第二十話(最終話) 記録の終わりに

2025年3月21日。春分の日の深夜。
沢渡廉は、再びあの扉の前に立っていた。

【Kの部屋】──
それは、物理的な場所というより、記憶と記録が交差する“場”だった。
過去を記録した者たち、記録され消えていった者たち、
そして「語り残そう」とする者が、ひとつになる“終わりの間”。

扉を開くと、そこには“何もない部屋”があった。

ただ、部屋の中央に一脚の椅子。
その上に、1冊のノートと、ペン。

そして──
窓の外から射す、朧月の光。


沢渡は椅子に腰を下ろし、ノートを手に取った。
そこには、何も書かれていなかった。

だが、それは「白紙」ではなく、**“語られるのを待つ余白”**だった。


彼は、そっと書き始めた。

これは、ある冬に起きた記録の物語。

名前を奪われた少年と、記憶を消された少女。

そして、かつて誰にも語られなかった、“K”という存在の真実。

彼が書いた文字は、まるで誰かの囁きのように、部屋の空気に沁みていった。


背後の扉が開いた。

現れたのは、フードを脱いだ女性だった。

──甲斐真知。


「……やっと来てくれたのね」


それは幻ではなかった。
この空間では、記憶に残る者たちが再び姿を見せる。

赤堀翔太も、瀬川洸一も、由依も。
彼らはみな、沢渡の“語り”の中で形を取り戻していた。


沢渡は立ち上がる。


「俺は、記録を終わらせる。
 でも、記憶は終わらせない。
 君たちがここにいたことを、俺は語り続ける」


真知がうなずく。


「……それで、充分よ」




その瞬間、部屋の壁一面に、過去の断片が浮かび上がった。

泣きじゃくる由依。
洸一の笑顔。
翔太が誰かをかばって傷ついた日。
そして、“誰にも語られなかった少年”──Kの姿。

それらすべてが、ひとつの映像のように繋がっていく。

沢渡の語りが、世界を繋ぎ直していた。


月が満ち、光が部屋を満たす。

一人ずつ、かつての友が微笑みながら消えていった。
それは別れではなく、“旅立ち”だった。

最後に残ったのは、少年K。
無表情だった彼が、かすかに笑う。

そして口を開く。


「ありがとう。僕を、見つけてくれて」


彼もまた、光の中に溶けていった。




朝。
沢渡は目を覚ました。
ノートとペンを握ったまま、Kの部屋の跡地のベンチに座っていた。

全てが夢だったのか。
そう思った瞬間、胸ポケットの中に小さな紙切れがあることに気づく。

そこには、こう書かれていた。


「記録は終わった。
記憶は、君の中で生きている。
だからもう、誰も“消えない”。」


沢渡は、ノートを抱えて立ち上がった。
長い夜が終わった。

これからは、“語る者”として生きていく。


そして、物語は幕を閉じる。

記録ではなく、記憶として。


【了】


全二十話:乞うご期待!!

第一話  生き残った探偵

第二話  無人の探偵事務所

第三話  沈んだ窓

第四話  白い部屋

第五話  橋の下の微笑み

第六話  彼女の静けさ

第七話  あるインタビュー記録

第八話  記録という狂気

第九話  清められた姉

第十話  “あの部屋”へ

第十一話 沢渡、目覚める

第十二話 時雨のノート

第十三話 沈黙の密室

第十四話 もうひとりの声

第十五話 消された映像

第十六話 最後の告白

第十七話 交差する記憶

第十八話 祈りの花

第十九話 記録の果て

第二十話 すべてが繋がる日

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Kの部屋 ―記録されなかった存在― はるか かなた @JoyWorksDesigns

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