Death by Grammar
サンカラメリべ
Death by Grammar
『第34回加賀谷徳介賞 落選のお知らせ』
ネットサーフィンをしていれば、いつの間にかやってもいないのに詳しくなっているゲームができていたり、する。『UNDERTALE』というゲームも私にとってはその一つで、その中でも特にメタトンというキャラが好きだった。彼の持ち曲『death by glamour』は、そのタイトルを意訳すると「ぼくの魅力に酔って死ね」って意味になる。「ぼくに見惚れて死ね」の方が正しいかな? 正直、英語は得意じゃないから自信はないけど、おおむねそんな感じのはず。彼は地下世界のスターで、いずれは人間界でもスターになる野望を持っていた。一方、私も野望を持っていて、それは私の書いた小説で人を殺すこと。言うなれば『death by grammar』というわけである。
パソコンの通知に届いたのは、今まで何度も見てきた落選の知らせ。慣れた手つきで削除する。ウェブ小説投稿サイトのイベントで一度ペンネームが載ったことがあった。小説家をひそかに志していた私にとって、それはささやかながらも自慢であったけれども、最近になってそうした場所に名前の載る人間は案外多いことに気が付いた。同時に、そこからデビューの道にとんとん拍子で進めていける人間といつまでもデビューできずに腐っていく人間も見てきた。SNSで一番仲が良かった人は社会人として生きることに専念するようで、小説を書くのを止めた。逆に、同人活動をしながら毎回欠かさず賞に応募している人もいるけれども、才能がある人はさっさと受賞してしまう。才能持たざる者は地道に努力を積み重ねていくしかなかったし、下手な鉄砲をガトリングみたいにばらまいてようやく一次予選通過なんてのもしょっちゅうだった。私は学生で、両親のおかげでまだ生活に余裕がある。だけど、このままいつか社会人になったら創作のモチベーションはきっと失ってしまう。そうでなくても、創作に充てる時間が少なくなって試行回数を稼げなくなる。そうして私が失われていく。界隈からまた一人、私という存在が消えていく。
私の野望。それは私の小説で人を殺すこと。偉大なるゲーテの『若きウェルテルの悩み』は、当時主人公に感化されて自殺してしまった人が出たという。真偽のほどは定かではないけれども、私の創作の原点はここだった。ずっと昔、曖昧な記憶だけれども確か人類史についての番組の中で、『いつの時代も偉大な発明は最も人を殺したものだった』という皮肉なナレーションが付いていたのを覚えている。幼い私はこのナレーションをそっくりそのまま信じてしまい、更にそこからゲーテのエピソードを知ったものだから、『偉大な作品は人を殺す』なんて物騒な発想を持ってしまった。今でこそこう俯瞰していられるけど、当時は割と本気でそう信じていた。いや、今もか。
朝早く起きてパソコンを起動し文字を連ねる。これは私が毎日二千字のノルマと早起きを同時にこなすために編み出した習慣だ。つまり、こうして日記を書いている今も朝の六時である。そろそろ学校に行かなくてはならない。
***
石動ボタン《いするぎ ぼたん》はパソコンの電源を落とすと、ダイニングに向かった。両親はまだ寝ているようだ。炊飯器の中にまだ残っているご飯をお椀に盛り付けレンジで温めている間にお湯を沸かす。キッチンの棚から即席みそ汁の素を取り、冷蔵庫からはパックに移した鯖缶の中身を取り出す。野菜が無いので野菜ジュースでも飲んでおこう。いつもなら千切りキャベツが冷蔵庫に用意されているのだが、昨日カットするのをサボったのでキャベツは丸々残っている。今から刻んでもよかったのだが、今日の朝は動く気になれなかった。朝ご飯を済ませて歯磨き洗顔諸々のタスクを消化してから、ブレザーに着替える。お弁当も今日はサボってしまおう。コンビニで買い物すればいい。そうしてボタンは家を出た。
電車に揺られながら高校に向かう。スマホを片手にSNSで友達におはようの挨拶をしたり、創作用アカウントの相互さんたちのやり取りを眺めたりしながら、朝に見た落選通知のことを思い出していた。今回、相互さんの一人が一次を通過したらしい。めでたいけれども、嫉妬もしてしまう。なまじコンテストの受賞した作品を読み漁っていたからこそ、その人が受賞する可能性を持つ有力者の一人であることは分かっていた。分かっていても、素直に褒めきれない自分に嫌気がする。その人はボタンの実力を認めており、その人が主催する同人誌に寄稿しないか打診してくれたこともあった。だからこそ、負の感情をできるだけ隠せるように喜んでいるその人には端的な『おめでとう!』のメッセージを送っておいた。
「ボタンおはよ」
「おはよー」
「ねぇ見た? 昨日の夜のアキステの発表。やばくない⁉」
「見た見た。全国ライブツアーのやつでしょ?」
「毎回ライブ演出変えるんだって! 馬鹿でしょ⁉ もー、全部行きたい!」
「わかる。学校ぶっちぎりたい。金ないケド」
「私もー。あー、親がバイト許してくんないんだよ? せめて大学生になってからだって。酷くない?」
「それライブあるたんびに聞いてる」
学校に着けば、先にいた友達との世間話が始まる。アキステは若手アイドルグループで、かなりの人気を誇っている。そのおかげでこのアイドルグループを追っていれば多くの友達との会話に困らないでいられる。ボタンはそれほど熱心なファンではないが、これまでも友達とライブに行ったりグッズを買っていたりしており、世間一般から見れば十分にアイドルオタクの仲間だ。
「彼氏ほしー。ライブに連れてってくれる彼氏どこかにいないかなー」
「もうそれただアッシー君が欲しいだけでしょ」
「なに、アッシー君って?」
「しまった。死語だった」
「死後? アッシー君死んでるの?」
「んー。まぁ、今もそこらへんで生きてんじゃない。たぶん」
「なにそれ」
始業のチャイムが近づくにつれて続々とクラスメイトが教室に揃っていく。先生が入ってきて、ちょっとした連絡が伝えられる。そうしてなんて事の無い学校の一日が始まる。
その出会いは昼休みの最中であった。ボタンはコンビニに寄らず学校の購買で何かを買うことにしたため、財布を握って購買スペースに向かっている途中だった。何気なく覗いた中庭の窓から、中庭で誰かが絵を描いているのが見えた。知らない女子だ。けれども、立てかけてあるキャンバスに描かれているその絵が、強烈な個性を放っていて思わず立ち止まってしまった。どう表現すればいいのだろう。まるで蜷局を巻いているかのように線の一つ一つが波打ちのびのびとして自由を歌っており、言葉もなく生きることを賛美しているかのようだった。強烈な生命の波動。ここまで前向きに生きることを語れるものがあったのかと驚愕してしまう。ただ、風景画を描いているわけではなさそうだ。そこにあってそこにないもの。紛れもなく、あの絵は彼女そのものだ。ボタンは購買に行くことも忘れて、中庭へと向かった。
果たして、そこに彼女はいた。こちらには気が付いていない。声を掛けようにも集中しているようで一心不乱にキャンパスと向き合っている。その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。絵に集中していた彼女もこれには気が付いたようで、急いで画材を片付け始めた。
「手伝おうか?」
その言葉に驚いたのは彼女よりもむしろボタンのほうだった。自然と口に出していた言葉に自ら戸惑いながらも、相手の出方を伺った。先ほどまで絵を描いていた少女は、ゆっくりと振り向いた。ごくごく普通の、拍子抜けするぐらい普通の少女の顔だった。
「手伝ってくれる?」
「うん」
「じゃあこれを運んで」
言われるままに画材を運ぶ。そんなに重くはない。
「ありがとう。何年生?」
「二年生だけど……」
「じゃあ同じだ。あたしも二年。宮藤キリカ。六組」
「あっ、私、石動ボタン。二組」
「ボタンちゃん。覚えた。あたしの絵に興味があるなら放課後に美術室にいるから来なよ」
「そ、うなんだ」
「うん。じゃあね」
そのままスタスタとその場を去っていったキリカという少女は、明らかに教室がある方向とは別の方向に歩いていった。授業をフケル不良、というわけではなさそうだ。その証拠に、彼女は理科の教科書と文房具一式を持っていた。絵は、まだ中庭にあった。これをキリカが描いていた。これほどまでに個性が匂い立つ絵を描くキリカであったが、ボタンが彼女に抱いた印象は『わりと普通』であった。それがむしろ恐ろしいようにボタンには思えた。
放課後を知らせるチャイムが廊下に響く。窓から差し込む橙色の光が美術室をオレンジ色に染め、中庭にあった絵もいつの間にか美術室に運びこまれていた。
「ごめん。電気つけてくれない? 入り口の横にあるから」
その声に言われてドアの右横を見ればスイッチがある。これを全てONにすれば、美術室に蛍光灯の灯りがついた。
「この絵を運ぶとき両手が塞がっててさ。つけてくれてありがとね」
キリカだ。美術室の真ん中で、ボタンを見つめるようにして立っていた。その周囲には同じ作者のものと思われる独特なタッチの絵が乱雑に転がっていた。
「これ、全部描いたんだ?」
「そう。全部あたしの絵」
それもこれも前向きな絵だ。眺めているだけで元気が湧く気がする。間違いなく、キリカは天才だ。
「凄いね。どの絵も生きてるみたい」
「わかる? 褒めてくれる人はみんなそう言ってくれる」
「コンテストには出したことはあるの?」
「あるよ。賞も貰った。そこ」
視線の先には盾が置いてあった。近づいてみれば、最優秀賞と書いてある。スマホで彼女の名前を検索してみると、なんと一発で出てきた。注目されている若手の一人、という形で。こんな力のある人がこの学校にいただなんて初めて知った。けれども、同時に妙な記事も目についた。『盗作作家の娘がアーティストデビュー?』と書かれたネットによくあるまとめ記事。盗作作家と聞いて、思い出す。数年前盗作を理由に大炎上し、作家が自殺したことで幕を閉じた事件があったことを。ネットの嫌な所が凝縮したような事件で、なぜか全く関係のない政治の話が混ざっていたり、作家の家族に向けた犯行予告が届いたりしていたことがニュースになっていた。その作家の名前は、宮藤綾太。
「あたしの名前、ネットにあったでしょ? 父さんのことも」
彼女はボタンが何を見つけてしまったのかに気が付いていた。
「あたしの父さん、宮藤綾太なんだ」
自慢げにするでもなく、同情を誘うでもなく、日常会話レベルの気軽さで、ちょっと驚かせたかなくらいのテンションで、彼女はそう言った。
父親が自殺した。それがどれほどの重いことなのか、想像したことはあったがいざ目の前で当事者と対峙すると何を言えばいいのかわからない。しかも、宮藤綾太の作品はボタンも読んだことがあった。文章は固いが綺麗な純文学作品だったのを覚えている。
死。『偉大な作品は人を殺す』。『death by grammar』。最悪だ。今日の朝に挟まれた伏線が最悪の形で回収された。気分が悪くなってきた。真実を明らかにされたとき、あんなにも輝いて見えたキリカの絵が途端に呪いのように思えてくる。何が何でも生きようともがいているみたいに。最悪だ。最悪だ、私。
「そんなに同情してくれるのはきっとボタンちゃんが優しいからなんだろうけど、あたしはもう平気だからさ、顔を上げてよ」
彼女からはそう言われるが、ボタンは今すぐにでも美術室から抜け出してトイレに駆け込みたかった。これは優しさではない。背後から自分自身に刺されたようなものだ。
「ご、ごめん。本人の前でスマホで検索なんか、ほんとごめん」
「……ふーん。なんかわかったかも。じゃあさ、一緒に来てよ。今日は天文部が屋上で星を観測する準備をしてるらしくてさ、屋上の鍵が開いてるんだって。一人で行くのは恥ずかしかったけど、ボタンちゃんが一緒なら行きたいな」
どうしていきなり屋上に行く話になったのかボタンには分からなかったが、とりあえず頷いた。このまま一人になっても鬱っぽくなるだけで、それならこれ以上傷つくかもしれなくても誰かと一緒にいたかった。
「いえーい! 屋上だ! いつも空いていたらここで絵を描くのにな」
キリカは屋上に着くと、はしゃいで声を上げ。ボタンは彼女に手を引かれて渋々ついて来ていた。天文部はまだ来ていないようだ。
「あたしの絵、いいでしょ?」
突然、キリカは振り向いてボタンを見つめる。
「うん。凄い。凄い絵」
「ねぇ、ボタンちゃんってさ、小説書いてるの?」
あまりにも鋭すぎる質問に身体が凍り付く。どうして? いや、さすがは商業作家の娘と言えばいいのか。
「どうして?」
「あたしのことよりもお父さんのことの方に動揺している気がしたから」
「そんなことで……」
「当たりでしょ?」
そうだ。当たりだ。でも、尚更わけがわからなかった。それでどうして小説を書いているって見抜けたのだろう。
「……賞にも応募してる。毎回駄目だけどね」
「へぇー。何書いてるの?」
「学園ものとか」
「ラノベ?」
「まぁ、純文学に比べればラノベかな」
「いいね」
「……どうしてそう平気なの?」
「仲良くなりたいからじゃ、だめ?」
「小説を憎んだりとか」
「しないよ。だってお父さんが残してくれた小説のおかげであたしたち家族が暮らしてるんだもん。それに、盗作は難癖付けられただけ。お父さんは悪くない」
「どんな人だったの?」
「気難しくて繊細な人だった。でも、毎日金魚のエサやりをしたりとか、自分から動く人だったよ」
「そうなんだ」
「どうしてボタンちゃんは小説を書いてるの?」
「……言えない」
「どうして?」
「あなたを傷つけるから」
「ならなおさら教えてよ」
「今日会ったばかりなのに?」
「これからずっと会うかもじゃん」
「……」
「嫌なら、やめよう。あたしもボタンちゃんを傷つけたくないし」
「や! 話す。話すよ。私さ、ゲーテに憧れてるんだ」
「ゲーテに? いいじゃん!」
「ゲーテの作品に、『若きウェルテルの悩み』っていう有名な作品があるんだけど、この小説は傑作すぎて読んだ人が主人公に共感するあまり自殺したっていう話があるんだ。実際に。だからさ、私も書いてみたくなったんだ。読んだ人が死にたくなるくらい素晴らしい小説を」
「……そうなんだ」
「痛いよね」
「憧れなんでしょ? ならいいと思う」
「でも」
「あたしは、逆だなー。無理やりにでも皆を生かしたい。お父さんは苦悩の末に自殺した。それで痛感した。生きることってそれだけで拷問なんだって。だから、目にしたみんなが生きたくなるくらい脈打つような絵を、逆境なんて乗り越えてやるぞっていう絵を、描くことにしたんだ。感動のあまり死にたくなる作品ってさ、それは読者に最高の終わりを提供してくれそうじゃん? でも、あたしは終わらせたくない。生きて生きて生き抜いてみせるし、生き抜かせる。人生の途中で出会う良い感じの引き際も、鬱と不孝の限界も、全てぶっ壊して生かしてあげたい。それはある意味ではこれまでの人格を壊して、新しく生きようとする人格に作り替える行為かもしれない。ゲーテの作品もさ、読み終えたらそれで一つの人生が終わったと言えるぐらいの名作だからこそ、読み終えたあとの読者はそこで生まれ変わるんじゃないかな」
「……いいね、そういうの」
「でしょ!」
そっか。小説は一つの人生なんだ。そこで私の分身が生まれて、生きて、死ぬんだ。私が本当に目指していたもの。それが少しわかった気がする。
「また明日も美術室に来ていいかな」
「明日は土曜だよ」
「そうだった」
「連絡先交換する?」
「そうしよ。あ、どうかな。もしよかったら今度私の小説読んでみてくれない?」
「小説? いいよ。商業作家の娘として」
「えっ、怖い」
「冗談だよ。お父さんが商業作家だっただけで、あたしは小説の良し悪しよくわかんないし。それでもいい?」
「いいよ! 読んでくれるだけで嬉しい!」
「それじゃあさ、あたしはボタンちゃんに絵のモデルやって欲しい。人物画の練習をしたいんだ」
「連絡くれれば空いてる日を教えるよ。空いてる日ならいつでも」
「やった! モデルゲット!」
屋上に吹く風は冷たくて、でもなぜかこの場から離れたくなかった。空は藍色から黒へと徐々に暗くなっていて、星が瞬いている。天文部の子たちが先に私たちがいるのを見つけると、注意するでもなく「一緒に見ませんか?」と誘ってくれた。「今日は晴れてるから土星の環っかもよく見えますよ」って。今度は私がキリカの手を引いて、一緒に望遠鏡で土星を眺めた。
Death by Grammar サンカラメリべ @nyankotamukiti
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