第33話 だって私は悪役令嬢

「…………え」

 私の勢いに押されて後退するジークに私はじりじりとにじり寄っていく

「いい、この世界はゲームの世界、ローズクォーツの姫君の世界なのよ」

 まず、私は大前提を指摘する。

「それは……知ってますけど……」

「いいえ、分かってないわ! あなたが誰を二回のうちに攻略したのか知らないけれど、あなたジーク・エルメルダのことは攻略してないでしょ」

 知ってるなんて抜かしたジークに私は速攻でそれを否定するとひとつの事実を叩きつける。

「っ……え、ジークを攻略……」

 反応を見るかぎりではやっぱりといった感じ。

 まぁ、やっぱりというか当たり前というか。

「ジークはローズクォーツの姫君の隠し攻略キャラクター、他の四人を攻略することで解放される隠しルートにして物語のフィナーレに繋がる大切なルートなの」

 そう、乙女ゲームではよくある構成。

 主要キャラクター達を全て攻略することで隠しルートが解放され、そのルートを見ることでさらに物語のグランドフィナーレを見ることが出来るようになる。

 昨今の乙女ゲームでは物語のプロローグを見終わるとどのキャラを選ぶかみたいな選択肢が出てきて、現状攻略不可能なキャラもそのなかにいてこのキャラを攻略するには何をしましょう、なんてことまで書いてある丁寧な作りの乙女ゲームも増えてきていたけれどローズクォーツの姫君は選んだ選択肢で攻略キャラが分岐していくタイプのゲームだった。

 だから二周しただけではジークも攻略キャラだと気付くことは出来ないだろう。

 冊子もCDも見ていないようでは雑誌も追ってないだろうし仕方ない。

「……だ、だからってそれが何なんですか!」

「……ジーク・エルメルダの魔法適正である無を打破するルートもある」

 それでも意図が通じないジークにしびれを切らした私は端的に話の本質を伝える。

「っ……」

 突然のその言葉にジークも流石に面食らったようで黙り込むから

「基本的にはジークのルートではユーリがジークにかかった無の呪いを解いてしまうのよ、ユーリは魔法適正が最上だけど、在学中の三年の間にこの永いローズクォーツの姫君の舞台となる世界でも三人目となる最上の上、全知に到達するの、他の人のルートでも、あなたのルートでも、大体は、だから、あなたはただ待っていればよかったのよ、こんなことしなくても、だから……にわかって言ったのよ」

 私はさらに詳しく説明してあげる。

 魔法適正が無のものはこの世界では呪われているという扱いになるが実際のところは魔力欠乏症という病気だ。

 魔法を使うための器官に何らかの異常を来すことで空気中のマナを取り込めなくなる病気。

 ちなみにこれが確立するのはジークルートで、その研究過程を論文として発表するのもまたジークの役目である。

 そして、また稀有であるからと説明を省いたもうひとつの魔法適正。

 それは最上を越える存在、全知。

 全知となったユーリの回復魔法であればそれくらいなら意図も簡単に治せてしまう。

 一応ローズクォーツの姫君をプレイしているのなら全知の存在も知っているはず、だから、ただ待てばよかっただけなのに、この男は本当にもったいないことしかしていない。

 まぁ、気持ちが分からないわけでもないけれど。

「……そんなこと、今さら言われたってっ……自分はもう犯罪者だ! 残念だけど、全てを知っている君は、ここで消します……!」

 だけどジークは往生際わるくそう静かに怒鳴ると手元にあった薬ビンを手に取りそのままの勢いで中身をこちらへぶちまける。

「っ……」

 しまった。

 また、途中で気を抜いた。

「おー、危機一髪ってところだな」

「……セリム!」

 グッと目をつぶった私に液体がかかることはなく、よく聞きなれた声に目を開けばセリムがジークと私のあいだに割って入って、薬品は魔法によって全て球体となり宙を舞っていた。

 これは、風魔法か。

「今度はちゃんと守ったぜ、お姫さま」

 名前を呼べばセリムは誇らしげに歯を見せて笑う。

 本当に、最強の幼馴染み過ぎて、私には勿体ないくらいだ。

「ハイネ! 大丈夫っ?」

「ユーリも……なんで、ここに……」

 そして少し遅れて現れた存在に今度は度肝を抜かれて、たどたどしく聞き返す。

「いやー、ユーリがハイネに用事あるからって言うんで探知魔法使って見つけて来たらちょうどのタイミングだったわ」

 ユーリの代わりに答えたセリムは手元でくるくると宙を漂う球体を弄んでいて

「で、ジーク先生はいったい全体なんでオレのお姫さまに攻撃してんすかね、覚悟は、出来てるんだろうな」

 それをジークのほうへと向ける。

「……っ、じ、自分は!」

 自分に浴びせかけられる、そう考えたのであろうジークは情けなく尻餅をついて後ろへ後退する。

 うわー、こんなジーク・エルメルダ出来ることなら見たくなかった。

 作中のジーク・エルメルダは悪役でこそあれど悪役なりの流儀を持っていたし、信念も持っていた。

 クールで、いつだって無表情で、そんな彼が私は悪の美学を感じて決して嫌いなキャラではなかったのに、こいつのせいでキャラ崩壊も良いところだ。

 まぁその点はハイネ・リューデスハイムも変わらないかもしれないけど。

 それでも出来る限り人を傷つけないようにしていたのは、この人の良心、この人なりの考えがあったのかもしれないけど。

「……違うわセリム、ただ、魔法薬学に関することで分からないことがあったから最近聞きに来てて、実践してもらったんだけどジーク先生もまだ確約はされていないものだったらしくて、少し暴走してしまったのよ!」

 私は頃合いを見てジークに攻撃しようとするセリムを止める。

「……ハイネさん」

「……」

 まるで女神でも見るような目を向けてきたので断じてお前の為ではないという視線は向けておく。

「っ……ぅぅ」

 それを悟ったジークは小さく唸りながら縮こまる。

 そう、別にこいつがどうなろうと知ったことではないけれど、セリムにそんなことさせたくなかったし何よりも、ここでジーク・エルメルダという人物が退場してしまえば物語にまた大きな特異点を産み出してしまう。

 それも今までとは比べ物にならないくらいの物語の歪みだ。

 だから、どういう状態だろうと生きていて貰う必要がある。

 それだけの話だ。

「……ま、ハイネ様がそういうことにしておきたいならそういうことにしときますか、ま、次はありませんけど」

 セリムは言いながら薬品の球体をビンのなかにぽちゃぽちゃと戻していく。

「……」

 何か、少しの間に技量成長し過ぎな気がしないでもないけど。

「そんなことよりもハイネ、ちょっと背中失礼するわね」

「え、ユーリ……?」

 ことが収まったのを見届けていたユーリが言いながらそっと私の肩を掴むと背中に手をかざす。

 そして

「ローズクォーツの加護」

 そう唱えられた瞬間、背中がまたあの時のように桃色の光と暖かさに包まれて。

「っ……え、背中の突っ張りが……」

 その次の瞬間には今まで残っていた背中の突っ張りが全く無くなっていた。

 そっと背中に手を回すけど傷跡みたいな感触も全く無い。

「よかった……ちゃんと効いたみたい」

 そんな私を見てユーリは安心したようにほっと息を吐く。

「ユーリ……あなたまさか……」

「そう、ハイネが私のために無茶ばっかりするなら私は私でそんなハイネを、私がその度に癒してしまえばいいと思ったの、だから保険の先生と最近はずっと回復魔法の練習してて、私がちゃんとあなたと同等の場所に立てるようになるまでは無茶させないように離れてればいいんだって」

「ユーリ……」

 そんなことを考えてくれていたなんて、少しも想像していなかった。

 しかもローズクォーツの加護を発動出来るということは既にその魔法の力は全知に達しているということ。

  史実上三人目の快挙を魔法学園に入って数ヶ月のユーリが果たしたというのは紛れもなく異常で、どれ程の鍛練が必要だったかなんてこのゲームの世界感を網羅している私からすればよく分かる。

 それを、推しが、私のためにしてくれたという事実に感激しすぎて泣きそうになるレベル。

 何度も言うけどありがとう。

 ユーリに避けられるという地獄のような日々もこのときの為の試練だったんだった思えば最早天国みたいなものだ。

「でもこれでやっとまたみんなと一緒にいられるわ!」

「……ま、怪我なんてもうさせないからユーリの出番はないけどな」

 嬉しそうにそう語るユーリにセリムが横から口を挟む。

「それに越したことはないけど、ハイネは行動派だからどうだろう、それに私の方がその時近くにいるかもしれないし」

「……言ってくれるじゃん」

 そうすればユーリはユーリで言い返すし、言い返されたセリムはセリムでニヒルとでもいうような笑顔を浮かべて言い返す。

 あれ、逆になんでこの二人仲悪くなってるの。

 なんか、もっとこう、なあなあな感じじゃなかったっけ。

 まぁ、逆に考えれば距離が縮んだみたいなものだからいいか。

「……でも、嫌われたんじゃなくてよかった……」

 どっと疲れた私は言いながら椅子に沈む。

 本当に、嫌われたんだったらもう生きていけなかった。

「嫌いになんてなるわけないじゃない、私はハイネのこと大好きなのに」

「えっ…………えっ?」

 私は自分の耳を疑う。

 待って、もう一回言って欲しい。

 今度は録音しとくからもう一回言ってくれ……!

「二回えって言ったぞこいつ」

 そんな私にセリムが呆れた様子で突っ込んでくる。

 だって、推しが私のこと大好きって……

 遂に私の長年のアピールが届いたってこと……?

 そう思って良いの神様?

「なーに、私そんなに変なこと言った?」

「いいえ、何も言ってないわ」

 ユーリの言葉は即答で肯定する。

「……」

「あ、そういえば……」

 そんな私達のやり取りを生暖かい目で見ている人物がいることに気づいた私はこっちの問題も早々に解決してしまおうと思い至る。

「どうしたのハイネ」

「こんな魔法までもう使えるなら、魔法適正が無の人ももう助けられるんじゃないかしら」

 私は言いながらジークのほうに視線を向ける。

 作中魔力欠乏症の治療をしていた時のユーリは毎回全知に覚醒した後のことだった。

 だから今ならもう治せてもおかしくはない。

「本当か!」

 さっきまで縮こまっていたジークが途端に元気になる。

「えっ、やってみる分にはかまわないよ、治せるかは分からないけど無の人って誰のこと?」

「この人」

 ユーリの当たり前の疑問に私はくいっと指でジークを示す。

「ジーク先生……が……?」

「そう、なんか、えーっと……そうそう、学校には秘密にしてるみたいだから秘密裏にね」

 あ、ミスった。

 ジークは作中学校内ではそのことを秘密にして知識を盾に動いていたんだった。

 私はあわてて説明しながら口止めもしておく。

「わ、分かったわ……!」

「それで、早速試してみてもらえたりする?」

「勿論! ローズクォーツの加護……どう、だろう」

 ユーリが手をジークにかざしてそう唱えれば私を包んだのと同じ桃色の光がジークを包む。

 今、少しだけ私以外にその力を使われたことに嫉妬みたいな感情を覚えたけど、勝ち組としての余裕でそれは許してやることにする。

「っ……身体が、重たくない……」

 瞬間、ジークは驚いた様子で腕を動かす。

 そう、魔法欠乏症の症状としてマナが減るにつれて身体が鉛のように重く、息をするのも苦しくなるとゲーム中にジーク本人が言っていたはず。

 だからこそ寝付きも悪く、ジークはいつも目の下にクマを作っている。

 そういうキャラだ。

「よし、ありがとうユーリ! ジーク……先生も、これで少しは大人しーくしててくださいね、お互い損をしないように、ね」

 私はユーリにお礼を伝えて、それからジークにしっかりと忠告をする。

 それは今までのことと転生者であることは黙っててやるからお前も変なこと言うんじゃねーぞっていうド直球な警告であり脅しだ。

 やっとここまで来たのに何人たりとも邪魔などされてなるものか。

「は、はい……」

 ジークは私の意思をくみ取ったのか小さくうなずく。

「……なんか上下関係出来てるけど」

「ま、ハイネらしいんじゃないー」

 呆れた様子のセリムにいつも通りのユーリ。

 なんか、それを見てるだけで嬉しくなってくる。

「そうじゃなくてもオレ達目立ってるのに今度はハイネが先生奴僕にしだしたなんて噂立ったらたまったもんじゃないぞ、さんざん目立つなってララ様にも言われたばっかじゃねーか」

「ジーク先生は、私達に返しても返しきれない恩があるからそんなこと口外しないわよねー、悪評だって周りに広まる前にちゃんと否定して止めてくれるわよ、ね?」

 セリムに注意されて私はジークとの距離を詰めながら笑顔で問いかける。

「は、はは、勿論ですよ……はは……」

 ジークは私から視線をそらしてから笑いする。

 よし、これで問題ないはず。

「……公爵令嬢なのに脅しが板についてますねー」

 そんな一端を見ていたセリムが苦笑いでそう呟くから逆に私は笑って見せる。

「そうでしょうねー、だって私は……」

 悪役令嬢なんですから!

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