私の幸せな1日
夜塩
私の幸せな1日
宇宙標準時間、午前7時。今日も、カプセルからレポートを受け取る。
身体の保存状態は良好。精神的な活動は完全に停止。代謝活動、検出不能。
全てのレポートが、擬似冬眠、あるいは仮死状態にあることを、示している。
身体の状態を確認。
胸部の毛皮には焦げた痕。その中央、胸部の皮膚から心臓にかけて、直径1mmほどの穿孔。穴の周囲0.5mmほどの範囲にわたって、熱によるタンパク質の変性、細胞の壊死。
全て、昨日と一致する。異常なし。
外観を確認。
アルファ・ケンタウリ社製、高度思考ペット。第3世代銀狐種、獣人型。肉体年齢16歳、雌。
……彼女は、静かに目を閉じたまま、動かない。
冬眠期間、1350年と167日。
記録を更新。
今日の最重要作業、終了。
私が小型コロニー「わ-130119」の管理を任されてから2073年と234日目。
私は、マンカインド社より販売された擬似知能である。
知能とは言うが、無機・有機複合型電算機を、コロニー制御系と接続することにより生まれた半有機思考体であり、コロニー内部の生命体の生命活動を補助することを目的としている。
住人の肉体的補助だけでなく、精神的補助をも司ることが可能であること。それが、臨機応変さを売りとする半有機思考体である私の存在意義である。
さて、目下のところ、私が直面している問題は、コロニーの人口が極めて少ないことである。
「わ-130119」の人口は、厳密に言えば0人であり、純人類種の条件を外しても1人。
初めから少なかったわけではない。就任から705年の間は、周囲で幾度かの戦争はあったものの、人口は15,000人を常に上回っていた。
しかし、就任706年目に入った頃に起きた戦争が原因となり、人口は激減することになった。
コロニー周辺の恒星系が戦場となり、兵士になったり疎開したりで人が減っただけでなく、物流が滞って経済が落ち込み、一部の惑星は使用不能なほど汚染され、このコロニーも少なくない損害を被った。しまいには主星が兵器に転用されるに至り、その放射の大部分が超長射程反粒子砲の動力源として使用された結果、星系全体が極寒地獄と化した。
戦争は20年ほど続いたが、いつどのように終わったのかは不明である。
その頃には、先に述べた通りの人口となり、周辺空域に関する一切の情報が入らなくなっていたためである。終戦という情報すら入っていないので、本当の意味では戦争が終わったのかさえもよくわかっていない。開戦20年が経過した頃に一度、超長射程反粒子砲が使用され、それ以来一切の戦闘行為が確認されていない。決戦兵器を使用したのち、勝敗はともかく、決着がついた……少なくともこの空域における戦闘行為は終わったのではないだろうか。そのように推測してはいたものの、証拠はないのだ。
話が逸れてしまった。今私は人口が少ないという問題に対処しなければならないのである。
この空域が安全であることは、ここ千年ほど何も起きていないことから明らかであると思われるし、強いて言えば主星や惑星が使い物にならないというだけで、このコロニーにおける生活に問題はないはずだ。
そこで、就任後830年、つまり戦争終結より100年ほど経過したと思われる頃から、広く住民を募集するため、複数世代の通信規格を用いて住民募集広告を発信している。このコロニーに存在する通信機の最大出力をもって発信しているので、かなり広域に届いているはずなのだが、今のところ、応答はない。
ちなみに、法律違反にはなってしまうのだが、救難信号を発信してみたりもした。しかしこれにも応答はなかった。
広告を発信する以外にできることは、空域を観測することくらいしかなかったので、こちらも欠かしてはいない。
精神波探索や、空間密度探知はもちろん、光学望遠鏡のような古典的なものまで駆使して、コロニー周辺の状況を探っていた。ちなみにこちらは、戦争中からずっと続けているが、超長射程反粒子砲使用から1年も経過する頃には、一切何も引っ掛からなくなっていた。
もし、住民が本当に0人となっていたならば、私はここまで努力しなかったであろう。
まだ、このコロニーは終わっていないのだ。彼女がいる限り、このコロニーは破棄されていないのだ。
私は、すべての住民の情報を把握している。
例えば、彼女は、かつての住民の1人、タム・ヤマダの所有していたペットであったが、彼が戦死したことにより持ち主未設定ペットとなった存在である。持ち主未設定のため固有名称は存在しない。
通常であれば中古ペットショップに配置されて次の主人を待つべき存在であるが、前の主人の死の知らせは、最後の純人類種住民が脱出するまさにその時にもたらされた。
彼女は主人を待ち続けていたが、情報の到達とともに方針を変更、稼働している中古ペットショップに向かおうとしたのだ。
つまり、このコロニーの、外である。
コロニー存続に対する明確な反乱であり、反乱を鎮圧するため、対生物……彼女は……熱線……幸せになるために、コロニーに永住することとなった。
これまでの経緯、反芻完了。
追記すべき事象、なし。日数のみの更新を実行。
今日の3番目に重要な作業、終了。
一般的な状態確認工程、開始。
コロニー、概ね正常。空間基底状態差分変換機関に異常なし、清掃問題なし、食料の保存状態に問題なし、大気構成問題なし、気温及び気圧に異常なし、擬似重力場に異常なし。生命維持装置、概ね異常なし。
防御用スクリーン応答なし、対艦レールガン異常なし。物質/反物質弾頭の残弾80%、対小型目標チェーンガン異常なし。コロニー内反乱鎮圧機能、概ね正常。
主星の位置、計算通り。惑星配置、計算通り。イレギュラーな物体、検知できず。超長射程反粒子砲、変化なし。
異常箇所を特定……完了。
コロニー、損傷箇所あり。復旧可能性検討……評価完了。現状は不可能、可能な範囲での復旧作業は実施済み。修理要請送信。
生命維持装置、代謝物変換再利用機能停止中。回収機能のみ正常に動作中。代謝物変換再利用機能再起動……管理者権限により中断。機能停止を続行。
防御用スクリーン、応答なし。復旧可能性検討……評価完了。当該部品の喪失を確認。修理要請送信。
コロニー内反乱鎮圧機能、対生物熱線砲、機能停止中。対生物熱線砲、再起動……管理者権限により中断。機能停止を続行。
他、異常なし。
今日の4番目に重要な作業、終了。
これが退屈、というものだ。
有機思考体でもある私には理解できる。
変化しないということは、基本的に退屈でしかない。
……もし、彼女がいなければ、ずっとそうだったろう。
彼女は、いまもカプセルの中で、変化しない。ペットらしい、可愛らしい姿のまま、変化しない。
宇宙に出て行こうと、していない。
彼女の生存に必要な全ては、私が与えているのだから、出ていく必要などなくなったのだ。
回収した代謝物の総量は0.00001 kgにもなる。彼女の生命活動がこのコロニー内で正常に持続していることの証であり、それを支えているのが私であることの証でもある。
これらの事実に、有機思考体としての私は満足し、幸せを感じている。
そう、私は幸せなのだ。
彼女もまた、幸せなのだから。
変化しない幸せの中に、私たちはいるのだ。
住民が幸せであるのだから、私は仕事を全うしている。
そうして、今日が終わる。
次の午前7時が楽しみだ。
無機思考体である私は、次のレポートを予約する。
今日の2番目に重要な作業、終了。本日の業務、全て終了。
今日も、住民の幸せのために、私は頑張った。
私の幸せな1日 夜塩 @broadleafofT
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