第18話





 手料理というものがとても嬉しかったようで、是非とも洗い物を任せてほしいと言う彼に甘えて、後片付けをお願いした。



 人の作った料理が食べられないと言っていたのは、何だったんだと思わないでもなかったが、喜んでもらえたのならまぁいいかと自分を納得させる。




 食器を洗い終えた友夜くんと一緒に映画を観ていたとき、私のスマホが震えて着信を知らせる。



 ディスプレイに表示された名前を見て、思考が止まってしまったのを自覚した。





「出ないの? あれなら映画止めとくよ」




「ごめん、ちょっと電話出てくるから止めといてもらえると助かるかも」




「りょうかい」



 できる限りの平静を保ったままリビングを出た。


 友夜くんがこころなしか心配そうな顔をしていたのは、私の勘違いではないはずだ。




「も、もしもし」




「……朝陽、いま時間は大丈夫か?」




 電話から聞こえる声は、確かに父親のものだ。


 ディスプレイにもそう表示されていたのだから当たり前ではあるのだが。




 久しぶりの父親との会話に緊張しながら会話を続ける。




「大丈夫です」




「そうか……元気にしているようで安心した」




 元気にしているの意味は分からないが、わざわざ指摘して刺激する必要もないだろう。




「急に飛び出してごめんなさい。 連絡しなかったことも」




「そうだな。 …母さんも少し落ち着いた様だしそろそろ帰ってきなさい」




「でもまた怒られるから」




「それだけのことをした自覚はあるだろう。 いいから一度帰ってきて話をしなさい」




「わかりました」




「あまり遅くならないようにな」



 それだけ言うと返事も待たずに通話が終了した。




 正直に言えば帰りたくなど無い。



 ではこのまま帰らずに生活していくことが出来るだろうか、高校三年生のただの学生でしかない自分が。




 当然答えは否である。





 帰らなければならない事も両親と話さないといけないこともわかっている。


 わかってはいるが堪らなく怖い。




 あの人達と話していると自分の全てが否定されているように思えてどうしょうもなく怖かった。





 考えが纏まらないままリビングに戻る。



 何事もなかった様に振る舞えない己の未熟さを恨みながらソファに腰を下ろした。




「なんかあった?」




「なにもないよ」




「そっか…そういう態度とるんだ」





 ちゃんとわかってるから友夜くんまでそんなに責めるような目で見ないでほしい。




「…怖いの、ただそれだけ」




「人に散々好き勝手言っておいて自分はそんな感じなんだ」




「わかってるよ、わかってるから」




 私から視線を外してくれない。




「俺は無理やり喋らされたけどなぁ」

 



 その一言がトドメになって家族とのことを洗いざらい吐いた。





 母に期待されていたこと。

 その期待に応えたかったこと。

 応えられなかったこと。

 押し付けられているように感じていること。

 それに耐えられないこと。

 私の気持ちを分かってほしいこと。

 なにも分かって貰えないこと。



 父が無関心なこと。

 そのくせ変に干渉をしてくること。

 私の意見を聞いてくれないこと。

 母の意思ばかりが優先されること。



 反発したこと。

 家出をしていること。



 家族との衝突を全て話した。





 少し逡巡するように間を開けて彼が言う。




「家庭の事情に口を挟むつもりは一切無いんだけどさ、無理に話さなくてもいいし理解して貰えなくていいんじゃねぇの?」




「どうゆう意味?」




「そのままの意味だよ、時間が経てば解決する問題もあるし今はそれとなくやり過ごせばいい。 でもいつかはきちんと話し合うべきだけどな」




「そんなの無理だよ」




「それが無理だから家出したんだろうけどさ、今はプライドなんて捨ててごめんなさいしとけばいいんだよ。 どうせ親の庇護のもと生きていくしかないんだから」





 その通りだ。


 わかってる。


 それでも我慢したくない。



 他の事でも我慢しっぱなしの人生だ、せめて家族にくらい私のことをわかってほしい。



 家族の前でくらい我慢せずに素の私でいたい。





「わかってるけどやだ」




「家族だから分かり合えるなんて思ってね? それは理想論だよ、幻想。 そりゃ分かり合えるに越したこと無いけどあくまでも他人だぜ? 血が繋がっただけの他人」




「わかってるよ」




「いいやわかってないね、俺の父親がいい例だよ、わかりあえない人間ってのも少数いるんだ」




「わかってるってば」




「だからわかってないんだよ、俺は未だに分かり合いたいと思ってる」




 訳が分からない。


 分かり合えないとか言っていたくせに、この人は一体何を言っているのだろう?





「意味わかんない」




「だろ? 俺も意味わかんねぇもん。 ろくでもない父親だし母親も大概な人だった。 …三年前くらいに亡くなったけどな」




 空虚を見つめながら話す彼に何も言えない。




「母親が生きてる間は思ってたんだ、こんな奴と分かり合えるはず無いってな。 でも亡くなって初めてもっと話しておけばよかったと思った。 どうしようもない人だと思っていても分かり合いたい、きっと親ってそういうもんだよ」




「…私もそうだって言いたいの?」




「なんだかんだ言っても一番近い他人なんだ、育てて貰った恩もあるだろうし、近しい人間にくらい分かってほしいっていう承認欲求もある。 言ったみたいに俺の父親のような、どうしても分かり合えないと思う人種だっている」




 一気に話すぎて息を吸うタイミングが無かったのか、話を止めて大きく深く息を吸い込む。


 

 彼の言いたいこともわかる気がするけれど、素直になれない自分もいる。





「最初に言ったみたいに、今は無理にでも謝ってやり過ごしてしまえばいいと思う。 でも人間なんていつ死んでも可笑しくないんだし、俺みたいに後悔するかもしれないとほんの少しでも思うなら、ちゃんと話してみるべきなんだと思う。 それにもし朝陽の親が俺の親父みたいに、どうしようもないクズだったとしても、そのときはそのときで考えればいいよ」





「最後は無責任すぎない?」




「当たり前だろ、俺のことじゃねぇもん。 けど分かり合えないって結論付けるなら、最後にもう一度話し合ってからでも遅くないだろって思っただけだよ。 俺にはもうできないことだ」




 なんとなく寂しそうに見える友夜くんを見ていると、自分はそれでも絶対に後悔しないなんて思えなかった。



 それにちゃんとわかっているのだ、拗ねているだけの子どもなんだってことも。



 なんだかんだと理由をつけて嫌いなフリをしたって、本当は未だに両親のことを嫌いになんてなれないでいる。



 ただ自分を認めてほしい。

 期待に応えられなかった私でも、愛されていると感じさせてほしいだけ。


 ただそれだけのことなのだ。




 自分の気持ちに区切りをつけると、どうしたいかなんて決まりきっていた。





「そうだよね、頑張ってみる」




「そうしろ、それに向き合えっていったのは朝陽だろ。 最悪どうしようもなかったら支えてくれる先輩もいるらしいじゃん。 ……まぁ俺も話くらいなら聞いてやるよ」




 友夜くんが照れたようにそう言う。


 不器用だけど優しい人。


 少しは心を開いてくれたみたいだ。






「ふふっ、優しいね」




「うるせぇばーか。 まぁ結論俺みたいに後悔したくないなら話し合え、話して駄目ならそれまでだ、近しい他人同士そういうこともある」




「私やってみる、無理だったら友夜くんが慰めてくれるし」




「勝手に言ってろ。 でも自暴自棄だった俺も、母親と話しておけばよかったと思ってた時期もあったんだって、昨日朝陽が思い出させてくれた」





 嬉しくなって友夜くんに抱きついた。


 ソファに座る彼は優しく微笑んで受け止めてくれる。



 友夜くんとも少しは心が通じてる気がする。


 両親とだって分かりあえるはずだ。




 それに今の私には理解してくれる人がいる。


 もう全てを我慢する必要も無い。









 お昼ご飯は愛しい人と少し心を通わせた。



 晩ご飯も一緒に食べたかったけど帰らなきゃ。



 分かり合って、共に食卓を囲みたい人が私にはまだいるんだから。






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2026年1月19日 17:00

朝と夜の歩き方 花恩-はのん- @hanon514620

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