第2章

第7話

 三日後の夕刻。

 俺は、【オルディナ魔導学院】地下の封印空間――【第零試験場】に足を踏み入れていた。


 苔の浮いた石壁。錆びた鉄扉。封じられた魔力の残響。ここは、公式記録からも抹消された、裏の選抜場所だ。

 既に、数人の人間が集まっていた。


 「よお……本当に来たのか。王殺しの剣バカが」


 火属性の魔導刻印シジルを全身に刻んだ男――ハーシュ=ビネットがニヤリと笑う。その目にあるのは、侮蔑ではなく“焦り”。彼が背負ってきたものが、ただの挑発でないことを感じさせた。


 他にも、詠唱符を揺らす魔導狙撃士、

 義手に爆裂構造を仕込んだ重術戦士、

 空間の揺らぎを操る空間魔術士の女。


 全員が魔術主流の社会を象徴するような戦闘スタイルだった。――誰一人として、剣を携えてはいない。


 だからこそ、俺に向けられる視線には疑問と嘲笑が混じっていた。


 「マジで剣……? 魔法社会で?」


 だが構わない。剣はこの手に残された、“最後の証明”だ。


 そこへ、レオネル=アルヴェスが姿を現す。


 「これより、【裏部隊選抜試験】を開始する。候補者は5名。受け入れ枠は3名」


 淡々とした声が場を支配する。


 「形式は実戦だ。互いに戦っても、戦わなくてもいい。組んでも裏切っても構わない。試験は、“2名が排除されたと判断された時点”で終了する」


 全員が一斉に緊張を走らせた。選ばれるのは“強者”ではない。“評価される者”だ。


 「補足しておく。戦わないことも自由だが――評価されるとは限らない。何を見せ、何を選ぶか。それが、お前たちの価値を決める」


 「――開始」


 爆ぜるような魔力の衝撃とともに、ハーシュが動いた。脚部に刻まれた刻印が赤く発光し、その瞬間――彼の体が視界から消えた。


 「速――!」 


 地を蹴る音と、焼け焦げた石畳。間合いを一気に詰めた拳が、俺の頬をかすめて火花を散らす。


 「炎脚えんきゃく双撃ツイン・バースト!」


 ハーシュの火力は凄まじい。ただの接近攻撃じゃない。魔術式で加速した肉体そのものが、魔力を“爆ぜさせながら”動いている。

 単純な“火属性攻撃”じゃない。肉体と魔法の融合――まさしく現代魔術戦士の象徴だ。


 剣を抜いたが、間に合わない。次の打撃が、炎を纏って俺の左肩に炸裂した。


 「ッ……!」


 弾かれる。体が浮く。壁に叩きつけられる前に着地するが、衝撃で視界が揺れた。


 「どうしたよ、剣士サマ!!“王殺し”って聞いてたけど、今んとこ見せてもらってねぇぞ!!」


 ハーシュは止まらない。呼吸の隙すら与えず、両拳に火をまとわせて突撃してくる。


 速い。

 俺の【魔力視】でも完全に軌道を読むのが難しい。


 距離を取る――だが、退路を炎の魔法で封じられる。


 前も後ろも塞がれた。


 ……1年ぶりだ。こうして“剣が通用しないかもしれない”と思わされたのは。


 「燃え尽きろ!!」


 全力で振り下ろされた炎の拳が、俺の頭上に迫る――


 その瞬間。ノイズのような感覚が脳裏に走った。


 白い――光。記憶の奥に沈む、“あの瞬間”。


 ――王が殺された、あの日。


 目の前にいたのは、感情のない“目”。殺意も怒りもない、ただの“目的”として人を斬る、あの瞳。


 ……あれは、許せなかった。


 怒りが、蘇る。


 俺は剣を構え直した。刃に、意志を込める。

 空気の“魔力流”を視る。ハーシュの魔力制御の“綻び”を見抜く。


 全身を火力に回している分、動きに魔術的な余裕がない。そして――肩の刻印が、一瞬だけ“熱暴走”している。



 そこだ。



 「――見えた」



 俺は魔力を刃に通す。

 深く、鋭く、正確に。


 


 【魔力斬・断界】


 


 次の瞬間、剣が放つ斬撃が、空間を裂いた。音もなく、ただ魔力の“流れ”ごと――消えた。


 「な――ッ!?」


 炎の拳が、俺に届く直前で崩れた。

 ハーシュの瞳が、理解の外で揺れる。その肩口へ、俺の一太刀が正確に食い込んだ。赤熱した体が、鉄扉に叩きつけられる。


 激しい衝撃音。そして――静寂。

 沈黙が場を支配する。誰も、動かない。


 レオネルの声が響いた。


 「終了だ。排除対象、ハーシュ=ビネット」


 間を置き、彼は最後にこう告げた。


 「本来、合格枠は3名だった。だが――評価に足る者がひとりしかいなかった。戦わなかった者は、その選択によって、自ら“評価の外”に立ったということだ」


 彼の視線が、俺へと向けられる。


 「ユリウス・グレイヴ。あなただけが“その剣を振る理由”を示した。合格だ」


 静寂の中で、俺は剣を鞘に納める。冷えた空気の中、内側だけが静かに熱かった。


 この剣は、まだ折れていない。いや――剣だけが、俺が俺である“証”だ。


 鉄扉の前で呻くハーシュがこちらを睨んでいた。その瞳には、絶望ではなく――次こそは、という意思が宿っている。


 レオネルが小さく呟いた。


 「……まだ使えるな。彼もまた、“捨てられた者”か」


 俺は一度だけ、深く息を吐いた。そして、ゆっくりと顔を上げた。


 


 ここからが始まりだ。

 この手に残った“剣”で、俺はまた歩き出す。


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