風塵都市 ― 聖女様が宣託された町の救世主が私ってホントですか? ―

プラウダ・クレムニク

第1話 この道の遥か彼方から来た救世主が私だってホントですか?

 最北の地の四つ辻には今日も強い風が吹き荒んでいた。


 西へ行けば黒き海。東に向かえば人類が住む最後の城塞都市ノルドグラード。

 北へ向かいひとつ河を超えれば、今回の負け戦で魔族に割譲された肥沃な黒土地帯。そこから北はずっとエルフやオークたちが棲まう「魔界」が広がっている。


 北から甲冑姿の女性が城塞都市へ向かった。灰色の斑馬に乗っている。古王朝の家紋を刺繍した赤いマントが破れて風に舞っていた。


 しばらく経って南から馬で来た男もノルドグラードへと向かった。甲冑の上に黒いマントを羽織った馬上豊かな美丈夫である。王家の紋章の入った漆黒のマントを風に靡かせていた。彼の装備はすべてが磨き上げられており、黒い馬の毛並みも良かった。


 四つ辻から続くノルドグラード郊外の建物は戦争によって破壊されていた。

 旅人を迎えるように建っていた一神教の教会も例外ではない。むしろ一神教は魔族から目の敵にされていたから教会は真っ先に火矢を放たれ、尖塔のあった大屋根は焼け落ちていた。そして、戦争が終わった今も屋根は修復されていなかった。割れたまま置かれているステンドグラスがそこが教会であったことを偲ばせていたが、聖像や調度品は運び出されてしまっている。


 廃教会の前で腕組をして四つ辻を見張っている者がいた。白髪を結わえた老婆である。歳に似合わぬ流行りの服を着て、首から一神教のロザリオを下げている。


「来たよ。ご宣託の通り、騎士様だ」


 嗄れた老婆の声に、元教会の中にいた二人の老人が出てきた。

 一人は背が低く太っていた大きな腹を抱えるようにして歩く。服は作業用で、靴には傷がたくさんついていた。

 もう一人の爺は長身で痩せっぽち。仕立ての良いシャツを着て、靴もピカピカだった。


「ついに!」

 太った爺が甲高い声で言った。


「聖女様のご宣託ははずれなかったってことだな」

 と、痩せた爺が低音で妙に満足げに言う。

 老婆は軽く頷いた。皆が聖女様の宣託を思い出していた。


「今週、この道の遥か彼方から騎士様がやってきます。それが町の救世主です」


 日曜の夜に宣託があり、三人は街道で往来を見張ることにしたのだ。

 月曜が終わり、火曜日が過ぎていった。今日こそはと思っても、やってきたのは荷馬車に乗った商人や都から左遷されてきた不良役人ばかり。騎士様はいっこうに現れない。


 水曜日、思いあぐねて、北から帰ってきた雑兵どもにも声をかけたりしたが、誰もが関わり合いたくないと先を急いだ。帰還兵はみんな拾ってきた我が身が大事。面倒なことに巻き込まれるのはまっぴらだったのである。


 木曜日が終わり金曜日を迎えていた。今週じゅうに騎士様が通りががからなければ、宣託は外れたことになる。三人にはそれがとても恐ろしいことに思えた。だから老婆は今日こそはと目を皿のようにして道を見つめていたのである。


 そして、今日、騎士はついに現れた。宣託はまこととなったのだ。

「姫騎士様だ。魔物退治の専門家だよ」


 老婆は覚えていた。大昔にこの町を出立した女性ばかりの騎士団を。本当の名前は別にあったが「姫騎士部隊」と呼ばれていた。


「姫騎士様、どうかうちに来てください。魔物たちを……」


 老婆が言いかけた時、黒い影が四つ辻に出現し、街道を疾走はしってきた。

 姫騎士の後から来た騎士の馬を迂回し、廃墟の壁を伝って黒い影は進む。そして、再び街道に戻ると、影は盛り上がり実体化した。


「魔物だ、気をつけろ!」


 長身の爺が叫んだ時には炎のように赤い目と口から吐き出される硫黄の匂いのする炎が見えるほど近くに来ていた。漆黒の体毛を持つ巨大な犬のような姿をした魔物ヘルハウンドだった。


 唸り声をあげて老婆に飛びかかるヘルハウンド。


 次の瞬間、ヘルハウンドの身体は槍で貫かれ、街道の石畳に留められていた。しばらく暴れていたヘルハウンドだったがすぐに魔力を失い四散した。

 槍を放ったのが馬上の姫騎士だと老人たちが気づいたのはそれからのことである。


「お見事! さすが騎士様、救世主様!」

 太った爺が叫んだ。


「本物だ。間違いない」

 長身の爺が呟く。

「姫騎士様、どうもありがとうございます」

 老婆は礼を言った。


 盛り上がる老人たちの後を黒いマントを羽織った騎士が通り過ぎていく。

 一瞬、老人たちの声が途絶えた。

 皆じっと騎士の黒マントの背中を目で追っている。


「救世主って、本当に私? 私でいいんですか」

 姫騎士は言った。通り過ぎていったのが国王の直属部隊、黒騎士の一員であるとマントの紋章から見抜いた姫騎士は老人たちに尋ねたのであった。


「そうでしょう。きっと。そうに違いありません」

 老婆は言い、これから新しい教会へ連れていくと言った。

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