学生の時読んだ、「イップスの作り方」という本で見たことがある。
「呼吸と、瞬きを、以下に指定する一定のリズムで続けてみてください」
それに従うと、瞬きも呼吸も難しくなっていき、下手をすれば両方とも困難になるらしい。
今まで惰性でやってきたことを、意識してやっていくと、途端に「苦手なのではないか」と意識し出す。そして本当に苦手になってしまう。
確かそんなロジックだった。
ここに書かれているのは、「ん」についての非常に興味深い考察達だ。
そして、作家先生が全力で我々をこの、「ん」のイップスに陥れようとしているのがものすごく伝わってくる! 恐ろしい物語だ。
少なくとも、「ん」について、未だかつてないほど考えるきっかけをくれるだろう。
この物語に出てくる先生に教えてあげたい。
世の中には、「ンデベレ族」という民族がいることを……。
世界観から文体から、とにかく楽しい作品でした。
平仮名の「ん」というものの奇妙さが気になってしまい、精神的に不安定になってしまった男。
「ん」で終わる単語が出てくると、それが心を苛む。そうでない単語が出てきた時も、自然と「しりとり」が始まって「ん」で終わる単語に行きつくようになってしまう。
「ん」という文字は一体なんなのか。
たしかに改めて言われると、これは本当に奇妙な話だな、と思わされます。「平仮名は五十音」と言われるけれど、普段は五十個使っていないものでもあります。
この文字は、何かまずいものなのではないか。そういう「何気ない文字」が心を苛んでくるというのが本作の特徴です。
「岸部露伴は動かない」の「くしゃがら」の話(ドラマオリジナルエピソード)とか、「世にも奇妙な物語」の「ズンドコベロンチョ」なども連想させられる、「言語が精神を苛む」というもの。
作中で「ん」で出てくる単語が現れると( )で表記される。これによって「いかに気になっているか」が強調され、読者はこの神経症の感覚を追体験することになります。
その感じがまたとても新鮮で面白い。
果たして、彼はどうすれば救われるか。
他にはない独特な手触りを味わえる、とても充実した読書体験を得られました。