幼馴染が髪を染めてきた

最悪な贈り物@萌えを求めて勉強中

ナギの攻略法

朝からため息を吐き出す。



肩の力を抜いて早歩きで人と人の間を通り抜けた。

他の生徒で溢れかえる校舎前は、早く教室に入りたい俺にとっては邪魔でしかない。


「ったく…もっと早く歩いてくれよ…」


悪態を吐くこの俺の名前は山葉薙。


最新のファッションも知らず、流行も知らずのただの流行音痴だ。


下駄箱から靴を取り出して床に2つ連ねると、俺は内履きに履き替えた。


朝の学校は陽キャ共が一番活発になる時期だ。

まぁ、そう見えるだけかもしれないが、少なくとも俺にはそう見える。


いや、案外部活の時の方が騒がしいかもしれない。


いやいや、そんな事はどうだって良い。


俺にとっては無関係なことなのだから。





「それでさ!その先輩超かっこよくてさ!」


教室に入るとすぐに女子が俺の席に座っているのを見かけた。


なんとも憂鬱。


女子と言うのはキラキラキャピキャピの元に生きる生物。


というか先輩というだけでモテるのか?俺は高2だがモテてなんか無いし__


「あ!ナギ!」


「ん?」


俺は目を合わせないようにと俯かせていた顔を上げる。


俺の机に座っていた女子が俺の方へと向かってきた。


「よっ!おはよっ!」


言いながら俺の肩を叩くのは、保育園からの幼馴染である女子。


佐藤流々利(サトウルルリ)だった。


少し鋭い目つきと俺よりも幾分か小柄な体。


ショートヘアーはパステルカラーに近い水色に染まっており、不思議な事にこれは地毛なのだという。


ニッコリと笑うその笑顔はまるで子供のようで幼さが垣間見える幼馴染に俺は「よっ」と短い挨拶をして、その幼馴染の横を通り抜ける。


俺はドライ系の主人公を目指しているんだ。


「あ、お、おはようございます…」


その次に立ちはだかったのはクラスメイトの會川杏

音(アイカワアンネ)だった。


綺麗に整えられたロングヘアーに控えめの笑顔を貼

り付けた、まさに美少女。


頭から下のスタイルもよく、出ている所、出ていな

い所の区別がはっきりされており、ヒロインと呼べ

る存在に相応しい。


流行音痴の俺でも分かるが、アンネはモテる。


「あぁ。おはよう」




ちなみにルルリはアンネの親友らしく、俺の隣の席

にアンネが居ることから、しょっちゅう俺の席に座

っていたりする。


「って!おい!流石にウチのアンネに失礼だ

ろ!!」


と、荷物を机の上に俺に対してルルリが怒鳴りつけ

る。


「お、お前なぁ…挨拶をした後に何か喋ることなん

かあるかぁ?」


「はぁ!?なんかアンネを見て気付いたこととか無

いの!?」


大声で俺の鼓膜を震わせつつ、ルルリはアンネを指

差した。


妙にアンネが両手の指を絡めてモジモジしているの

を見て俺はため息1つ。


「なんだ?少し前髪整えた事とか?」


「あ…はい…正解です…」


何故かアンネは頬を赤らめながら言うと、「ま、ま

ぁなかなかやるじゃん…」と視点を斜め下に下げな

がら言った。


「ったく…」小さく呟いて俺は何故か拗ねるルルリ

に目線を移す。


「お前も…後ろの方少し整えんだろ?分かってるし

似合ってるから安心しろ…」


「え…?」


俺は言う言葉全て言ったあと、バックから教科書を

取り出して机の中に入れる。


理由もなく右手に取り付けている腕時計を確認し

た。


「ほら、時間だろ?ルルリお前もう帰れ」



昼休み。


机の上に本を置いてその表紙を見つめる。


美少女が表紙に描かれたライトノベルだ。


名前は「隣の席の美少女が凄い詰め寄ってくる2」


ガツガツのラブコメである。


まさか最終的には、ヒロインの召使いまで落として

しまうとは…主人公…なかなか恐るべし…


「こらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!なにしてんだ

ぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!!」




謎の感想をなんとなく述べていたその時、教室の中に怒号が鳴り響いた。


発生源は教室と廊下を区切る扉の場所に立つルル

リ。


これは…




「やっべ!!!!佐藤だ!!!!」


「に、逃げろ逃げろ!!!!!」


「くっ!!!アンネチャレンジ失敗かよ!!!!」




次に声のした方向に居たのは、少し苦笑いを浮かべ

たアンネと、その周りを取り巻く男子達。


そしてルルリがアンネの方へと走って向かうと、男

子達はまるで警察に見つかった犯罪者のように直ぐ

に現場から逃げた。




「だ、大丈夫!?」


少し心配そうな顔をしながらルルリはアンネを見回

す。


「うん。大丈夫。ありがとう」


アンネは言いつつポケットの中も調べ始める。


厳格な審査を通り抜けると、ルルリとアンネはこち

らへと向かってきた。


「本当にどうしようもない男子達だよねー⋯本体が

下半身になのかな…?」


「私はあんまり分からないけど…そうなのか

な…?」


おいルルリ。純粋なアンネにそのネタは良くないぞ


「どう思うよ?ナギ」


俺はライトノベルの表紙を眺め後、視線をルルリに

向けると「ま、俺とアイツらが違うことだけは分か

るな。」


「ふふっ…なにそれ、こっそりと自分の棚上げんな

よ」


短い会話をした後、俺は小説を手にとって自分のバ

ックへと入れようとする。


「ん?なにそれ?」


すると、ルルリが小説を視界に入れるなり聞いてき

た。


「んあ?これか?これはほら、ただのライトノベル

だよ。」


「へー!どんな物語なのさ?」


俺は肩を少しピクリと反応させると、大きく息を吸

い込み、そして口を開いた。


「【隣の席の美少女が凄い詰め寄ってくる】って名

前の小説なんだが、まぁ、そもそもグイグイくる美

少女とその主人公の幼馴染がバチバチしてるのがな

んとも微笑ましくてな、そもそもこういう1人の主

人公に対して複数人の美少女が好意を持つと言うの

はあまり珍しいものではないのだが、青髪で負けと

確定しているヒロインがどうもよそよそしくて、案

外これワンチャンいけるんじゃね?とか思わせてし

まうんだ。そもそも美少女が出てきている時点で神

小説ではあるんだがキャラ設定が凄く練られていて

キャラビジュアルを担当しているのも、ライトノベ

ルと言う存在を世に知らしめたあの_」


「まって!!!!」


その時、唐突にルルリが俺の言葉にストッパーを掛

けた。


「な、なんだよ…人が気持ちよくしゃべってたって

のに…」


俺は少し不満げに言いつつルルリを見ると、なぜだ

かルルリの瞳がいつもよりも潤って見えた。


「あ、青髪ヒロインが負けって…ど、どういうこ

と…?」


俺はいつも男子に向かって咆哮し、暴力を振るう野

蛮な女とは違う、少し泣きそうな少女を見て言葉に

詰まる。


「え?ああ…そうだな…」


「な、なんで教えてくれないの!?」


「あっと…よ、よく複数人の少女が主人公を好きに

なる物語で…いわゆる負けヒロインというのが居る

んだ…だいたいその負けヒロインには共通点がいく

つかあって…代表的なのだと…青髪で幼馴染とか

は…その大体負ける…」


「そ、そう…なんだね…」


気分がまるで体の中で重くなったようにルルリは背

を曲げた。


「で!でもそれはライトノベルの話だ!!!!ほ

ら!現実で青髪だからってそれは…」


「ッ!!!!!!」


短く息を漏らすとルルリは勢いよく教室を飛び出し

た。


「お、おい!!!!!」


あいつ…好きな人居たのかよ……


俺は少し考え事をするべく席に着く。


多分、ラノベの主人公ならルルリの事を追いかける

んだろうけど、俺は主人公でも何でもない。


ただのあいつの幼馴染だ。


そんな深くまで潜っていいような人間じゃない。


「あ、あの…」


すると先程まで取り残されていた、アンネが声を出

した。


「ん?ああ…アンネ…どうしたんだ?」


俺は聞くとアンネがモジモジと体を揺らしている。


全く…何を聞きたいんだが…


「も、もしも隣の美少女がグイグイ来たら…う、嬉

しいですか…?」


「え?まぁ…そりゃ一応は…」


なんだ?どういう事だ?


そりゃあこんなラノベの展開があるなら1回ぐらい

は体験してみたい気はするが…


「だ、だったら…」


アンネは呟きつつ俺に歩み寄る。


いや、「歩み寄る」というよりは「問い詰める」の

ニュアンスに少し近い気もする。


「え?な、なんだなんだなんだなんだ!?」


俺は座っていた椅子ごと後ろに逃げようとするが窓

側の席ともあって、すぐ背中が俺を逃がさんとばか

りに立ちはだかる。


顔を一気に近づけてくるアンネ。


俺はアンネの後ろの女子達に目を遣る。


何故か今にも悶え方なくらいの薄目をした笑みを浮

かべており、明らかに気づかれていることだけは理

解する。


な、なんだよこれ!!!!


そしてアンネが目をつぶって唇を近づける。


それはまるで恋人がキスをする瞬間のように…




「んちゅ…」




短い音が響くと、頬に少し温かい感触が広がる。


どうやら、キス…ではなかったようだ。


アンネは俺の顔の横の壁に突いていた手をそっと離

すと顔を赤らめながら踵を返して走り去って行っ

た。


残ったのは今にも甲高い声を撒き散らしそうな勢い

の女子たちと、何が起きたのか状況のよく読み込め

ない俺だけだった。



「一体あれはなんだったのやら…」


隣の席の美少女に頬をキスされたという日の帰り

道。


俺は呟きながら歩き、家へと向かう。


赤く染まったコンクリートの道の上。


住宅が並び窓から光が漏れている家もあった。


自分の前を流れていく風景。


眺めながら歩いていると、青髪の少女が公園のベン

チに座っているのが見えた。


「ん?あいつ…まぁ、いいか…」


あいつと関わるのも会話をするのも少し面倒だ。


早く帰りたいという心だけが残っていた俺は、青髪

の少女を無視して、再び歩を進めようとした。


「な、ナギ…?」


「うぁ…?よ、よう…」


その時、俺はルルリの方を向く。


面倒くさいな…


そんな言葉が浮かんだ。


でもその言葉は、彼女の瞳を見た瞬間、全て吹き飛

んで何処かへと行く。


なぜなら、



「お前…泣いてんじゃねぇか…」



「え?」





「なるほどな…幼馴染で青髪だからって恋が叶わないと思ったわけだ。」


「うん…」


ポタポタと流れ出る涙をハンカチで拭きながらルル

リは答える。


「はぁ…馬鹿なのか?お前はさぁ…」


「へ?」


俺はため息を吐く。


「たかが迷信フィクションの話をまともに信じてんじゃねぇよ…」と言った所で、ふとこいつが黒猫に

横切られた時の話を思い出す。


たしかあの時は遺書を書いてたような…


「で、でも…私はこんな髪の毛なんだよ!?」


ルルリは言いながらベンチの上で俺に顔を寄せる。


瞳が濡れて、へ文字に口を曲げている。

少し興奮しているのか、息も荒い。


「ふん。髪の毛の色で好きな人を選ぶようじゃ二流

だな。男なら女の心を見て決めろ…って言ってや

れ」


そしてあしらう。


「は…?」


「俺の信念は言っている。顔では無く心で決めろ

と…」


「で、でも女の子は見た目が大事なんだよ!?可愛

いって言ってくれなきゃ…自信になんないよ…」


「そうか…」


俺は無言でルルリの頭を撫でた。


「じゃあ言ってやる。お前、結構可愛いぞ」


「へ…?」


まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をすると、ポ

タポタと落ちていた涙が止まった。


「友達思いで、男子と勇敢に戦って、それなのに俺

には優しくしてくれて」


言いながら俺はルルリを抱き寄せた。


「そういうとこ、めっちゃ可愛いぞ。言うなれば萌

えだな。」


「ほ、ほんと?」


「ああ。本当だ。」


俺は真顔で頷くと、俺に抱き寄せられたルルリは俺

の背中に手を回す。


「ありがとう…」


ルルリは言って再び、泣き始める。ホッとしたのか

詳細は分からないが嬉し泣きに分類される涙だろう

な。


てか、殴られる覚悟で抱きついたのに…なんでこん

なになってるんだ…?


まぁ、いいか…いい匂いするし。




そんないざこざがあった昨日。


俺は何事も無かったかのように澄ました顔で登校す

る。


目の前を歩く陽キャ達を邪魔と思いながら、女子た

ち全員をキラキラキャピキャピと思いながら教室へ

と足を運ぶ。




「よっ!おはよっ!」


言いながら後ろから背中を叩いたのは、ルルリ…


「え?」


そこに立っていたのは昨日の青髪の少女ではなく薄

ピンク色の髪色をした少女だった。


いや、髪色は変わったが顔が同じなのでルルリとい

うことは分かるのだが…


「お、お前…その髪…どうした?」


「え?これね〜実は染めたんだ〜」


「そ、染めた…?」


「そ!染めた!どう?可愛い?」


「え?そ、そりゃあ…ルルリだし…」


「えへへ…ありがと…」


ルルリは少し体をくねらせる。


多分、少し照れているんだろう。


「そんなナギにいい知らせがありまーす!」


「え?な、なんだよ…」


「ナギさ、昨日、私の悩みを解決してくれたし…」


ルルリは少し間を溜めると「君を私の幼馴染から私

の親友ってとこにしてあげるよ!」と、両手を上げ

て宣言した。


「は、はぁ…お、つまりそれって幼馴染ってこと

か?」


「いいや?親友だよ?」


「はぁ?お前…」


「親友だから!絶対親友だからね!」


あ…これ何言っても聞かないやつだ…


「あ、だとすると、お前、俺からだったら負けヒロ

イン要素は完全に抜けたな。」


俺は言うと「んふふ」と笑って俺の反対側を向く。


まぁ、関係的に幼馴染要素はどうしようもない事実

ではあるんだが。


「ん?てか、お前の好きな人、結局誰なんだ?」


「まだ、わかんないの?」


俺は頷く。


視線をあちらに向けたまま「そっかぁ〜」と呟くル

ルリ。


地味に少し気になるのが本音だ。


「私の好きな人はねぇ…」


「ゴクリ…」














「教えてやんないもーん!」


言いつつルルリは教室を少し走った後、廊下へと飛

び出した。


「えぇ…」


俺は若干引かれつつも、まぁ、いいかと考えて席に

つく。


「まぁ、誰であろうと振り向かせて見せるけどな。

それが一流の主人公だろ。」


呟いて座った。


また、新たに青春が始まる。


俺はいつも通りに朝の準備を、始めるのだった。







キーンコーンカーンコーン!!


「あ、あいつ遅刻だ。」

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