魔法使いの消えた日
京野 薫
魔法使いの消えた日
2025年7月4日。
この日は一連の現象の始まりであった日本のみならず、世界的に見ても極めて大きな意味を持つ日となった。
ただそれは後世において「始まりと終わりの日」と言う忌まわしき意味合いで語られる物だったが……
この日の正午。
突然某F市の住宅街に出現したのは地下迷宮。
所謂「ダンジョン」と言われる物だった。
その地下には人々がオンラインゲームなどで見ていた怪物が多数生息していたが、それよりも特筆すべき事柄があった。
それは何故か分からないが人類が突然に「魔法」や「空間に出現した板状の物体に描かれた数値化された能力」を確認、または扱えるようになったのだ。
何故か理由の分からないその現象に、有識者を中心に不安の声が上がったが、その事実は若者を中心に熱狂的歓迎を呼び、瞬く間に「ダンジョンの探索者」「ダンジョン探索の配信者」を産むこととなった。
魔法は誰でも扱えるわけでは無く、全く使えない者がほとんどだったため、使用できる適正を持つ者にとってはまさに新たな「才能の金脈」であった。
それはたちまち新しい産業を産み、日本にとっては諸外国からの引きも切らない観光客をもたらすまさに「特需」と言える物だった。
そのため、当初はこの不自然すぎる現象を危惧していた有識者や政治家も、黙殺という形で受け入れるようになった。
今のところ、ダンジョンの探索や配信によって死者は出ていない。
なぜかモンスターのレベルが死者を出すほどのレベルでは無く、怪物との戦いはまさにゲーム感覚の「ちょっとだけ刺激的な娯楽」だったからだ。
上位の人気を集める配信者は巨万の富と名誉を得て、それまで学校や会社などの組織で目だたなかった者も適正に恵まれていたならば、スポーツやビジネス、芸術の才能が無い者でもそれら成功者を上回ることが出来た。
だが、上記の事実はそれから人類が見舞われた歴史においてさして重要では無い。
本当に重要だったのは、誰もが歯牙にもかけず……だが、当然起こりうるであろう問題だった。
日本にダンジョンが出現し、それが日本の産業の救世主となった「記念すべき年」から一年後。
A県N市。
その市に住む「
その少年はイジメによって十三歳から自宅に引きこもって居た。
一時期はダンジョン配信によって、人生の再起を図ろうとしたこともあったが、あいにく彼は魔法の才能に欠けていた。
当時の両親や親戚、幼なじみへの取材によると、彼はそんな状況に不信感と不満を募らせていたらしい。
当時、門脇幸太が良く口にしていたのは「なんで俺ばかり」「誰かが俺の才能を邪魔してるんだ」と言う内容の言葉だったらしい。
実際に彼は魔法を扱えたがその才能は凡庸で、ダンジョン探索に耐えうるレベルでは無かったのだ。
彼のその後の行動の引き金は今でも議論の対象となっているが、最も有力なのは彼を苛めていたグループがダンジョン配信によって、学校でも有名人となっていたことが、彼の行動の一番の引き金と言う説が有力だ。
そして7月4日。
日本にダンジョンが出現したその日から丁度一年後。
門脇幸太の姿は中学校のクラスにあった。
「ダンジョン出現一周年記念」の校内イベントに賑わっているクラス。
そこに現れた門脇幸太の手には、魔法を放つための道具とナイフがあった。
それから半日もせず、校内にいた生徒や教職員を含む25人が門脇幸太によって命を奪われた。
その遺体は魔法の使用によって正視に耐えぬほどだったという。
この事実は人々の間に驚愕と恐怖を巻き起こした。
誰もが忘れていた……いや、見ないようにしていた現実。
日本人が実はとっくに多数の人間を安易に殺傷できる力を手に入れていた、と言う事実。
それまで日本では、重火器や刃物の所持は厳格な法律によって制限されていた。
それは日本という国に、世界でも類を見ないほどの治安の良さをもたらしていた。
夜中でも女性が出歩ける国。
それは「日本人の国民性」「教育によってもたらされた高いモラル」による物だと思われていた。
主要因と思われていたそれは実は些細な物で、実際は日本人にとって「使いたくても武器を使うことの出来ない、強制的な抑止力」による物だった。
その事実に人々は気付いたのだ。
この事件が報道された翌日。
一人暮らしの女性のマンションに男性が侵入し、金品を奪った後に殺害したと言う事件が起きた。
被害者の女性はマンションの8階に住んでおり、防犯意識の高い女性であったが、加害者の男性は魔法によってドアの鍵を破壊して当たり前のように侵入したのだ。
それからは全ての変化が驚くほどだった。
銀行強盗や婦女暴行、会社や学校での傷害事件や殺人。
門脇幸太の事件以降、犯罪を侵す因子を持つ一部の人間は気付いたのだ。
「人を傷つける、または殺すこと。それは実は難しいことでは無かったのだ」と。
日本にダンジョンが出現して二年。
すでにダンジョン配信に関心を持つ者は一部の人間のみとなり、大半の人々にとっては「魔法を使う人間からどうやって身を守るか」が、一番の関心事であった。
その事実に国もダンジョン探索における許可を受けた人間以外が魔法の道具を持つことを禁ずる新たな法案を出したが、それよりも人々の動きは早かった。
人々が行ったこと。
それは差別と迫害だった。
そもそも突然あんな力を使えるのが不自然だったんだ。
魔法は悪魔との契約によってもたらされたんだ。
魔法使いは悪魔の手下だ。
悪魔は野に放つな。
封印しろ。
誰から始まったかは不明だ。
同時多発的に湧き上がった恐怖の中、人々が縋ったのはシンプルで安易な解決策。
魔法使いへの迫害は、非常にシンプルで効果的な解決策に見えたのだ。
最初は自警団による言葉の暴力や嫌がらせ程度だったが、ネット上に上がったとある男性の言葉が流れを変えた。
それは「悪魔と契約した者は、悪魔と同じだ。君たちの街から追い出してもいずれ復讐に来る。これは悪魔と人類の戦争だ。我らは悪魔に負けるわけには行かない。勝つのは光の側に居る我らだ」
「光の側」
このシンプルな言葉は人々に大義名分を与えた。
そして、その男性を中心として、いつしか集団が出来上がった。
その集団は男性……
わずか三年前までは人類の発見した新しい才能だったはずの「魔法」は、今では自分や家族の全てを破壊する「呪われた特性」となった。
そのため、魔法の才能に気付いた人々は老若男女問わず、それをひた隠しにするようになったが、どこからか密告されることも多かった。
中には子供が実の親を密告するケースさえもあった。
密告された者の末路は……人類の文明の針を数百年巻き戻し、魔女狩りの時代に引き戻したのか、と思えるほどの蛮行だった。
まさに人類の汚点と言える物だったが、当時それに異を唱える者は居なかった。
張本常春が立ち上げた政党「若葉の党」がネット上の若者を中心とした支持を集め、党首の張本はいつしか国会でも大きな発言力を持つようになったのだ。
それからは、いつしか人々の間で「自衛のため」と言う言葉の元、相互監視が定着するようになり対人関係のトラブルによるえん罪の密告も発生した。
そんな中で、人々が次に恐れたのは「魔法使い達の復讐」だった。
迫害してきた自分たちに対して、地下組織のような物を作りいつか復讐に来るのでは無いか?
そんな恐怖心を読んだかのように、張本が提案した物。
それは魔法を使う者たちの処刑のための施設だった。
人道的観点から反対する物も当然居たが、その声はすぐに消された。
そのくらい人々は自らの行いに対する報いを恐れていたのだ。
「人類に甚大な被害をもたらす者たちへの罰」
「処刑では無い。あくまでも償いのための労働の末に『不幸にも亡くなった』のだ」
その建前に縋り付くように施設とそれを運営する「若葉福祉公社」は立ち上がった。
若葉福祉公社によって連行された者たちは、魔法を使えなくなるための「口や舌への物理的処置」を受けた後、施設において「多少不可の高い」労働に従事させられ、約9割が生きて施設を出ることは無かった。
運良く生き残った1割も、その後の行方を確認できた者は居ない。
それらの措置が行われて今日で二十年。
日本での出来事をモデルとした諸外国も含め、再びダンジョンが出現する前の静かな世界が戻ってきた、と若葉福祉公社の公式発表が正午のニュースで流れていた。
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇
私は書き上げた原稿をざっと見直すと、机の前で大きく伸びをした。
世界から魔法使い、およびその素養を持つ者が完全に居なくなった、との公式発表があってから四十年。
我が国では魔法の能力を持つ悪魔達、の存在はすでに無かったことになっている。
そのお陰で作家としては物にならず、刺激的で下世話なノンフィクションを書くことで糊口をしのぐ私のような物書きも、新しい収入源となる新作を書けているのだ。
当時の弾圧された人たちにはお気の毒としか言えない。
でも、過去のこと。
もう日本において魔法使いが出てくることも無いだろう。
「実際、魔法使いなんて身近にいたら怖いもんね……抵抗もできない」
ただ、書きながらふと気になった事があった。
これに着いてはどの資料にも書かれていないのが不思議だった。
「そもそもなんで……ダンジョンなんて出てきたんだろ?」
そう。
なぜこの国にダンジョンがそもそも現れたのだろう?
ダンジョンは魔法使いへの弾圧が進んでいた最中、なぜか忽然とその姿を消した。
それ以降日本のどこにも現れていない。
それに……私の脳裏にふと素朴な疑問が浮かんだ。
それは魔法使い達への弾圧だ。
あまりにスムーズすぎるのでは無いか?
最初の事件や、それに波及する様々な事件は分かる。
だが、その後の張本総理の出現やそこからの流れるような措置。
それらを実現させた様々なネット上の声。
全てがあまりにも「出来過ぎている」
まるで……一つの結論に向けて描かれていた筋書きのような……
「ダメだね、物書きだった頃のクセかな。物語っぽくしちゃうな」
そうつぶやくと、キッチンでカレーを作っていた恋人の信士がのんびりした口調で言った。
「なに? 独り言?」
「うん、そう。やっと書き終わったの。新しい仕事」
「ああ、あの魔法使いの奴か。ってか、それ売れるの?」
「売れるんじゃ無い? 誰だって残酷な奴とか可哀想な奴って、大好きだからさ。しかもちょっとだけ刺激的に演出したしね」
「うわ、悪人がいる」
「いいでしょ! これ売れたら、私たちもっといいマンションに……って、あれ?」
「……どうしたの、薫?」
私は目を細めて窓の外を見た。
「ね、信士……あれ、何だと思う?」
「は? 何だよ」
そう言って私の隣に来た信士は眉をひそめた。
「鳥? それか隕石……かな?」
そう。
遥か上空からまるで隕石のように光に包まれた「何か」がいくつも落ちてきていた。
ただ……それは、何となく何かの生き物の様にも見えたのだ。
双眼鏡を覗いてもハッキリとは見えない。
手足や……羽?
私は興奮しながらカメラを持ってきた。
是非とも写真に納めたい。
もしかしたら高く売れるかも……
【終わり】
※この作品を書くにあたり、和泉将樹@猫部様の著作「雑記」
https://kakuyomu.jp/works/16817330667783573249
内のエピソード
「治安維持の問題」
https://kakuyomu.jp/works/16817330667783573249/episodes/16817330669658455148
から、着想を頂きました。
この場を借りて改めて深い感謝を……
魔法使いの消えた日 京野 薫 @kkyono
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