第3話
「よし、取り敢えず五ポイント」
刀を振った後の手応えを確かめつつ、零は心の中で獲得ポイントを確認した。
倒れたロボットの残骸には、回路や歯車のような精密な装置が散らばっていた。何の機構なのか、零にはさっぱり理解できない。だが、そんな疑問は次の戦いの邪念にならぬよう、零は心の奥に押し込み、次の標的を探す。
この二ヶ月間で零は、炎を出す力と風を操る力をそれぞれ単独では自在に使えるようになっていた。二つの力を同時には発動できないものの、それでも戦闘能力は格段に向上している。小型のロボットが次々と現れるたび、零は霊力を込めた刀で斬りつける。刃先から伝わる衝撃が敵の装甲を粉砕し、炎が残像を残して消える。合計ポイントは三十七ポイントに達していた。
その時、会場にアナウンスが響き渡る。
『大型ロボットが出現しました。注意しつつ試験を続行してください』
アナウンスが終わると、どこからか重低音の衝撃と、呻き声にも似た機械音が混ざった音が聞こえてくる。零も音のする方向へ全力で駆け寄る。目の前に現れた巨大ロボットは、十五メートルほどの巨体を誇り、周囲のビルを見下ろす圧倒的な存在感を放っていた。周りの受験生はおずおずと距離を取り、近づこうとする者はほとんどいない。
しかし、零の視界の端に、一人だけ逃げずに立っている人物がいた。
「ねぇ、君は逃げないの?」
零は余裕のある声で声をかける。
「なんだ、藪から棒に」
その人物は身長約百八十センチ、整った金髪の顔立ちで、腰には二丁の銃を携えている。
「いや、他の受験生は逃げているのに君は逃げないから、気になってね」
「ふん、特別に教えてやる。他の奴らはビビりすぎて気づかねぇが、あのデカブツを見てみろ! 他の敵は一か二、多くても八、九くらいで一桁だが、あいつは三十ポイントもあるんだ」
確かに、一体倒すだけで零が今まで稼いだポイントと同等の点数が手に入る。しかし、十階建てのビルほどの巨大ロボットを倒すより、小型ロボットを倒す方が安全だと零は冷静に考える。
二人はビルの裏手に回り、少し距離を取った。
「なあお前、あれ一緒に倒してやってもいいぜ。俺はポイントそこそこ取ってるし、二等分されても問題ねえ。お前も一気に十五ポイント稼げるだろ、やろうぜ」
(僕もポイントはそこそこ取ったし、人と共闘したことはないけど、あのデカいやつと戦うのは面白そう。やってみようかな)
「まあ、いいよ」
「よっしゃー、そう来なきゃな。お前、武器はその刀か?」
「ああ」
「俺は銃さ。どうだ、二丁拳銃だぜ。カッコいいだろ? 知ってるか? 武器が二個あれば、一個の時の二倍は攻撃が当たるんだぜ」
零は思わず心の中で「何言ってんだこいつ」と呟くが、脳の片隅に押しやる。
「おい、奴が来たぜ。そろそろ出るぞ。俺が“ゴー”って言ったら行くぞ」
「了解」
巨大ロボットが近づいてくるタイミングで、二人は飛び出す。近づきつつ互いに最高火力を叩き込む――衝動的な戦法ではあるが、二人の息はぴったり合っていた。
待つ……待つ……まだ……あと少し……
「ゴー!」
号令と同時に二人は突進する。銃の男は二丁の銃に霊力を大量に注ぎ込み、放たれた弾丸はただの金属ではなく、炎と光を帯びた霊力弾となる。弾丸は巨大ロボットの腕を直撃し、爆発とともに腕は本体から分離した。
「今だ! こいつがひるんでる隙に!」
「燃えろーー!」
零は東風焔を握り、刀身に霊力を注ぎ込む。炎が刀を覆い、外装を焼き尽くしながら一刀両断。巨大ロボットは轟音とともに崩れ落ち、十五ポイントを手に入れた。
「これで十五ポイントは手に入れたな」
「僕はもう少しポイント稼ぐよ」
「おう、お互い受かってたらまた会おうな」
「うん」
二人は別れ、零は再び会場を駆け回り、数体のロボットを倒す。やがて試験終了のアナウンスが響き渡る。
「ふう……」
零は深く息を吐き、汗ばんだ手で刀の柄を握り直す。帰路につき、家に戻ると三男の
「おかえり、零」
「うん、ただいま」
「今日は東霊の入試だったらしいなぁ。どうだった?」
「まぁまぁかな」
「ふーん、そうか」
豪仁は興味を失ったようで、居間に入っていった。零は筆記試験の自己採点を行い、なんとか合格点に達していた。
そして合格発表日。
「っしゃっ、受かった」
無事合格を確認した零。しかし、家には兄弟たちがほぼ揃っている。実技試験の内容は隠せない——特に伊吹の存在は絶対に知られてはいけない。無能力者を能力者に変えられる霊——そんな存在を教えるわけにはいかない。零は電車に揺られながら、気分の重さを感じる。
家に着くと、玄関で
「ただいま」
「お、か、え、り……零ー」
「遊真兄さん……」
「要件は分かってると思うが、訓練場へ来い」
零は渋々、訓練場へ向かう。到着すると、遊真は中央に立ち、鋭い視線を零に向ける。
「零く〜ん、まずは合格おめでとう。そして聞きたいことが一つある。どんな手を使って実技を突破したんだ?」
(やっぱり聞かれると思った)
「なんだ、教えてくれないのか?兄ちゃん悲しいぞ〜。じゃあ質問を変えてやろう。その刀、何処で手に入れた?」
遊真は東風焔を指さし、零を鋭く見据える。
「そんな刀はうちの所有するものにはないし、外部の者から貰ったんだろ? 誰からだ?」
零は言葉に詰まり、沈黙が場を包む。
「そうか、教えたくないのか。これはいけない。力の差を教え込まないと行けないようだ」
遊真はそう言い、能力を発動する。真正面から突っ込んでくる。
遊真の契約霊の能力は『再生制御』自身に触れた無生物や自分自身に対して、再生・停止・スキップ・巻き戻し・早送りを自在に操作できる。
零の目の前で、遊真はスキップをかけ、一瞬で零の前まで移動する。攻撃を仕掛ける寸前、零は鞘から刀を抜き振るう。遊真は咄嗟に腕でガードするが、スキップ後の体勢の不備により、刀の刃先が肩に触れ、小さく衝撃が走る。
零が刀を握り直すと、遊真は僅かに微笑みを浮かべ、再び構えを取る。零の目には、兄としての威圧感と戦闘者としての冷静さが同時に映る。周囲の空気がわずかに振動し、霊力の残滓が光を帯びてゆらめく。
「行くぞ」
互いの呼吸は完全に同期していないが、緊張感が逆に集中力を高めていた。
遊真はまず自分にスキップをかけ、一瞬で零の真横に移動する。零はその動きを読み、刀を振るう。だが遊真のスキップは微妙なズレを生んでおり、刀は肩にかすり、衝撃が腕に伝わる。零は痛みに顔をしかめつつも、直感で次の行動を考える。
遊真は続けて、自分の目の前にある小石や木片に対して再生制御をかけ、刹那的に刃先の軌道を変える。零の刀が通過する軌道がわずかに変化し、危うく手を切られそうになる。しかし零は霊力を刃に込め、切っ先に炎の残光を纏わせることで、遊真の細かい操作を押し返す。
「なるほど……侮れないな」零は心の中で呟く。刀身の熱と振動を指先で感じ取り、攻撃のタイミングを微調整する。
遊真も息を切らすことなく次の攻撃を仕掛ける。自分の体に「巻き戻し」をかけ、零が振るった刃の先端が届く直前の瞬間まで戻すことで、攻撃を空振りさせる戦法だ。しかし零は風の霊力を刀の周囲に吹き付け、空間の気流を微妙に変化させることで遊真の予測を乱す。刃の軌道がわずかに変化し、遊真は防御を間に合わせるために自分に「再生」をかけ、傷ついた腕を即座に修復する。
互いの霊力がぶつかり合うたび、空気が軋むような音を立て、微細な光の粒子が空中に散る。零は自分の呼吸と心拍を意識し、刀と霊力の流れを完全に同調させる。遊真はその動きを見極め、瞬間的に「停止」を自分にかけることで、零の次の一振りを避ける。
だが零は冷静だった。刀を鞘に一度収め、膝を軽く曲げて低く構える。遊真が再び突進しようとした瞬間、零は鞘から刀を抜き、風と炎を同時に刃に纏わせて斬りかかる。炎が揺らめき、風が刀身に沿って旋回する。その軌道は予測不能な曲線を描き、遊真の「スキップ」操作では完全に避けきれない。
「っ……!」遊真は叫ぶ。刃先が肩をかすめ、微かに衣服が焦げる匂いが漂った。零はその瞬間の衝撃を受け止めつつ、次の攻撃の準備に移る。
遊真は冷静に後退しながら、周囲の瓦礫に「再生制御」をかけて瞬間的に障害物を生成する。零はそれを見て、刀を高速で振り、障害物を切り裂きつつ、次の一撃の角度を変化させる。霊力と炎の波動が瓦礫の破片に反射し、光の残像が零の視界にちらつく。
両者の攻防は、一瞬の静寂の後、再び激烈な霊力の衝突へと転じる。零は内心で「相手は自分の攻撃を読みすぎている」と冷静に分析し、霊力の波形を意図的に乱す。炎と風の混ざり合う残光が遊真の眼前で揺れ、スキップや再生のタイミングが微妙に狂い始める。
遊真も負けじと能力を応用し、自分自身に「早送り」をかけ、動きの速度を数倍に上げて零の刃を捉えようとする。しかし、零は刀に集中する霊力を解放し、炎の刃で風圧を生み出すことで、遊真の高速移動の軌道に微細な乱れを作り出す。
刃が互いの間をすり抜けるたび、空気が裂けるような音が響き、残像が揺らめく。零と遊真の間に生まれた霊力の流れは、まるで二つの嵐が衝突しているかのようだった。
零は次の瞬間、炎と風を融合させた霊力の刃を思い切り振り下ろす。遊真は反応し、スキップと再生を駆使して全力で防ごうとするが、零の刃が生む微細な風圧と熱の波に、わずかに体勢を崩される。
零は、遊真の能力『
「……くっ……!」
零は息を荒げながらも、必死に炎と風を刀に注ぎ、攻撃を続ける。炎の刃が遊真の軌道をわずかに削ぎ、風の旋回が足元の地面をかき乱す。しかし、遊真は冷静だった。零の一振りごとに、自分にスキップと巻き戻しをかけ、わずかに避けつつ反撃の機会を探る。
刀が肩をかすめ、風圧が遊真の顔にまとわりつく瞬間、遊真の目が鋭く光る。
「……この程度か。無能力者から能力者の幼稚園児になったぐらいだな」
その一言と共に、遊真は自身の再生制御を最大限に活用。零が繰り出した次の斬撃を読んで瞬間移動し、背後からの反撃で零の腕を強烈に払いのけた。
零はよろめき、地面に膝をつく。刀を握った手が震え、霊力の流れも乱れた。炎の残光が揺れ、風が虚空を切るだけとなる。遊真はその隙を逃さず、一歩前に出て零を真正面から押さえ込む。
「零……お前、どんな気持ちで受けた?」
遊真の声は鋭く、責めるように迫る。
零は額に汗をかきながらも、必死に平静を装った。呼吸を整え、言葉を選ぶ。
「認められたかったんだ。皆に、対等に扱ってほしいんだ」
零の声は震えていた。喉の奥が詰まり、必死に言葉を絞り出している。しかし、遊真の目は冷たく、零を見下す鋭さで光っていた。拳はそのまま零を押さえつけるように構えられ、圧力が零の肩や胸に重くのしかかる。
「……ふん、認められたいだと?」
遊真は低く嘲るように吐き捨てる。顔に浮かぶのは侮蔑、そして零の必死さを小馬鹿にする冷徹さだけだ。
「お前ごときが、俺に認められると思ってるのか?滑稽だな」
零は言葉を探すが、胸が詰まり、声はか細くなる。遊真は一歩踏み込む。その目には容赦がなく、零を完全に格下として見下しているのが分かる。
「……俺は……」
零は口を開こうとするが、遊真の視線に押し潰され、言葉は途切れた。
「まあいい、今回は見逃してやる」
遊真は拳をゆっくり下ろす。その動作にも優しさはなく、零を甘やかす気など微塵もない。零は膝をつき、肩で荒く息をする。必死に微笑みを作り、かろうじて声を出す。
「……あ、ありがとう……兄さん……」
「……ああ、次はもう少しまともに戦えるようになれ」
遊真の声は苛立ち混じりで、零を見下す感情が色濃く漂う。零を気遣う余裕はなく、ただ「甘えるな」という冷徹な命令だけが残る。
零は刀を鞘に戻し、遊真の目を見上げる。必死に言葉を続ける。
「兄さん……これで……少しでも……認めてくれる……よな……?」
遊真は鼻で笑い、軽く肩をすくめる。
「……認める? 勘違いするな。俺がお前を見てるのは、ただの暇つぶしだ。期待するだけ無駄だ」
零は内心で安堵しつつも、遊真の冷徹さと見下しが変わっていないことを痛感する。戦いに負けたのは当然で、心理戦も完全には勝てなかった——だが、最低限、伊吹の存在は守られたままだった。
霊戦の剣豪 錦紫蘇 @coleus
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