第8話
昇格試験の翌日、俺は“仮配属”という形で、裏部隊の訓練棟へと案内された。場所は学院本部の地下。だが、空気の密度も、匂いも、温度さえも別の場所だった。
すれ違う者たちは誰一人として視線を合わせない。壁に刻まれた幾筋もの斬撃痕が、この場所に積み重ねられた時間を物語っている。訓練棟という名でありながら、その空気は明らかに“戦場”だった。
廊下の端で、誰かの気配が視界の外に消える。魔力の痕跡。血の滲んだ風。緊張と殺意が剣のように張り詰める空間。ここは学院の一部でありながら、学院の外。表には絶対に出ない“裏の力”が渦巻く、王国の影の一端だ。
俺を案内したのは、昨日の選抜戦で一瞬だけ姿を見せた女――シエラ・ヴァレルだった。
黒髪を高く束ね、氷のような眼差し。黒装束の術衣からは、薄く術式の残滓が立ち上っていた。その背中には剣ではなく、空間操作の魔導環が揺れている。
「まさか、君もここにいるとはな」
俺がそう言うと、シエラは肩をすくめた。
「驚いた? 合格してないのに」
「してなかったんだな」
「うん。名前すら呼ばれなかったよ」
彼女の口調は軽いが、その奥に刺さるような空白があった。
「じゃあ、なぜここに?」
「一年前、任務中に部隊が全滅した。私だけ、生き残った。その後、記録は抹消。表ではもう“存在しない”ことになってる」
その語り口に感情はなかった。事実を並べるように、記録を読み上げるように、淡々と。
……だから、ここにいる。
“表で語れない生存者”――それもまた、裏部隊に必要とされる資格の一つだった。
彼女に導かれ、俺は訓練棟の中でも特に隔離された一室に案内された。
窓のない教室。黒鉄の机が3つ。壁には訓練用の木剣、術具、魔力制御符。剣と魔法が交差する匂い。鉄と焦げた紙の香りが、過去の戦いの残響を引き寄せる。壁の一角には、古びた格言が魔導刻印で刻まれていた。
【命を預けられぬ者に、剣を預けるな】
「裏部隊ってのは、“剣を持たされたまま”放り込まれた人間ばかり」
シエラが言う。声は静かだった。
「評価を受けなかった者。正義と矛盾していた者。誰かを守れず、だけど死にもできなかった者。お前は……そのどれだ?」
彼女は俺を見た。その目は試すでも責めるでもなく、“共に沈む者”のような色だった。
「わからない。ただ……生き残ってしまっただけだ」
「それで、ここに来たんだね」
シエラが廊下の壁に背を預ける。
照明に照らされたその横顔が、思ったよりも若く見えた。
「……あんたさ。誰かを守るために、剣を振ったこと、ある?」
唐突な問いだった。だが、妙に胸の奥に刺さった。
俺の剣は、誇りのためにあった。王直属の剣士として、己の力を示すために。そして、冤罪を受けた今は――怒りのために。
“誰かを守る”ために、振った記憶は――王を、除けば、一度もなかった。
「……ない、と思う」
「だと思った」
彼女は、それ以上なにも言わなかった。けれど、言葉の背後には何かがあった。
後悔か、痛みか、希望の死骸か。
「私も……昔、守ろうとしたことがある。でも、私の術式じゃ間に合わなかった。読みも遅れた。構築が破られた。――目の前で、消えた」
それだけを告げて、彼女は沈黙した。言葉の温度は低かったが、そこには確かに“燃え尽きたもの”があった。
彼女は剣士ではない。術士だ。斬るための力ではなく、守るための式を紡いできた。だが、それでも――何も守れなかった。
俺も、似たようなものかもしれない。何も守れず、ただ“奪われた”だけの剣。
でも。
「……俺はまだ、この剣を手放す気はない」
その言葉に、彼女は少しだけ目を細めた。
「そう。なら、いいんじゃない? 今は“それだけ”でも、案外、生きていけるものよ」
その笑みは、少しだけ優しかった。
裏部隊。
表では斬られ、捨てられ、消された者たちが集まる場所。だが、ここではもう一度、“振る理由”を探せるかもしれない。
俺たちは、見捨てられた剣だ。
でも――
だからこそ、もう一度斬れるものを、見つけられるかもしれない。
この場所で、俺は“剣の意味”を問い直す。
この世界は魔力が正義らしいけど、俺は”冤罪”で最下位です。なお実力は最強 一ノ瀬咲 @ichinosesaki
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