エピローグ ゲームはまだまだ終わりません世界もまた、終わりません
一日の授業が終わった私はふんふんと鼻歌交じりに廊下を軽やかに歩いていた。
「最近えらくご機嫌っすねハイネ様ー」
「あら、分かるー」
それをセリムに指摘されてめっちゃ笑顔でそう返す。
「ちょー、分かりやすいっすよ、そもそも隠してないですもんねー」
「隠すことなんて何もないもの!」
そう、何を隠すことがあるのだ。
あの日、ユーリは私のことを大好きだと言ったのだ。
ということは、なんやかんやあったなかで遂に、共通ルートを脱して私のルート……つまりはハイネルートに突入したと言っても過言ではないということ。
それを喜ばずしてどうしろというのだろうか。
「っていうか今度の終業式後のダンスパーティーの相手決まりました?」
ふいに、セリムが話題を変える。
そう、もう少しでアルミア魔法学園は一学期の終わりを迎えようとしていた。
アルミア魔法学園は二学期正で、私達はたくさんの困難を乗り越えながらもついに入学して半年という時間を迎えようとしているのだ。
そして終業式のあとには全校生徒参加のダンスパーティーが存在する。
「まだ決まってないけど……」
「……それなら――」
「でも誘う相手は決まってるわ!」
勢い余ってセリムが何か言おうとしたのを遮ってしまう程には私には心に決めた相手がいた。
「……ハイネ様から誘うんですか……? なんとなく理解しましたけど一応聞いても良いっすか?」
女の子側から誘うなんてまぁ、この世界背景的にはあまり良くないんだろうけど相手も女の子なんだから仕方がない。
「ええ、構わないわ、勿論、ユーリよ!」
そう、ここまで来て逆にユーリ以外の誰を誘えと言うのだ。
きっとユーリも私から声をかけられるのを待っているはず。
きっと、多分。
「やっぱりそう言うと思いましたわ……ハイネ様TPOって言葉ご存じですか?」
そうすればセリムから当たり前の突っ込みを入れられる。
「あら、今どき女の子が女の子をダンスパーティーに誘ったらダメなんてことこそ時代遅れだと思わない?」
まぁ、私が元々生きてきた世界でもそんなことほとんど見たことも聞いたこともないけれど。
「……世界はハイネ様程のスピードで回ってないんすよ、ハイネ様はそうでも周りはまだそこまで進んでないっすよ」
「でも両想いなのよ! それなのに他の人とダンスパーティーに参加するなんて浮気だわ」
セリムからの困ったような突っ込みに私は腕をブンブンと振りながら必死で正統性をアピールする。
「……それ本当に共通認識なんすかねー、ユーリがどう思ってるのか……」
「ユーリが言ったのよ、私のこと大好きって――」
「あ、ハイネ!」
「ユーリ!」
なんともタイミングの良いユーリの登場に私はばっと顔をあげる。
「ハイネはダンスパーティー誰と行くか決まった?」
ほら来た、やっぱりその話だ。
「いいえまだよ! そのことで話が――」
「私ね、決まったのー」
「……え」
今こそ誘う時、そう思って口を開いた瞬間に頭をハンマーで殴られたみたいな衝撃に変な声が漏れる。
「シグナとかアニ先輩も誘ってくれたんだけど、一番最初に声をかけてくれたアベルと行くことにしたんだー」
「……そ、そ、そうなの、へぇ、よかった、わね……?」
そう、アベル、アベル、ああ、あの王子ね。
へぇ、そう。
「ハイネには真っ先に伝えないとと思って……大好きな親友だから、ハイネも相手決まったら真っ先に教えてね!」
「ええ、勿論」
「じゃあまたあとでねー」
元気に去っていくユーリの背中を私はただ見送ることしか出来なくて
「……セリム、笑ったら殴るわよ」
とりあえずおそらく後ろでプルプルしてるセリムに低い声で威嚇しておく。
「……笑いませんって」
そう言ってる声がもう笑ってるわよセリム。
「それから、あのちゃっかりバカ王子の首取ってきなさい」
私は本気でセリムに命令する。
マジでちゃっかり、本当にそういうところだぞあの王子。
「……それ、オレ後で死にますけどね」
「はぁ……もういいわ、セリム」
私は諦めて無理難題にははっと乾いた笑いを溢すセリムのほうを振り返る。
「なんすか……あんまり無茶なことは――」
「私とダンスパーティーに出てもらってもいいかしら」
あまりにも気落ちしていてまたセリムの言葉を遮る形になったしまったが、セリムなら許してくれるだろう。
「だから、無茶なことは……え?」
今度はセリムが驚いた声をあげる番だったようだ。
そんなに変なこと言っただろうか。
「無理ならいいのだけど、ユーリがいるのに他の輩とダンスパーティーなんて行く気も起きないし、行きたくもないもの」
「あー、そういう……まぁ、オレは構いませんけど、ユーリはアベルと行くんすよ?」
誘った理由を端的に伝えれば憎き王子の名前が出てきて一瞬だか眉ねに力がこもるけど
「……別に一番最初に誘ったのがアベルだっただけでしょ、最初がシグナだったらシグナ、アニだったらアニ……私だったら私と行ってたわよ」
私は屁理屈をこねて何とかそれを乗り切ることにした。
「……まぁ、解釈は自由っすよね」
ああ、さようなら。
短かった私ルート。
「……ハイネ様、少しは笑ってもらえませんか?」
困ったように正装したセリムが私に注意してくる。
「笑ってるわよ、充分に」
ダンスパーティー当日、式場に入場した私はひたすらに楽しそうに踊るユーリに熱視線を送っていた。
だけど流石に場はわきまえているから出来る限りの笑顔は努めている。
「そうは見えないんすよね、端から見てると、目が笑ってないっていうか……ほら、旦那様とララ様も見にいらしてますから」
セリムは言いながら保護者席のほうへと視線を向ける。
二人ともはしゃぎすぎて周りが引いてるからやめて欲しいのだけど。
「……あの二人がもし保護者席から飛び出してきそうになったら止めて頂戴ね」
私は一応セリムに警告だけしておく。
そうならないと言いきれないのが怖いところだ。
「……勿論です」
それはセリムも同様だったようで真剣に頷く。
「あれ、やけに楽しそうじゃないね、普段はバカみたいに楽しそうなのに、ね、オバサン」
「アニ……別に、なんでもないわよ」
ふと、とても可憐なお嬢さんを連れたアニが現れて挑発してくる。
会うたび会うたびオバサン呼ばわりしてくるけど実際年齢から考えればアニからすれば充分におばさん。
だから特に怒りも湧かない。
「ユーリが別の男とダンスするから拗ねてるんだー、かわいいところもあるじゃん」
私の視線の先を追った後にふっと笑ってそう続けるから
「……あんたも断られたこと知ってるんだからね」
アニもユーリにダンスパーティーの誘いをしていたことを知っているのだと指摘しておく。
「……ボクは、断られてもなんの問題もないし、だってボクと踊りたい人なんて星の数程いるもんねー、少なくとも自分の騎士しか相手がいないなんてこともないしー」
アニの視線の先を追えばおそらくアニとのダンス待ちの女子たちの群れが目に写って、流石ファンクラブ持ちだとおののくことしか出来ない。
だけどひとつだけ間違えていることがあるからそこはただしておかないといけない。
「別に妥協したとかそういうのでもありませんし、ユーリと踊れないならどっちにしろなんにしろ、誰でもないシグナを選んでたわ」
「っ……」
隣でセリムが息を飲む音が聞こえた。
そう、これは妥協ではない。
「へぇ……ま、それならいいんじゃない? ハイネ嬢も楽しんでー」
アニはなにやらわかったというような顔をしてそれだけ挨拶すると他のペアの波の中に消えていった。
「わざわざ絡みに来なくてもいいのにね……セリム?」
からかうだけからかって消えてくとか本当に何がしたかったのか分からない。
同意を求めようと思ってセリムのほうを向いたのに何故か顔を反らされる。
「……いや、何でもないっす」
「そう?」
「……それよりも、ダンス、次の曲始まりますよ」
しばらく顔を反らしていたセリムは曲の継ぎ目でこちらに視線を戻して自然に私の手を取る。
「あら、ほんと、そういえばセリムあなた踊れるの?」
私はダンスする為の姿勢を取りながら一応セリムに聞いておく。
「騎士として何事にも対応出来るようにって作法とかも叩き込まれてますから一応は……」
「ま、そうよね……」
まぁ、内心そんなことだろうとは思っていたけど。
「……あっち、やっぱり目立ってるわね」
ダンスが始まってもやっぱり気になるのはユーリとアベルのペアのこと。
「まぁ、片方王子で片方ローズクォーツの姫ですからそりゃ……」
「……どうしたのセリム?」
途中まで言葉にして黙ってしまったセリムに私は問いかける。
やっぱり今日のセリムは少しだけいつもと違う。
それは、正装しているからとかそういことじゃなくて、もっと根本的なところ。
「やっぱり、相手がユーリじゃなくてオレだと、楽しくないですか……?」
ふと、真剣な瞳をこちらへ向けてセリムが聞いてくるから
「はぁ、そんなわけないじゃない、言っとくけどこれでも公爵令嬢なのよ?」
私は周知の事実のそれを話に出す。
「それは、知ってますけど……」
「散々悪目立ちしてるわりにはダンスパーティーに誘ってくる相手もけっこういたし……」
そう、公爵令嬢という立場のお陰だと思うけど意外と誘ってくる相手の数だけ考えれば多い方だったと思う。
「悪目立ちしてる自覚はあるんですね、それにしても、へぇ……」
「ま、全部断ったけど」
ユーリに振られた後のお誘い含めて私は全て即答で断った。
一緒にダンスパーティー行き、ごめん!
くらいは食いぎみに。
「でしょうね」
それはセリムでも安易に想像出来たようで苦笑する。
「……つまり、あなたがいなかったら私は一人でこのダンスパーティーに参加してたってこと、あそこのシグナみたいに」
言いながら私はダンスに参加することもせずにムスッとした顔で壁にうつかるシグナに視線を向ける。
でもダンスパーティーにユーリを誘えた時点で頑張ったと褒めていいと思う。
断られたのはドンマイだけど。
「……どういうことですか?」
「あなたも存外鈍いのよねー」
だけどそこまで言ったのに返ってきた言葉は疑問系で、私は踊りながらやれやれとため息を吐く。
「バカにしてます?」
少しだけムッとしたセリムは、何だろう、大人の男性って感じでやっぱり昔みたいな幼さはもう残ってないんだなって思って、時間の経過を実感する。
こんな近くでしっかりとセリムの顔を見るのは、久しぶりだ。
「……してないわよ、ただ、私が踊りたいと思ってたのはユーリで、代わりに踊ってもまぁいいかって思えたのがあなたしかいなかったってこと」
途端に気まずくなった私は早口にそう告げる。
「っ……」
あ、でも、驚いた顔は少しだけ昔のあどけなさが残ってるかもしれない。
「あの中でも一番付き合い長いし! 幼馴染みで気心も知れてるし……」
私は慌てて言い訳みたいに続けるけど、きっとこれが言い訳だってこともセリムは気付いてる。
思えば七年と少し、もう少しで八年に入ろうというそれは、長いようで短い時間だった。
あどけなかった少年が、立派で寡黙な騎士になり、負けん気の強かった王子は今ではもう心意気までしっかり王子で安心して国を任せられる。
そして、ストリートチルドレンだった傷を負った少年は今では誰よりも頼りになる幼馴染み……相棒みたいなもの。
危ういほどに儚かったユーリだって優しく、そしてしたたかな美しい女性に成長して未だに私の心を掴んで離すことはない。
この世界の私は、恵まれすぎているくらいだ。
「ははっ! そこまで言ってもらえたなら、少しだけ一肌脱ぐしかないですねこれは」
私のそんな様子を黙って見ていたセリムは吹き出すように笑うと踊りながらとある方向へ進んで行く。
「セリム?」
「いいから、このままあいつらんとこ行きますよー」
「ちょっ、セリムってば!」
何度名前を呼んでも止まることなくどんどんアベルとユーリが踊っているほうへと進んでいく。
「どうもお二人さん、楽しんでます?」
そしてついに横につけるとあろうことかそんな風に世間話でもするように声をかける。
「やあセリム、君もずいぶん楽しそうだね」
アベルは踊りながらもセリムの声に答える。
「そりゃあまぁ、そうでしょうね、ってことで」
セリムは言いながら片手を私の腰から離すと代わりにアベルの腰に手を回す。
「はい交代ー」
そしてそのままアベルを引き剥がしたセリムは器用にもう片方の手で私とユーリを組ませる。
「セリム!?」
それによってアベルとセリムのペアとユーリと私のペアに即興で置き換えられて、慌てて私はセリムを呼ぶけど
「ダンス相手変えたらダメって決まりもありませんし、楽しんでー」
いつもの笑顔でそんなことを言いながらセリムはアベルと踊りながら離れていく。
「やってくれるね、折角チャンスをあげたのに相変わらず敵に塩を送ってるみたいで」
「ま、オレはハイネの騎士だしね、そんなこと言わずに、こっちはこっちで楽しもうぜ王子サマ?」
「……仕方ないなぁ」
二人は二、三言葉を交わすとそのまま踊りながら生徒の波に乗って消えていってしまった。
「びっくりしたねーハイネ……」
置いていかれてしまったユーリは本当にびっくりした様子でそう呟く。
「え、ええ、そうね……!」
いや、私だってめちゃくちゃびっくりしたし、ユーリと踊れるとは思っても見なかったからはっきり言って動揺のほうが大きい。
「でもハイネとも踊りたかったから、良かった!」
「っ……」
だけど、ユーリのそんな一言が一瞬で私のなかの緊張なんて吹き飛ばして、代わりに嬉しいって気持ちをプレゼントみたいに置いていくから、やっぱりユーリはすごい。
セリムにも、またお礼を言わないといけないな。
「ハイネ?」
「……私も、ユーリと踊りたかった、あー、あの王子よりももっと早く誘ってれば良かった、残念なことしたわー」
少しだけ黙ってしまった私のことをユーリが不思議そうに呼ぶから、私はいつもの調子でそんな風に返す。
「ふふっ、そう言うわりには全然悔しそうじゃないよ」
「そうかしら?」
「うん」
そうだろうなぁ。
何でだろう、今は本当に悔しくないっていうのが事実だから。
「……ねぇユーリ」
私は覚悟を決めて彼女の名前を呼ぶ
「どうしたの?」
「私、必ずあなたを落としてみせるから、待ってて」
これは、ユーリに向けた宣言で、自分に向けた誓いだ。
何故ならゲームはまだ終わっていない。
ゲーム本編が終わってもFDだってあるし、それが終わればおしまいなんてこともない。
だってこの世界はゲームの世界かもしれないけど私達はこうして生きていて、少しずつ前に進んでいく。
チャンスなんてものは、死ぬまでどこに転がっているのかだって分からないのだから。
私が諦めるその時までチャンスというものは消えて無くならない。
「……楽しみにしてるね」
私の言葉をちゃんとした意味で理解しているかは分からない、でも、その笑顔がある以上私は、彼女を……ユーリを諦めないことが出来るんだ。
いつまでも。
変わらずに。
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