイスのヘルメットを被りカタナのエンジンをかけると星の綺麗な夜道をゆっくりと走りだす。

 いつものように何処に行くあてがあるでもなく一般道を東にむかう。ガレージに入るまでは出かける気もなかった。いつも思いつきで動いてるんだなぁとすこし自分自身の行動パターンを考えた。

 大通りはやけに車が少なかった。

 走り出すと行く場所は決まっていたと典子は気づいた。右手で軽くアクセルスロットを回すと新型カタナは最新のテクノロジーが造り上げた心臓部から心地よい無理のないエンジン音で滑らかに力強い加速を発揮する。もっとスピードをあげたい欲望を押さえ、自分勝手な典子換算の国家権力がおそらく許すであろう速度で巡行した。

 いつの間にか山手の民家の立ちならぶ細い急な坂道を走っていた。何故か典子は最近、何度もこの場所に来てしまう。

 そこは見晴らしがよく街を一望できる場所なのだ。街から少し離れた山の中腹にある高齢者施設がちらほらとあるようなところだ。そんな所の道路端にオートバイを停める。その場所から見える夜景が綺麗だった。無数に輝く色とりどりの光、そこには人の暮らしがある。ただなんでもない暮らしがある。いつも自分だってその中の一人でしかない。でも今だけは見おろすがわだ。だが、それがなんだと言うのだろう。典子は靄の中のような、まとまらない己の思考の原因を探す。否ほんとうはわかっている。隼人だ。だがそれを認めたくない感情。それはただのつまらない意地だと自分自身が一番知っているからだ。その事実を認めないという事実を認めない事実すら認めたくないという自分の愚かさが、いまの自分なのだ。

「はぁ、馬鹿じゃなかろうか……」典子は肺の中の二酸化炭素を言葉と一緒に吐き出した。

 先週の週末にひとりで買い物にでかけたのだ。街は海外からの観光客や我が国の老若男女などで賑やかだった。よく行くお気に入りの雑貨店でシルバーのアクセサリーを見ていた。

 シルバーの指輪を見て典子は、きっと隼人がつけたら似合うだろうとおもった。ゴツゴツと無骨だが真ん中にターコイズをはめ込んだ指輪。買おうかと思ったが隼人の指のサイズがわからない。適当に大きめで買ってサイズを直してもらうかどうかと考えていた。その時なんとなくガラスごしに商店街の人ごみに目をやる。ごった返すいつもの流れの中に背中を丸めてエレキベースのソフトケースをかついで歩くイイ男がいた。なんという偶然だろう。そこには隼人が歩いていたのだ。典子は店を飛び出して隼人を追いかけた。隼人は急いでいる様子で人混みをかき分け早足で歩くので中々追いつけない。一瞬隼人を見失ったが路地裏でダンディな紳士と歩く隼人を見つけた。典子は建物の陰に隠れて二人の様子をうかがう。中年紳士は典子の方に正面を向けて立ち止まると不自然な動作で自分の下半身をさわる。そして仕立てのよいスラックスのファスナーをゆるめダラんとした男性器を引っ張りだす。隼人はしゃがみこんで紳士の性器を触っているようなのだが詳しくはわからない。少しすると紳士の顔が惚けたように歪み隼人の頭をつかみ腰を激しく振る。そして天を仰ぎウグと唸り男の動きが止まると地面に数枚の札を放り出す。隼人は餓鬼のように札を拾う。男は典子が見ていたことをわかっていたかのようにコチラの方向を見てニヤリと笑い手を振った。典子はワケも分からず人ごみの商店街に逃げ戻る。そして昼間から営業しているチェーン店の居酒屋に入り瓶ビールをたのんだ。

 この店は随分と昔にララぴょんと来た店の系列店だと気づく。半時ほどで店をでると道を挟んだ向こうがわに十代の女の子と楽しそうに話している隼人がいた。向こうはまったく典子に気づいた様子もなく楽しそうだった。そんな隼人の表情を典子は今迄見たことがなかった。普通のごく普通の若者がそこに居た。典子の足はフラフラと夢遊病者のように先ほどの路地裏にむかった。そして紳士が立って居た場所にいた。そこには白濁した粘液があった。よく見ると白濁した粘液の下に五円玉がある。なぜか典子はその五円玉を拾ってティッシュペーパーに包んだ。


 ララぴょんは人形遊びが楽しくって仕方なくなり、二日後にはキャラクターを増やし照明やセットを作りスマートフォンで録画し動画サイトに『ララぴょんの人形劇ちゃんねる』としてサイトを立ち上げていた。驚いたことに一日で閲覧数が千件を超えてしまった。

 翌日、翌々日と閲覧数はうなぎ登りにのびていった。

 コメント欄には『典子おもしれぇ』『ララぴょん最高』『イケオになりてぇ』と比較的好意的なメッセージが男性を中心にかきこまれていた。気を良くして浮かれ踊るララぴょんだった。インターフォンがなり、

「宅急便です」と聞こえた。ララはエントランスのロックを外す。しばらくするとコンコンとドアをノックする音がする。なんだろうお父さんの荷物かしらと思いながらドアを開けると黒ずくめの人物が部屋に押し入って来た。宅急便などではなかったが、この程度のことで怯むようなララではない。得意の膝蹴りを間髪入れずにはなつが、相手は軽々と片手で蹴りを受け流したうえにララのお腹の中心に高速で何度も膝蹴り打ち続ける。壁を背に持っていかれたララは倒れたくても倒れることもできない。

「臭いなァ」と黒ずくめは蹴りをやめた。ララぴょんは口を鯉のようにパクパクしながら焦点をを失った目からダラダラと涙を流し失禁で汚れた床にヘナヘナとくずおれた。

「おぇ…あお……お…お姉…ちゃ…ごめんなさい」やっとの事で言葉を発したララぴょんだった。

「お前またウンコ漏らしただろ」とララぴょんの小便を踏まないように避けて部屋に入る典子だった。

「も…も漏らしてないもん」とララぴょん。

「じゃあなんで臭いんだよ」と典子。

「うんこが勝手に出て来ただけだもん」バカなララぴょん。

「お前あの動画すぐに消せ」怒り口調の典子。

「え…なんのこと…」ララぴょんは惚けた。

「とぼけるな!人の顔写真を勝手に使いやがって。とりあえず風呂はいって汚物を片付けろ」と典子が言うと、ララぴょんはべそをかきヨロヨロと立ち上がってバスルームにむかう。

 子供の頃からララぴょんは、藁人形にぬいぐるみにソフビに動物グミなどと典子に怒りを感じると、このような感じでストレスを発散するのだ。ネットで配信されたのは初めてだったが発見者が隼人だったので典子は顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしたのだった。典子はフルェイスのヘルメットをベッドのうえに置いてその横に腰掛けた。ベッド横のスペースに人形劇の撮影セットが置いてあったが、放っておいても問題ないだろうと典子は思った。昔からララぴょんは典子にバレて殴られると自分で呪いのセットを処分するからだ。ララのおかげで、隼人のことも少し忘れれるような気分になった。

 典子はスマートフォンで音楽を再生させる。メセニーのファーストアルバムが部屋に響き渡る。その向こうでバスルームから出たララぴょんが汚物の掃除と洗濯をしている。

 シンプルな音作りとなにか物悲しげな旋律。あまり音楽など聴かない典子だがこのアルバムはスマートフォンでよく聴いていた。

 部屋着を着替え洗濯の済んだ衣服をベランダに干すララぴょん。部屋に戻ると自分のスマートフォンを触っている。

「典子様たいへん申し訳ございませんでした。動画はすべて削除致しました」とララぴょんは典子のまえで頭を下げる。

「わかりゃいいのよ」と典子は黒縁メガネの位置をなおす。

「お姉ちゃんジャコなんか聴くんだ」音楽好きなララぴょんが不思議そうに言った。

「メセニーじゃないの」と典子が聞き返す。

「メセニーのファーストでジャコパスってベーシストが入ってるアルバムだよタイトルなんだっけなぁ。なんか変な言葉のタイトル」とララぴょん。

「ブライトサイズライフ」典子が付け足す。そしてこのアルバムは隼人から奨められた事を思い出す。そういや隼人はこんなフレーズの真似ごとが好きだ。多分彼は一生真似ごとで終わるんだろうなァと典子は思った。

「あんた高校の頃に藁人形作ってたころとなーんにも変わってないよねぇ」典子の言葉に舌をだすララぴょん。

「でもララぴょんは、このアルバムのギター完コピしたことあるよ」ララぴょんが言う。

 そういやこの馬鹿な妹は大学のころギターを弾いていたらしい。父がそんな話しをしていたことを典子は思いだす。

「それ、かなり上手いンじゃない」典子は少し驚いた。

「うんコピーはね…でもネ何を弾いても、そこにはララぴょんがいないんだよね。なんかつまんなくなってギター辞めた。他の楽器もそれなりにはやれるけどね。ずいぶんと前のこと…」典子はララと父が似ているのだとはじめて思った。ララが産まれるずっとまえ。典子が幼いころ父親がドラムを叩いてるのを一度だけ見たことがある。そのステージは鬼気迫るものがあった。普段の父とは別人のように見えた。母さんも若かりしときにそんな父を好きになったと照れくさそうに話していた。そうだステージが終わり皆んなから、またドラムをやるようにすすめられていた時だ。いまララと同じ言葉を口にしていた。

「ララぴょん。お姉ちゃんにお詫びしろよ」典子はなにかを企んだようにニヤリと笑う。

「なに?珍しい。いつもウンコ漏らすまで殴って何も言わずに許してくれるのに、なにを考えてるのですか残酷大将軍さま」ララぴょんは少し不安になる。

「あんたのギターが聞きたい」と典子が無表情に言う。

「え!なんで。それにもうギターなんか持ってないし」ララぴょんは頭の中で疑問符をうかべる。

「ララぴょんは父さんがドラム叩いてたの知ってた」と典子。

「え!はじめてきいた」ララぴょんは少し驚く。

「子供のころに一度だけステージを観た。凄かった。でね、おまえのギターがききたくなった。多分お前のギターはこの部屋にあるはず」と典子はベッド下を探した。奥から黒いギターのハードケースがでて来た。

「ホントだ。これ父さんが買ってくれたんだ」ララぴょんはパチンパチンと金具を外してハードケースをひらく。木目の綺麗なナチュラルカラーのGibson175というフルアコと呼ばれるジャズミュージシャンが弾くようなギターだ。

「これフロントにp90ってマイクがはいってるだけのワンピックアップのモデルなんだ。ララぴょんお気に入りだったの…」愛おしそうにギターを抱えチューニングをあわせる。

 弾けるかなぁと笑いながらブライトサイズライフを奏でる。ところどころ詰まりながら弾いていたが十分程すると、ほぼ完璧に弾いてみせた。

「スゲェ」典子には普段家で聞く隼人のベースが子供の遊びにしか感じられなかった。

「なァ、ララぴょんお詫びに『ララぴょんの人形劇ちゃんねる』で音楽をやりなさい。でないと週一殴る蹴るの暴行を加える。どうだ選びな」


 典子が自宅に戻ると玄関の外からカレーの匂いがした。隼人がカレーを作っているのだ。冷蔵庫の腐りかけの食材を片付けてくれたようだ。典子も料理をいったん作りだすと、それからしばらくの間は続けて作るのだが、気分にムラがあり飽きると料理など一切作らなくなるため冷蔵庫で大量の食材を腐らせることがよくあったのだが、隼人が一緒に暮らすようになってからは、こんなカレーの日がやってくるため剣持典子宅での食品ロスが激減した。しかしカレーの日は隼人との仲が上手くいかずこじれている事を象徴している日でもあった。典子が料理を作らなくなるのは、だいたいが隼人になにか不満を持つか、隼人がしばらく帰って来ない時とかなのだ。典子は玄関で黒いスニーカーを脱ぐと、

「終わりかなと…思ったら、泣けてきたぁ」と元気そうに歌いながらキッチンに入る。

「あれ典子さん急に元気そうじゃん。なんかいい事あったの」今日は隼人も元気そうだ。昨晩『ララぴょんの人形劇ちゃんねる』を見ながら隼人は腹筋が崩壊するほど笑い転げていたからかもしれない。

「あ!そうだ。俺さァさっき『ララぴょんの人形劇ちゃんねる』もっかい見ようとしたら人形劇が消えててさァ…でも典子さんの妹がブライトサイズライフを弾いてるの…それが凄くってさァ。あの人めちゃくちゃギター上手いね」典子は、思った通り隼人の目が輝いている。しめしめとほくそ笑む。

「ララぴょん呼ぼうか?」典子が聞いた。

「え!ホント」隼人は嬉しそうだ。

「ギターも持って来るように言うよ。ミュージシャンってセッションとかやるンでしょ」

「いやぁ正直に言うけど、俺そんなにベース弾けないもん。典子さんの妹は次元が違うよ」隼人は少し言葉を切って、

「典子さんってホントに意地悪だよね」隼人は悲しそうに笑った。

 典子がララにスマートフォンからメッセージを送るとすぐに『行きまっする』と返信が来て三十分と経たないまに玄関のドアが開き、

「ただいまぁ」とキッチンにララぴょんが現れた。

「はやいな…どやって来たの」少し呆れたように典子がたずねる。

「うん、ララぴょん走ってきたよ」そういえばララの息がすこし荒い。

「こんばんは、はじめまして隼人っていいます。典子さんにはいつもお世話になってます」隼人は普段と違う好青年の顔でララぴょんに笑いかける。

「こんなキャラだっけ」典子がボソッと言った。ララと隼人は聞こえないフリをする。

「あたしララっていいます。お姉ちゃんとは大分と歳がはなれてるから気を使わないでね。ララぴょんって呼んでね」ララは爽やかな笑顔で隼人をみつめる。

「おまえ若いアピールしただろ。心配しなくても隼人くんは、お前より二つぐらい上だよ」典子はとても嫌味に聞こえるような声色で言う。隼人は不快そうに典子を睨む。

「そうだ。カレー出来てんだけど食べる。俺たちも食べようとしてたところなんだ」と隼人。

「うん、ララぴょんお腹がペコペコなんだ。走ってきたしね」と言って笑うララぴょん。隼人も笑う。

「ワタシもお腹減った」典子はつまらなそうに、空を睨みつけながら言った。


 いつもながら隼人のカレーは美味だ。どうして腐りかけの食材でこんなに、おいしいカレーが作れるのだろうかと感心する典子だった。

「隼人さんのカレーすっごく美味しい!ララぴょん感動しちゃったよ」

「俺、子供のころから料理作ってたからね」と隼人は得意気に典子が今まで聞いた事のない話題を話し嬉々と笑い会う。そんな二人を黒縁メガネの奥から鬼のような視線で睨みつける典子。

「あれ、ララぴょんギターは?」と典子がたずねる。

「あ!忘れた。また今度アタシん家においでよジャムろジャムろ」と嬉しそうなララぴょん。

「いやぁでもさァ俺そんなにテクないからさぁ」隼人はそう言いながら頭を搔く。

「別にそんなの関係ないよ」とララ。

「ララぴょんってベースも弾けるでしょ」と隼人が聞く。

「うん、そこそこ上手いよ。なんで?」とララぴょんは答えた。

「こんどさララぴょんにベース教えてもらいたいと思って。俺ホントは誰かにベース教えてもらおうと考えてたんだけど、なんか変なプライドみたいなのがあって」と隼人。

「いいよ!時間があるときにベース持っておいで」とララぴょんが浮かれ調子で言う。それを聞いて、こいつめっちゃ誘ってやがる。なんか本気で腹立ってきたと典子は思った。

「お姉ちゃんは美味しい料理を作ってくれる人がいて…」ララぴょんは典子に話題を振ろうとして、自分に送られてくる殺気に気付く。ヤバい庭に連れだされて殴る蹴るされる。と思って固まるララぴょん。隼人はその様子を見て、

「典子!自分で呼んどいてなんだよ。その態度。せっかく楽しくやろうとしてくれてるのに酷いんじゃねえか」声を荒げる隼人。典子は、はじめて隼人の怒る声を聞いた。しかもその怒りは自分に向けられ、はじめて出会った実妹をかばう為のものだ。ララは姉の殺気が消えるのを感じた。

 典子は何も言わずにゆっくりと立ちあがる。その顔は能面のように無表情になっていた。

「お姉ちゃん…」ララは、典子が傷ついたことを悟る。何が原因だったかは知らないが、昔に典子がこの表情でひと月近く話しさえしなくなったのを思い出した。典子は何も言わずに玄関に向かって行く。

「お姉ちゃん待ってよ」ララぴょんは大きな声で典子を呼び止めようとするが、彼女はそのままでていく。少しして電子シャッターの開く音。そのあとで典子のオートバイのエンジン音が響き遠ざかって行った。

「多分、大丈夫だとおもうよ。典子さんは俺が気に入らないといつもああなんだ」

「え!いつもなの」ララは意外な姉の一面をみたことに驚く。

 ふたりでカレーを食べた。この後典子との打ち合わせ通り隼人をいただく算段だった。

 だがララが思っていたよりも事は深刻だったと、ララは典子の表情や態度でわかってしまったのだ。

「隼人さん、ご馳走様また、こんどゆっくり会おうね。ちょっと明日は大事な用事があるから、そろそろ帰る。ありがとうってお姉ちゃんにも言っておいてください」そう言ってララぴょんは典子の家をあとにした。ひとり夜道を歩く夜空には雲がかかっていた。

 

 ララは、もう一度お姉ちゃんとゆっくり話そう。そう思いゆっくりと歩く。あの典子の能面のような表情が脳裏から離れなかった。


 典子は、また街の夜景を見おろしていた。カタナは道路の隅で沈黙している。雪でも降りそうな空だ。ガレージにおいていた防寒着を着て来たが、身体とても冷えていた。それ以上に典子の心が凍りつきそうになっていた。

 ララに隼人をけしかけるように提案をだし指示をしたのは典子だった。典子は隼人がつまらない男だが出て行けというのも大人気ないのでララぴょんが横取りした感じで追い出したいので協力せよと持ちかけたのだ。あまりにも思い通りに動く隼人をみてララに激しい嫉妬をおぼえた自分が堪らなく惨めだった。内心、隼人は典子を愛してくれていると思いたかった。そう典子は隼人を試したのだ。典子は隼人の一番が欲しかったのだ。だが、その結果は補欠程度の存在だったようにしか感じられなかった。はじめはララに意地悪をする演技だった。隼人はきっとララに嫉妬する典子の気持ちを慮って、心を典子に開いてくれるはずと勝手に想像していた自分が情けなかった。隼人の心の中には典子の居場所など最初からなかったのだ。部屋を与えて都合よく股をひらくだけの人形だったのだ。だから隼人が少しの時間で心を開いたララに激しい怒りを感じたのだ。あれは嫉妬だ。隼人を好きなのは自分で、隼人の眼中には典子などいなかった。

「あぁ…惨めだ」典子は呟く。ポケットのスマートフォンの着信音が鳴る。かじかんだ手でスマートフォンを取りだす。ララぴょんからの電話だった。

「はい」無意識にでた。

「お姉ちゃん、アタシ今日は帰った。隼人さんお姉ちゃんが思ってたような人じゃないみたいよ。今度ゆっくり話しようよ」ララの優しさが薄氷のようになった典子の心を割ってしまう。

「うるさい!お前なんかに同情されたかないの。このチンポ女が!あれのアレが欲しいんだろ?やるよ好きにしろよ。ワタシはあんな男邪魔なんだよて…」あとは自分でも何を言っているのかわからなかった。ただララぴょんの悪口を大声で言い続けた。

「…お姉ちゃん…ごめんね。ララぴょんなんか生まれて来て…ごめんね。アタシがお姉ちゃんを傷つけたんだね。ごめんなさい。電話切るね。落ち着いたら電話ちょうだいね。待ってるからね」とララぴょんは通話を切った。最後の方は泣きながら鼻をズルズルとすすっていた。また、やってしまった。また、ララぴょんを酷く傷つけてしまった。典子は自分が傷つくたびにララぴょんに倍以上の傷を与えている。そんな自分こそ生きる資格などないのにと自虐的になる。ちょうど腰掛けるのによい場所があり、大抵そこで半時ほど景色を観て帰るのが常だった。

「おや、どうしたんだい。いつからそこにいたの?」典子の足もとに一匹の黒猫がいた。典子が話しかけるとニャーと鳴いて横に座った。黄色い目のまさに黒猫というような猫だ。

「ちょうどいい。ワタシの話をきいてよ。この宇宙にはね時間というものがあってね。君たち猫も我々人間も平等にその中を生きているんだよ。わかりますか?」黒猫がニャォと小さく応える。いや応えたように思えた。

「よろしい賢いニャンコさんですね。時間とは縦にだけ進んでいると普通は考えられているんですが、物語り。まぁ小説や漫画や映画なんかではその横に無数の縦の時間軸があって、その世界にも自分が居たり居なかったり違う世界が存在しているというようなお話しなんだな。まぁでもワタシは他人の考えた物語りを君に聞かせるつもりはないの。なぜならばワタシはその人たちに著作権料を支払いたくないのですよ」黒猫が大きくアクビをする。

「ゴメンよ。ちょっと退屈だったかな。でも、ここからが面白くなるから。自分が存在する縦の時間軸は全部アミダくじで繋がっていて、ワタシたちは日々どの時間軸を選ぶかという選択を課せられているのですよ。それは阿弥陀様という偉いお方が、ワタシたちに業というものを与えてくださっているわけなのよ。わかりますか?面白くないですか?」猫は後ろ足で自分のクビをカカッと掻く。

「ワタシは本当に運命の人に出逢えた時にですね。二人が願う理想の世界にたどりつけると信じているのですよ。わかりますか」道路に車のヘッドライトが見えた。黒猫はなにかを感じたのか道路のしたにある草むらに走って行った。なぜか車が典子のオートバイの横に止まった。

 少し古いトラックだった。そこから男が二人下りてきた。

「これ、現行のカタナだ。持って帰ろうや」

「さっさと荷台に積もうぜ」なんだか普通の方々ではない様子だ。だが、そんな者など気にする典子ではない。

「はーい坊やたち。ワタシのバイクを盗んじゃ駄目だぞ」オートバイのキーをチャリチャリとチラつかせて男たちに近寄る。

「助けてくださァい。この人たちに誘拐されたんです」と女の声がトラックの運転席から響く。

「お姉さんも一緒に来てもらおうか。まぁカタナのキーくれたら死んでくれてもいいけど」と何も知らない可哀想な二人の悪漢は凶器をチラつかせ。コレから起こる己の身の不幸も知らずニヤニヤと笑っている。

「そうなんだ坊やたちは悪い子なんだ。ちょうどイヤな事があって憂さ晴らししたかったのよ。それにさぁ、お姉さん弱い者イジメが大好きなんだぁ」


 黒猫が戻ってきた。

 典子はもとの場所に戻って講義を再開しようとしていた。トラックの運転席から小柄な女性が降りてきた。道端で口から泡を吹いて痙攣している二人の悪漢を見て典子に走りよる。

「お姉さんが助けてくれたんですか」まだ幼さの残る顔で聞いた。

「あんた、ずいぶんと落ち着いてるねぇ。警察呼んだ方がいいかなぁ」と典子は面倒くさそうに聞く。

「呼ばないでください。親に塾サボったのバレたくないので」と少女は言う。

「あぁ良かった。加減せずにやったらアイツら弱すぎて二人とも一生マトモに歩けない身体にしてしまったのでなぁ。警察はヤダなぁと考えておりました」と典子は笑う。

「バイクの後ろに乗りな」典子が言うと少女はトラックの荷台にあった小汚い作業用ヘルメットをかぶり典子の背中にしがみつく様に乗った。

 少女の家は典子の営む泌尿器科『剣持クリニック』の近くだったので場所はすぐにわかった。典子は少女に頼まれた塾の講師のふりをして少女の家に電話をすることも忘れなかった。典子は少女を彼女の家の近くでおろすと。

「ワタシは剣持典子。なんか相談があったら病院に遊びにおいでよ。平日の昼間ならいるから、じゃぁね海林花蓮ちゃん」典子は母親に電話を架ける時に少女の名を聞いていた。どこかで聞いたような名前だと思ったが、すぐに考えるのをやめた。そのまま自分の病院で泊まることにした。典子は暖房を入れて暖かくなるとそのまま眠ってしまった。


 花蓮が家に帰ると雅子はバラエティ番組の録画を見ながらゲラゲラとひとりで笑っていた。

「おかえり、先生から電話もらったわよ。頑張ってるのね。晩ご飯は花蓮の好きなオムレツよ」とソファから立ちもせずに自分でレンジで温めて食べろと指示をする。花蓮は、また冷凍のオムレツだと辟易していた。

「ありがとう。ママ」花蓮は母になんの期待もしていなかった。うまくやっていれば何ひとつわかりはしない。父もそうだ本当の私などどうでもいいのだ。彼らは単なるステレオタイプの戸籍上の娘という生き物を飼育しているだけなのだと花蓮は常々思っている。


 典子が夜に帰宅すると隼人はいなかった。なんとなく二度と帰っては来ない気がした。久しぶりに隼人が嫌っていたメンソール煙草を吸った。

「やっぱ無理してても駄目なんだよね」と典子は自嘲気味に笑い久しぶりに煙をフウとはいた。


 泣き疲れて眠ったララは昼過ぎに目を覚ます。ゆっくりと眠り落ち着いたら姉の理不尽さに腹が立ってきた。ムカムカするので人形を使ってまたひとり遊びをはじめた。隼人の人形は使わず追加した子犬の人形に典子人形を噛みつかせて。ララに許しをこうという設定でまた動画に収めたがサイトにあげると、また典子に痛めつけられるのでひとりで観て楽しんだ。そんなときに電話が鳴った。隼人からだった。

「はい、イケオ…いや隼人さん!どうしたの。え、ライブやらないかって?いつ?来週の土曜日か…ちょっと考えさせて」隼人は詳細はメッセージで送ると言って切った。シャワーを浴びて洗濯を済ませる。部屋が寒いのでエアコンから温風が勢いよく吹きだす。昨晩典子の家から戻る途中にコンビニエンスストアで買ったチリ産の赤ワインとチーズケーキを口に入れる。

「美味しい、美味しい」とひとりはしゃぐ。スマートフォンを見るとメッセージが来ていた。ギャラが五万円と書いてあったので詳細は読まずに。即、『オッケベイビー!まかせてください』と返事を返した。

 ワインを飲みながら詳細をみる。どうも隼人のメンバーの友人が企画した余興のようなのだが、ずいぶんと豪勢な料理が並ぶようだ。一般客は入れないらしい。なんだか物騒な匂いがプンプンと漂っている。秘密パーティならばとララぴょんは彼女なりのいい事を思いついた。会場の機材やシステムの確認をするために隼人にメッセージを送る。キッチンに置きっぱなしにしていた男の写真を見る。

「あれ、誰だっけ」少し考える。典子から渡された写真だったことを思いだした。父の伝言を渡さなければならないのだ。

「なんか面倒くさ」捨てようかなと思ったが、さすがにそれは出来なかった。

 典子から渡されたメモを見る。父が生前勤務していた会社の住所が書いてあった。

「すぐ近くじゃん…行ってみるかぁ」ワインのボトルを空にすると部屋をでた。


 雅夫は今日も年下の上司からこっぴどく業務ミスを指摘され、いつものように定時でタイムカードを押して会社をでた。

「剣持さんがいなくなったら、みんなオレに冷たいなぁ…まぁ仕方ないよなぁ」大きなため息を吐き、気分転換に音楽でも聞こうとブルトゥースのイヤホンをつけディメオラの古いアルバムを聴く。悪魔と高速道路でやりあう曲が雅夫はひときわ好きなのだ。駅に向かって混雑した通りを歩いていると目の前に絶世の美女がいた。彼女は驚いたようにこちらを見ている。やがて絶世の美女は笑いながら手を振った。雅夫は自分の後ろを振り返ったが美女が手を振っているであろう人物は見受けられない。美女は何か言っているが高速ピッキングの華やかな旋律が邪魔をして聞きとれない。雅夫はイヤホンを外してポケットにしまい込み。美女を見る。

「海林さんですよね」と彼女は言った。

「あっはい…」雅夫は頭の中を疑問符でいっぱいにして突っ立っていた。

「剣持の次女のララです。長女は酷いゲス女なのでアタシが海林さんのところに馳せ参じました」

「はぁ…え!剣持さんの娘」雅夫は生前なんどか聞いた事のある名だと思った。

「まずお願いがあります」ララぴょんは含み笑いを浮かべながら言う。

「…お願い…ですか。はぁ…オレに出来ることなら」と雅夫。

「ここで大きな声を出せますか。今からアタシの言う通りにしてもらえれば父も浮かばれると思います」ララは真面目な声色で言うが目の奥が笑っている。

「ありがとうございます。では、お願いします。アタシはスマートフォンでその様子を録画するから、このメモの言葉を大声で連呼しながら、この人混みのなかで思うがままに踊り狂っていただきませんか」とララぴょん。

「え!ココで…ですか……」雅夫は狼狽える。

「マサぁ!おまえならできる。と天国の父が申しております」と言ってうつむき笑いを堪えるララぴょんであった。

「わかりました。剣持さん。やりましょう」天を仰ぎポケットからブルトゥースイヤホンを取り出し耳につけると、雅夫はポケットのリモコンで音量を最高にあげる。

 うおおおおぉ!死ね死ね典子ぉバカ典子おまえは一番クソ女!糞尿大好きクソ典子!一生おまえはクソまみれ!死ね死ね典子バカ典子!

 と狂ったように叫びながら雅夫は激しく踊った。雅夫がトランス状態になる寸前でララぴょんは止めた。ぜいぜいと荒い息でへたり込む雅夫。

「す!スゲェ。マサくん天才じゃん。その曲って」ララぴょんは、雅夫の左耳のイヤホンを外して、自分の右耳にあてて曲を確かめる。

「やっぱ!ディメオラだ…」とララが言う。

「アル・ディメオラ知ってるンですか…」雅夫は嬉しそうにララぴょんを見る。

「うん、よくコピーした…昔にね」ララぴょんはぽつりと言う。

 いきなり踊り狂った雅夫に通りは騒然となっている。

「なんかヤバい感じだから行こう。マサくんに手紙を預かってるんだ。お父さんから」ララぴょんは雅夫の手をとって引き起こす。そして二人は雑踏のなかを駆けだした。


 ララぴょんはスーパーマーケットで赤ワインを手にとって

「マサくんもなんか飲む」と聞く。

「じゃぁオレはビール」と雅夫は好みのビールをつかみ。

「そのワインも俺がだすよ。なんか面白かった。剣持さんのお願いって嘘なんでしょ?」と笑いかける雅夫。

「うん嘘!本当のお願いはマサ君に手紙を渡すこと。その手紙はアタシの部屋にあるから、ちょっとよってかない。このすぐ近くのマンションだから」とララぴょんは笑う。


 雅夫はララの部屋に通されてキッチンのテーブルでビールを飲む。剣持の生前になんども来た部屋だ。雅夫は本当に剣持が死んでしまったという実感が初めてわいてきた。少し悲しい気分になる。

「ララぴょん拝ましてもらっていいかな」雅夫は少し涙目になっていた。

「仏壇も墓もないの。本人の希望でね。だから好きなとこで拝んでいいよ」とララぴょんは言ってから典子に預かった手紙を渡す。

「これが、お父さんからマサくんにわたすように言われた手紙よ」とララぴょんが封筒を手渡すと、雅夫は缶ビールをグイッと飲みほす。

「アタシもお姉ちゃんも、お父さんが自殺した理由がよくわからなくてね。マサくんなんかわかんないかなぁ」とララぴょんがたずねる。

「いやぁ分からない…あんなにいつも側にいてくれたのになぁ……」雅夫は冷蔵庫に手を合わし一礼してから封を切って手紙を取り出した。雅夫は手紙をゆっくりと読んでから、

「剣持さんバカだなァ。オレそんなことだろうなぁと思ってたのに、そんなことで死ななくていいでしょ……」ポロリと涙がこぼれる。

「ララぴょん読んでいいよ」と雅夫が手紙をさしだす。

 ララは雅夫から受け取った手紙に目を通す。父の字で、『マサ俺はおまえに大変申し訳ないことをしてしまった。俺はおまえの大切な人を汚してしまった。許してくれとは言わない。それよりも俺は自分のしたことに耐えられないんだ。また、俺は背徳の行為に溺れてしまう。本当に済まない。俺はつまらん男だよ。大変申し訳ございませんでした。剣持銀次より』読み終えるとララは、雅夫に手紙を返す。

「そこのシンクの端に灰皿があるから、とってもらえないかな」と雅夫は静かに言う。ララぴょんは、言われるがままに灰皿を渡す。雅夫はスーツの内ポケットから煙草とライターを取り出す。煙草に火を点けて、そのまま手紙を焼いた。

「どういうこと」ララぴょんは雅夫を見つめる。

「剣持さんオレの奥さんと長い間、浮気してたんだよ。俺が知らないと思ってたなんてなぁ…そんな事で……死んじゃったの。俺はそんなの気にしてもいなかった…のに…」雅夫はそういったあとで、うおおおおぉと叫び号泣するのだった。


 雅夫が帰ってから、路上で撮った雅夫が踊り狂う動画にリズムトラックをつけたり、人形遊び動画を混ぜたりして、ライブ用のカラオケを作りあげた。

「完璧だぜ!コレにあわせてディメオラを弾くぜ!みんなコールアンドレスポンスもしちゃうぜ!バカバカ典子クソ典子ガリガリ大食いクソ女!」大勢が姉を罵倒するシーンを想像するだけでララぴょんの身体に快感の波が激しく襲う。

 あ!イク


 花蓮は、塾どころか中学にもほとんど行ってなかったのだ。最近はひとり暮らしの高齢の婦人の家に入り浸っていた。

 学校で酷いイジメにあって身の置き場がないと偽り、婦人の家に居座り時々は金銭をくすねていた。いつものように学校の制服を来て田所婦人の家にきた。

「おはようございます」花蓮が来ると田所婦人は嬉しそうに表情を輝かせる。ピンとした背中に真っ白な髪を品良く後ろで纏めあげた姿は八十代後半には見えない。

「おはようミホちゃん今日は大工さんが来るから、奥の部屋に隠れているといいわ」花蓮は田所婦人の前では山仲ミホと名乗っていた。この名前は昨年自殺した小学生の頃の親友の名前だ。あの日から花蓮は変わった。

「そうなの。じゃあ今日は学校に行きます。アタシもいつまで逃げてちゃダメだし」花蓮は嘘をついた。ただ、その大工とやらに万が一にも顔を見られたくなかっただけなのだ。仕方なく学校に行った。ちょうど2時限めがはじまっていた。半年ぶりの登校だったが花蓮は教室には行かず校長室に行く。

「校長久しぶりだね。今日はいちだんとイイ禿げっぷりじゃん」花蓮が蔑むと校長は落ち着きなくソワソワとした表情になり。

「花蓮様なにか失礼がございましたでしょうか」脂ぎった額にシワををよせる校長。

「桃ちゃん呼んで」と花蓮。

「桃山大智でございますね。大変申し訳ないんですが彼は先月亡くなりました。花蓮様もうやめてください。許して頂けませんか」校長は今にも泣き出しそうになっていた。

「嫌です。辛いんならアンタも死んだら!桃ちゃん最近連絡よこして来ないから変だなぁって思ってたの。なに?教えてクビ吊ったの?それとも飛び降り?」そう言いながらキャハハハハと花蓮は狂ったように笑う。

「もうひとつ方法があるわ。アタシのこと殺せばいいじゃん。あっ、そうか、こないだの二人組がどうなったかわかったのかなぁ」花蓮がそういうと、校長は滝のような汗をかきだした。

「アタシさぁ強力なボディガード雇ったからさ。あの二人があんたらに雇われたって喋ってる動画も手にいれたんだ」花蓮はまた嘘をつく。それでも校長には充分な効果があった。花蓮は校長室を出ると人目を避けて裏門へむかう。

「おいカレちゃん待てや」後ろから大柄な少年が追いかけてきた。花蓮は懐かしい声に振り向く。

「涼太くん。もうアタシにはかかわらないで。あなたのためよ」と無表情な花蓮。

「なに言うとんねん。そんな仕返ししてもミホリンは喜べへんぞ」

「そうね。で?」花蓮は冷めた目でいう。

「おまえは何してるんや!あれからクラスのみんなも先生らもカレちゃんの話したら黙ってまいよる。みんながおまえのことを怖がってる」

「アタシね透明人間になっちゃったの。だから涼太くんは何も見てないし誰とも話してないの。桃ちゃん死んだんだってね。ざまぁみろよね」そう言うと花蓮は涼太に背を向けて学校をでた。校長から巻きあげた三万円をポケットから財布に入れる。公園のベンチに座る。冬の空はどんよりと雲が立ち込めている。スマートフォンで電話をかける。

「あら、市長さん驚いた?花蓮ですよ。もう校長から聞いたの。そう言うことです。あんなの二人ぐらいじゃアタシは消せないわ」花蓮は電話を切ると、周りに誰もいないか確認しスカートをまくり上げてベンチの横にしゃがみこむ。下着はつけず陰毛は綺麗に処理され幼児のようにツルツルとしていた。花蓮はそのままベンチに放尿すると、小さな声で、

「オピンポ最高」と言いながら自分の陰部を狂ったように激しく擦りだす。

 花蓮は公園のよこにある自動販売機で冷たいブラックコーヒーを買って一気に飲みほす。次はどこて放尿しようかと考える。田所婦人宅にいない日は、ノルマとして野外放尿を三回すると花蓮は決めていた。学校に行く前に一度したのでノルマは後一回残っている。今飲んだコーヒーでお腹が冷えてイイ感じだと花蓮はまた淫らな妄想をする。駅前に行って補導されて放尿するのも面白いかと考えながら歩く強い風が吹くスカートがめくれ下半身が露出するが花蓮は隠すこともせずニヤリと笑う。前から歩いてきた老夫婦が目を丸くした。花蓮はすれ違いざまに

「今日は寒いですね」と老夫婦に言った。

「あんたパンツはいてへんからや」と老婦人が言った。花蓮の中でまた新しいゲームが始まっていた。自動販売機を見つけるとまた冷たいブラックコーヒーを一気に飲みほす。花蓮は尿意をこらえている。お腹が痛くってイイ感じだと思っている。限界まで尿意を堪えて誰かの前で漏らすか、トイレ以外の場所で放尿しようと決めていた。花蓮も自分自身がおかしくなってしまったと自覚している。ミホが亡くなった時の大人たちやクラスメイトの態度をみて花蓮の心も死んだのだと決めつけることにした。花蓮はすべてを捨てていこうと決めた。校長や教師たちと片っ端から性交をおこない隠し撮りし動画で大人たちを脅し。自分の思い通りにした。校長に市長を紹介させて、この街すら思い通りに出来るようになった。ミホを虐めていた子の父親が経営する商店を潰させたり、担任だった桃山大智にミホを虐めていたクラスメイトに暴力をふるわせたりした。復讐は終わった。それ以上のことをした。この虚しさはなんだろう。

「はやく誰かアタシを殺してくれないかなぁ」そう言いながら、花蓮は誰もいない交番の中で放尿をする。


 隼人は母親の暮らす大きな屋敷に久しぶりに戻った。自分の部屋のベッドに転がって壁に吊ったスティングレイベースを見る。

「やっぱりフレットのあるベースの方が俺には向いてるのかなぁ」典子の家から持って帰ってきた。フレットレスベースはソフトケースのに入れたまま机の横に立てかけてあった。この家は母親の再婚相手の持ち家だった。隼人が中学生の頃にその男は交通事故で亡くなったと母親は言っている。隼人はいまでも母がその男を殺したのだと思っている。一年半ほど一緒に暮らしたが隼人には嫌な思い出しかなかった。

 その男は少年に異常な愛欲を持っていたのだ。最初から母ではなく隼人が目当てだと知ったときの母親の恐ろしい形相はいまでも忘れられない。隼人は男に犯されている最中に母親が部屋に入ってきたのだ。隼人が射精した瞬間だった。母は金属バットを持って部屋に入ってきたのだ。逃げようとした男を母は金属バットで滅多打ちにした。男の左手があらぬ方向にひん曲がったのをハッキリおぼえている。隼人はそれから男を見ていない。そして数ヶ月後に母から男が交通事故で死んだと聞いた。

 そのころから隼人が何度も男に陵辱されていた薄暗い部屋は開かずの間になった。隼人は大きな冷凍庫があったのをハッキリとおぼえている。男は何人もの少年を誘拐し殺害しては冷凍庫に死体を隠していたのだ。隼人は逆らえば自分も殺されるという恐怖に支配されていた。そしてあの男も凍ったまま眠っているのだと隼人は確信していた。その証拠に男の通帳はそのまま母が使っているのを知っている。即ち死亡届けは出されていないという事だ。もし男が死んでいたら口座は凍結されてしまうと数年前に客から聞いた事があった。隼人はバイ・セクシャルの男娼という一面を持っている。その事を典子に気づかれたのではと思って急に彼女の家を出た。隼人は典子と出会った頃それほど彼女に秘密を隠そうとは思っていなかった。ただ、なんとなく話すタイミングがなかっただけだった。それが今は頑なに典子にだけは話したくなかった。典子のあの目で本当の自分を見られるのが、たまらなく嫌になったのだ。そして、それとは反対にララには自分の秘密をすべて話したい知ってほしいという被虐的な欲望に苛まれていたのだ。そして仲間内の怪しげなパーティーにララを出演者として呼んだのだ。今回の費用は隼人の上顧客がすべてだしてくれた。むしろその上顧客が主催者といっても過言ではない。それはその秘密のパーティーに群がる普通の行為に退屈した裕福な性的倒錯者たちのコネクションがあるからなのだ。


 ララぴょんが、隼人にメッセージを送ろうとスマートフォンをとった瞬間に、隼人からのメッセージがはいる。なんだか小難しい言葉がダラダラ書かれていた。

『よく分からん!とにかくウチにおいでよ』とマンションの住所もつけて返した。

 それから一時間ほどで隼人はやってきた。ララぴょんは、部屋の中で一糸まとわぬ姿で隼人を出迎えた。ふくよかな胸にアンバランスなまでに細い腰とかたちの良いヒップ。何より驚かされたのは股間に三十センチをゆうにこえたガチガチにいきり立ったペニスがあることだ。

「びっくりしたでしょ。怖かったら逃げて帰ってもいいよ」ララぴょんは右手で大根ほともある巨根をしごきながら恍惚とした笑みを浮かべながら言う。隼人はなにも言わずにその巨大なペニスを銜えた。大きすぎて隼人の顎がはずれそうになる。ララは容赦なく隼人の髪を掴んでガンガンと喉まで激しく押し込んでくる。隼人はそのまま気を失ってしまう。意識が戻ったときは口の中に大量の精液が流れこんできた。ララぴょんは満足すると隼人を自由にした。隼人はゴホゴホとスキムミルクのように濃いララぴょんの精液を吐き出してむせる。

 隼人はタオルを受け取って、自分の口のなかに残った濃厚な精液を吐き出してから、飛び跳ねて顔にベッタリとついた精液をふいた。

 四つん這いになって床を拭くララぴょんのペニスはダラりと垂れ下がっているがそれでも二十センチはあるだろう。後ろむきに尻を突きだして床を拭いている姿はその巨大な男性器以外は美しい女性であった。それに睾丸がない。男性器の根元部分に女性器らしきものがある。ララは自分の指でパックリと開き綺麗な肉壁を見せつける。

 隼人は自分のデニムのパンツをずり下ろし興奮しいきり立った十五センチほどの硬くドス黒いペニスを後ろからララの美しい綺麗なピンク色の女性器にめがけて勢いよくぶち込む。なんという締まりの良さだろうと隼人は夢中で腰を振った。ララが歓喜の叫びをあげる。またムクムクとララの巨根が勃起する。ララのペニスが硬くいきり立つほどに腟内がしまって隼人の小さな戦士をグイグイと締め付ける。快感の波が背中を駆け抜ける隼人はありったけの精子をララに注ぎ込む。


 キッチンで裸のまま二人でワインを飲む。

「アタシ子供の頃に、典子姉ちゃんがワタシが医者になってララぴょんを普通の女の子にしてやるって言いながら、毎日掃除機で吸わされて、こんなにデカくされてしまいました。睾丸も普通の倍以上のが膀胱の横にあるらしい。でも卵巣も子宮もあるし生理もあります。完全な雌雄同体でございます。戸籍は女の子です。だからアノ素晴らしい一発で妊娠した場合は、イケオがなんと言おうとアタシは子供を産みます。ちなみにイケオのお陰様でやっとバージンレーベルから卒業できました」隼人は典子が寝言で、デカちん女の尿道イジメ最高と言ってるのを思いだした。

「アタシ最近思うんだ。典子の奴アタシの身体で遊んでただけなんではないかとイケオくん、あ隼人さん」 とララぴょん。

「どっちでもいいよ」と隼人は笑う。

「じゃイケオくんで」そう言いながら舌をだすララぴょん。

「典子さんならありえるね」隼人は典子の陰湿な部分が怖かったのだ。

「やっぱり、そうだったんだ。あのクソ眼鏡」そう言いながらもララぴょんは典子が大好きだった。

 ララぴょんはスマートフォンで編集した動画を隼人に見せる。これをプロジェクターでながしながら、アル・ディメオラを演奏するのだと楽しそうに話す。隼人からサドマゾショーもあると聞き、やはりと思うララぴょんである。

「イケオくん、アタシドラッグはやらないからね」ララぴょんは予め釘をさした。

「アルコールってドラッグじゃないの」少し不服そうに隼人が言う。

「お酒以外のドラッグ」とララぴょんは付け加えた。パリで同じような連中がいたのを思いだして、やっぱりイケオはイケてないなァと思うララぴょんだった。


 花蓮は、コレは困ったことになったぞと思い頭を抱えていた。なんとなく缶コーヒーの空き缶を自分の尻の穴に詰め込み抜けなくなったのだ。このあいだ夜に、タチの悪い男たちから助けてくれたのは女医で『剣持クリニック』という泌尿器科の先生だったことを思いだしたが、どうして空き缶が尻の穴に入ったかを説明すればいいのだ。空き缶を抜くとその前に入れていたリモコンローターも見つかってしまう。だがお腹が痛い早く排便かしたい。このまま惨めに死ぬのも悪くないと頭をよぎる。でも、それだと校長達が喜ぶだろうと思った瞬間に死ぬ気がなくなった。


 典子は呆れかえっていた。

「お前ばかだろう二度とやるんじゃないよ」と典子。

 トイレでスッキリした花蓮が無表情に座っている。

「って言ったって、あんたみたいな人間は絶対やめないンだよなぁ。お前、尿道にもときどき異物挿入してるだろ。病気になるぞ」と典子が叱る。

「だから医者に来たじゃない。親に知られたくないから保険使わずに現金で払う。五万円でいい」花蓮はふてぶてしく典子に現金で五万円を差し出す。

「お前、だいふとヤバいヤツだな。気に入ったよ。いまさぁオモチャがなくなって困ってたんだ。アタシのオモチャになるんなら、安全に尻の穴でも尿道でほじくってやるよ」典子の瞳が眼鏡の奥で妖しく光る。

 そして花蓮と典子の暗黙のルールが産まれる。


 ライブは大盛況だった。ララぴょんのパトロンになりたいという男達が何人か現れたが、ララぴょんは音楽を続けるつもりはなく普通の主婦なりたいと断った。ララぴょんは隼人の子供を身ごもったかも知れないと思っていたが、隼人と家庭は築けないだろうと思ってもいた。隼人は精神的にもろ過ぎるのだ。すぐに薬物に手をだすところが嫌だとララぴょんは思っていたからだ。それに隼人の友人たちとも気があわなかった。裕福な家庭のご子息が多く、どことなく隼人と似ている連中で集まっては問題を起こし警察沙汰になるが親達の権力ですべてなかった事にしてしまう。そんなところもララは嫌いだったのだ。

 そんなときに雅夫から連絡があった。父の死について少し気になる事があるというのだ。


 雅夫は白いセダンでララぴょんを迎えに来た。車は桜並木の綺麗な田舎道を走る。

「うわぁ桜が綺麗だねマサくん」ララぴょんが喜ぶ顔をみて雅夫は嬉しくなった。

「ウン満開だね」ララぴょんは雅夫の平凡さが好きだった。

「俺さぁ中学生の娘がいるんだ」なにか心配ごとでもあるのか浮かない顔で言った。

「可愛いんでしょ」とララぴょん。

「どうも、その娘がとんでもない事をしているみたいなんだ…剣持さんの自殺の原因って、うちの奥さんじゃなくて……その中学生の娘じゃないかと思って」

「ええ、まさか」驚くララぴょん。

「俺だって信じたくないけど、そうだと全部つじつまがあうんだよ」雅夫は悲愴な表情になっていた。

「マサくん。これお父さんのネクタイ形見にもらってやって。エルメスちょっと派手かも知れないけど、たまにはこういうのもいいんじゃない」

 雅夫は『びばびばイタリアーノ』の駐車場に車を停めた。

「あら、雅夫さんじゃないの奇遇ねぇ。さっきまで雅子さんと一緒だったのよ」とリエは意地悪く笑う。うろたえる雅夫。状況が理解出来ないララぴょん。

「雅夫さんも隅におけないわね。雅子には内緒にしたげるから安心なさい」雅夫はララぴょんを車に乗るよう合図する。雅夫は車に乗ると、

「他の店にしよう」と言って車を走らせた。

 リエは雅夫の車をスマートフォンのカメラで撮影すると、

「なぁんちゃって」と笑い。その写真を雅子に送りつけた。


 隼人は上顧客の富士見という男から面倒な仕事を任されていた。ライブの名を借りた変態パーティに来ていた。頭の禿げ上がったどこかの校長の依頼のようだが、裏には市長まで絡んでいるようだ。中学生を一人誘拐しろとの事だがその中学生には凄腕のボディガードがいるらしい。難しいようならその女子中学生を撃ち殺してもいいからと拳銃まで渡された。富士見は隼人の忠誠心を試しているのだ。富士見の身内には殺し専門の十歳ぐらいの外国人の子供が居ることを隼人は知っている。隼人がしくじった時にはあの十歳ぐらいの外国人を使うのだろう。隼人はコンパクトだがずっしりと重い9mmのリボルバーを左胸のホルスターにおさめた。何度か富士見に連れられて銃の扱いを教わった事もある。だがまだ人を撃ったことはなかった。隼人は富士見のお気に入りなので、身代わりの犯人は用意されている。隼人はこの仕事は意外と重要なのかもと覚悟を決める。


 珍しい男から典子のスマートフォンに着信があった。

「はい、どしたの富士見さん…え!アタシんとこに入り浸ってる少女」富士見がなぜ花蓮のことを知っているのだと奇妙に思う。

「わかった。こっちから行く。お店でいい?はい」隼人と出会ったのは富士見のバーだった。店の端っこで独り寂しそうに座ってたのを持って帰ったのだった。典子の裏稼業は性器にピアスをあけたり、尿道や肛門などに特殊なプラグを挿入し電気を流して強制連続オーガズムを与える『地獄アクメ』というサービスだった。富士見は『地獄アクメ』の常連客だったが高血圧からの心臓の疾患を患った事を知った典子は、富士見の死亡リスクが高いので『地獄アクメ』は断わるようになった。

「ちょっと出かけるからね。凄いぞ花蓮。今日は一時間も頑張った。エラいぞ」と言いながら『地獄アクメ』のスイッチを切る。ベッドに縛られ白目を剥き鼻水とヨダレを垂れ流しウゴウゴ弱い声で喘ぎ続ける花蓮からプラグを抜くと綺麗に消毒をして、手足を自由にしてやる。

「しばらく動けないと思うけど、行ってきます」典子は特別治療室の金属製の重い扉をしめる。拷問室風にしておいた方が客からのウケがいいのだ。

 久しぶりにベンツのゲレンデバーゲンででかける。地下の駐車場に車を停めて二階にある『バー・ビザール』にいく。いつものように古いジャズがながれる。たしかヴァルネウィランと思いカウンターの富士見を見やる。

「あら昼間から営業中かしら」と典子が薄笑いをうかべる。

「はい、今日は先生の貸し切りです」富士見とい男はいつものように仕立てのいいスーツを着こなしている。

「で花蓮のことでしょ」典子はスツールに腰掛けた。

「はい、先生の新しいオモチャのことでお願いがございまして」富士見は上品に白い髪を後ろに撫でつけている。

「まぁ話次第かな」典子は富士見の様子を伺っていた。

「あの娘は、ちょっとやり過ぎました。お偉い方々を怒らせてしまいましてね。剣持先生が何をされているかはだいたいの察しはつきます」表情を出さず富士見は言う。

「で、どうして欲しいの」典子はニヤリと笑う。

「できましたら、あの素敵な機械で娘を廃人にして頂ければありがたいです。わたくしどもで始末する手間も省けますので、もし娘が元気にわたくしどものクライアントを脅すようなことがあれば物理的に始末するしかございませんので」と富士見が。そして花蓮が学校の担任を死に追い込んだがこと、市長を自分との性交動画で脅迫していることを典子はきく。

「アタシに花蓮の動画データを奪って欲しいんだね。努力はしてみるけど……元々動画データなんかなかったら無理じゃん」と典子。

「それじゃ全部が子供の嘘に踊らされたってことですか!」富士見がギョッと目をむく。

「可能性は高い。花蓮ならやりそうだわ」やはり花蓮は厄介の種だった。面白くなって来たと典子は瞳の奥の黒い炎をたぎらせた。

 富士見が香りのよい紅茶をだした。隼人と出会った日もこんな感じだったなと典子は過去の記憶を再生した。そのつまらない思い出をゆっくりと確認し隼人との思い出を心のゴミ箱に捨てた。

「紅茶ありがとう。データがあれば連絡するわ」典子は『バー・ビザール』をあとにした。

 ゲレンデバーゲンを駐車場からだして赤信号で止まっていると、歩道を隼人が歩いていた。典子には気づいていないようだ。

 もうなんの関係もない男だ。と考え青信号に変わったことを確認し典子はアクセルを踏む。

「あ!さっきの曲、死刑台のエレベーターだ」典子はミラーに映る隼人少し視線をおくる。


 隼人はキッチンの椅子に腰かけて電化製品を眺めていた。あの男が居なくなってから何も変わっていないように思える。電化製品は二十年も使えるのだろうかと。玄関のドアが開いた気がした。母が帰って来たのだろうかと思うが足音は聞こえない。隼人は一瞬子供の声が聞こえたような気がした。背中に嫌な汗が流れる。

「富士見の野郎。俺を殺す気だな」小さな声で言う。殺し屋の子供に自分がキッチンに居ることを教えてしまったのではないかと隼人は恐怖にふるえる。ホルスターからリボルバーをとりだして身構える。突然キッチンの壁をすり抜けてガリガリにやせ細った子供が三人現われた。三人の子供は目をギョロギョロと激しく動かし、

「お兄ちゃん遊ぼうよ」と鈍い声で言った。隼人は恐怖のあまり動く事も出来ない。

「わかったぞ何十年も前から……富士見の奴は殺し屋の子供をあの部屋の冷凍庫の中に隠していたんだ……うわぁああああ」と悲鳴をあげる。もう一度子供を確認しようと壁を見るが、誰もいない。隼人は逃げ出した。殺し屋の子供は一人ではなかった。三人もいたのだ。

「ちくしょう!やってやる。富士見の野郎め」部屋の屋根裏壁の中に子供を隠していたに違いないと隼人は思い込んでいる。

「富士見はアイツだったんだ。死んだふりをして冷凍庫から抜け出して顔変えて、俺に近づいてきたんだ。母さんに見られないように俺に近づいて来たんだ」隼人の中で死んだ父親と富士見が同一人物になっており、ブツブツと呟きながら焦点の定まらない眼をギラギラさせて隼人は歩く。

「大丈夫だ。俺にはリボルバーがある。アイツは死体の子供を蘇生させて殺し屋に育てあげたんだ。間違いないぞ。富士見を殺すしかない。やってやる!殺ってやる」隼人はダラダラと涎を垂れ流す。


 隼人は正気を取り戻す。『バー・ビザール』に独りで立っていた。富士見が後ろから頭を銃で撃ち抜かれて死んでいる。隼人はリボルバーを握りしめていた。

「やっちまった……」


 典子は自分の病院の駐車場にゲレンデバーゲンを停める。『剣持クリニック』の前にララぴょんが待っていた。

「ララぴょん。どしたの」と典子は手をふる。

「姉うえ様は婦人科もやっておられますよね」ニヤリとララぴょんが笑う。

「そんなの、おまえさぁ前から知ってるじゃん」と典子は首を傾げる。

「それがですね。アタクシ妊娠してしまったかも知れんのでございますよ。最近気持ちが悪くて吐き気がひどいのですよ」そういうとララぴょんはオエーっと赤い液体を吐きだした。

「赤ワインだろ。飲みすぎだよ」と典子は鼻で笑った。

「いや……そ、それがですね。心当たりがございまして。てへっ」と涙目で笑うララぴょん。

「ん?隼人か!診てやるよ」と病院の鍵をあける典子だった。


 診察が終わって椅子に座るララぴょん。

「ララ二ヶ月だ。どうするの」典子は無表情に話しかける。

「やった!ララぴょんお母さんだ」嬉しそうなララぴょん。

「あ!産むんだ。隼人はどうなんだ」と典子は少し心配になる。

「知らないし。教えるつもりもない」ララには父親は誰でもよかった。ララは自分が女だと証明したかったのだ。それは誰でもなく自分のためにだった。

「あ、そう。なんで」典子には意外だった。

「イケオは中身ないし。子供は典子姉ちゃんの金で育てるから大丈夫だし」とララぴょんは嬉しそうにニンマリと笑う。

「勝手に決めんなよ。でもさワタシだって両性具有者の妊娠も出産も立ち会ったことなんかないんだよ。何が起こるかわかんないんだよ。それでも産みたいのか」典子は少し不機嫌に言う。

「お姉ちゃんらしくもない。妬いてんの。カタツムリだって雌雄同体だから大丈夫よ」と陽気なララぴょん。

「お前は、ミミズやアメフラシといっしょか」典子はそう言ってゲラゲラと笑いだした。

「ララぴょん名前決めてんだ。男だったら隼男。女の子だったら隼子にするんだ」ララぴょんはクククと笑う。

「ねえ、チンポのでっかいお母さん。君と同じ雌雄同体だったら?」典子がまた意地悪くいう。

「ふん、そんときは典子二世よ。知ってンだぞ。このクソ眼鏡。ララぴょんのオチンポに注射で変な薬打って、ワザとデカくしただろ。ええどうだクソ典子。白状しちまいなぁ」とララぴょん。

「バレちまっちゃあ仕方がねぇ。だって面白かったんだもん」と典子は生き生きと話す。

「このクソ眼鏡!馬鹿典子死んでしまえ。はぁやっと言えたわ。クソ典子ぉ」とララぴょんは笑いながら言う。

「お前!流産させてやろうか。いまお前の腹を蹴り倒してやってもイイんだぜ」典子が言う。こんな時の典子はほんとに楽しそうだとララぴょんは思った。

「うぐ。大変申し訳ごさいません。残酷大魔王様。このデカチン糞女が悪うございました」と言いながらもララぴょんの目は笑っている。

「じゃあ、お詫びのしるしにララぴょんが高校生のときに、ワタシが作ってやった『シコシコ大好きチンポ女の歌』を歌え」典子はむしゃくしゃすると父の目を盗んでララぴょんを裏庭で裸にして歌わせていた。はじめのうちは泣きながら歌っていたララぴょんだったが、あまりに頻繁にやられるので慣れてしまい。チンポコ振り回しながらノリノリでやるようになったのだった。

「はい!かしこまりました。本日は衣服をつけたままでお許しください」そういうと久しぶりに『シコシコ大好きチンポ女の歌』を歌った。典子は腹を抱えて笑う。ララぴょんも途中から笑って歌えなくなった。馬鹿な姉妹は笑い続けた。

 典子はララぴょんが子供のころ好きだった。ドクターペッパーの缶ジュースをだした。

「ありがとう。お姉ちゃん」とララぴょん。

「うん。お大事に。お酒飲みすぎちゃ駄目ですよ」と典子。

「はい。なんかお医者の先生みたい」とララぴょんが言う。

「先生だよ」と典子は笑う。


 典子は特別治療室の金属製の重厚な扉を開く。花蓮は制服を来て椅子に座っていた。

 不敵に笑う花蓮の顔みてなにかをたくらんでいるのだなと典子は思った。案の定古いデータを保存している外付けハードディスクが花蓮の前に積まれていた。

「典子って髪長かったんだ。あれ何年ぐらい前かな。あっ十年前のデータって見たわ。典子ってマゾだったんだ。あんな動画見られたら信用なくしちゃうんじゃない。若い時はクリトリスにピアスしてたなんてねぇ」花蓮が意地悪く笑う。

「やっぱりアンタは、ワタシの秘密を探ろうとここに来るようになったんだ」典子は、花蓮が尻尾をだすのを待っていたのだった。

「そうよ甘いなぁ。先生の恥ずかしいデータは全部もらったわ。スマートフォンを壊したって海外サーバーに置いてて、アタシになんかあったら世界中に配信される仕組みになってるんだ。もう先生もアタシの奴隷よ」勝ち誇ったように笑う花蓮。

「なんで?なんでワタシが奴隷になるの?そんなもん見たいヤツがいたら、好きなだけ見ればいいじゃない」と言って典子はメンソール煙草に火をつける。

「ホントかしら全裸で首輪つけられて外でオシッコさせられてる動画は笑っちゃった」花蓮はこれでもかという風だ。

「あぁ、アレか懐かしいなぁ。一緒に見ようか」典子はパソコンの電源を入れる壁に吊られた大きなモニターも点灯する。花蓮の前から外付けハードディスクをひとつ取ってケーブルで接続する。

 典子は煙草をふかしながらパソコンの準備が整うのを待つ。

「コレだろ」典子はモニターに映った過去の自分を見る。髪は長く眼鏡はかけていない。少し濃いめの化粧で、別人のように華やかだ。

「この頃ねコンタクトしてたんだ」と典子は懐かしそうに言う。

「大きな画面だとクリトリスだけじゃなくアソコにいっぱいピアスつけてる。乳首にもピアスつけて馬鹿じゃない」と花蓮は嘲り笑う。

「そうだね馬鹿だね。でも、こんなかっこうをして虐めてもらうのが嬉しかったんだ。この首輪を引っ張ってる男のことが、ほんとに好きだった」典子はほんとに懐かしそうに映像を見ていた。

「こんな変態親父のどこがいいの?アホくさ」花蓮は生意気に典子を罵る。

「でもさ、この人死んじゃったんだ。オートバイの事故でね」典子の瞳からひとつぶの涙がこぼれる。

「そりゃ泣いちゃうよね。こんな動画を世界中にまかれたら恥ずかしいよね。同情をひいて許してもらおうと思ってンでしょ。大人なんてみんな同じ。みんな馬鹿」花蓮は意地悪く満面の笑みを浮かべて言う。

「おいクソガキ!勝手なこと言ってんじゃねぇぞ」典子はそういうと花蓮のスカートに手を突っ込むと人差し指と親指で小さなクリトリスを力任せにつねる。

「ぎゃああああ!痛い!うがぁ!やめてぇつぶれちゃうぎゃああああ」花蓮は大声で叫ぶ。

「お前がさァ誰に何をしようがかまわねぇけど、アタシの思い出にその小便くさい足で踏み込んでくるんじゃないよ」典子は万力のような握力でさらに強くつねる。

 花蓮は壊れたおもちゃのようにのたうち回り絶叫し続けた。


 典子は失神した花蓮を特別治療室のベッドに両手両足を固定すると、花蓮の家に電話をかける。

「剣持クリニックの、剣持典子と申します。海林花蓮さんのことでお話したいことがございまして、お母様でいらっしゃいますか」と典子は言う。

「はい、海林ですが花蓮がなにか」雅子は昼間の自慰行為を邪魔する電話に不快感しかなかった。

「花蓮ちゃんなんですが、肛門に空き缶を詰め込んで抜けなくなったらしいんですがなにか心当たりございますか?三週間ほど入院が必要です。空き缶になにか心当たりありますか?事件性があれば警察に通報しなければいけないので、お電話さしあげました」と真面目な声でニヤニヤと笑っている。

「警察……いや、そんなことはないと思います。花蓮と話せますかしら」雅子は面倒事だけはごめんだと思った。

「空き缶は抜けました。かなり大変な手術でしたので、麻酔でしばらくは起きないと思います。まぁ報告までにお電話致しました。うちは小さな病院なので面会はお断りしますが何か花蓮ちゃんにお伝えすることはありますか?」と典子は、母親が花蓮の言ってたような女なのか様子を伺った。

「いえ、特に伝えることはないんですが、空き缶はですね。うちの主人が毎日玄関に置いてるので花蓮が靴を履こうとした瞬間に偶然お尻に入ったんだと思います。花蓮は我慢強い娘なので、我慢しちゃったのかと思います。娘をよろしくお願いします」雅子は少しでも表沙汰にならなように話をつくった。

「それじゃ花蓮ちゃんの記憶が戻ったら連絡させますので時間のあるときでも保険証をお持ちください」典子は笑いを堪えて言う。

 それから数時間後に、クリニックに一人の女性が現れた。顔立ちの良い上品な感じがする。典子はこの顔は花蓮の母親に違いないと思った。

「お世話になっております。花蓮の母の雅子と申します。この度は大変お世話になりまして申し訳ございません。ふしだら、いえふつつかな娘ですがよろしくお願いします」と雅子は病院に保険証と菓子折りを置いて、花蓮の様子も聞かずにすぐに帰っていった。

「母親ってあんなもんだっけなぁ。それにふしだらであってるよ」と典子はボソッと声にだした。なにか納得が出来なかったが花蓮がああなったのがわかるような気がした。診察室でドクターペッパーを飲む。何故かこのドリンクを見つけると買ってしまう。

 花蓮はしばらく特別治療室に監禁しておく事にした。花蓮を縛り付けてあるから裏稼業が出来ないので予約を入れてた四人の患者に電話をする。三人は繋がったので機器のメンテナンスに少し時間がかかる。安全のためだから待ってくれと告げた。一人だけ連絡がとれなかった。古い馴染みの刑事で名を黄門大造という。

「まぁいいか」とスマートフォンを机においた瞬間に着信が入る。

「あ、黄門ちゃまからだ」典子はすぐに電話に出る。

「あ、はい典子です。え!なんで花蓮のこと知ってんの……富士見が殺された。……わかった病院で待ってる」典子は富士見が射殺されたと聞き、あの日に歩道を歩いていた隼人のことが気になった。


 典子は黄門ちゃまが来ると、特別治療室に招き入れ簡単に花蓮のことを話した。

「のりピーも、その子を殺すよう頼まれたんじゃないの。気にしなくっていいよ警察でも、その子が死んだら事故死って決まってるから」黄門ちゃまはベッドに拘束された上に口をボールギャグでふさがれウガウガともがく花蓮を指さす。

「あんただけだよ。ワタシのことをのりピーって呼ぶの。そっかとうとう社会的に抹殺されちゃったんだ花蓮は……」典子はだいたいの察しはついていた。

「でだ。富士見さんの殺される前の着信記録から、のりピーの電話番号が出てきた。で、のりピーが花蓮を匿ってることを富士見さんは知ってた。まさか殺ってないよね」黄門ちゃまはいつものように笑いながらスナック菓子のポリッピーを典子に差し出す。

「のりピーとポリッピーか、駄洒落にすらならんが、もう何百回とやってるね」典子は自分が疑われていないと確信する。

「あんたが銃を使うわけないのはわかってるから……刑事じゃなくて古い友達として詳しいとこ教えてくんねぇかなぁ。俺も知ってることを先に話すからさぁ」と黄門刑事は言った。

「花蓮に聞かれないとこで話そ」と典子は立ちあがる。

「さっきから気になってたんだけど、あの娘の股間に吸い付いてるガラス瓶みたいのはなんだい」

「おイタが過ぎたので罰としてアイツのおマメをデカくしている。大人の親指ぐらいにしてピアスだらけにしてやる」

 典子の声が花蓮に聞こえたようで、

「フガァー!フガァー!」花蓮は典子の顔をみてなにか叫びだす。

「のりピーって、やっぱ頭おかしいよな」黄門ちゃまは重厚な扉をあけた典子に続いて特別治療室をでる。


「黄門ちゃま花蓮を始末したい連中って市長?」典子は聞いた。

「いや、もっと上だ。よっぽどカンに触ったんだろう。のりピーも遊び終わったらサッサ捨てちまいな」黄門ちゃまが言う。

 二人で病院の外にでてゲレンデバーゲンを停めてある場所の壁にもたれてタバコをふかす。

「ワタシも富士見から花蓮を消すように頼まれた。別に生きたまま廃人にしてもいいから、おとなしくさせてくれないかってね」と典子は言う。

「上が怒ってるのは、あの花蓮って娘が自殺ってかたちだが何人かを追い込んで死なせた事だと思うんだ。コレは俺の推測でしかない。もうすぐあの娘が自殺に追い込んだ話がSNSで拡散されて、あの子の家族も社会悪として叩かれるよ。でも富士見が殺された事だけが、繋がらないんだよ。お上の描いた筋書きに当てはまらないんだ。だからなんか知らない」黄門ちゃまはポケット灰皿をだし典子の吸殻を入れるように即す。典子は何故か隼人のことを言う気になれなかった。

「多分、事故だよ」典子は吸殻を渡し病院に戻っていく。

「やっぱり、なんか知ってんだ。のりピー話す気になったら連絡してよ」黄門大造は病院の向かえの駐車場に停めた随分年季の入ったブルーバードにむかう。車に乗り込むとエンジンをかけクラッチを踏みギヤをニュートラルからローギヤに入れて発進させる。

「暑くなる前にエアコン直さねぇとな」散り始めた桜の花をみて独り言ちる。


 隼人は屋敷の自分の部屋に隠れていた。自分が幻覚をみて富士見を殺してしまったのだ。だが、このままこの部屋隠れていれば捕まらないかも知れない。刑務所にだけは入りたくなかった。これといった理由はなくただ嫌だった。もし警察が踏み込んで来たら富士見を殺したリボルバーで死のうと決めていた。銃身が短いので咥えて引き金をひこうと考えていた。

「あら、隼人ちゃん帰ってるのね。お母さんよ。お部屋かしら」母親が帰ってきたようだ。コンコンと隼人の部屋をノックする。

「ママ」隼人がノックにこたえる。

「久しぶりじゃないの元気だった。ママさびしかっわよ」よく太った大柄な女が部屋に入って隼人を抱きしめた。

「ママ、また人を殺しちゃったみたいなんだ。またオバケが襲って来てさ……殺したあとですぐにママに連絡したのに……電話したのにママはどうして出てくれないの。いつもみたいに死体を片付けてくれたら、俺は隠れなくてもよかったんだよ」と言って隼人は泣きだした。

「ゴメンなさい。ママね、ちょっと忙しかったの。でも大丈夫よママが何とかしてあげる」そういうと母親は隼人のリボルバーを自分のバックにしまう。

 母親は隼人にチキンライスを作った。

「隼人ちゃんチキンライスに玉子のお布団かけてあげたわよ」少し水分の多めのライスと多めのケチャップでベタベタとしていた。そのうえに薄焼き卵を乗せて山ほどケチャップをかける。

「ママのオムライス久しぶりだ。俺スゴく嬉しい」

「隼人ちゃんオバケなんかいないのよ。隼人ちゃんが怖がってた。去年改装したのよ。あとで見せたげる」そう言ってニコリと母親は笑った。

「ママありがとう。もう俺でて行ったりしないよ」と隼人は涙目で言う。

「隼人ちゃんママ嬉しいわ。これからは二人でお仕事しましょう。あとで手伝ってくれるかな」


 隼人は久しぶりに開かずの間に入った。冷凍庫の横には新たに大きな機械が二つ増えている。それ以外は子供の頃にみた風景と大きくは変わらなかった。

「隼人ちゃんは、この冷凍庫の中にお父さんの死体が入っていると思ってたんでしょ。開けてご覧なさい」母親はニコやかに隼人に微笑みかける。隼人は意を決して冷凍庫を開ける。そこには男の死体も子供の死体もなかった。ただ、そこには大きな赤く染った布袋があった。

「隼人ちゃんゴム手袋をはめて、その布袋をプレス機に置いてちょうだい」

「わかったよママ」ずっしりと重かったが、母親の手を借りて隼人はプレス機のうえに布袋を置く。

「隼人ちゃん少し離れててね」母親はそういうとプレス機を作動させる。ぐしゃぐしゃと氷が砕ける音がする。

「次はね横にある大型ひき肉機に入れるの」母親は軽々とボロボロになった。布袋をバンと放りこんでだ。赤黒いミンチが大量にできあがる。

「後は冷凍庫に戻して小分けにトイレにながすだけよ。こうすれば人間なんて跡形もなく消えちゃうのよ。ね!親子で一緒に殺し屋をやればいいのよ」と母親は満面の笑みを浮かべる。

「ママ!俺が間違ってた。はじめからママの言う通りしてたら、こんなことにはならなかったんだ……」隼人は母親に抱きつき泣いた。


 隼人が落ち着くと母親は、隼人が富士見を殺した話と花蓮を消してしまう依頼を受けたことなどを聞きだす。

「あら、隼人ちゃんあなたも海林花蓮を狙ってたの。実はママもそうなの。最近この子の賞金が上がってるみたいなの」母親はインターネットの裏サイトに流れるガセネタを信じていた。


 花蓮はすっかり典子に服従するようになっていた。

「典子様お散歩に連れてってくださってありがとうございました」と四つん這いのまま首輪をつけ一糸まとわぬ姿で尻に突っ込まれた尻尾を振った。

「股間のピアスと胸のピアスどっちが気に入った」と典子は脚を花蓮の鼻先に突きだす。

 花蓮は嬉しそうに恍惚の表情を浮かべてペロペロと典子の爪先を舐める。

「花蓮の舌があんまりにも気持ちいいから、殺すのはやめることにしたわ」と典子は高まりきった欲望を堪えながら言うのだ。

「アタシをずっと典子様の犬にしてください」と花蓮はそう言いながら舌を膝から太股へと上がらせていった。


 雅夫がララぴょんからのメッセージを見てから一週間以上経っていた。

『マサ君ゴメン。日曜日行けなくなった。また連絡します』とだけ書かれていた。何かあったのかと返信するが未だに返信はない。

 「雅子、さいきん花蓮を見てない気がするんだけど気のせいかな」久しぶりにまっすぐ家に帰った雅夫が夕飯に出されたレトルトのカレーを温めながら言った。

「…あら、言わなかったかしら?塾の特別レッスンでしばらく泊まり込みよ」雅子は、娘が尻の穴に缶コーヒーを詰め込んで入院してると知ったら、この『家畜マッシグラ』はなにを騒ぎ出すかわかったものではないと思いソファに座ってテレビを見ながら嘘をつく。

「あぁそうだっけ」と雅夫は返事はしたが、頭の中ではララぴょんが気になって仕方がなかった。レンジで冷ご飯をあたためてカレーをかけて食べる。

「雅子!俺は辛口は苦手だって言ったでしょ」と雅夫は不機嫌に言う。

「ごめんなさい。シンクのうえに砂糖があるから自分で入れてちょうだい」と雅子。

「雅子!これ角砂糖じゃないか!溶けるのに時間がかかるんだぞ」雅夫は味音痴だった。

 雅夫はこのカレーに角砂糖を三個も入れたのにまだ辛いので、もう一個入れようかどうかと考えていたとき。

「これ雅夫さんの会社近くの公園よね」と雅子がテレビを指さす。公園でなにかが燃えている。

「放火らしいわよ。それも人に灯油かけてよ。怖いわね」雅子が見るテレビのニュースで助かった人達の映像が少しながれた。隼人の仲間の顔があった。雅夫は何となく見たような顔だと思いララぴょんのことが心配になる。

「雅子、オレちょっとビール買ってくる」雅夫はそう言って小銭とスマートフォンを持ってそそくさと家をでた。

 コンビニエンスストアで缶ビールを買い泌尿器科の近くにある小さな公園のベンチでプシュとプルトップをあける。ひとくち飲んでララぴょんに電話を架ける。

「あ!ララぴょん久しぶり雅夫です」雅夫はララぴょんが電話に出たので安堵する。

「マサ君何回もメッセージ送ってるのに連絡無いから心配してたよ。元気」ララぴょんのメッセージは雅子の手によってブラックリストに登録され、雅夫のスマートフォンには届かなかったのだ。

「そうなの届いてないよ。壊れたのかなァ。それより前にワイン飲んでた公園で放火があって大変らしいよ。ララぴょんになにかあったかなァと思って電話したの」と雅夫が言う。

「うん最近あの公園には行ってないから大丈夫だよ。それよりマサ君に報告があるんだ。ララぴょんね妊娠したんだ。おめでたなんだよ」とララぴょんが楽しげに言う。

「お め で た…あ、おめでとう」雅夫は、ララぴょん彼氏いたんだ当たり前だよなぁと思ったが、雅夫はかなりショックを受けていた。

「ありがとう。ン?マサ君どうかした」ララぴょんは、急にテンションの下がった雅夫を心配する。

「いやいや妻にお使い頼まれてて…ララぴょんが元気でよかった」何故か半泣きな雅夫。

「ありがとう。忙しいのに電話してくれたんだ。マサ君ゴメンね。じゃ電話切るね」とララぴょんは電話を切った。

 雅夫はグイグイと缶ビールを飲み干す。

「最近この公園おしっこ臭いんだよなァ。浮浪者でも住み着いたのかなぁ」

 雅夫が背にした植木の草むらがガサガサと音をたてた。雅夫が振り向こうとしたとき公園に女性が駆け込んできた。

「すいませんウチの犬を見ませんでした。散歩中に逃げちゃって」ショートボブで黒縁メガネの薄化粧で華奢な女性が雅夫にたずねた。

「見てませんけど、どんな犬ですか?種類はなんですか?」雅夫は、時々白衣を着てコンビニエンスストアで会う女性だと思った。

「華奢で綺麗なメス犬ですよ。胸と股にリングがついてるからすぐわかると思います。種類は……あ、ヘンタイドエム種です。あっちのコンビニの方に走って行ったんですけど、ワタシ足を挫いちゃって見てきてもらえませんか」と女は言う。

「じゃオレ見てきます」と言って雅夫は空き缶を片手にコンビニエンスストアに向かって走っていった。典子は植木の後ろにまわり白目を剥いて失禁している飼い犬のリングをクイックイッと引っ張って、

「サイコーでしょ」と聞く。

「おおぉーんぁおおぉーん」とメス犬は歓喜の声をあげた。

 雅夫が新しいビールを買って公園に戻ると、もう女はいなかった。また異臭がする雅夫は植木の裏にメス犬がいるかもしないと思い行ってみる。

「何もいないな……ぎゃああああ」雅夫はぐにゅっとした柔らかな踏み心地が足の裏にまとわりつくのを感じた。

「踏んじゃったよ!飼い主持ってかえれよ」と雅夫は叫ぶ。


 典子はもう花蓮を親に返す気がなくなってしまった。ならばと思い病院ではなく家に連れ帰った。ゲレンデバーゲンに花蓮を乗せ二人で典子の家に帰った。病院はしばらく休みにすると決めた。花蓮と二人で愛しあうのだ。きっと自分も変われるだろう。典子はそう考えていた。

 車をガレージに入れると花蓮から首輪を外す。

「花蓮、新しい家だよ。今日から服も着せてあげる」と微笑み典子が言う。

「花蓮は犬だから、服なんか着たくないバウ」と花蓮は典子を睨みつける。また、両親のように人形のように扱われるのが嫌だったのだ。花蓮が愛したのは奴隷や犬畜生と自分をいたぶる鬼畜のような典子なのだと伝えたいがための反抗なのだ。典子はハッとして我に返る。そうだ自分もむかし愛した男に鞭打たれることに喜びを感じていたのは、単なる性的な欲望ではなかった。あの人も自分をいたぶる事に快楽を感じていたのではなかったのかも知れない。そこにしか二人の接点がなかったがために彼は典子を性奴隷としての犬という役を与えたのだ。自分もそれに気付きながら真実を封じ込め、お互いが愛しあうための演出を続けていたのだ。だからこそ花蓮にとって典子の見せかけのような優しさこそ最大の裏切りなのだ。花蓮は瞳に涙を浮かべメラメラと怒りの炎を燃やしているのだ。

「嘘だよ。犬畜生の分際で!おまえがどんな風にするか見たかっただけなんだよ」と言い。いつもよりもキツく首輪をしめる。

「ありがとうございます典子様。そんなに……首を締めつけてアタシを殺し……たいのですかッ…うぐ、苦しい…お願い…ゆるめて」花蓮はこんな形でしか二人の愛はなりたたない。お互いが禁断の果実なのだと。そしてまた典子もその花蓮の心を感じ共感する。故にこれこそが偽りのない真の愛なのだと。


 ララぴょんは朝から洗濯機を回しながらテレビのニュースを見ていた。雅夫の言っていた三日まえの事件が気になっていたからだ。オフィス街の公園放火殺人事件という名で話題になっている。三人の死者がでたのだ。

 死亡した被害者の名前に隼人の名があったからだ。昨晩ながれたニュースの映像のなかに気になる事があったからだ。

 放火殺人のニュースをアナウンサーが話しだした。ララはスマートフォンをかまえて動画で録画をはじめる。またララぴょんが気になっていたシーンが流れる。

「…間違いないわ……」動画撮影を止めてテレビを切る。


 ララぴょんはワインボトル片手に電車にのった。昼間の電車には大学生と思われる男女が多かった。ララには超ミニをはいた女子大生が眩しかった。

「一度でいいから、あんなの着てみたいなぁ……クソ眼鏡め」とつぶやき、そんな自分がおかしくってニヤニヤと笑う。目的の駅で降りてぶらぶらと住宅街を歩く。電車の中で赤ワインを飲み干してしまったので公園の横のコンビニエンスストアで、また赤ワインを買う。レジで支払いを済ますとすぐに金属キャップをカリカリとあけて金属キャップは店内のゴミ箱に捨てた。

「ありゃ」典子のクリニックに来たのだが『しばらくの間おやすみいたします』と典子の文字で書かれていた。

「なんだよ電話すればよかった」ララぴょんはスマートフォンを取りだして典子に電話を架けた。典子は家にいるので来いと言った。ララぴょんに紹介したい人がいると言う。隼人のニュースは知らないようだった。

「じゃ行くわ」とララぴょんは電話を切った。

 ララぴょんは赤ワインをグビグビと飲んでいると目の前に年代もののブルーバードがとまった。運転席から六十歳前後の髪の薄い小柄な男が降りてきた。

「ララちゃんかい?」と男は言った。ララぴょんは男の顔をまじまじと見る。

「あ!黄門ちゃまぁ」と嬉しそうに笑う。

「随分と綺麗になったねぇ」と黄門大造は笑う。

「黄門ちゃま。おじいちゃんじゃん……どしたの」と不思議そうにララぴょんは笑う。

「何年経ってると思ってんの?お姉ちゃんに用事があって来たんだけど、いるかな?」黄門は困ったように笑った。

「病院しばらく休むみたい。いまからお姉ちゃんの家で会う約束してるから一緒に行こうよ」とララぴょんは助手席に乗り込んだ。

 ブルーバード510は軽快に走り出した。


 黄門大造はブルーバード510を典子のだだっ広いガレージに入れて、彼女のコレクションを見ている。

 ベンツのゲレンデバーゲン、日野のコンテッツァ、スズキのカタナ、スズキの隼、スズキのジェンマ50、ドゥカティのダーマ、ホンダのCRM250、ホンダのCT110、インディアンのアマゾネス、ヤマハのSR400、ヤマハのRZ350、ヤマハの初期型ジョグ。

「アマゾネスかよ!こいつァフォルクスワーゲンのエンジン積んたバイクじゃねぇか。こんなもんよく残ってたね」黄門は驚いた。

「まぁね、父さんの遺産みたいなもんかな?半分は父さんのだよ」と典子が言う。

「このコンテッツァもだろ」と黄門が笑う。

「うんそうだ。メンテナンスはちゃんとしてるから、いつでも走るよ」典子は自慢げに言う。その横でつまらそうなララぴょんであった。

「お姉ちゃん。こないだの放火殺人のはなし知ってる」ララぴょんが言った。

「なんのこと?」典子はキョトンとしている。

「三日ぐらい前に父さんがつとめてた会社の近くで放火殺人があったの」とララぴょんは説明する。

「へぇ物騒だね。で、ワタシになんか関係あんの?」

「死亡者の名前に隼人くんの名前があんのよ」とララぴょんは言った。

「やっぱり、のりピーの知り合いだったのか」と黄門が反応したのだった。

「え!黄門ちゃまは、そのことでワタシにあいにきたの」と典子は驚いていた。

「あ!そういや黄門ちゃまって刑事だったわ」ララぴょんは子供のころの記憶をよみがえらせる。

「三人が焼死したんだが、そのうちの一体がその隼人だ。それだけが遺体の損傷が激しいんだ。そいつが自分で灯油を被って自殺して二人が巻き添いになったんじゃあねェかって話しになってんだが、なんか引っかかってなぁ。顔も手も損傷が激しいんで母親の遺伝子鑑定で一致したんだが…」黄門はそう言うと渋い顔した。

 ララぴょんは一瞬ハッとしたような顔したが何も言わなかった。

「なぁ、のりピー聞かせてくれねぇか」と言いながら黄門はポリッピーを渡す。

「ワタシが知ってるのは富士見さんのバーを出て車で走ってたら隼人が近くの歩道を歩いてたのを見ただけよ。他にはなんにもない」典子はポリッピーをララぴょんに渡す。ララぴょんはポリッピーの袋をあけて食べだした。

「やっぱり、そうか。富士見を殺したと思われる拳銃が近くに落ちてたんだ。弾丸が一致した」黄門は一呼吸おいてから、

「隼人には覚醒剤所持で前科があるんだ。拳銃には隼人の指紋がベタベタ着いてた。これでもかってくらいに…」

「実はワタシ一年ぐらいここで隼人と暮らしてたんだ。じゃぁ富士見を殺したのは…隼人。でもなんで……家では薬なんかやらなかったし」典子はそう言ってから、隼人は典子に対して虚像しか見せていなかったのだと納得した。

 ララぴょんはなにも言わなかった。

「とりあえず少しつじつまがあったわ。またなんかあったら来るわ」黄門ちゃまは510の運転席でエンジンをかける。

 典子は電動シャッターをあけてやる。ブルーバード510はゆっくりとガレージをでていった。ララぴょんは車が見えなくなってから、

「お姉ちゃんこの写真見て」とテレビの画面を録画した動画を見せる。

「これ事件のあとの撮影だよね」と典子が言う。

「そだよ後ろ姿だけど、この大っきいオバチャンの横にいるのって」ララは言葉を切った。

「ワタシもそう思うけど他人の空似ってこともあるしな」と典子は関わりたくないのだ。ガレージのシャッターをおろす。

「黄門ちゃまに言った方がよくない」とララぴょんは真面目に言う。

「まぁ家に入って」典子はそう言ってガレージをでた。


「おい!クソ眼鏡。何やってんの!ホントに頭がおかしくなったのか?これ未成年者を拉致して監禁してんだぞ!どこをデカくしてやってんだ。こんなとこにピアスつけて。おまえコレは立派な犯罪だぞ」珍しくララが本気で怒っている。典子は逆らうこともなくララの言葉を受けとめていた。

「なんでこんな事やってんだよ。クソ典子」ララぴょんは満身の力をこめて膝蹴りを典子の腹の真ん中に打ち込む。典子は避けもせず受け身も取らずララの蹴りをまともにくらった。

 典子はそのまま後ろに飛ばされ壁に背中をぶつけてから前のめりに倒れてゴホゴホと呻いていた。

「なんで避けなかったの、アタシの蹴りぐらい簡単にかわせっでしょ!」

 典子は呻きながら立ち上がった。まるで、もっと殴ってくれというようだ。ララの気迫に固まったまま花蓮は、いつもの全裸メス犬スタイルで呆然としていた。

「ヤダよ。コレでもアタシのお腹には大事な赤ちゃんがいるんだ。無駄な力を使わせないでよ。お姉ちゃん何があったの聞くからさ…そんなふうにさ、お姉ちゃんらしくない顔しないでよ」ララぴょんはフウとため息をもらす。

「おまえは、なんか着ろ」ララぴょんがキッと睨んで花蓮に言うと慌てて部屋においてある典子のトレーナーを着た。

「ガレージ行こ…おまえってけっこう強くなってたんだな。多分あばら骨折れたわ」典子はゴホゴホと咳込みながら、よろよろと部屋を出て行く。


 ガレージにはいると典子はへたりこんだ。

「おまえ、本気で蹴ったろ」と典子はララぴょんを睨みつける。

「お姉ちゃんが猿芝居に付き合えって言うから、こんなチャンスは二度とないじゃないですか」楽しそうなララぴょん。

「これで花蓮は、ララぴょんのことをワタシより偉いひとだと思ったはずなので、しばらく面倒を見といて」と典子は言った。

「そんなに上手くいくかなぁ。ホントに猿芝居好きだよね。何回目だろうなぁ。アタシが覚えてるだけでも六回はある。上手いこと行ったことあんの?」とララぴょんは心配そうに言う。

「とにかく花蓮は、あちこちから狙われてるから、ここで匿うのが安全だ。もしくはララぴょんのマンションでもいいから。ワタシは黄門ちゃまに紹介してもらった偉いさんに、会いに行くので半日ほど見といて」典子はそう言って立ちあがる。

「なんで、あんな子供が狙われてんの?」とララぴょんが聞くので、花蓮が狙われる理由、花蓮の悪行などを話す。

「ええ、あの子そんなにタチ悪いのぉ。そんなのほっときゃイイじゃん。まぁお姉ちゃんにもしものことがあれば、アタシは知らんからね。保健所とゴミ箱どっちがいい?」迷惑そうにララぴょんは言う。

「冷蔵庫に満タン赤ワイン入れてあるから。ワタシが帰ってくるまで頼む。絶対帰るから」と言いながら典子は脇腹をおさえてゲレンデバーゲンに乗り込む。電動ガレージが開く。


 黒光りするポンティアックファイアーバードトランザムが轟音をたてて高速道路を走る。 純正でボンネットに大きく金色の鷲の描かれたマシーン。イーグルマスクと呼ばれるファイアーバードトランザムだ。助手席で、

「ママ、本当に大丈夫かなぁ」と隼人が不安そうに座っている。

「もちろんだよ。さっきアンタに身分証明書やったろ。あの子が変わりに死んだから大丈夫だよ。ママはねぇほかにも子供がいるんだよ。でもアイツは隼人くんとは違って顔も性格も不細工だったから、ちょうど良かった」と母親は大声をあげて笑った。

「次の出口を降りたら、海林さんの家はすぐだよ」

 車内にはドゥービーブラザースの『テイクイットイージー』がご機嫌に流れている。


 雅子が昼食済まして、いつものように食後の自慰行為に没頭していると玄関から呼び出し音が響く。

「ああぁ!もうイイところだったのに」美形のアイドルに耳元で愛の言葉を囁かれ雅子の中に入って激しく暴れている真っ最中だった。

 雅子は股間から電気で動く男根を抜きとるベッドの上にほうりだし玄関モニターのあるキッチンへと急ぐ。ベッドのうえでは男性器を模したシリコンで出来た棒がモーター音をたててクネクネと奇妙に動き続ける。

「はいっ」と不機嫌に出る雅子。モニターに写った顔を見て雅子は返事をしたことに後悔した。

「近くまで来たもんだからよったの。今日ちょっと暑くって休ませてよ」モニターカメラに写ったのは昔からの友人のリエだった。

 雅子は玄関にカギをかけていないことを思い出し焦る。雅子はお楽しみのためノーパンミニスカポリスのコスプレをしていたからだ。

「おじゃま〜す」リエは玄関の扉をあけて海林家に侵入して来た。

 「どうしよう」慌ててトイレに隠れる。

 リエが家の中を歩き回って雅子を探している。少ししてトイレの前で足音が止まる。

「雅子ったらトイレに隠れてもダメよ。あなたのベッドの上で面白いモノをみつけたのよ」リエはシリコンの電動バイブレーターのスイッチを入れる。キュンキュンキュンキュンと廊下にモーター音がこだまする。

「ほうとに、我慢できないわ」雅子の怒りは限界にたっしていた。トイレのカギを開け出ようとした時。誰かがドタドタと土足で家に入って来た。

「お前が雅子かい」女の声がした。

「え!なに!あなたたち」リエが怒鳴っている。雅子はトイレにカギをガチャと閉めた。

「ママ!トイレにいるよ」若い男の声がした。

 なんだか物騒なことが起こっているようだ。リエの叫び声が聞こえた。

「その女を車に連れて行きなさい」野太い女の声がした。その後ガンという音と揺れが室内に広がる。ガンガンと何度も繰り返される。どうやらトイレのドアに体当たりしているようだ。ミシミシとドアがきしむ。ガギッと嫌な音が鳴ってカギが外れた。ゆっくりとトイレのドアが開かれる。廊下には太った大きな女がいた。女は腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。

「ミニスカポリス!最高だネ」そう言って大きな女はまた笑った。

 雅子は逆らう気力もなくアメリカ製の黒い大きなスポーツカーにの助手席に乗せられた。

 車の中では古い洋楽が流れているが、リエの悲鳴でよく聞こえない。後部座席ではリエが若い男に無理やり犯されていた。若い男の目が狂気に血走りワケの分からない事を吠えるように口走っている。

「クソ眼鏡!典子死ね。おまえのせいだ。ママありがとう!うおおおおぉ」

 リエは髪を引っ張られたり、殴られたりして泣き叫んでいる。

 恐怖のあまり雅子は絶叫した。

「キャアアアアアアアアアアァ!」


 典子は山道をゲレンデバーゲンで走っていた。黄門大造に紹介された者の名前は剣持鶴と聞かされた。鶴とは典子の死んだ母の名前なのだ。典子は間違いなく母が亡くなったことを見届けていた。同姓同名か母の名をかたっているのか、後者なら悪趣味な話だと典子は考えていた。車を走らせて行くと黄門が話していた神社があった。大きな鳥居の手前に駐車場があった。ホロを貼ったジープの様な赤い小さな軽自動車が止まっていた。

「スズキのジムニーか!しかも、コイツはツーストロークエンジンだな」典子は塗装がやけてツヤのないジムニーのよこにゲレンデバーゲンを停めた。典子は車を降りると少し離れて二台の車を見比べる。大きさの差こそあれシルエットが酷似している。

「なんだか親子みたいだ」典子は車達に話しかけた。

「そうだね」後ろから女の声がした。

 典子はハッとして振り返る。生い茂った樹樹の影にいるため暗くてよく見えないが女がひとり立っていた。

「剣持典子といいます。黄門さんの紹介でまいりました」と典子が挨拶をすると、

「ついてきて」と女は言い歩きだす。古い寂れた神社は鬱蒼と茂った樹樹の中に埋もれるようにあった。女は祠の前で立ち止るとスマートフォンを操作している。典子はこんな場所で電波が来るのだろうかと考えていると、静かに機械音がして祠が上にあがりはじめた。そして三メートルほどの高さでとまる。祠の下には金属製の円筒があり、そこには扉があり、扉はスライドし自動で開いた。

「さぁ乗って」と言うと女は中に入っていく。典子も続いて金属製の筒のなかに入った。

「エレベーター!」典子は驚く。

「そう。典子ひさしぶりだねぇ」女がニコリと笑った。

「え!お母さん。なんで」典子は葬儀で母の死を確認したのだ。

「誰なの。お母さんの格好でワタシに会うってどういうこと。それに亡くなった頃からほとんど老化していないじゃない」典子は母を騙る女に怒りをおぼえる。

「あんたのちっちゃい頃の犬のぬいぐるみの名はウサピョン。幼稚園のころは裏庭でオシッコするのがクセだった」と母の顔をした女が言った。

「なんで…それを」典子は母と自分しか知るはずのない情報を聞かされ唖然とする。

「だから剣持鶴って教えたでしょ」と女は母の名を名乗る。そしてエレベーターのボタンを押す。

 地下に巨大な施設があった。典子は殺風景な廊下を歩き、奥にある部屋に通される。その部屋には典子の子供の頃の写真と、鶴が知るはずのないララぴょんの子供の頃の写真が飾られていた。

「典子、驚いただろうね。私も二度と会うことはないと思ってたよ」剣持鶴と名乗る女が言う。

「母さんは死んだのよ…ワタシが小学生のころよ……」典子はなにが起こっているのか分からなかった。

「そう。たしかに私は死んだ。信じるかどうかはさておき、説明はするから聞いてもらえる?」鶴と名乗る女は言う。

「ああ」典子はこたえた。

「今の私の身体は、剣持鶴のクローンに死亡寸前の自分の記憶を移したものだ」鶴のクローンと名乗る女は典子にコーヒーをだす。

「どういうこと。意味がわからない……」典子はコーヒーを受け取る。

「典子とララが、どうして並外れた運動能力を持っているか不思議に思ったことはないかな?」と鶴は言う。

「たしかに……」典子が鶴をみつめる。

「私たち家族は、この国が帝国だったころに造られた生体兵器の試作機なんだよ。その開発は敗戦後も続いていた。この秘密基地でいまも研究は続いているんだ。典子もララも私も遺伝子組み換え人間兵器みたいなもんで、銀次さんは監視役だったって言ったら信じる?」鶴が言った。

「あんたは、何を言ってるの?ワタシが産まれたのは戦争が終わって随分経ってからよ」典子は応えた。

「ガラス管で培養保存されてたら。どうにでもなるでしょ」鶴は真剣な顔で言う。

「もし、それがホントだったなら、なんで今更アンタがワタシの前に現れたの?」典子は面倒くさそうに言った。

「緊急事態だからさ」鶴が言う。

「緊急事態ってなんの?」典子はコーヒーをすする。

「隣国も遺伝子組み換え生体兵器を造っている。私たちは日々そういった脅威から秘密裏に、この国を守っている」鶴がモニターの電源を入れる。

「スポンサーにだけ見せているコマーシャル広告を典子にだけ特別に見せてやるよ」

 モニターに全裸の男性が映し出される。

『PX-103』量産型巨根兵とテロップがでる。

 たしかに男のペニスはララぴょんのように大きかった。

「彼らの遺伝子にはこのウオッチ型のスイッチで肌を金属のように硬貨させ銃弾や炎から身を守ることが可能です」とナレーションがながれ、モニターにダイヤルのついた腕時計型の機械が映し出された。シーンが変わり巨根兵がそのウオッチ型のスイッチを押す。すると巨根兵の全身が銀色に変わり燃えさかる炎の中を歩いていくシーンが派手な音楽と共に映され、続いて軍服を来た男が現れマシンガンで巨根兵を狙い撃つ。数秒間マシンガンで射撃される映像が続くが巨根兵は弾丸をはじいて歩いて行く。

「そして彼らは自分の尿から液体の弾丸を作りだし男根銃で標的を撃ち抜くことが可能です」とまたナレーションが流れる。新しいシーンでまた巨根兵がウオッチ型のスイッチを操作する。みるみるうちにペニスは勃起していく。巨根兵は両手でシルバーボディの巨根をかまえて標的の乗用車を目掛けて弾丸を連射する。あっという間に乗用車のドアは蜂の巣のように穴だらけになり、やがてドアはガタッと外れた。巨根兵がウオッチ型のスイッチをまた操作する。ペニスは薄く成るが更に長く伸びて日本刀のような形状へと変化する。

「弾切れの時でも巨根兵は形状を変化させる事により強力な剣で敵を破壊することが可能です」というナレーションのあとで、闘牛場に出てくるような雄牛がアップで映しだされる。それから画面は引いて行き、巨根兵と雄牛が映る。雄牛は猛々しく巨根兵に襲いかかる。画面はスローモーションになり巨根兵は中に舞い上がり雄牛に剣を振り下ろす。

 シーンが変わりウオッチを操作して人間の姿に戻る巨根兵。彼の後ろには首と身体を切り離され転がる雄牛がいた。いまどき珍しいプログレッシブで派手な曲が流れ映像は終わる。

「なんの冗談?」典子はニヤニヤと笑っている。

「やっぱ、信じないよね」と鶴は言って部屋ある電話機をとり内線をかけた。

「サブちゃん練習場に来てちょうだい」電話の向こうから男の声が聞こえる。鶴は受話器を置くと。

「典子ついてきて」といい典子を部屋のドアへとうながす。

 真っ白な無機質な廊下を歩いて、練習場と呼ばれるコンクリート打ちっ放しのだだっ広い部屋に入る。そこにはサブと呼ばれる黒いツナギを来た男がいた。

「典子、本気でサブちゃんと戦ってみて」鶴が言った。

 典子はいきなり回し蹴りでサブの頭を狙った。サブは左腕で典子の蹴り受けようとするが危険を感じ後ろに飛び退く。

「危なかった。腕で受けてたら折れてたな」とサブ言ってニヤリと笑う。

「鶴さん!彼女は鶴さんと同じ二型ですか?なんかスピードもパワーも桁違いですよ」サブは鶴に話しかける。

「典子は、二型特よ。サブが硬化して同等かもね。チェンジして」と鶴が言う。

「いいんですか?死んでも知りませんよ」と言いながらウオッチのスイッチを入れる。サブの肌がステンレスのように変化した。はじめに通された部屋でみた映像と同じだ。サブは先程とはスピードが段違いに早くなっている。典子にまっすぐ右の正拳突きを打って来た。

「速い!」典子はひらりと交わしサブの足を払う。サブは、そのままひっくりがえった。典子は後頭部を目掛けて凄まじい蹴りを連打する。

「いくら硬い装甲でも脳が震えて立てないだろ」と典子は笑いコマーシャル広告の映像で見た操作でサブのウオッチを操作し、サブの装甲を解くと、無防備な下半身の睾丸を目掛けて狂ったように何度も何度も踏みつけた。失神し泡を吹いて動けないサブ。

「二型特ってなんだよ。気に入らないわ」典子は狂ったように焦点の定まらない目でポツリという。

「行こうか、さっきの部屋へ」鶴はそう言ってから壁にかかった電話機で救護班を呼ぶ。

 典子は酔っ払ったようにユラユラと鶴の後ろを歩くのだった。

 部屋に戻りソファに座る典子。

「落ち着いたかい?」鶴が典子に話しかける。

「ずっと落ち着いてるよ」典子はギロリと鶴を睨む。

「でさ、緊急事態ってなんなの?」典子は静かに言った。

「この子さ知ってるんでしょ」と鶴が一枚の写真を見せた。その写真にはまだ子供っぽさがのこる美少女が微笑んでいた。

「花蓮!」と典子はそのまま口をつぐんだ。

「やっぱり知ってんだ。何処にいるか教えて。コイツは敵国の新型人間兵器なんだ」鶴は典子をじっと見つめる。

「なぁ母さん。ワタシさぁアンタが何言ってんだかわかんねぇの。だってさァララぴょんも花蓮も兵器なんかじゃ、ねぇんだよ!」典子は鶴の顔面に渾身のひじ打ちを叩きつけた。鶴はそのまま膝から崩れ落ちて気を失った。典子は部屋をでてエレベータールームに向かい地上にたどり着く。

 典子はゲレンデバーゲンを走らせ帰路へ経つ。

「なんだかおかしい、あの口振りならワタシもララぴょんも監視されていただろうに、それにあんな隠された施設からあまりにも簡単にでれるなんて……」典子は独りごちた。

「ん……!」典子は右側の助手席のシートのうえに乗っている物に気付く。

「ウオッチだ。母さん……ララぴょんにわたせってことだね」典子は、鶴がララぴょんと典子のために、このウオッチを託したのかも知れないと考えた。車を道路の脇に停めてウオッチを自分の腕に巻き操作してみるが何も起こらない。

「やっぱり、ララぴょん用だな。母さんありがとう」典子はゲレンデバーゲンを勢いよく走らせた。


 雅夫は午前中の勤務から解放され昼食をとろうとオフィスのビルを出た。安くて味が濃くて添加物をたっぷり吸収できるチェーンの食堂店に向かっていた。最近血圧が高いことを健康診断で指摘され身体にいいものを食べようと考えていた。

「特盛りに味噌汁だけじゃなくてサラダも足せばいいんだよ」雅夫は足早に食堂店に向かう。頭の中でサラダにコレでもかというほどのシーザードレッシングをかけるイメージで頭の中をいっぱいにするのだ。ポケットでスマートフォンが震える。今日は何度も雅子から電話が入っていたのを忘れていた。

「なんだよ!はい…」と雅夫はスマートフォンに架かってきた電話にでた。

「雅子さんのご亭主かい?」知らない女の声だった。

「え誰ですか」雅夫は驚く。

「雅子さんは預かってるよ。警察に連絡したら奥さんは殺すからね」と知らない女が雅子のスマートフォンで言った。その後ろで雅子の助けを求める声が聞こえる。

「とにかく、こっちからの連絡を待ちな。そのあいだに娘の花蓮を探しておくんだよ」それだけ言うて電話は切れた。

 雅夫はすぐ会社に電話を架けて体調不良で早退するとだけ伝えた。そのまま昼食も取らず電車に乗り自宅へ向かう。

「花蓮は何をやってたんだ……」雅夫は空いた電車のシートに座り頭を抱える。

 雅夫が家に戻ると室内は無茶苦茶になっていてトイレの前に電池の切れた電動バイブレーターが転がっていた。雅夫はバイブレーターを拾い握りしめたまま寝室へ入る。雅子の衣服や下着が乱雑に散らかっていた。

「雅子は裸で誘拐されたのか?どうすればいいんだ」と雅夫はベッドに倒れ込む。

「そうだ。ララぴょんなら助けてくれるかも」と雅夫は変身ベルトでふざけながら巨漢を簡単に打ちのめした美女を思い出した。

 雅夫はスマートフォンでララぴょんの電話番号にコールした。


 典子が自宅に戻ると深夜を回っていた。ゲレンデバーゲンをガレージに入れて玄関を開ける。部屋に入るとなんとも言えない匂いがする。栗の花のような塩素のような匂いだ。典子は嫌な予感がした。応接間で花蓮が裸のままで四つん這いにされ腕と頭を床に力なく伸ばして震えていた。風呂場からはララぴょんのご機嫌な歌声が聞こえる。

「花蓮!どうしたの」と典子が心配して花蓮に近づく。

 「ゲボッゲボッ……グゲゲゲェー」花蓮は口から白濁したネバネバした独特の臭いのする液体を大量に吐きだした。

「この匂いって!精液……」典子は、花蓮の後ろ姿を見た。肛門も膣もパックリと開きピクピクと震えている。

「花蓮おまえ、どんなデカいもんを突っ込まれたんだ……あ!」典子はララぴょんがご機嫌な理由がわかった。典子は風呂場の扉を開けて、

「おまえ花蓮に何やったんだ」と典子はララぴょんに凄む。

「もう立たないっす。悪い子にあらゆる穴をお仕置してやったわ」ララぴょんが笑いながら言った。

「だって、あのガキからお願いしてきたんだよ。で変なんだよ。あいつに入れると、なんか酔っ払ってるみたいって言うか、夢ん中みたいな気分になって止まらなくなっちゃって気づいたら、こんな事に。結果お仕置してやったわ」と言ってララぴょんは快活に笑う。

「だが、尻から入れた液体が口から出てくるってどんな量だせるんだよ」と言った後で典子は、花蓮の機能は肉体の結合によって相手を催眠状態にしてコントロールできるとか、そういう機能なのだろうか?そして、ララぴょんの膀胱は普通の人間女性と比べでもかなり小さいが巨根兵は膀胱に溜まった尿を弾丸にして発射するシステムだ。だがララぴょんの膀胱の横には非常に大きな睾丸が二つある。それは排出するはずの水分を圧縮して睾丸に精液として貯蔵し、その精液を弾丸として発射できるのでは?と考えた。

「はぁ、なんか喉かわいた」ララぴょんは全裸のままキッチンに行くと一気にワインのボトルを五本飲み干した。

「あれ、全然酔わない。へんだな」と巨根をぶらぶらさせながら、また笑っているララぴょん。

「ララぴょん。話があるんだ」典子はララぴょんに行った。巨根化のイタズラも典子の遺伝子に組み込まれた情報だった可能性を考える。

「なに?」と言いながらララぴょんは六本目のワインボトルを空けた。

「さっきね。死んだはずの母さんに会って来たんだ」と典子は切り出し。鶴から聞いた話、自分たちが遺伝子を組み換えられた旧帝国の作り上げた生体兵器であり、旧帝国は現在も存続し、この国を今も裏側で護り続けているということ。花蓮が敵国の送り込んだ生体兵器だということ。

「はぁ?お姉たまはアホだったのですね。いゃララぴょん薄々は勘づいてましたが……」とララぴょんは七本目のボトルを空けた。

「そうだろうな。ワタシも、この話を聞いてそう思った」と典子は自分のうでからウオッチを外した。ウオッチの裏側に『五型特 富嶽改』と刻印されていた。サブのウオッチとダイヤルや形状が異なりサイズも小型でデザインも洗練されたものだった。

「コレつけてみなよ」典子はそう言ってウオッチをララぴょんにわたしてから、巨根兵の話を聞かせた。

「へぇええええ」っと半信半疑でウオッチを左手にした。ウオッチがカチカチと光、ララぴょんの眼も同じように光ったあと、

「富嶽改を再起動します」とウオッチから音声がひびく。

「シャンジャジャーン!ララぴょんには富嶽改なんて、カッチョイイ名前があったのか」とはしゃぐララぴょん。

「それより、この機能スゴいよ」ララぴょんはウオッチのボタンを勢いよく押した。巨根がみるみる小さくなり小指の先程の大きさになった。ララぴょんは飛び跳ねて喜んだ。

「お姉ちゃん!ごめんね。……姉ちゃんのせいだとか言ってさぁ。ララぴょんはこういう風につくられてたんだ……ゴメン」と言いながらおいおいと泣きだした。

「明日は可愛い下着とミニスカートとかミニ丈のワンピースとか買いに行くよ。うれしいよおおおぉ。クソ眼鏡とか言ってゴメンよおお!呪いの人形作ったりしてゴメン。可愛い服をいっぱい買うんだ。だから、だから……お金ちょうだい。おおおおおおおお」とララぴょんは嬉しさのあまり思いつく限りのことを口走りながら号泣するのであった。

 典子は実際のところララぴょんの美貌に妬んでやった事とも言えず。複雑な気持ちだった。ララぴょんのあまりの喜びように腹がたってきた。

「そんなウオッチ壊してやる」典子の声には殺意がこもっていた。

 それを聞くなりララぴょんはウオッチを操作した。

「ちぇいんじ!」ララぴょんの全身が身体にフィットした金属の甲冑に包まれる。顔から頭までもメタリックな仮面が装着されデザイン的にもかなり優れておりうつくしかった。巨根兵とは明らかに異なるものだった。

 ウオッチを狙った典子の手刀を交わし。典子の腹に正拳突きを打ち込む。典子はその勢いで玄関ドアを突き破って庭先まで飛ばされる。

「やっぱり!おまえはクソ眼鏡だ。少しでも信じたアタシが間違ってたよ!おまえにもウンコ漏らすまで蹴られる悔しさを味あわせてやろうではないか!このガリガリ糞眼鏡のバカ典子が!ケケケケケケ」ララぴょんは右手で典子の首を握り自分の頭の高さまで持ち上げると、左手で執拗に典子の腹を殴り続ける。典子が白目を剥いて喘ぐ。ズボンの隙間からダラダラと液体が漏れだす。ララぴょんは典子を地面に放り出す。

「こらウンコタレクソ眼鏡!ララぴょん様ゴメンなさい。このクソ眼鏡が悪うございましたって謝れよ。謝んないと毎日ウンコ漏らすまで殴るぞ。おまえ何顔隠してんだ。あ!さては泣いてんだろ。ざまぁみろ。ウッヒャッヒャッヒャァ最高だぜっ」積年の恨みを晴らすララぴょんであった。

 典子はララぴょんに背中を向けてすっくと立ち上がるとパンツを脱いで床に投げ捨てる。

「ほんとにウンコ漏れたじゃねぇか!どうしてくれるんだよ」と典子は言いながら汚れた下着を脱ぐと、その下着を銀色に輝く美しいデザインのララぴょんのマスクにべチャリとつけた。

「ふぎゃぁあああああああぁ」とララぴょんは叫ぶ。

「玄関掃除して、ワタシの服あらっとけ。おまえが、そのつもりならコッチも毎日やってやるよ。風呂入ってくるから」といって典子は家のなかに入った。


 典子の汚れものを洗い風呂に入って、アーマーを解除して玄関扉を直すララぴょん。

「まァちょっと歪んでるけど。でも勝った気がしない……クソめ」と言いいかけてララぴょんは言葉をとめた。

「なんか言ったかデカチン女」典子がよこでにらんでいる。

「もうデカチンないもん」とララぴょんは小声で言う。

「出せんだろ。そのウオッチでさぁ。出せよコラ。花蓮が見たがってんだよ」典子の目が残酷な光を放つ。

「出したらガチガチにたてて一番デカい状態にしろ。それから玄関から出て恥ずかしいポーズをしながら花蓮の前で『シコシコ大好きちんこ女の歌』をうたえ」と典子は言いながらチョンチョンとララぴょんの腹をつつく。

「おまえ腹ん中に子供いたよな。おまえが寝てるあいだにワタシがおまえのお腹を蹴り倒したらどうなるのかな?」典子は蛇が蛙を睨みつけるようにララぴょんに近づく。

「残酷大将軍様。先ほどはアタクシ、デカチン女のぶんざいで大変失礼な事を致しました。大変もうしわけございません。可愛い花蓮ちゃんの前で喜んで歌わせていただきます」クソっ、このクソ眼鏡マジで鬼かよ!スイッチでデカちん出してやるよ。花蓮のやつまたじっと見てる。玄関先の庭だよ誰かに見られたら、どうすんのよ。やだよ屈辱的過ぎて勃起してきたじゃん。変な歌でっかい声で歌ってるのに……げっ花蓮やめて!舐めないで!あっそんなとこダメっヤダさきっぽに指突っ込まれるの!ララぴょんの新しい地獄が始まった。

「ヤメロォ!ヤメロォオオオやめてくれえええ」叫ぶララぴょん

 旧帝国軍が作り上げた富嶽改こと剣持ララは遺伝子組み換え人造人間である。彼女が残酷大将軍に打ち勝つのはいつの日か、また新たなる敵、家畜少女花蓮の魔手が迫る。ララぴょん!平和な日常を取り戻せるのはいつの日か?闘え富嶽改剣持ララ。

 ララぴょんは意識が遠のくなかでおかしなナレーションが聞こえた気がした。

「うわ、このバカ庭先で射精しながら白目剥いて気絶しやがった……しっかしすんごい量だな」典子は気絶しているララぴょんを見ながらワインが睾丸に吸収されて精液が作られているのでないかと仮定していた。

「コラ!花蓮汚いから舐めちゃダメ。庭先では服を着なさい。もう失神してるから指入れて掻き回しちゃダメ」典子は少しため息をつく。

 朝になりララぴょんは目覚める。目の前の景色が青一色だった。青い布を掛けられていることに気付く。むくりと起き上がるララぴょん。自分が意識を失ってから、そのままブルーシートをかけられて放っておかれた事に気付く。慌ててウオッチを操作して巨根を小さくする。

「クソ眼鏡と家畜少女めっ!」自分の身体が精液臭いので風呂に入ろうと、ガタつくドアをあけて家の中に入る。部屋で変態プレイに溺れる眼鏡と家畜を横目で見てララぴょんは浴室に向かう。家中が妖しい香りで包まれている。こいつらララぴょんが気絶してから、ずっとやり続けてるにちがいないサッサと逃げよう!とララぴょんは思い。シャワーを浴びた。

 ララぴょんはバスタオルで身体を拭くと自分の衣服を探す。げっ!無い。家畜少女に隠されたと気づくとウオッチのボタンを押して全身を装甲でまとい鞄を持って早急に逃げ出し電車で帰ろうとするが装甲が邪魔で切符が買えない。ウオッチで両腕と仮面を解除する方法をみつけた。切符を購入するときに典子がくれたと思われる札束をみつけて喜ぶララぴょん。電車の中でララぴょんは美貌のコスプレイヤーと思われたのか、沢山の人達から一緒に写真を撮って欲しいとせがまれたので快く撮影に応じるララぴょんだった。

 自分のマンションに帰ったのは昼前になった。ララぴょんは充電の切れたスマートフォンに充電器と繋いで買い物にでかける。お腹が目立つと着れなくなると分かりながらも超ミニ丈のワンピースやミニスカートに過激さのイカれた下着などを購入するララぴょん。コスプレ用のイカれたナース服やこんな服で典子と花蓮に虐めらたら興奮するだろうと思った服を購入してしまう自分に呆れながらも子供の頃から姉に目覚めさせられ開発させられたマゾヒスティックな性癖を認めざるを得なかった。ララぴょんは自分がオシャレな服を着たかったのではなく。エロティックな女性の衣服を着けて辱められたかったのだと分かってしまったのだ。新しい衣服を購入しながら、典子と花蓮のまえで、この衣装でどんな風にどんなところを責められるかと考えて全身を火照らしているのだから。だが自分からお願いするのは興醒める気がするのだ。マゾヒスティックの覚醒を隠し、一番知られたくない二人に無理矢理に痴態を晒されマゾヒストの烙印を心と身体に熱く刻み込まれることこそが最高の快楽ではないのかと考えながら買い物をしてスリムパンツの太ももまでグッショリと女性と男性の両方の陰液で濡らし頬を緩めながら人混みの中をはぁはぁ喘ぎ歩くララぴょんだった。もう我慢が出来なくなり百貨店のトイレに飛び込み声を殺して満足するまで自分で慰めた。

 その後はマタニティ用のオーバーサイズのオーバーオールやワンピースなどを買ってからマンションに戻ってシャワーを浴びて汚した衣服を洗い。髪を乾かすとハレンチな下着と異常に丈の短いミニスカートの夏物の女子高生風制服を着る。上着も生地は薄く丈も短いうえに胸元がやたらと開きララぴょんの豊満なバストがはちきれそうになっている。

「やべぇ!また汚しちまいそうだせぇ」とララぴょんは言いながら上着の下の紐ブラの位置を直す。鏡に向かってララぴょんは色んなポーズをとって見る。スマートフォンで自撮りしようと思い。五十パーセントほど充電されたスマートフォンを確認すると昨日の昼ごろから何度も雅夫から電話が入っていた。ララぴょんは雅夫のスマートフォンに電話を架ける。雅夫は直ぐに出た。ララぴょんが話すと雅夫は涙ながらに奥さんが誘拐されて犯人が娘と一緒に来るように言われていて警察に連絡は出来ないと言う。ララぴょんは雅夫の家の住所を聞きだし、今から行くと告げて電話を切った。

「あ、ここ姉ちゃんの病院の近くじゃん」ララぴょんは、この変態女子高生のまま出掛けたい気分だが雅夫は深刻な事態に巻き込まれているようなので、せめてと思い少し大きめの父が来ていた喪服のジャケットを上にはおり。黒いハットを被り、先ほど買った小さな丸いサングラスと足元はドクターマーチンのテンホールブーツで決めて出掛けた。カバンはいつもの大きなボロボロの革バック。エレベーターで鞄の中身を探っていたら、変身ベルトが出てきたのでミニスカートの上に着けた。

「ララぴょんほんとに変身できるようになったの知ったらマサくんビックリするだろうな」想像してクックと笑うララぴょんだった。


 ララぴょんが雅夫の家に到着したのは夕方ごろだった。十年ほど前に新築で購入したと雅夫が疲れた顔で話した。

「で誘拐犯から連絡あったの」とララぴょんが言った。

「オレから何度か連絡して、妻とも話した…」雅夫はチラチラとララぴょんのミニスカートから伸びる美しい脚を気にはなる様だが、それどころではないようだ。ララぴょんは少し悪ふざけし過ぎな気分になり腰にまいた変身ベルトをカバンにしまう。

「で、相手はなんて言ってるの」ララぴょんは真面目にきく。

「娘と一緒に来いってのが要求なんだけど。その娘がどこにいるか分からないんだ。妻はそこの、何とか言う泌尿器科に入院してるってしか言わないんだけど、病院に行くとしばらく休むって貼り紙してたんだ…」雅夫はハアとため息をつく。

「それって剣持クリニックじゃない」とララぴょんが言う。

「あ!そうそう」と雅夫はララぴょんを見つめる。

「ひよっとしてさぁ、マサくんの娘の名前って花蓮?」少し嫌な気分になる。

「そうだよ!海林花蓮だよ。ララぴょん知ってるの」雅夫の顔に少し安堵の色が見えた。

「じゃマサくんは、娘さんがネットで噂になってるの知らないんだね…」ララぴょんが少し悲しい顔になる。雅夫はなんの事かわからないようだ。

「マサくん、娘さんの写真あったら見せて」ララぴょんが言うと、雅夫がスマートフォンの写真フォルダから探すが一枚もなかった。

「ないわ。花蓮の部屋にあるかもしれない」と雅夫は、ララぴょんを花蓮の部屋へと案内する。二人で部屋を探すが写真はなく出てきた物は、五冊のスケッチブックに書かれた男性器の絵やアダルトショップでしか買えないようなグッズばかりだった。驚きショックを受ける雅夫。

「間違いないわ。花蓮ちゃんはララぴょんのお姉ちゃんがペットにしています」ララぴょんはため息まじりに言う。

「よかった!ありがとう」雅夫はハンバーグが晩御飯に出た子供のような笑顔を見せる。

「マサくん…」ララぴょんは不安になり自分のスマートフォンのSNSを開き『悪魔少女』で拡散されている記事を雅夫に読ませる。そこには花蓮の悪行が匿名で書き連ねられている。担任の教師の自殺にはじまり、何名かの男の名前が並んでいた。

「え!えっ。ララぴょんは…コレも…知ってたの…」雅夫はそう言うなりララぴょんに頭を下げ、詫びながら号泣している。

 ララぴょんは自分のスマートフォンを雅夫から受け取り、雅夫が見ていたページを見る。

「えええ!うそ」とララぴょんが大きな声をあげる。花蓮の被害者のひとりに剣持銀次という名があった。ララぴょんはそのリンクをコピーすると典子にメッセージとして送信する。驚いた事に典子からメッセージが直ぐに帰って来て『知ってる』と書かれていた。

「マサくん、クソ眼鏡んとこに行こか」ララぴょんは静かに怒っている。その怒りは雅夫にも伝わった。

「ゴメン」と雅夫は、そう言ってグズグズと泣きながら。駅へと向かうララぴょんの後ろに続いた。


 ララぴょんが典子の家に着くと、家の前に見慣れない赤いジープののような軽自動車が止まっていた。家のまえまで行くとガレージの電動シャッターがひらいた。

「ララぴょんどした?」と典子がガレージから手を振った。典子の横には見知らぬ女がいた。ララぴょんは二人が似ていると思った。歳格好も似ている誰だろうと思いガレージに入る。後ろから入ろうかどうしょうかおどおどと迷っている雅夫がいた。

「マサくんもおいで」とララぴょんが言った。

「あ!この人は鶴さん。ワタシのお母さん」と典子が言うと鶴が軽く会釈をして

「ララぴょん、はじめまして。典子からだいたいの事は聞いてるよね」鶴は言った。

「はじめましてララこと富嶽改です。そのクソ眼鏡にようがあって来ました。この人は海林雅夫さんです。花蓮ちゃんのお父さんです」ララぴょんが雅夫を紹介する。

「花蓮はここにいるんですか」と雅夫が言う。典子が嫌な顔をした。

「うちの妻が誘拐されて、花蓮と二人で、その人たちのところに行かないと妻の雅子が殺されるかも知れません。花蓮に合わせてください」雅夫は半泣きで言う。

「花蓮なら家の中にいるから好きにしたらいい」と典子が言う。

「ありがとうございます」と雅夫は慌てて家のなかに向かって行った。

「典子!娘と父親の用事が終わったら、あの娘は私に預けな」と鶴が典子に向かって言った。

「花蓮が人間兵器ってどういうことか、わかるように説明してくれたらね」典子は花蓮をわたす気は、はなからなかった。

「仕方ないね。十年ほど前だ。Q国の息のかかった病院があった。そこで二十数人の子供が手術を受けた。親達は原因不明の奇病と聞かされて、子供たちは手術を受けた。その手術ってのは鼻から二ミリ程の機械の昆虫みたいなのを入れて脳に寄生させる。その虫を使って子供達をコントロールする虫は脳の中で二センチぐらいまで育つ。虫には二種類いるAタイプは虫が陽子爆弾に育ってQの遠隔操作でコントロール出来る。Bタイプは他人と接触することで意のままに操ることが出来るように特殊な電気信号をだす。心配しなくても、銀次さんが、虫のなかにあるQ国の通信コントロール機能だけは破壊した。でも悪い事に花蓮という娘にはAとBの両方が寄生している。だから私たちは秘密裏に始末しなきゃいけないんだ」鶴は典子を見る。

「その虫を取り除く方法はないの?」典子が呆けたように聞く。

「残念ながら虫は脳のなか全体に触手を伸ばしていて無理だ。それにQとの通信を切った五年以内に、子供達は死んだ。花蓮って子が最後のひとりなんだ。典子!あきらめろ」鶴は優しく典子の髪を撫でる。

「嫌だ!嫌だ!花蓮はワタシんだ!嫌だ。みんな嫌い。みんなララぴょんララぴょんって可愛いがるんだ。スタイルも顔もワタシよりずっと綺麗なんだ。だからワタシはララぴょんに分からないないように暗い押し入れで勉強ばっかりしてた。そしてララの前では好きでもないゲームをやった。父さんは、ララぴょんララぴょん!お前は死んだふりしてワタシを観察してたんだろ!お前それても母親かよ。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!おまえなんか死んじまえ。ララも死んだらいいんだ。ワタシの気持ちなんか、なんも気にしてないくせに。だから花蓮だけは一緒だと思ったんだ。どうしてワタシの大事なもんばっかり取りあげんだよ!クソぉぉおおおおお。陽子爆弾がなんだよ皆んな死んじまえばいいじゃん!知らねぇよ。ふざっけんなァァァああああああああぁぁぁ」典子は声のかぎり叫ぶと膝をつき子供のようにオイオイと泣き崩れた。

 雅夫を振り切り首輪をつけた裸の花蓮が典子にしがみつき頬につたう涙をぺろぺろと愛おしそうに舐める。

 立ちすくむ雅夫は、なにかを言おうとぶるぶると唇を振るわせていた。

「もう、姉ちゃんたら…どこにでも行きなよ。あとはまかせなよ…クソ眼鏡はさァアタシの憧れだったんだよ。アタシの夢を壊すなよ。どこにでも行きな」ララぴょんはウオッチのボタンを押して装甲を装着し鶴に身構える。

「本当にどうしようもない姉妹だね」と鶴は苦笑いをうかべる。

「悪いけどさ。鶴さんはアタシの家族じゃないから。だつてアンタは典子をこんなに傷つけたんだよ。花蓮!クソ眼鏡を守ってやってね」ララぴょんの声に花蓮は嬉しそうに、

「バウ!」と言った。

「ララ…ありがと.......ちょっとだけ時間を…ちょうだい…」典子は花蓮を抱いたまま立ちあがるとゲレンデバーゲンの運転席に乗りこんでから右側の助手席に優しく花蓮をすわらせた。

「そういうことだからマサくんも鶴さんも待ってやってよ。どうせ鶴さんは、ふたりの居場所なんかすぐにさがせんでしょ」ララぴょんはゲレンデバーゲンの前で、雅夫と鶴に立ちはだかるように言う。

「ダメだよ!雅子の命がかかってるんだ」震え泣きながら雅夫が言う。雅夫も全裸で性器にピアスをつけて犬のように振る舞う花蓮を見てショックだったに違いないとララぴょんは思った。

「鶴さんとアタシで、なんとかしたげるよ」とララぴょんが言う。ゲレンデバーゲンはガレージを出て行く。

「花蓮!」と言って追いかける雅夫。

「なんで私が、なんとか出来るのさ」鶴が言った。

「マサくんと奥さんのスマートフォンはいつでも繋がるんだよ。鶴さんなら相手のスマートフォンの位置情報ぐらい簡単に探せるでしょ。あとはアタシが助けだす」ララぴょんが言った。雅夫がとぼとぼとガレージに帰って来るのが見える。


 鶴がティッシュペーパーのケースぐらいの大きさの巨大なスマートフォンに雅夫のスマートフォンをケーブルで接続した。

「こんなデカいスマートフォン見たことなかった。ちゅうかコレってスマートフォンなの?」とララぴょんが鶴に聞く。雅夫はその横で打ちひしがれている。

「世間でいうスマートフォンではないな。スマートフォンとしても使えるだけだ」鶴は操作しながらこたえる。鶴の端末が何か反応している。

「場所はわかった」と鶴が言うと、雅夫がガバッと立ちあがりのぞき込む。

「どこですか!すぐ行きましょう」雅夫は気が気でない様子だ。

「ちょっと待って、黄門ちゃまに確認したいことがあるから」鶴は黄門刑事と電話で連絡をとっている様子だ。

「マサくん。花蓮ちゃんのことショックだったでしょうね」ララぴょんは言いにくい話だなぁと思いながらもくちに出した。

「あんなの娘じゃないよ。雅子が見たら卒倒するかも知れない。でも犯人の要求は花蓮をわたせって言ってるんだよ」雅夫が興奮して喋りだす。

「マサくんそれ!本気で言ってんの?」ララぴょんは目を丸くして言った。

「雅子さえ助かれば、あんな悪いヤツはどうにでもなればいいんだ」と雅夫は興奮気味に言う。

「そうなんだ…花蓮ちゃんがかわいそうじゃん。あんまりじゃない…マサくんって酷くない…」ララぴょんはうるうると瞳に涙を浮かべながら言った。

「ふざけんじゃねぇよ!子供はなぁ親の鏡なんだよ」と鶴が雅夫に平手打ちをくらわす。

「痛い!何するの。親にだって打たれたことないのに」頬をおさえて女子のように涙ぐむ雅夫。その様子をみて凍りつくララぴょんと鶴だった。

「鶴さん、コイツ駄目だわ」ララぴょんが力なく言う。

「おまえ本当にに奥さんのこと助けたいのか?」鶴が言う。

「はい。助けたいです」雅夫は自分の頬をおさえたままこたえた。

「犯人はちょっと、ウチの者が泳がせておいた女だ。殺しても事故で片付けてやるから、おまえが助けろ。おまえが殺されるような事があっても私が奥さんを助けてやる。それでいいか?」鶴は真っ直ぐに雅夫の目を見る。

「はい!お願いします」雅夫は立ちあがり深く頭を下げた。

「やっぱ典子の母ちゃんだ」と笑うララぴょん。

「マサおまえに武器貸してやるよ」そう言って鶴は小さなリモコンをカチカチと押す。ガレージの奥の壁がひらく。

「ここは典子も知らない隠し部屋さ」鶴はそう言いながら二人を隠し部屋に招き入れる。空調管理が行き渡った部屋に所狭しと銃器やナイフが収納されていた。

「おまえの武器はこれにしろ」と鶴は小型のマシンガンを雅夫にわたす。イングラムM10通称マックテンと呼ばれる連射に優れた銃器だ。

「コレも持って行きな」鶴は細長い弾倉をふたつわたす。

「使いかたは、私がつくったマニュアルを読むんだ」とファイルをわたした。

「私はこれでいい」と鶴はチーフスペシャルと呼ばれる銃身の短い小型のリボルバータイプの拳銃と脇腹に収めれるタイプのホルスターを持った。

「さぁ行こか」と鶴は隠し部屋の照明を消しガレージの外に停めてある赤いジムニーに向かって歩きだす。

「あのぉボクは銃なんか撃ったことないんですけど」おどおどと雅夫が言う。

「ガンバレ」と鶴が笑う。

「ララぴょんは?」とララが物欲しそうな顔で鶴にうったえる。

「オマエ!銃なんか要らんだろ!」とまた鶴は笑った。


 隼人の家から少し離れた場所に鶴のジムニーがとまっている。

「じゃマサくんもう一度だけ言うぞ。玄関ドアはマックテンでぶち破れ!玄関に入ったらとにかく打ちまくれ。一番奥の左の部屋に人質と犯人多分三人いる。そん中に太って大きな女がいる。そいつだけは何があっても殺れ。私が後ろから援護してやる」雅夫は怯えてぶるぶると震えている。

「で、ララぴょんはなにをしたらいい?」退屈そうにララぴょんがあくびをする。

「この電話番号に架けて黄門ちゃまに連絡しといて」と鶴はララぴょんにメモをわたす。

「はーい!マサくん頑張ってね」とララぴょんが雅夫に手を振る。

「鶴さん、連絡が終わったら見に行っていい?」ララは鶴に言う。

「駄目!あんた目立つからさ。ここで隠れときな」鶴はチーフスペシャルをホルスターから抜き出して車をおりようとする。

「ちょっと待ってください」雅夫はポケットからブルートゥースイヤホンをとりだし耳につけた。

「ん。マサくん何聴くの?」ララぴょんは雅夫に聴く。

「クリムゾンのスキゾイドマン。行ってきます」雅夫はジムニーからおりるとマックテンを構え大声で奇声をあげて走りだす。鶴はニヤリと笑い後ろに続く。

 雅夫は隼人の家に着くと迷いもなく玄関ドアをマシンガンで粉々になる迄撃った。アドレナリンが全身にたぎり奇声をあげ続ける。

「さァマサくん突撃だ」鶴は雅夫の背中を蹴り飛ばす。奥の部屋の扉が開き太った大きな女が出てくる。雅夫をはその女を見て一瞬怯む。女はショットガンを持っている銃口があがる前に、鶴のチーフスペシャルが火を噴いた。鶴は女の顔を目掛けて三発撃った。全弾女の顔に命中した。女のショットガンは暴発し自分の足を撃って、そのまま前のめりに倒れる。雅夫はは狂ったように叫びながら倒れた女にマシンガンを乱射しながら駆け寄って行く。女は既に息絶えていたが雅夫は空のマガジンを交換すると女の頭の形が無くなるまで撃ち続けた。床はボロボロになり当たりは血の海になった。雅夫はドカッと尻もちをつきハァハァと肩で息をしながら震えていた。雅夫の耳からイヤホンが落ちる。静まり返った屋内に派手なソロが異様にこだまする。

 鶴が部屋に入るとミニスカポリスが発狂したように叫ぶ。その後ろで若い男が何か叫びながら倒れた女を犯している。

 鶴はその男のこめかみ蹴った。男はガクりと倒れる。そして鶴は犯されていた女を確認する。死後数時間は経っているようですっかり冷たくなっていた。

「ちょっと!鶴さんこりゃ派手にやり過ぎだぜッ。後始末する身にもなってくれよ」と言いながら黄門刑事は、雅夫からマックテンを取り上げて部屋に入って来た。

 雅夫が雅子を見つけて抱きついていた。

「雅子だいじょうぶかい。雅子カッコイイ服だね」とミニスカポリスに泣きながら抱きついていた。

「この女は来る前に死んでた。この男は死んだ女を強姦し続けてたよ。まったく狂った野郎だ」と鶴は男を指差す。

「お!こいつァちょうどいいや」と男の顔をみて黄門刑事はニヤリとして弾切れのマシンガンを倒れるている男になんども握らせて指紋を着けた。

「マサくん奥さんを連れてさっさと行くよ。あとは黄門ちゃま任したよ」鶴は雅夫と雅子を連れて部屋を出ようとしている。

「鶴さん裏口にララぴょんの乗ったアンタのジムニー置いてあるから目立たんように頼むよ」黄門ちゃまが薄い頭頂部を掻きながら懇願するのであった。


 ゲレンデバーゲンは『剣持クリニック』のガレージでおとなしくとまっている。典子と花蓮は愛という名の変態行為を繰り返し疲れ果て眠っていた。数時間の間に何十回と絶頂を繰り返し満足した二人だった。日が暮れて典子は目が覚めた。典子は花蓮の隠しているデータの補完サーバーを調べる。

「花蓮が父さんから盗みだしたデータってコレだな」眠っている花蓮の横で必要なデータだけを別の海外サーバーにコピーして暗号キーを外し中身を確認する。

「なにかの設計資料みたいだが、まったくわからん!ちんぷんかんぷんだ.......」典子は、その数十個のデータをメモリーカードにダウンロードしてコンピュータの電源をおとす。

「ノリちゃん、無理しなくてもいいよ。アタシもう十分生きた気がする」そう言って花蓮は、典子の背中から抱きついて首すじを舐める。

「カレちゃん起きてたんだ。アタシはあんたのいない世界なんて要らないよ」典子は花蓮を抱きしめ唇をかさねる。

 窓の外では夜が明けはじめていた。

 鳥のこえがムチュムチユときこえる。


 長雨がしょぼしょぼと降り続いていた。もうすぐ梅雨があけるだろうとテレビでよく知らないタレントが無責任に話している。ララぴょんはマンションから、典子と産まれ育った家に移っていた。

「マサくんもマサコちゃんも、しばらくここに居なよ」ララぴょんの前には憔悴しきった雅夫と雅子がいた。

 雅子の誘拐事件は、隼人の公園での放火殺人と富士見殺しと母親への銃乱射殺人と資産家婦人強姦殺人にすり替えられていた。隼人の母親がQ国のスパイだった為、鶴の機関が手を回したのだ。そして鶴は海林夫妻を承諾させ花蓮も隼人に殺害された事にしたのだ。それからテレビもインターネットも隼人のニュースで持ち切りになった。だが花蓮に苦しめられた者たちの怒りの矛先は、その親である雅夫と雅子に向いたのだ。雅夫の会社への誹謗中傷の凄まじい数の嫌がらせメールや電話で雅夫は自己退職を余儀なくされ、自宅へも嫌がらせ電話が鳴り止まず電話回線を抜いても、投石で窓ガラスをわられたりと、ただでも心の折れた二人は耐えきれず自ら命を絶とうとしていた。そこに二人を監視していた黄門刑事が、ララぴょんのところへと雅夫と雅子を連れて来たのだった。

「ララぴょんホンマにありがとう」と雅夫が土下座した。

「いいよ気にしないで」とララぴょんも悲しそうだ。

「え!ホンマに?ホンマにやて!それ最高やん。そんなん、もうやってられまへんわ。ほなサイナラ。ひゃひゃひゃひゃひゃ」と雅子がいきなり笑いだした。帰ろうとしていた黄門刑事が、雅子の声で振り向いた。

「雅子どうしたの大丈夫かい」雅夫が驚いて雅子を見る。

「せやねん。全部ウチらが悪いんや!世間様の目ぇばっかり気にしてなぁ。花蓮のことなんか、ぜんぜん見てへんかった。お母ちゃんコレから、アンタの分も生きて行くさかいな」雅子はそういうとポロりと涙をこぼし

「せや姉ちゃんお風呂かしてなぁ」と雅子はララぴょんにそう言うと変な踊りをしながら風呂場にいった。

「はじめて、あった頃の雅子はあんな感じでした。殺されたリエちゃんと仲良くなってから急に変わったような気がします。オレもいつまでもグズグズしてたら駄目ですね。花蓮の分もリエちゃんの分も生きていかんとね。花蓮の償いは、やっぱりオレと雅子でやらないとね。ララぴょんあつかましいお願いがあります。半年だけここに二人で居候させてください。必ず二人で生きて行けるようにしますから」雅夫はまた深く頭を下げた。風呂場のドアがガラッとあき。

「アンタ何言うてんねん。三ヶ月や!あんまし長いあいだ人様に迷惑かけたらアカン!もうかけとるけどなぁ」雅子はそう言うとドアを閉めたと思ったら、また開いて、

「リエはどうでもええわ」と言ってからドアを閉めてシャワーの音が聞こえた。

「ララぴょん頼むわ」黄門ちゃまは帰って行った。ララぴょんは少し目立ちだしたお腹をさすってため息をついた。雅夫がララの様子を見て、

「ねえ、お腹の赤ちゃんのお父さんは誰なの?」と雅夫は軽い世間話のつもりで聞いた。

「この子にはお父さんはいません。アタシが独りで創りました」とララぴょんは言って大きくため息を着いた。それでも雅夫はなにか言おうとするのでララぴょんは雅夫の頬に激しく往復ビンタを繰り返した。雅夫が泣きだすまで続けた。めそめそと泣きだしたのでララぴょんはビンタをやめた。フグのように顔を腫らして泣いていた。

「ごめん。その話はやめてね」とララぴょんは自分の部屋でごろんと転がり。

「おまえには、お父さんはいないんだよ」とお腹をさすった。

 

 狂ったような夏の陽気が島を照りつけていた。

 典子が花蓮と、この島の旧い施設に来たのは、ひと月ほど前のことだ。花蓮の体調が急変し、典子は鶴に連絡をとり花蓮の持っていたQ国のデータと、彼女が典子の父銀次から奪ったデータを引き換えに旧い研究施設に最新の研究施設を設置させ、研究員として高度な知能を持っメカニカルなロボットを一台配備してもらった。離島に来たのは万が一に花蓮に寄生した虫が爆発した時のためだ。

 花蓮は既に意識がなくカプセルの中でコールドスリープしているような状態だ。まず花蓮のなかの虫が爆笑する事はないが、このままでは花蓮がもとのように笑い話す見込みもなかった。典子はロボットに花蓮のデータから典子やララの遺伝子操作されたDNA情報やQ国の機密データから何から何まで記憶させて花蓮を蘇生させようとしていた。

 典子は味気ないロボットの外装をカエルに似せて付け直しミドリイロと呼んでいた。

「ミドリイロこないだワタシが思いついた方法で花蓮を復活できる確率はどれぐらいになった?」典子は二足歩行のカエル型ロボットにたずねる。

「まだ演算中です。ノリコのデータが少な過ぎます」とミドリイロが言う。

「ワタシの遺伝子データは持っているだろ」と典子は言った。

「完了させるためには、ノリコとカレンの記憶データ含めた脳の全てのデータが必要です」とミドリイロは黄色い目を光らせながら言った。

「そのデータを抽出するのはどれぐらいかかる」典子はミドリイロの白い腹と全体に塗ったライムグリーンの配色が気に入っている。

「ベッドで眠ってもらえれば三日ほどで抽出だけは終わります」とミドリイロが答えた。

 典子は、花蓮の眠るカプセルの横に並べられたおそろいのカプセルに入った。

「ミドリイロ頼むワタシは眠りにつく」典子がそう言うとカプセルは閉まり、カプセル内に睡眠ガスが充填される。ガスは典子を幸福な夢へと誘う。


 山の紅葉がはじまり肌寒い季節がおとずれた。ララぴょんのお腹はかなり大きくなっていた。

「鶴さん、ありがとうね。アタシちゃんと赤ちゃん産めるかなぁ」不安そうなララぴょんに、

「私は医者じゃないけど大丈夫だよ。こんなときに典子がいてくれたらなぁ」と鶴は元気づけようとしていた。夏頃からララぴょんの体調が悪くなりだした。原因は大きくなろうとするお腹の子とウオッチの機能が反発した事が原因だったようで、鶴がララぴょんのウオッチを外させてから、それ以上体調が悪くはならなかったが、改善もしていない。

「ララぴょん多分だいじょうぶやで。アンタに似たカワイイ赤ちゃんが産まれてくるでぇ」と雅子が励ます。

「そやで。ワテら助けてくれたんわララぴょんや。こんどはワテらがララぴょんにご恩返しするばんや。何でも言うてや!」すっかりおかしな関西弁が定着した雅夫だった。

 ララぴょんと同居するようになってから、二人が気晴らしに夫婦漫才をやっていたのを見たララぴょんが、動画配信サイトにアップロードしたことをきっかけに大ブレイクしてしまったのである。花蓮の両親と知ったネット民達の誹謗中傷で大炎上はしたのだが、娘を変態娘にしたのは自分達変態夫婦だと悪びれることもなく貫く姿勢を追い風に『マサオマサコ』の夫婦漫才は瞬く間に五百万再生を勝ち取った。雅子の美貌にミニスカポリスの関西言葉と雅夫の腹の出たビキニに透明レインコートの風貌も観るものを魅了し尚も彼らの人気は急上昇中なのだ。

 玄関ドアがひらいてカエル型のロボットが家のなかに入って来た。

「患者さんはどこにいますか」目を黄色く光らせて言った。

「お姉ちゃん…」ララぴょんはカエルの後ろに立つ白衣の女を見て微笑む。

「…典子、お前どうやってここへ来た?」鶴がたずねる。

「このミドリイロにエアカー造らせて、そいでミドリイロに運転させて来た。世界初のエアカーの救急車だぜッ!ステルス機能にロボットが運転するオートバイロットだぜッ」と典子は笑った。

「花蓮は、どうですか?」雅夫は典子をまっすぐと見つめながら言った。

「…意識が戻らない。でもな時間はかかるけど絶対に二人で戻ってくるから心配するな。妹をみてくれて、ありがとう。配信動画いつも楽しみに見てるよ」典子はニヤッと笑い雅夫と雅子に手をふってから、

「ミドリイロ。ララぴょんを救急車のベッドにつれて行って」ノリコが言うとカエル型のロボットはていねいにララぴょんを抱き抱えて部屋を出て行った。

「典子どうするんだ?」鶴が困ったように言った。

「母さんだって陽子爆弾が存在しないことはわかってるんだろ。陽子爆弾と裏で宣言することがヤツらの抑止力だってな。アンタは上の顔を立ててるだけだろ?だからワタシも万が一に陽子爆弾が爆発してもうちの国に影響がでない離れ小島に引っ込んでやったんだからゴチャゴチャいうな!」と典子は鶴に言うと、

「好きにしろ」と鶴はへへっと笑った。典子は玄関ドアをあけてガレージへと歩いていく。雅子が典子を追いかける。

 ガレージにはドローンを大型にしたようなエアカーが止まっていた。ララぴょんはすでにベッドに寝かされエアカーの後部から典子が乗り込もうとしていた。

「今更こんなん言えた立場やないねんけど、花蓮のこと、よろしくお願いします」と雅子は深く頭を下げる。

「変態の娘がいて大変ってネタ見るたびに笑わせてもらってるよ。カレちゃんにも見せてやりたいんだ。ララぴょんは赤ちゃんと一緒にクリスマスまでには帰れると思うから。ありがとう…お母さん」と典子は少し照れたように言った。

「おまえ!みたいな変態に、お母さん言われる筋合いないわ」と言って雅子は笑った。典子も笑いながらエアカーに乗り込んだ。エアカーのハッチが閉まるとガレージのシャッターが開く。エアカーの四隅につけられたプロペラが勢いよく回転しガレージの中のほこりが舞う。雅子は目をつむりゴホゴホとむせている間にララぴょんを乗せたエアカーは晴天の空高く飛び去っていた。


 年の瀬が近づく頃になったが南国の離れ小島は温暖な気候である。

「お姉ちゃん、ありがとうね」ララぴょんは木陰に座って赤ん坊に乳をやっていた。

「お前は生まれつき産道が細いから臨月が近づいたら行くつもりだったんだよ」典子がララぴょんの横で空を見上げていた。

「この子は普通の男の子なのかな?」ララぴょんは赤ん坊の背中をトントンと優しくたたきゲップを出させる。

「あぁ心配しなくてもいい。正真正銘の男だよ」典子は笑った。

「そっか名前は決まったよ」ララぴょんがいたずらっぽく典子をみる。

「なんて名前」典子もララぴょんをみる。

「典子二世!に決めた」ララぴょんは真面目な顔で言った。

「冗談だろ?なんで典子二世なんだよ」当惑する典子。

「多分、コレから何年も姉ちゃんと会えない気がするんだ。だから、この子にお姉ちゃんの名前をつける。絶対帰ってきてね」ララぴょんはぎゅっと赤ん坊を抱きしめる。

「なんだか大袈裟だな」と典子はわらう。

「だってアタシは、お姉ちゃんみたくかしこくないからね」ララぴょんが笑った。

「お前の息子は災難だな!エアカーは出してある。ミドリイロが家まで送ってくれる。絶対に花蓮と二人で戻る。約束だ」典子はそういうと、ララぴょんに背中をむけて実験室に歩いて行った。


 珍しくクリスマスの日に雪が降っていた。

「雅子!ホワイトクリスマスでっせ」と雅夫がフライドチキンのチェーン店で買った袋を担いで喜んでいる。

「アンタ!その関西弁おかしいっちゅうねん。ウチが毎日教えたってんのに。もう」と典子がイラついている。

「そんなこと言いなや。オレかて頑張っとるんやでぇ」と雅夫は微妙なアクセントのどこの方言か不明な発音でこたえた。

「はいはい、そんなんよりララぴょんと赤ちゃんが待ってるから、はよ帰ろ」と言いながら雅子は何故この国は七面鳥でなく鶏なのだと考えていた。


 鶴とララぴょんでクリスマスツリーの飾りつけをしていた。

「マサコちゃんって格闘の才能あるんだ」とララぴょんが鶴に言う。

「まぁ、なんとか自分の身を守るレベルだけどね。マサくんはまったくダメだわ」と鶴は渋い顔をしている。

「そんなんでエージェントとかやれんの?」ララぴょんは笑いながら言った。

「まぁかたちだけのエージェントだから、なんせあの二人は、色々と知りすぎたからね。消されないためにエージェントにして、最低限の格闘技と護身術を教えようとしただけだよ」と鶴が言う。

「そういうことか!でも、アイツはすんごい役にたつね」とララぴょんが台所でケーキを焼いているミドリイロに視線をおくる。

「さすがは典子だ。はじめに渡した時とは外見だけじゃなくシステムまで、ほぼ別物だわ」と鶴が感心する。

「エアカーも、こっちに置いとくように言ってた」ララぴょんはそう言うと子供用のベッドで眠る典子二世の布団を掛け直した。

「メリーただいまぁ」と雅子と雅夫の賑やかな声が玄関から聞こえてくる。

「メリーなんとかだよノリツー!やおよろずの国へようこそ」ララぴょんはベッドで眠る息子に優しく微笑む。


 ララ達がクリスチャンのまねごとをしているのと同じ頃、典子は一糸まとわぬ花蓮の身体を二人用のカプセルに移していた。今日は研究室に珍しく音楽がかかっていた。ララぴょん選曲のスティーリー・ダンのベスト盤だ。曲がドウ・イット・アゲインからリキの電話番号に変わった。典子も衣服をすべて脱ぎ捨て眼鏡も机に置いた。

「さぁ花蓮!二人で繭にこもって再生しようじゃないか!」典子がカプセルに入るとカプセルのなかを透明の液体が満たしカプセルから細い糸が噴き出しカプセルを包んでゆきカプセルは大きな繭となった。そしてプログラム通り繭の中に電気信号が流されると繭は淡い光を放ちはじめる。

 スティーリー・ダンの曲は子守唄のように演奏を奏でつづけていた。


 そして三年の歳月がながれた。

 世界はバラバラに分断されていた。国民の知らない裏側で密かに戦争が始まり、農作物を狙って破壊するナノAI兵器や、人間の精神を破壊するような電波兵器が世界中を攻撃していたのだ。やがて当初人間が作り出した各国の超小型兵器たちは暴走しだしたのだ。そして超小型兵器は新しい生命体のようにネットワークを築きあげてしまいその兵器達は人間のコントロールを逃れ国対国ではなく人間対兵器の攻防を生み出しはじめた時代の始まった頃のお話し。


 この年の桜はみごとに花が咲き、天候に恵まれ雨風に晒されることもなく、そのおかげで長く花見を楽しめていた。

「さすがララぴょんの子だ成長がはやくない」と久しぶりに会いにきた鶴が言う。その横で子供が走り回っていた。

「つぎの冬で四歳だから、こんなもんじゃないのかなぁ。はじめて子供を育てるからわかんない」と子供の遊ぶ姿を眺めているララぴょん。

「で姉ちゃんの島で大きな爆発がおこったってホント?」ララぴょんが不満そうに鶴を睨む。

「ああ去年の冬の話しだ。もう島の安全は確認できてるから行ってもいいよ。でも行ったところで何にもないけどな。施設自体が跡形もなく消し飛んでるからな」と悲しげに鶴は言う。

「明日でも行ってみるわ!鶴さんから島への上陸申請やっといてね」とララぴょんが言うと、鶴は右手を上げて了解のサインをだした。

「じゃあ行くわ!ノリツーもまたな」と鶴は子供に向かって大きく手を振ってから、日に焼け塗装に艶のなくなった愛車の赤いジムニーへと歩いて行った。

 

 翌日、ミドリイロにエアカーを動かさせ、ララぴょんと雅子とノリツーこと典子二世の三人で島へと向かった。雅夫は少し臭かったので留守番するように雅子から、その事を告げると雅夫は急いで風呂場に行ったので、そのまま置いてけぼりにしてきたのだった。

 海の上を低空で飛行を続け島に向かった。真っ青な空と海の美しい景色を見てはしゃぐノリツー。

「男の子って面白いね。いや、ウチ花蓮のことは、ちゃんと見てなかったかもしれんわ」と雅子が自嘲気味に話す。

「よく、わかんないけどアタシは子供のこと見れてるかどうかも、わかんないけどねぇ」とララぴょんは微笑んで島が近づいて来たと前方を指さす。

 島に着陸すると、研究室があった場所に行くが残骸が少し残っているだけで、その場所は雑草におおわれていて何もなかった。

「鶴さんの言ってた通りやね。あの子らどうなったんやろ?」と雅子がため息混じりに言った。

「お姉ちゃんが死ぬとは思えんがなぁ。まぁ死体も破片も誰も見てないしねぇ」相変わらず空も海も綺麗だった。子供は木の幹で上を見てじっとしていた。

「ノリツーどした」ララぴょんが後ろから方をたたく。

「母ちゃん!なんかいる」とノリツーが枝を見て言った。たしかに白い毛むくじゃらの猫のようなものがいた。

「猫?いや鳥かな?」ララぴょんの後ろに雅子もやってきた。

「なんか、猫や鳥にしたらデカくないか?」と雅子は訝しんだ。ボキッと音がなり枝が折れてボトンとそれは地面に落ちて来た。

「なにこれ?」雅子が驚く。それは猫のように毛むくじゃらで真っ白だったが大型犬ほどもあり虫のような足を六本持っていた。だが眼と顔は猫に似ているが耳はなく蝉の抜け殻に似ていた。

「可愛い飼おうよ」とノリツーが言いだす。ララぴょんも雅子も可愛いと思った。

「連れて帰りましょう。鶴さんには秘密でお願いします」と言ったのはミドリイロだった。ララぴょんと雅子がふり向くとミドリイロが腹のハッチを開き、そのおかしな生き物を収納した。

「え!」と雅子とララぴょんは驚く。ノリツーが大喜びなので、二時間ほど島を探索して帰路につく。

 家に帰るとミドリイロが部屋の中に、その得体の知れない生物を解放した。雅夫は気味悪く思うのかと思ったが、

「か!可愛い」と絶賛するので鶴にはわからないように飼おうと決める。

「名前つけましょうよ」と雅夫が言いだした。

「ラッキーちゃんがいい」とララぴょんが言う。

「ラブちゃんが、ええって」と雅子が反発した。ふたりは名前のことで揉めだすので、雅夫があたふたと困りだした。

「リノレカがいい。リノレカにしようよ」と突然にノリツーが騒ぎはじめる。

 雅子とララぴょんは黙ってノリツーを見つめた。

「リノレカにしましょう」とミドリイロが言った。

「リノレカか!」雅子とララぴょんが正体不明の生き物を見つめた。

「アタシはそれでいいよ」とララぴょんが言った。

「ウチもそれでええよ」と雅子が言うと、ノリツーが喜ぶ。

「ではリノレカで決定しました」とミドリイロが目を光らせ言った。ララは、このおかしな生き物はなにかの目的で典子があの島に置いて行って、自分たちは地下の奥深くに実験室を移動させたのではないかと考えていた。そうするとミドリイロの腹の空洞がリノレカのサイズにピッタリなのもうなずけるのだ。

 ひと月ほど経ったがリノレカは、水を飲むだけで何も食べることもなく昼間は日光浴をするかのように日向でゴロゴロとしていて、夜になるとミドリイロの腹の中に戻って眠っているのだった。


 蒸し暑い夏の夜。世界中が不穏な空気につつまれている中でも、夏祭りは行なわれていた。AIは突然襲って来ては少しずつ人間の集落を壊滅させる。この国は島国のおかげなのか今の所は被害は出ていないかのようにみえた。実際に被害は鶴たちが属する組織が未然に防いでいたからだった。

 ララぴょんはノリツーを肩車で境内の賑やかな雰囲気を楽しんでいた。りんご飴、綿菓子、たこ焼き、唐揚げ、と幼いノリツーは大喜びだった。世界人口の十分のいちが一瞬で消し去られたことなど嘘のようだった。

 二人が家にもどるとガレージの前に年代物のブルーバードが止まっていた。

「黄門ちゃま!来てんの?」家に帰るなりララぴょんが雅子にたずねる。

「それがさァ」そう言って居間で布団に寝かされている黄門ちゃまを指さす。

「どしたの?」健康自慢の黄門が珍しいとララぴょんは思った。

「それがねえ。黄門はんが来はった時に珍しく夜にリノレカがね。カエルのお腹から出てきよりましてん。でしゃあないからワテらでリノレカのこと説明したんですけど。黄門はんはリノレカを鶴さんとこに連れていく言いはりましてね」と困り顔の雅夫が言う。

「ウチもそれは堪忍してって言うてんけどリノちゃんを連れて行こうとした時にリノちゃんの口からミミズみたいな細い舌がでてきて黄門ちゃまの股間に入って行ったんよ」と雅子が説明をはじめた。

「そしたらでっせ!黄門はん電気に打たれたみたいになって数分間悶絶したあとバタンキューですわ!オシッコ漏らしはったからワテは大変でしてんで」雅夫が続いて話す。

「それから黄門ちゃまな!うわ言で地獄アクメとかポリッピーとか言いながら寝たはるわ」と雅子が言った。そのときガバッと黄門ちゃまがは寝起きた。

「黄門ちゃま。おはよう」とララぴょんが手を振る。黄門刑事の横でリノレカがゴロゴロと転がっている。

「わ!リノが夜遊んでる」とノリツーがリノレカを撫でにいく。

「こいつは、のりピーだ。間違いない」黄門ちゃまが言う。

「それは、ちょっと!」とララぴょんが笑う。

「アタシもさぁ。お姉ちゃんが何かのメッセージとして、このリノレカを残したとは思うけど!リノレカがお姉ちゃんってのは無理でしょ」ララぴょんが言うと雅子と雅夫も笑った。

「それ漫才のネタに使わせていただきますわ」と雅夫が言うと。

「そんなネタ何がオモロいねん!」雅子が言う。横からピュピュピュピュっとおかしな音が聞こえる。

「母ちゃん!リノレカが笑ってるよ」ノリツーがリノリカの背中を撫でながら言った。リノレカはノリツーのそばからはなれるとカエル型ロボットのミドリイロの腹の中に入って行った。

「まぁいいよ。とにかく鶴さんにも言わねぇし。俺は何にも見てないって事でいいか?」黄門ちゃまは、そう言って帰ろうとしたが皆で止めた。

「服着てから帰れよ全裸まずいっしょ!」ララぴょんは堪えきれず笑いだす。皆が笑った。黄門ちゃまのハットだけを被って全裸で扇風機の風で睾丸が揺れる様が貯まらなくおかしかった。

「キャンタマ!」とノリツーが笑いながら言うと黄門ちゃままで笑いだした。家中が笑いで満ち溢れていった。


 世界中の人口は十年前の四分の一にまで減少していた。典子二世ことノリツーは十歳の少年へと成長していた。

「母ちゃん!退却しろ」ノリツーがインカムでララぴょんに指示をだす。

「あいよ!あとは任した」メタリックな装甲を身にまとったララぴょん戦場から撤退して、典子の残したエアカーをベースに造られた装甲車に戻る。その横でノリツーが恐ろしいスピードでコンピュータのキーボードを叩く。ノリツーのコンピュータは人工衛星に装備された電磁砲と繋がっている。ノリツーは人間の脳では到底計算出来ない数値を即時に演算する事によって機械知能たちの兵器を電磁砲で撃退していた。ララぴょんが装甲車に戻ると、カエル型ロボットミドリイロの操作で装甲車は空高く退避し大地に電磁砲のシャワーが降り注がれる。

「母ちゃん。エルフの奴らまた速くなってる。もうすぐ僕のスピードじゃ追いつかなくなる…」ノリツーはガックリと肩を落とす。

「それって、どういう事?」ララぴょんはウオッチを操作し装甲をはずして聞いた。

「手詰まり!終わりって事だよ」ノリツーがモニターを設置してあるテーブルをドン!と叩く。

「典子姉ちゃんだったら絶対に諦めないよ」ララぴょんは強く言った。

「典子!典子って死んじゃった人だろ。何にもならないよ。現実は半年前南極に異空間から通路が突然開いて得体の知れない奴らが出てきたと思ったら、そいつらとAIが融合して、そいつらはエルフと名付けられた。それからは世界中の軍隊ですら壊滅状態なんだぜ。鶴の婆ちゃんだって連絡取れないじゃないか!もう無理だよ」ノリツーは泣きだした。

「泣いてんじゃないよ。久しぶりに母ちゃんのクソでかいおチンチン見せてやるよ」ララぴょん全裸になるとウオッチのボタンを押して久しぶりに巨根を披露すると、楽しそうに『シコシコ大好きチンポ女の歌』を歌った。

「笑えよ!」とララぴょんは巨根を振り回しながら言う。

「やだよ、こんな母ちゃん」とノリツーは溜め息をつく。突風にあおられ装甲車はぐらりと揺れる姿勢を崩したララぴょんが機械の角に激しく亀頭をぶつける。

「痛あぁぁ!」うずくまって痛みを堪えるララぴょん。

「ざまぁ見ろバカ」ノリツーは腹を抱えて笑った。


 一般の人々は地下に避難し、ララぴょんの家の周りには、人っ子ひとりいなかったので装甲車も道の真ん中に置いた。着陸寸前にミドリイロの腹の中からリノレカが白い体毛を震わせながら出てくるとララぴょんの巨根にしがみついてブルブルと震え続ける。

「やめて!やめろ。やめるんだァ」ララぴょんの巨根がリノレカの愛撫で一気にそそり立った。ノリツーは見てはいけないものを見たような罪悪感でいっぱいになる。装甲車が着陸するとハッチを開けて逃げるように家に帰った。リノレカは口からミミズのような長い舌をだすとララぴょんの巨根の先端にある尿道にズブズブと射し込んでいく。ララぴょんの身体はオーガズムに支配され、それ以外の感覚が一切奪われた状態にされてしまう。

「やっぱり、ララぴょんは変態さんだ。息子の前でこんなに大きくしてイキ続けちゃって恥ずかしくないの?ホントはこんな事言われて嬉しいんでしょ」誰の声だろう。ララぴょんの頭に直接に猥褻な言葉を囁き続ける声は、聞き覚えのある声だ。典子では無い!そうだ。この声は花蓮だ!

 ララぴょんが目覚めると目のまえに鶴が座っていた。どうも家の中で布団に寝かされているようだ。

「母ちゃんゴメン僕が逃げたから。ゴメン」そう言ってノリツーは十歳の男の子相応に泣き出した。

「大丈夫だよ」とララぴょんは言ったが立ち上がることもできない。

「あんた三週間以上も連続でオーガズム状態で点滴だけで生きてたんだからあの虫が取れてから、3日間眠ってたんだよ。よく生きてたな」鶴が言った。

 次の日になりララぴょんはやっと立ち上がれるようになった。随分痩せたのが自分でもわかった。リノレカいや花蓮にエネルギーというか精液をすべて吸い取られたのだ。ララぴょんはトイレに行って気づく。自分に男性器がなくなっている事に。ウオッチのせいかと思いボタンを押しても外しても男性器は出ない。メタリックシルバーの装甲は問題なく出るので故障ではない。台所でワインを飲む。

「こらこら、酒はまだ駄目だぞ」鶴がグラスをとりあげる。

「ララぴょん、おチンチンがなくなったよ」とやつれた顔のララぴょんは言った。

「見させてもらったよ。性器が完全に女性のものに変わっている」不思議そうに話す鶴。

「あの大きな虫はお前の男性器と一緒にサナギになったんだよ。尿道からララぴょんの精子を吸い尽くすと、カイコの繭みたいに糸をはいてララぴょんの下半身全体を包み込んでたんだ。繭が割れるとあの虫は、もっと大きくなってて割れた繭も綺麗に食べてた。その時に今で男性器と女性器を両方持っていたお前の身体をあの虫が作り変えたんだ。そうとしか考えられない」鶴は惚けたように視点の合わない眼で話した。

「そうだリノレカは?あの虫の名前なんだけど。どこに言ったの?」ララぴょんは目覚めてから一度もリノレカを見ていないことに疑問を持った。

「マサ君と雅子ちゃんが、リノレカを見つけた島に連れてったよ」ノリツーも台所にやって来た。その後ろには黄門ちゃまも居た。

「大丈夫なの?エルフたちに襲われたら…」ララぴょんの質問に鶴が反応した。

「ララぴょんが意識をなくしてからなんだが、南極の空間通路から恐ろしい数のエルフがわきだしてな。南半球は一瞬で終わったよ。ヤツら人間の細胞にまで入り込んで機械化させちまう方法まで見つけちまったんだ。もう終わりだよ」鶴は台所のテレビと自分の端末を接続して凄まじい勢いで増殖するエルフのマップをララぴょんに見せた。

「大丈夫!姉ちゃんがいるよ」とララは眼に力を取り戻す。

「また、ポリッピーやらねぇとな」黄門ちゃまはポケットからポリッピーを取り出してテーブルに置いた。

「花蓮がアタシの精子を吸い取ってるあいだに、ずっと変態の話してたわ」とララぴょんが笑った。

「のりピーも俺に変態の話したよ」黄門ちゃまが笑う。

「おい子供のまえで変態変態ってさぁ。やめなよ」とたしなめる鶴。

「それって完全変態と不完全変態のことでしょ。僕の夢にもリノリカがその話をしにでてきたよ。何度も何度もね」ノリツーが話しはじめた。

「昆虫のなかにはカマキリやバッタのような脱皮を繰り返して成長していく不完全変態と蝶や蛾みたいに幼虫からサナギになって成虫に変化する完全変態の二種類に別れるんだ。蝶は幼虫からサナギになって蝶になるんだけど、サナギのあいだって、あの中でいったん身体をドロドロに溶かして身体を作り変えてるって話じゃない。夢のなかではリノレカは女の人の声で話してくれたんだ」ノリツーが楽しそうに話す。

「待って!じゃああの虫のなかに典子と花蓮がいてサナギになって典子と花蓮が帰ってくるとでも?」鶴が頭をないないと振りながら言った。

「きっと姉ちゃんは、エルフのことまでわかってたんじゃないかな。雅子ちゃんたちも姉ちゃんて花蓮ちゃんを信じてるから島に行ったんだよ」ララぴょんが話しているとテレビモニターの画面の一部が大きく光だした。

「コレは雅子たちの居る島だ!こんなところに空間通路が開いた…」鶴が慌てている。

「鶴さん諦めたンじゃないの往生際が悪いよ」とララぴょん。

「雅子と雅夫が心配じゃないのか!」鶴は少し声を荒げた。

「大丈夫!あの二人にはクソ眼鏡共がついているから。姉ちゃんは子供の頃からアタシを普通の女の子にしてやるって約束を守ってくれたんだよ。遺伝子実験のモルモットみたいにされてたアタシをだよ。ノリツーが産まれる時だって助けに来てくれた。絶対に花蓮と二人で帰って来るって約束してくれたから。大丈夫よなんてったって典子姉ちゃんだから」ララぴょんは鶴からワインを奪い返して一息に飲みほす。


 ララぴょんの下半身に巻きついていた繭が割れるとふたまわりほど大きくなったリノレカが出てきて繭を食べると雅子の顔をじっと見ていた。

「わかった島に行ったらええんやな」雅子は突然リノレカと直接意識で繋がったようだった。ミドリイロと雅子とリノリカがガレージのエアカーに向かって出て行く。

「ワテも行ってきます。ララぴょんをお願いします」雅夫は鶴に頭を下げると、ノリツーに手をふってから、雅子のあとを追いかけた。

 島に着く頃にはリノレカは鉱石のように硬くなっていた。その状態でも雅子はレノリカのしてほしいことがわかるらしく雅夫は黙って見守っていた。エアカーのボタンを操作する事でエアカーのボディは細かく切り離されミノムシのミノのようにリノレカに張り付いていく。

「コレで最期やね」雅子はそう言ってミドリイロの右目グッと押す。ミドリイロはロケットのように変形する。ミノのようになったリノレカをロケットは金属のアームで自動的に回収した。

「アンタ空間通路が開くで!」雅子が空を見る。空間がグニャグニャと歪む。

「花蓮!パパが悪かった。お前のこと何にも見てなかった。ゴメンやで!もう世界はなくなってしまうかも知れんけど、パパとママは心入れ替えて漫才師になってん。人気でたんはホンマにはじめん時だけやった。家も車も全部処分してララぴょんの家で世話なりながら色んな施設で漫才やってきたんやで!お年寄りと色んな施設に暮らしてはる人らが喜んでくれるん見てパパな。なんで花蓮のこと笑わしたらへんかったんや思たら悔しいてなぁ。ママには変な大阪弁言われたけど、最近なんか大阪弁らしなってきたわ。花蓮帰ってきたらワテらの漫才みてや」雅夫はねじれる空間に向かって大声で言った。

「一番悪いんはママやった。嘘ばっかりついて嘘を着て生きとったんや。ホンマの花蓮のことなんか、なんも見てなかった。ホンマにゴメンやで!花蓮のオピンポの絵だけは一枚も捨てんと綺麗においてるからな。この世界が元通りになったら、花蓮画伯のオピンポ展覧会やろ思てんねんゼッタイやろな」雅子も空間の歪みに吸い込まれないように雅夫につかまっていた。

 上空にエルフたちが現われた。ミドリイロが変形したロケットがエルフを目掛けて飛んで行くエルフの近くまで行くとロケットは空中で停止し駒のようにぐるぐると周りだして、エルフを吸収しているようだが、もの凄い量のエルフが空を覆い隠しリノレカは見えなくなった。

「アンタ!あれなんや思う」黒い人の影のような集団が二人を囲んでいる。

「アレが鶴さんの言ってた。人間が機械化したエルフかもな…」雅夫の身体が指先から侵食され黒く変わってガンメタルの金属に変わって行く。

「アンタぁああ!」雅子が叫ぶ。しかし雅夫は意識を失った。花蓮ゴメンな!うわ言のように雅夫を言い続けていた。

 雅子もまたエルフに侵食され意思を失っていく。その刹那空は金色に輝きだした。空中に金髪碧眼の眩いばかりに美しい女性が立っていた。背中には大きな青い蝶の羽根を羽ばたかせて、まるで掃除機がゴミを吸うように右手でエルフを吸収していた。その美しい女性が激しく羽根から鱗粉のようなものを巻くと人型のエルフは浄化されるように消えていく。変色し硬化していた雅夫と雅子の身体も一瞬で元に戻った。

「パパ、ママ、ただいま」ニコリと笑いリノレカは言った。

「あんたら!またエロいかっこして。なんなん?その透け透けの超ミニのイヤらしいワンピース来て。下着ぐらい履きなさい!乳首見えとるがな!ウェスト細すぎ。胸デカすぎ。手脚長すぎや!だいたい綺麗過ぎや!ララぴょんが、霞むぐらいエロいうえに綺麗やないか。パパのチンチンが立ったらどないすんの。ママ大変やねんで」雅子が今即興で産まれたネタを披露する。

「パパはビンビンやでえ」と照れながら雅夫が言った。

「おもんないんじゃあ」と雅子が雅夫を引っ叩く。リノレカは腹を抱えて笑っている。

「ちょっと世界を元に戻して来るから待っててね。ホントに展覧会やるの?」リノレカはそう言うと蝶の羽根を広げ舞い上がった。そして信じられないようなスピードで南極を目指し飛んでいった。


 鶴がモニターに映ったマップからエルフが消えていくのを凝視していた。

「何が起こってるんだ…」本部も何も把握出来ていなかった。

 南極の空間通路が消滅してほんの五時間程でエルフの反応はほとんど消えてしまった。最後に残った四国にあったエルフの反応が消えると、ララぴょんは立ち上がって玄関に向かう。

「母ちゃん、どこに行くの?」ノリツーがたずねる。

「お出迎えだよ」ララぴょんはよろよろと家の外へでた。

 夜空が金色に輝いていた。

「誰の出迎えなの?」美しい夜空を驚き眺めるノリツーがララぴょんに聞く。

「典子姉ちゃんだよ」ララぴょんは西の空を眺める。

「どんな顔してるの」ノリツーが興味を持ったようだ。

「いまは、どんなカッコか知らないけど多分バカな格好でバカな服きてる…」西の空にひときわ明るく光る閃光が輝く。

「典子が帰ってきた。もうすぐ会えるよ!おかえり」ララの瞳からひとしずくの涙がつたう。

 そして、その輝ける者は、真っ直ぐにララを目指す。


 完

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シャイニング・レトリバー 江呂川蘭子 @rankoerogawa69

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