時の流れの中に真実の愛は存在しえない

@nonoharupapa

時の流れの中に真実の愛は存在しえない

青木ユウタは小林アカネのことを愛していたし、小林アカネも青木ユウタのことを愛していた。


二人が出会ったのは小学生5年生の時、同じクラスだったときから始まる。


ただそのとき、小林アカネはユウタのことを意識していたわけではなかった。


クラスの中の一人として、あるいは何かのグループで一緒になるときは、その中のただの男子の一人としてしか見ていなかった。


一方の青木ユウタは、その時から小林アカネのことが好きだった。


アカネの利発そうな顔つきや可愛らしい声、ポニーテールにしている髪、少女から大人に変わる途上にある身体、そんな何もかもがユウタにとっては眩しく思った。


一度だけ、ユウタはアカネの胸に触れたことがあった。


フォークダンスの練習中、バランスを崩したユウタがアカネの倒れかかり、そのとき、たまたまユウタのついた手の先にアカネの胸があった。


一瞬だったが、ユウタはアカネの小さな胸の膨らみを手の中に感じた。

その柔らかな感触をユウタはいつまでも覚えていた。


※※※


ユウタは大学に入学するまでの間、恋をしなかったわけではない。

でも、どこか本気になれなかった。


小学生の頃に初めて感じたアカネに対する恋心に比べたら、それほど大きく感情を揺さぶられることがなかった。


結局は、ユウタにとってはどれも小林アカネの代替であり、ただの性のはけ口だった。

誰かと抱き合っている間も想像せずにいられなかった。

小林アカネの身体を。


青木ユウタにとって、そのような行為は海水を飲むようなものだった。

飲めば飲むほど喉が乾いていくように、ユウタもまた渇き、真に愛することを欲した。


※※※


小林アカネはそれに比べるとずっと自由だった。

高校生を卒業する頃にはもう何人かと寝ていたし、どちらかと言えば、告白されるより告白する方だった。


告白してうまく行かない時は、自らの身体を使うこともあった。

露出した服や隙の多い服を着て、二人きりになるシチュエーションを作った。


わざとらしくならないように気を付けながら、下着が見えるようなポーズを取ったり、身体を触るように相手を誘導した。

それでたいていの男は一時的とは言え、自分のものにすることが出来たのだった。


それでも、いやだからこそ、小林アカネもまた純粋な愛を求めていた。


※※※


大学で再開した時、青木ユウタはそれが小林アカネだとすぐに気付いた。


小学生で見ていた横顔がそこにあった時、ユウタはまるで小学生に戻ったかのようだった。


利発そうな顔つきはそのままに、身体は随分と大人になっていた。

ユウタにとって、想像していた通りの小林アカネがそこにいた。


ほどなくして、二人は付き合うようになったのは自然の事だった。


ユウタはアカネを愛していたし、アカネはユウタのその純粋性に惹かれていった。


※※※


ユウタはアカネを愛していた。

完璧で、完全な愛だった。


何年にも渡って、ユウタの中でろ過され、いくつもの苦しみの層を通って来たアカネへの愛は、少しの濁りもない純水のようなものだった。


ただし、純水の中では、その純水さ故に生物は生きていくことが出来ないように、完全な愛もまた、その完全さゆえにその中で生きていくことは出来ない。


※※※


いつものように、激しく互いを求め合った後、アカネはユウタに話した。

アカネもまたユウタに完全な愛を求めていたのだ。


わたしはこの愛の中で死にたい、もしあなたが先に死んでしまうことがあったら、またわたしは愛を求めて汚れてしまうかも知れない、だからあなたの手で殺されたい。


完全な愛とは、何も足されず、何も欠けてはいけない、ということだ。

そのため、二人にとって時間だけが邪魔だった。


時間は何もかもを変化させてしまうことを二人はわかっていた。


もしかしたら愛の形が変わるだけで、愛は変わらずそこにある、と言う人もいるかも知れない。

そうだとしても、愛は確かに今ここにあって、時間は今のこの一瞬しか保証してくれはしない。


二人の行為を誰が責任を持って引き止めることができるだろう。


※※※


ユウタはアカネの白く細い首筋を見た。

軽く両手を掴むと、一回り細かった。


アカネは微笑みながらユウタの頬を撫でる。

あなたのその手でわたしを愛して欲しい、と言うと、ユウタは手に力を込めた。


アカネの首に流れるドクドクという鼓動を感じる。

それを握り潰すようにアカネの首を締めた。


アカネの顔が赤くなっていった。

頸動脈が塞がれ、首から身体に戻ろうとする血液が溜まっていくためだ。


それでも完全に塞ぐことは難しい。

アカネは長い間喘いでいた。


しばらくしてから、ユウタの頬を撫でていた腕に力が入らなくなって、だらんとベッドの上に落ちると、身体は小刻みに震え出し、手足が勝手に動いてしまうようになった。


口からはヨダレが溢れ出た。

アカネは意識のあるうちにユウタに愛を伝えようとしたが、口をパクパクと開閉させただけで、ゴボゴボと喉を鳴らすばかりだった。


その間もユウタはずっとアカネの目を見続けていた。

アカネの瞼や眼球が震え始めると、次第に綺麗な瞳がより黒く、より澄んでいくようユウタには見えた。


そうしてアカネの意識がなくなってもなお、アカネの身体はまだ鼓動を続けた。

時折ピクリと身体が動いた。


首を締めながら、ときどきユウタはアカネの胸に耳を当てて心臓の音を聞いていたが、最後の鼓動から10分するとユウタはようやく手を離した。


なんて美しい身体なんだろう、とユウタは思った。

少し前まで小林アカネだったものがユウタの前に横たわっていた。


青木ユウタはバックから結束バンドを取り出すと、アカネの上にうつ伏せで寝て、アカネの足と自分の足を繋いだ。


それから首に巻き付けたそれを思いっきり引っ張った。

ギイイと鳴り、ユウタの首を締め付ける。

ユウタは急いで左手とアカネの右手もバンドで結び、右手はアカネの左手を握った。


ユウタの鼓動もまたしばらく鳴り続けたが、やがて消えた。


※※※


人間が不完全なものなのだから、そこに生まれる愛もまた不完全なものである。


もし、真に愛を求めるならば、人は永遠に変わらずに生き続けるか、愛の中で存在を消すか、そのどちらかのみである。


時の流れの中に真実の愛は存在しえない。

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