第10話 ゴミスキルの真価と、夜明けの誓い

古城の中庭に立ち昇る禍々しいオーラは、天をも覆い隠さんばかりの勢いで膨れ上がっていた。ローブの男が投げ込んだ魔道具は、祭壇に蓄えられていた負の魔力を暴走させ、恐るべき存在を呼び覚まそうとしていたのだ。

「まずい! あれは…古の邪神を召喚する儀式だ!」

騎士団長が、古い文献で読んだ知識を元に叫んだ。その顔には焦りの色が浮かんでいる。

「邪神…!? そんなものが本当に…」

リリアも息を呑む。


暴走する魔力は、周囲の空間を歪ませ、騎士たちの動きを鈍らせる。

「くっ…体が重い…!」

「このままでは、儀式が完成してしまうぞ!」

騎士たちが苦悶の声を上げる中、ローブの男は高笑いを響かせた。

「ハハハ! もはや誰にも止められん! 我らが悲願、邪神の降臨によって、この腐った王国は浄化されるのだ!」


カイトは、リーナ姫を安全な場所に避難させると、リリアと共に祭壇へと向かった。腕の傷が痛み、全身が悲鳴を上げている。だが、ここで諦めるわけにはいかない。

「カイト、どうする!? あのオーラを止めないと!」

リリアが叫ぶ。彼女の剣も、邪悪なオーラの前では威力が半減しているようだ。


カイトは祭壇を見据え、必死に思考を巡らせた。

(この禍々しいオーラ…何とかして弱められないか? 【付着】スキルで…何かできることは…?)

彼の脳裏に、これまでの戦いの経験が走馬灯のように蘇る。小石、泥、布切れ…様々なものを付着させてきた。そして、スキルのレベルアップによって可能になった「簡易操作」。

(そうだ…「付着」させるだけじゃない。「引き剥がす」ことも、「僅かに動かす」こともできる!)


カイトは、祭壇の中心に目を凝らした。そこには、暴走する魔力の源となっているであろう、黒く輝く魔石が埋め込まれている。

「リリア! あの魔石だ! あれを祭壇から引き剥がせば、儀式を止められるかもしれない!」

「引き剥がす…!? どうやって!」

「俺のスキルでやる! でも、一人じゃ無理だ。リリア、俺が魔石に『付着』させるための道を作ってくれ! そして、俺がスキルを発動する瞬間、全力であの魔石を攻撃してほしい!」

カイトは、一世一代の賭けに出た。


「分かった! やってみよう!」

リリアはカイトの言葉を信じ、剣を構え直した。

二人は、暴走する魔力の嵐の中へと突っ込んでいく。

「無駄だ! 邪神の力の前には、虫ケラ同然!」

ローブの男が嘲笑するが、カイトとリリアは止まらない。


リリアが先陣を切り、カイトへの攻撃を弾き、薙ぎ払い、道を開く。彼女の剣技は、カイトを守るという強い意志によって、さらに鋭さを増していた。

カイトは、リリアが作った僅かな隙間を縫って、祭壇へと迫る。

そして、ついに魔石の目前までたどり着いた。

「今だ、リリア!」


カイトは、持てる全ての集中力を注ぎ込み、【付着】スキルを魔石に対して発動するイメージを脳裏に描く。ただ付着させるのではない。魔石の表面に、無数の「見えない手」を付着させ、それを「引き剥がす」強力なイメージ。

同時に、リリアが渾身の力を込めて、剣を魔石に叩きつけた!


ゴオオオオオオッ!

魔石に亀裂が入り、カイトのスキルとリリアの攻撃が合わさった瞬間、祭壇から凄まじい衝撃波が放たれた。

「ぐあああああっ!」

カイトとリリアは、その衝撃で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


しかし、次の瞬間、中庭を覆っていた禍々しいオーラが、まるで霧が晴れるように急速に消え去っていった。

暴走していた魔力は鎮まり、歪んでいた空間も元に戻る。

「…やったのか…?」

カイトが、薄れゆく意識の中で呟いた。


ローブの男は、信じられないという表情で立ち尽くしている。

「馬鹿な…儀式が…失敗したというのか…!? この私が…こんなゴミのようなスキルに…!」

その言葉を最後に、彼は駆けつけた騎士たちによって取り押さえられた。

他の「夜蛇の爪団」の残党も、次々と制圧されていく。


夜明けが近づき、東の空が白み始めていた。

古城に静寂が戻り、騎士たちの歓声が響き渡る。

カイトは、リリアに支えられながら立ち上がった。

「…終わったんだな」

「ああ…終わった。お前のおかげだ、カイト」

リリアは、カイトのボロボロになった姿を見て、涙を浮かべながら微笑んだ。


カイトの【付着】スキル。誰もが「ゴミスキル」と嘲笑った、役立たずのはずの力。

しかし、彼は諦めなかった。その本質を見抜き、創意工夫と血の滲むような努力の果てに、誰にも真似できないレベルで使いこなす術を編み出した。

そして、その力は、王国を揺るがすほどの邪悪な陰謀を打ち砕き、多くの人々を救ったのだ。

それはまさに、「ゴミスキル×創意工夫=無限の可能性」を証明した瞬間だった。


数日後、王都では盛大な祝賀会が開かれた。

カイトとリリアは、英雄として民衆から称賛を浴びた。

エルネスト王は、改めて二人に感謝の意を伝え、カイトには望むだけの褒賞を、そしてリリアには騎士団の中でも特に名誉ある「王室直属騎士」の称号を与えた。


祝賀会の喧騒から少し離れたバルコニーで、カイトとリリアは二人きりで夜空を見上げていた。

「なんだか、夢みたいだな」

カイトが呟く。

「そうだな。でも、夢じゃない。私たちが、力を合わせて成し遂げたことだ」

リリアが、カイトの隣で誇らしげに言った。


「なあ、リリア」

「なんだ?」

「俺、この世界に来てよかったって、今、心から思えるよ。最初は絶望しかなかったけど…リリアと出会って、自分のスキルを信じて、戦って…」

カイトの言葉に、リリアは黙って耳を傾けていた。

「ありがとう、リリア。お前がいなかったら、俺はここまで来れなかった」

「…馬鹿。礼を言うのはこっちの方だ。お前が諦めずに立ち向かう姿を見て、私も勇気をもらえた。お前は、私の…自慢の相棒だ」

リリアは少し照れながらも、真っ直ぐにカイトの目を見て言った。


二人の間には、言葉以上の強い絆が流れていた。

これからも、様々な困難が彼らを待ち受けているだろう。しかし、二人なら、どんな壁も乗り越えていける。カイトの唯一無二のスキルと、リリアの揺るぎない剣。そして、何よりもお互いを信じる心が、彼らを最強のコンビにするのだから。


「さて、これからどうする?英雄様?」

リリアが、悪戯っぽくカイトに尋ねる。

カイトは夜空に輝く星々を見上げ、晴れやかな笑顔で答えた。

「決まってるだろ? まだまだこの世界には、俺の【付着】スキルで解決できる問題がたくさんあるはずさ。リリア、これからも一緒に来てくれるか?」

「当たり前だろ? お前の無茶を止めるのは、私の役目だからな」

リリアは笑ってカイトの腕を軽く叩いた。


最弱の烙印を押された男が、唯一無二のスキルを極めて頂点へと駆け上がる物語。

その壮大な冒険は、まだ始まったばかり。

夜明けの空の下、二人は新たな未来へと続く道を、確かな足取りで踏み出したのだった。

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『ゴミスキルと馬鹿にされてきたが、完璧に使いこなす事で異世界最強となる』 @TSUKISHOU

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