第8話 《夢》の継ぎ人
ディナルドの城の近隣にあるフレームゴーレムの管理施設。そこでは様々なフレームゴーレムが存在している。各部隊の隊長が使う隊長機の他、ディナルドが異世界から流れてきた技術を使い、独自に開発をしていった量産機も多数存在している。ディナルドの量産機には三種類が存在し、一つは球体の様な見た目をし、主に地上、装備を変える事で水上での活動も可能な「ルウーボ」。そしてもう一つは細身な外見をしている空戦を得意とする「グリフ」。そして最後が戦闘用ではなく整備用として使われる3mほどの小型機である「メンテン」だ。ディナルドにおいては、隊長以外はこのルウーボやグリフを使い、そして副隊長ほどになるとそれらを独自のカスタマイズで使っているという状況であった。
そして、この施設の責任者をしている男、それがヴェルドの右腕であり補佐もしているエルピロである。
「修理状況はどうないっています?」
「いやー、酷い物ですよ。キャトルタイタンはまだ良い方ですが、ホーネットコロニ―なんて特殊な構造なので作り直した方が早いかもしれません」
その時であった。エスペランザに破壊されたグリフォールが回収部隊によって運び込まれて来たのだ。それを見た整備士たちは茫然とするしかなかった。
「これはまた」
「次から次へとこんなんじゃこっちも参りますよ。全部がソムニュームみたいに玉になって勝手に修復されれば助かるんですけどね」
「仕方がありません。とりあえずミレーヌ様とストルツ様には代用のフレームゴーレムを。ただ、いつ何が起きてもいいように修理は急いでください。私としても強化案は考えましょう。それと、アルタードの制作状況は?」
「エイコルノの新装備ならもうほとんど作業が終わってますよ。後は試運転をして調整するくらいです」
「そうですか。ではどこかで一度試運転をしてみましょう」
そうして会話を終わらせると、エルピロは城へと戻っていくのだった。
(あそこまでやられるとは。敵のフレームゴーレムは相当な様ですね)
シャル達はいつもの様に旅を続けていた。それは変わらない日常と化しており、ガイムールの街以降魔族との戦いも起きなかったためごくごく普通の旅であった。そしてそんなシャル達はルビアという街を目前としていた。その道中の事である。シャル達の近くで何かが動く気配があったのだ。
「ねぇ、今の」
「うん、何かいる」
「魔獣ですかね」
「いや、それならもう少し動き回るはずだ」
すると、その気配がシャル達の方へと向かってきた。皆は咄嗟に攻撃態勢となり、何が起きてもいいように備えたのだ。
「まったく。いっつも思うけど、いくら隠したいからこんな場所に転送陣を置かんでも・・・って」
出てきたのは女だった。しかもただの女ではなく、魔族の女だ。
「アンタら、もしかして・・・」
突然の魔族との対峙に、シャル達には緊張の空気があった。しかし、シャル達とは裏腹に、魔族の方は緊張感が無い様子であった。
「リーナベルとオルタロスとミレーヌを負かした勇者達やろ?そんな怖い顔せんと、とりあえず武器を下ろし。ウチ、戦いは嫌いさかい」
その言葉にシャル達は顔を見合わせ、恐る恐る武器を下ろす。しかし、警戒はそのままであった。
「とりあえず、そこのルビアの街にでも行って一緒にご飯にでもしましょ」
「ウチはチャーモンド・リ・ルルドラ。”リ”の階級で分かるとは思うけど七部隊の隊長してます」
魔族の幹部、チャーモンド。彼女は身長も高くセクシーな容姿をしており、それに加えて高価そうな宝石もいくつか身に着けているためとても目を引く存在である。
「名前のソレ、階級だったんですね」
「しかし、チャーモンドなんて男みたいな名前だな。それに言葉遣いも変だしよ」
「これはウチの地元の方言や。それに、名前はええやろ?アンタら人間の世界には名前で性別が決まる法律でもあるんか?」
「仲間が失礼な態度ですまない」
「ええわ、許したる。ウチの心は海よりも広―く、懐は海よりも深―いさかい」
「そう言うの、自分で言う事じゃないと思うがね」
そうしていると、5人の食事が続々と運ばれてくる。それはテーブルいっぱいを埋め尽くすほどであった。
「冷めん内に食べましょ。食事は作り立てをいただくのが礼儀やさかい」
チャーモンドがそう促すと、各々は自分の頼んだ料理を口にし始める。
「ねえ、どうしてあんな所に居たの?」
「あぁ、あれな。もう知ってはるとは思うけど、あの塔あるやろ?アレの点検に来たんや。それで一番近い転送陣を使ったらあそこに飛ばされたっちゅうわけや」
「しかし、いつもの様に仲間のフレームゴーレムが居ない様ですが」
「ウチだけ先に来たんや。せっかくならこの街でゆっくりしたいさかい」
「教えてくれ、あの塔は何なんだ?ただの塔じゃないんだろ?」
「うーん。ただの塔じゃない事は確かや。でも、ウチらとしても支配の象徴くらいの事しか知らされてないんや。陛下は「この世界に必要な物だ」としか教えてくれへんし」
「そんな得体の知れない命令によく付き合えるな」
「国を守る者として国の主の命令には異を唱えず聞く。当たり前の事やしアンタらだってそうやろ?それが出来て信頼があるからこそ、この地位があるわけやし」
「そういう盲目的な行動をしたから今の状況があるんだろ!?」
「それは確かにそうや。でも、ウチだって人間と争いたいわけでも憎み合いたいわけやない。寧ろ早く今の状況を終わらせて、また手を取り合える様にしたいんや」
「でも、どうやって?」
「それが簡単には思い浮かばんから困るんや。でも、次元龍なんてけったいなモノまでおる以上、デミスと人間が憎み合ってる場合じゃないやろ」
次元龍、それはまだ謎に満ちた存在である。何故人を襲い、そして何を目的にしているのか、シャル達にとってはまだ何も分からない事ばかりである。
そうこうしていると食事もかなり進み、その頃合いでチャーモンドが酒を頼む。すると、ウォードもそれに釣られて酒を頼むのであった。大きなコップに注がれたその酒が来るとチャーモンドは早速それを流し込み、一気に半分も飲んでしまう。
「ッカー!やっぱ人生の宝は金と酒とご飯と家族と友やな!」
「なんだ、分かってるじゃねえか」
すると負けじとウォードも酒を一気に飲み始める。
「おっ、ええ飲みっぷりやな!」
「当たり前よ!もう一杯くれ!」
「もう、ウォードは」
「体に障りますよ」
「そう言えばチャーモンド、アナタのフレームゴーレムは?」
「ん?あぁ、それなら」
するとチャーモンドはゴソゴソと自身の持ち物を漁り始めると、その中から一つの水晶玉を取り出す。
「これがウチのフレームゴーレムのソムニューム。普段はこうやって玉になっとるけど、強いフレームゴーレムにちゃーんとなるんよ。どや?不思議やろ?」
「それって、エスペランザやヴァリエンデと同じ!」
「はえ?」
シャルも、自身の持っているヴァリエンデの玉をチャーモンドへと見せる。色が多少違うものの、確かに似た様な玉である。
「じゃあアンタらのフレームゴーレムも、それにリーナベルが乗ってるっちゅうエスペランザとか言うのも兄弟なんか?」
「分からない。けど、もしかしたらそうなのかも」
「いいんですかシャルロット?そんな迂闊に手の内を明かして」
「お嬢ちゃん相手にそんな厳しい顔して厳しい事言わんの。それに、手の内を明かしたのはウチも同じやろ?なら平等や」
そう言うと、いつの間にか酒を飲み干していたチャーモンドは再び酒を頼む。すると、ウォードもそれを見て飲み進めるのだ。
「アンタええな。どや?この後もっとええ店で」
「魔族の誘いに乗るのは癪だが、飲みの誘いってんなら断れねえな」
「っしゃ!そう言う事や!シャルロット、悪いけどこの男借りるで!魔声機はあるやろ?ちゃんと連れて帰るからどこの宿か後で連絡してな!」
食事を終えたチャーモンドとウォードは金を置き、シャル達が止める間もなく店を後にするのだった。
「ウォード、大丈夫かな?」
「えぇ。魔族相手に易々とついて行くなんて心配ですよ」
「でも、チャーモンドは悪い奴じゃない気がする・・・」
残された三人は食事を終わらせると金を払い店を後にすると、宿探しへ向かうのであった。
街の小路を進んで行くと見えてくる路地裏の酒場はチャーモンドのお気に入りの店である。店内は騒ぐ客はおらずとても静かであり、酒とそこの雰囲気に合わせた曲をただ楽しめる場所となっている。多種多様な酒が取り揃えられており、一見高そうに見えるものの、かなり手頃な値段で飲めるというのもチャーモンドとしてはお気に入りの理由であった。
「アンタ、ホンマに酒強いな」
「まあな。俺の種族はどうにも酒に強い様でな、そんなに酷く酔う事はねえんだ」
「羨ましい話やわ」
まだ、時間も早いためか店内の人は少なく、事実上のウォードとチャーモンドの貸し切り状態であった。店主もチャーモンドの事は知っているため、何が起きるわけでもない平和な状態である。
「しかし、アンタらって不思議な組み合わせで旅をしとるな」
「そうか?」
「せやろ?アンタは多分ドワーフやし、トロンは神父やろ?それにシャルロットとミリアムなんてよう分からん嬢ちゃんやし」
「言われてみればそうかもな」
チャーモンドにそう言われ、ウォードはシャル達と初めて出会った日の事を思い出し、話始めた。それはディナルドが人間の国を支配し始めた頃である。ただの村娘だったシャル、鍛冶屋で働いていたウォード、教会で務めていたトロンは城へと招集された。魔力の量が多く、軍属ではない、戦える人材を探した結果集められ、ディナルドへ向かう事を命じられた、それが始まりだったのだ。
「ちょい待ち。今の話だとミリアムが出てきとらんけど何者なんや?」
「奴はシャルの幼馴染でな、シャルが心配だからって強引について来たんだ」
「献身な子やなぁ」
しかし、チャーモンドは更なる疑問が生まれたT。
「なあ、ウチが言うのもなんやねど、なんで勇者なん?昔この世界を災厄から救ったっちゅう勇者の昔話があるのは知っとる。でもそれはお話の存在や。ディナルドと戦うならそんな虚構に縋るより、それぞれの国の軍隊でも集結させて、力を合わせればええやん?」
「そりゃそうだ。でもな、それぞれの国のお偉いさんや政治屋はそういう時でも誰が責任を持つのかを押し付け合いながら自分達がどれだけ損をせずに利益を得られるかを考えちまうらしい。全員が全員じゃないがな。それだけじゃなく、歴史的に仲の悪い国同士だから協力出来ないって所もあるしな。それに加えて敵がフレームゴーレムなんて太刀打ち出来ない存在を使ってくるなら大人しく流されるだけの所も出るだろうよ」
「バカバカしい話やな。要は、勇者って肩書きを与える代わりに、ただの一般人に責任と無理難題を押し付けとるだけやないか。大体、現実は敵の大将の首を取ったらそれでどうにかなるなんて簡単なモンやないやろ」
「あぁ、バカみたいな話さ。でも、そのバカみたいな話に乗って大真面目にやってる俺達だってバカみたいなモンだよ」
たった数人で敵国まで乗り込んで大将の首を取る。それはどう考えても無謀な話であり、それは恐らく誰もが理解をしていただろう。しかし、藁にも縋る思いで発案されたかもしれないその命令を、シャル達は今更無下にすることも出来ないのである。
「なあ。ウチの夢はまたデミスと人間が手を取りあえる世界にする事や」
「言ってたな」
「今な、それを実現出来るかもしれん方法を一つ思いついたんや」
そう言うと、チャーモンドは真剣な眼差しでウォードを見つめる。
「ウチと一緒にディナルドに来てくれんか」
「はあ?」
その突拍子のない願いに、ウォードは目を丸くした。
「シャルロット達と一緒にディナルドに来るんや。そしてウチらと一緒に次元龍を倒して、次元龍の被害をなんとかする。そしたらきっと陛下も人間との共存も考え直してくれるはずや」
「その前に俺達が魔王の首を取ったらどうすんだ。大体、敵の根城に行って寝首を搔かれるかもしれないしよ」
「だからウチからの頼みとしては陛下の命を狙わんでほしい。ウチからはちゃんと説得してアンタらの安全は保障したる」
「んな事言ったってよ」
「今ここでアンタに決めろとは言わん。宿に戻って、ウチの部下が塔の整備に来る明後日までにシャルロット達と話しおうて答えをくれればそれで構わん」
ウォードは正直その話に乗る気は一切無かった。しかし、チャーモンドの目は真剣な物であり、自分達を騙そうとしているとは到底思えない物でもあった。だからこそ、ウォードは迷ったのだ。
「分かったよ。シャル達にも話してみるさ」
「ホンマ!?あんがと!」
チャーモンドが抱き着き、頬ずりをしてくる。それはチャーモンドとしては普通のスキンシップだったのかもしれないが、ウォードにとっては少々刺激的であった。
「しゃっ!ここはウチの奢りや、好きなだけ飲み!」
そして、その酒場での交流は夜まで続くのであった。
ウォードがチャーモンドを連れて宿に戻ったのは皆が寝ようと就寝の準備をしていた頃であった。かなりの時間、かなりの量を飲んだからか、チャーモンドは完全に酔いつぶれている様子であった。流石に放置するわけにはいかないが、かと言ってシャル達の部屋に泊まらせるのも不安であると判断されたため、チャーモンドは別室で一人寝る事となった。
明くる日の午前。ウォードは仲間三人と共に話し合いをすることにした。内容は昨日チャーモンドから提示された話だ。彼女の理念の元に持ちかけられた「シャル達を攻撃しない代わりにヴェルドを討つ事を辞め、協力して次元龍を倒す」という話をウォードは皆へ伝えた。ウォードの口から伝えられたその内容に、シャル、ミリアム、トロンは心底驚くのであった。
「俺はこの話に乗ろうと思うが、シャル、お前はどうだ?」
「私は賛成。だけど、正直全てを信じれてるわけじゃないかな」
「私は反対です。敵の誘いに乗って敵の本拠地に招かれるなんて、ただ殺されに行くだけですよ」
「チェ、なんだよ」
「大体、アナタは騙されているんですよ。都合の良すぎる話でしょう?これは罠です」
「でもあの飯の時、アイツは言ってただろう?」
「そんなの、演技でもすればいいだけでしょう。信じられませんよ」
「テメェ、神は信じて他者にも信じろって言ってる癖に、目の前の人一人の話も信じられねえのかよ!」
「えぇ、信じられません。分かってるんですか?魔族とは敵対している、つまり彼女は敵なんです。彼女の夢だか知りませんが、大方、女性に対して弱い性格に付け込まれたんでしょう。しかし、アナタは現実というものを鑑みて冷静になるべきですよ」
「他人の夢を信じてやることの何が悪いんだよ!」
「二人ともやめなよ!」
ウォードとトロンはいつもの様に、いや、いつも以上の喧嘩腰になってしまっている。その様子を見たミリアムは、咄嗟に二人の仲裁をしようとする。
「ミリアム、そう言うお前はどうなんだ?」
「え?」
「チャーモンドの話に乗るのか?乗らないのか?」
「私?私は、シャルがいいなら・・・」
「あのな!いつもシャル、シャルって、少しは自分で決められねえのか?」
「やめなよ、ウォード!」
「そうですよ。八つ当たりなんて、はしたない」
その侮辱とも取れる言葉を、シャルとトロンは咄嗟に庇うように遮った。
「いいの、二人とも。私は、正直その話を信じたい。でも、万が一罠だったらと思うと不安で・・・」
「んだよ。じゃあ俺以外全員反対みてぇなもんじゃねえか」
そう言うと、ウォードはその場から離れ始める。
「どこに行くんです?」
「外の風を吸ってくるだけだよ」
そう言い残すと、ウォードは振り向かずその場を後にした。
「少し言い過ぎましたかね」
「そんなことはないよ。実際、トロンの言い分も必要な物だったし」
「でも、私達も明日までにもう少しちゃんと考えてあげないと、ウォードが可哀想」
そして翌日。その日はチャーモンドの部下と思われるフレームゴレ―ムが街に集結していた。空中用フレームゴーレムのグリフと、地上用フレームゴーレムのルウーボが3機ずつ、奇麗に整列していた。その場にはチャーモンド、そしてシャル達も同席していた。
「紹介するで。こっちの細っこいのがグリフ、そして丸っこいのがルウーボっちゅうフレームゴーレムや」
整列しているフレームゴーレムは圧巻であった。今まで見た事はあるものの交戦した事はないルウーボ、そして初めて見るグリフ。どちらも相手にすることになるとどうなるのか分からないものである。
「チャーモンド様、その方は確か・・・」
本来敵対している存在であるシャル達が同伴している事に部下の一人が疑問を持つ。
「気にせんでええ。それより、今日のアンタらの仕事は分かっとるやろ?エルピロからもろうとる手引書通りちゃんとやるんよ」
「えぇ、分かりました」
その時である。グリフとルウーボのモニターに突如にメッセージが入り、警報音が鳴る。
「上空に巨大な反応・・・?これは!」
「どないした!」
「空裂です!この上空で空裂が発生します!」
「なんやて!?」
ディナルドの王城の一室。そこでは常に世界中のにある塔や、フレームゴーレムの反応を常に監視している。そして、そこの責任者を務めているのもまたエルピロである。そして、エルピロがそこに居るその時、突然警報音が鳴り始める。
「どうしました!?」
「空裂の反応です!それも二カ所!」
「なんですって!?」
その報告に、エルピロは即座にモニターを凝視し、場所を確認する。一つはシャル達の居るルビア、そしてもう一つが別の街の上空へと発生しそうになっているのだ。
「すぐに塔の空間防壁装置を発動させてください。それと陛下に報告を。責任は私が取りますので、すぐにグリフとルウーボを追加で3機ずつルビアへ向かわせてください。私もエイコルノで共にそちらに向かいます」
「しかし、エイコルノはまだ新装備の試運転が・・・」
「そんな事を言っている暇はありません。それと、もう一方にも誰でもいいので、動員できるだけ動員して向かわせてください」
「はい!」
街にある塔。それはディナルドの監理する物である。その塔の上部が突如開き始め、そしてそこから、半径約2キロを覆うように光のヴェールが放出される。外界と遮断するように街を包み込むソレは、人が外部へ出ようとするのも拒絶するほどのものであった。
「すぐに街の人達を頑丈な建物に避難させんと!ルウーボは地上から、グリフは空中に待機して警戒状態を!」
チャーモンドがそう部下へと命令すると、部下たちのフレームゴーレムは塔周辺を囲む様に待機し、これから起こる空裂を警戒していた。
「いったい何が・・・」
「アンタたちも避難を手伝うて。説明してる暇は無いけど、とにかく大変な事が起きるんや」
そうしていると、空に亀裂が走り、それを見ていた人が驚きの声を上げた。すると突如、空が割れ、その先にある禍々しい空間が顕わとなる。その現象は、発生すると突然、周囲の物を吸い込み始める。しかし、塔から出た光のヴェールで覆われた街はその被害を受けなかった。それは、塔のヴェールが、言わば防壁の役割をしていたからだろう。
割れた空を見た人達は、恐怖し、それを見つめるしかなかった。しかし、30秒ほどすると、その穴から何かが現れる。大きさにして3~5mほどの飛翔物、生物と思われるそれは、まるで鳥が群れを成して飛ぶ様に、小魚が捕食者を恐怖させるために群れとなるかの様に群体となり、地上へと飛来してくる。その数は無数であり、そして途切れる事なく幾度も押し寄せる並の様に出現してくる。その存在こそが次元龍である。
そして、その次元龍の襲撃により、街は混乱しはじめる。
「アレは!」
「前に見た、次元龍とかいうの!」
「チャーモンド。私とミリアムはヴァリエンデで加勢する。ウォードとトロンとで避難誘導を任せてもいい?」
「任せとき、なんとかやってみるわ!」
次元龍たちが街を覆うヴェールへと突撃しはじめる。そのヴェールは次元龍の突撃を防いではいたが、発動し始めてから約3分後、そのヴェールは消滅してしまう。そうなると、次元龍は街へと侵攻を開始し始める。それを見たチャーモンドの部下たちは、咄嗟にソレに攻撃を仕掛け始め、そしてそこに、シャルとミリアムの乗るヴァリエンデも加勢し、その剣を振るうのだった。
「なんなんだよコイツらは!」
「皆さん、私達も手伝います!絶対に食い止めてください!」
「了解!」
フレームゴーレムに乗る6人の部下たちは、地上へ向かう次元龍に対し、攻撃を続けた。ディナルド側の武器は、前に回収された死骸のおかげもあり強化されており、数発で次元龍の装甲を貫き、倒せるほどになっていた。フレームゴーレムを操れる存在なだけはあり、皆、なんとか次元龍を地上まで通さない状態であった。そして、ヴァリエンデの剣も、その威力で、次元龍を一撃で両断出来るほどであった。
一方、地上の避難も着々と進んでいた。混乱の中、協力してくれる人もおり、皆を頑丈な建物の中へと誘導していくのだった。そして、チャーモンドは逃げ遅れた人が居ないかを探す。すると、街の中央近くに、逃げ遅れた少女が一人、泣きながら蹲っていた。混乱の中、親とはぐれたのか、それとも一人で遊びに来ていたそうなったのかは分からない。しかし、確かにそこに少女は居た。そして、最悪な事に、そこに攻撃を搔い潜った次元龍が迫ってきていたのだ。チャーモンドは咄嗟にその少女へと急いで飛び、間一髪で突き飛ばし、次元龍から救う。しかし、それと同時に、チャーモンドは次元龍の爪に追突してしまい、飛ばされてしまうのだった。ぶつかった衝撃で出た声に、ウォードとトロンが駆けつける。すると、そこには負傷し倒れたチャーモンドの姿があり、そして少し離れた場所に少女が居た。そこで止まっている少女をトロンは急いで避難させる。しかし、トロンはすぐにチャーモンドへと駆け寄り、そして、少女を避難させたトロンも遅れてチャーモンドの傍へと行った。
「トロン!すぐに回復の魔法を!」
「しかし、これでは・・・」
「ゴタゴタ言ってないで早くしろ!」
まだ意識はあるものの、チャーモンドのその姿は、一目でもう助からないと思えるほどであった。しかし、ウォードは諦められなかった。それは、目の前で倒れている人を放っておけないというのもあり、そしてやはり、彼女を一人の友人として認めていたからであろう。
「ウォード・・・」
チャーモンドは力を振り絞り、なんとか声を発する。
「待ってろ、すぐに回復させてやるからな」
「えぇ、自分の身体は自分が一番よう分かる・・・。それよりも、これを・・・」
そう言うと、チャーモンドは懐から水晶玉を取り出す。それはチャーモンドのフレームゴーレムであるソムニュームの玉である。
「ソムニュームをよろしくな・・・。ウチの夢を、頼んだで・・・」
そう言い残すと、チャーモンドはウォードの腕の中で力尽きる。それに対し、ウォードは呼びかけ続けるも、チャーモンドが目を覚ます事はなく、トロンはその光景から目を背ける事しかできなかった。
「バカ野郎・・・。夢なら起きて、自分で叶えろよ・・・」
悲しみに暮れるウォードであったが、なんとか立ち上がり、チャーモンドの亡骸を安全な所へ置く。
「ウォード・・・」
「なあ、トロン。俺達の戦うべき相手って誰なんだろうな」
「それは・・・」
「分かんなくなってきたけどよ、今はあのクソッタレ共をぶっ潰す!それだけだよな!」
ウォードはチャーモンドから託された水晶玉を天へと掲げる。
「トロン、行くぞ!力を貸せ、ソムニューム!」
すると、トロンの手にあった水晶玉が巨大なフレームゴーレムへと変わり、ウォードとトロンを飲み込む。その姿はエスペランザやヴァリエンデと似ているが、大きな違いとしては、背部に巨大な砲台の様な物が装備されており、脚にも箱の様な物が付いていた。
モニターに様々な説明が表示される。それは、この世界の言語で書かれている。ソレを、トロンは大雑把に把握した。
「大体分かりました。とにかくコレの操縦はアナタが。私は各種に付いている武器の操作をします」
「応ッ!やってやるぜ!」
新たに現れたフレームゴーレム・ソムニューム。それに対して2体の次元龍が正面から襲い掛かる。まだ操縦方法もまともに分からないウォードが咄嗟に動かすと、ソムニュームは両腕を前に出し、正面から来る次元龍をそれぞれの手のひらで抑え込むのだった。並のフレームゴーレムなら吹き飛ばされている攻撃も、ソムニュームは微動だとせず抑え込む。その力強さは同型であるエスペランザやヴァリエンデとは比にならないものである。そして、次元龍を倒す手をウォードとトロンが考えている時、ソムニュームがある指示をモニターに出す。その指示に従いウォードが動かすと、手のひらで押さえられていた次元龍が消滅し始める。次元龍を光の粒子へと変えていき、そしてそれを吸収している様子であった。
「なんだこれ?」
「分解、らしいですよ。「触れた物体を任意で分解し、自身の動力として吸収する」。なんとも恐ろしい」
「それがコッチの力になるなら力強いもんだぜ!」
ウォードは次の戦法を取った。トロンの扱う砲撃で地上からサポートをし、近づいてくる次元龍が居たら、トロンの得意な近接戦へと持ち込む、役割分担をした戦法だ。
そうして居ると、突如、空中に長細い浮遊物体が出現し、次元龍へと突撃する。ソレは先端が刃物の様になっており、その刃で次元龍を引き裂いている。その兵器が飛んできた方向から援軍が現れる。エルピロの操るエイコルノとルウーボ、グリフだ。そして、その長細い兵器はエイコルノの方へと戻っていく。
「アルタード、やはり使えますね」
自動追尾型攻撃装置、通称「アルタード」。それはエルピロの開発した新兵器であり、文字通り敵に向かって飛び、攻撃を行える兵器である。
ディナルドの援軍はエルピロの指示に従い次元龍の討伐をしていく。本来は敵である勇者・シャルの使うフレームゴーレム・ヴァリエンデもディナルド側は認知していたが、今はそれと敵対している状況ではないのは誰もが理解していた。その空気もあってか、周りも自然とヴァリエンデとソムニュームを軸として、グリフやルウーボでサポートをしていく形へとなっていった。その形の方が効率的であると判断されたからであろう。
そうして戦い続けると、自然と次元龍の波は止まり、空にある亀裂も修復し、閉じていった。自然がそう修復したのか、それとも向こう側にある何かの意志がそうさせたのかは分からない。しかし、次元龍の襲撃はなんとか終結したのだ。戦いが終わり、壊れた街をヴァリエンデが修復していく。市民の犠牲を出さず、フレームゴーレムの損失もない、まさに勝利というべき状況である。しかし、その戦いの中で散った者も居た。
戦いを終えると、ウォードは陰に座らせていたチャーモンドの遺体をディナルド側へと渡した。ディナルドの兵士達は動揺しながらも、誰も涙を流す事はなかった。決して情が無い訳ではない。しかし、そういう事で動揺をしない様に鍛えられているのだろう。
「エルピロ様、隊長のフレームゴーレムは」
「今取り返すのは得策ではありません。勇者達。今はそのフレームゴーレム預けておきます。しかし、いつか必ず取り返し、そしてもう一つも我らの物にさせてもらいますよ」
そう言い残すと、ディナルド側は撤退していった。本来この街に来た目的は塔のメンテナンスであったが、あまりにも消耗が激しいため、一度戻る事を選択したのだろう。
「私達、あれだけのフレームゴーレムに次元龍とも戦わないといけないのかな」
「えぇ、そうでしょう。しかし、あの次元龍と戦う以上は、やはり魔族との協力も考えないといけないのかもしれませんね」
「でも私達の目的は変わらない。魔族の国に行き、敵を討つ。それは確かなんだから」
ディナルド側を見送ったシャル達は宿へと戻ろうとした。しかし、ウォードだけは他の方へと向かっていた。
「ウォード、そっちじゃないよ」
ミリアムがそう声を掛けようとした時、トロンはその言葉を遮る様にミリアムの肩を叩き、首を横へ振った。目の前でチャーモンドを失ったウォードに対してトロンは声を掛けられなかった。今は一人にしてあげる事が今トロンに出来る優しさである。
そうしてウォードは一人、街の中へと消えていく。
ウォードは一人、酒を飲んでいた。それは、チャーモンドと共に飲んだあの酒場だ。しかし、もうその隣には共に話をし、夢を教えてくれたチャーモンドの姿はもう無い。ウォードはただ一人で、失った友を想い、飲んでいたのだ。
「酔って忘れられたら、良かったのにな・・・」
ウォードは寂しそうな顔をし、そう独り言と呟きながら、ただ静かに酒を飲み続けるのだった。
魔王幹部のニューライフ ミレニアム弥生 @Mille_Yayoi
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