第9話 貴族の陰謀と、迫る儀式

貴族の屋敷の書斎で、「夜蛇の爪団」の首領からの密書を発見したカイトは、息を呑んだ。そこには、次の儀式が三日後に王都近郊の古城で行われること、そして、その儀式には「王家の血を引く者」が必要であるという、衝撃的な内容が記されていたのだ。


(王家の血を引く者…まさか!?)

カイトの脳裏に、ある人物の顔が浮かんだ。エルネスト王の末の娘であり、まだ幼いリーナ姫だ。彼女は病弱で、公の場に姿を見せることは少ないが、その存在は王国内でも知られている。

これが事実なら、これは単なる誘拐事件やカルト教団の暴走ではない。王国の転覆すら狙った、大掛かりな陰謀である可能性が高い。


カイトは密書を慎重に自分の懐にしまうと、来た道を戻り、リリアと合流した。

「リリア、大変なことになった…!」

カイトから密書の内容を聞かされたリリアは、絶句した。

「王家の姫君を…!? 奴ら、本気で国を揺るがすつもりか!」

「ああ。三日後だ。時間がない。すぐに騎士団長に報告しないと!」


二人は急いで城に戻り、騎士団長に密書を提示した。

騎士団長は、その内容を見て顔色を変え、即座に国王エルネストに報告。王宮内は、にわかに緊張感に包まれた。

「馬鹿な…! あのハイゼンベルク侯爵が、そのような大逆を企んでいたとは…!」

エルネスト王は、密書の差出人である貴族の名――ハイゼンベルク侯爵――を聞き、驚愕と怒りを露わにした。ハイゼンベルク侯爵は、王国内でも有数の有力貴族であり、国王の信頼も厚い人物だったからだ。


「カイト殿、リリア騎士。君たちは、またしても大きな手柄を立ててくれた。この情報がなければ、我々は取り返しのつかない事態に陥っていただろう」

国王は、カイトとリリアに深く感謝の言葉を述べた。

「しかし、油断はできん。ハイゼンベルク侯爵は、おそらく『夜蛇の爪団』の背後にいる黒幕の一人に過ぎんだろう。奴らの真の目的、そして組織の全貌を明らかにし、完全に叩き潰さねばならん」


直ちに、騎士団によるハイゼンベルク侯爵の拘束、及び古城への急襲作戦が計画された。

カイトとリリアも、その作戦の中核メンバーとして参加することになった。カイトの【付着】スキルによる潜入と情報収集能力、そしてリリアの卓越した剣技は、今や王国にとって不可欠な戦力となっていた。


作戦決行は二日後の夜。古城の警備が手薄になる時間を狙う。

それまでの間、カイトとリリアは、古城の構造や予想される敵の配置などを徹底的に頭に叩き込んだ。

「カイト、今回は前回よりもさらに危険な任務になる。お前のスキルは強力だが、万能ではない。決して無理はするな」

リリアは、カイトの身を案じながら言った。彼女は、カイトが時折見せる無鉄砲さを知っている。

「分かってるよ、リリア。でも、リーナ姫を助け出すためには、多少の危険は冒さないと」

カイトは、リリアの心配を和らげるように微笑んだが、その瞳の奥には強い決意が宿っていた。


そして、運命の夜が来た。

月も隠れた闇夜の中、カイトとリリアを含む精鋭部隊が、古城へと向かった。

古城は、不気味な静寂に包まれていた。しかし、その内部には、多くの「夜蛇の爪団」の構成員が潜んでいるはずだ。


「予定通り、カイト殿は先行して城内に潜入し、姫の居場所と敵の主力部隊の位置を特定してくれ。リリア騎士は、カイト殿の合図があるまで、ここで待機。合図があり次第、我々と共に突入する」

騎士団長の指示に従い、カイトは一人、古城の壁に取り付いた。

【付着】スキルを使い、音もなく壁を登っていく。彼の動きは、以前にも増して洗練され、まるで闇に溶け込むかのようだ。


城内は入り組んでおり、警備も厳重だった。しかし、カイトは冷静に状況を判断し、敵の視線を避けながら進んでいく。

そして、城の最上階に近い一室から、微かな泣き声が聞こえてくるのに気づいた。

(あそこか…!)

カイトは慎重に部屋に近づき、扉の隙間から中を覗き込む。

そこには、案の定、怯えた表情で涙を流すリーナ姫の姿があった。そして、その周りを数人の屈強な「夜蛇の爪団」の構成員が見張っている。


さらに、カイトは城の中庭に、大規模な祭壇が準備されているのを発見した。そこには、先日逃亡したローブの男の姿もあり、多くの団員たちが儀式の準備を進めている。

(間違いない…ここで儀式が行われるんだ!)


カイトは、集めた情報をリリアと騎士団長に伝えるため、一度城の外へ戻ろうとした。

しかし、その時、背後から鋭い声がかかった。

「そこにいるのは誰だ!」

見回りをしていた敵の一人に、姿を見られてしまったのだ。


「まずい!」

カイトは咄嗟に身を翻し、逃走を図る。

しかし、敵はすぐに仲間を呼び、城内に警報が鳴り響いた。

「侵入者だ! 捕えろ!」

次々と現れる敵。カイトは【付着】スキルを駆使して応戦するが、多勢に無勢だ。


「カイト!」

その時、城壁の外からリリアの声が聞こえた。彼女は、カイトが危険に陥ったことを察知し、騎士団長の指示を待たずに駆けつけたのだ。

リリアは、城壁を駆け上がり、カイトを追う敵の前に立ちはだかった。

「お前の相手は私だ!」

銀色の剣が閃き、敵を薙ぎ払う。


「リリア! 無茶だ!」

カイトは叫ぶが、リリアは聞かない。

「お前こそ、一人で突っ込みすぎだ! 早く姫の救出と、儀式の阻止を!」

リリアは、カイトに後を託すように言った。


その言葉に、カイトは迷いを振り払った。

「分かった! 必ず、姫を助け出す!」

カイトはリリアに背を向け、リーナ姫が囚われている部屋へと急いだ。

リリアは、迫りくる敵の波を一人で食い止めようとする。彼女の剣技は冴えわたり、次々と敵を倒していくが、その数には限りがある。


一方、カイトは姫の部屋の前にたどり着いた。

扉の前に立つ見張りを、【付着】スキルで足元の床に固定し、その隙に扉を蹴破って中に飛び込む。

「姫様、お助けに参りました!」

カイトの突然の登場に、リーナ姫は驚きながらも、希望の光を見たように顔を上げた。


しかし、部屋の中にいた見張りたちも、すぐにカイトに襲いかかってくる。

「小僧、邪魔をするな!」

カイトは、姫を守りながら応戦する。

部屋の中は狭く、【付着】スキルを最大限に活かすには不利な状況だった。

それでも、カイトは諦めなかった。カーテンを敵の顔に付着させて視界を奪い、燭台を天井に付着させて落とし、混乱を引き起こす。


その頃、城の外では、騎士団長率いる本隊が、リリアの奮闘によって作られた突破口から城内へと突入を開始していた。

「全軍、突撃! 姫君を救出し、悪党どもを一掃せよ!」

騎士たちの雄叫びが、古城に響き渡る。


カイトは、部屋の中の敵を何とか退けたが、自身も深手を負っていた。

「姫様、こちらへ!」

リーナ姫の手を取り、部屋から脱出しようとする。

しかし、廊下に出たところで、ローブの男と、数人の屈強な幹部たちが立ちはだかった。

「やはり現れたか、小僧。そして、その娘も一緒にとは、手間が省けたわ」

ローブの男は、冷酷な笑みを浮かべて言った。


「お前たちの思い通りにはさせない!」

カイトは、満身創痍ながらも、リーナ姫の前に立ちはだかる。

「ハッタリはよせ。お前はもう限界だろう」

ローブの男が手をかざし、再び黒い靄を放とうとした瞬間。


「そこまでだ、外道!」

リリアが、血路を切り開いて駆けつけてきた。彼女の鎧は所々破損し、顔には汗と血が滲んでいたが、その瞳は闘志に燃えている。

「リリア!」

「カイト、よくやった。あとは私たちに任せろ!」

リリアの後ろからは、騎士団長をはじめとする騎士たちが次々と現れ、ローブの男たちを取り囲んだ。


「ちぃっ…こうなれば!」

追い詰められたローブの男は、最後の悪あがきとばかりに、懐から何かを取り出し、祭壇のある中庭へと投げた。

それは、何かを爆発させるための魔道具だった。

「儀式を強行するつもりか!」

騎士団長が叫ぶ。


中庭から、大きな爆発音と共に、禍々しいオーラが立ち昇り始めた。

「夜蛇の爪団」の真の目的である、恐るべき儀式が、ついに始まってしまったのだ。

カイトとリリア、そして王国騎士団は、この邪悪な儀式を阻止し、王国を守ることができるのか。

戦いは、最終局面を迎えようとしていた。

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