会ったばかりの高校生に「私のパパになって」と言われた
春風秋雄
平日のハンバーガーショップは高校生でいっぱいだった
昼食を食べそびれたので、ハンバーガーショップに入ったのはよいが、夕方近いこの時間は、学校帰りの高校生が席を占領して、座る席がなかった。しまった。何も考えず注文してしまったが、席を確保してから注文すればよかった。トレーにハンバーガーセットを乗せて途方に暮れていると、近くに座っていた女子高生がこちらを見ていた。
「おじさん、座るところないの?」
「うん、まさかこんなに混んでいるとは思わなかったから」
「ここに座りなよ。私ひとりだから」
小さな二人掛けのテーブルにトレーはひとつしか乗っていなくて、ドリンクはひとつだったので、確かに女子高生は独りなのだろう。
「いいのかい?」
「いいよ。この調子だと、なかなか席は空かないから、おじさん困るでしょ?」
確かに、席を占領している高校生は楽しそうに話しながら食べているので、なかなか席を立たないだろう。
「ありがとう。助かるよ」
俺はそう言って女子高生の向かいに座った。
「こういう店では先に席を確保してから注文しないとダメだよ」
「あまりこういう店には来ないから、慣れていなくて」
「こんな時間にがっつりセットメニューを頼むなんて、おじさん、もしかしてそれが昼食?」
女子高生が俺のトレーの上に載っているセットを見て言った。俺はダブルチーズバーガーのセットにナゲットを追加していた。
「今日は外回りだったから、昼食を食べる暇がなくてね」
「おじさんは営業マン?」
「一応これでも経営者なんだけどね。大切なお客さんの所へは自分で足を運ぶようにしているんだ」
「おじさんの会社、儲かっているの?」
「まあ、それなりには儲かっているよ」
「おじさんは結婚しているの?」
「昔、一度結婚したけど、いまは独りだよ」
「おじさん、年はいくつ?」
何なんだ、この娘は?根掘り葉掘り俺のことを聞いてくる。一瞬黙っていると、女子高生は急かすようにもう一度聞いてくる。
「ねえ、年はいくつ?」
仕方なく俺は答える。
「45歳だよ」
俺がそう答えると、女子高生の顔がパッと明るくなった。
「ねえ、おじさん、私のパパになってよ」
パパ?これが噂にきく「パパ活」というやつか?下手に儲かっているなんて、言うんじゃなかったか。
「おじさん、誤解しているでしょ?私が言っているパパは、本当のパパになってということだよ」
「本当のパパ?」
「そう、つまり私のお母さんと結婚して、私の父親になってと言っているの」
「君のお母さんと?」
「娘の私から言うのもなんだけど、私のお母さん美人だよ。年は41歳。おじさんと釣り合うでしょ?」
「いやいや、そういう問題ではなくて、俺は君のお母さんと会ったこともないし、君だってついさっき初めて会ったばかりだろ?名前だって知らないのに」
「私の名前は大島美羽(おおしま みわ)。花の高校3年生でーす」
満面の笑顔でそう自己紹介されて、俺はどうしてよいのかわからなかった。
俺の名前は高部睦弘。45歳のバツイチだ。地方の国立大学を卒業して、そのままその県で就職した。大学時代から付き合っていた地元出身の彼女と大学を卒業してすぐに結婚したが、一緒に暮らしてみると付き合っていた時のイメージと違ったという、意味不明の理由で離婚を迫られ、新婚1年で離婚した。それからは結婚を考える相手とは、まず同棲してお互いをよく知ってからにしようと決め、何人かの女性と同棲したが、お金にルーズな女性や、家事がまったくダメな女性、部屋を片付けられない女性など、一緒に暮らしてみて結婚に踏み切れない女性ばかりだった。そのうち結婚に魅力を感じなくなり、この年まで再婚せずに過ごしている。30代前半に起業した人材派遣の会社が順調で、特に介護業界への人材派遣で成果を出していた。
美羽ちゃんは、無理やり俺の連絡先を聞き出し、「また連絡するね」と言って店を出て行った。本当に連絡がくるのだろうか?それにしても、何で会ったばかりの俺なんかをお母さんの結婚相手にしようとしてきたのだろう。お母さんの好きな俳優さんに似ているとかなのだろうか?しかし、俺はいまだかつて芸能人に似ていると言われたことはなかった。そういえば、美羽ちゃんのお父さんはどうしたのだろう?亡くなったのか、離婚したのか、そのあたりのことを聞く余裕もなかった。
その日家に帰ってテレビを見ていると、美羽ちゃんからメッセージが届いた。本当に連絡をしてきたのか。
「高部のおじさん、今日は運命的な出会いだったね。早速お母さんに報告しておくから、ひょっとしたらお母さんから連絡があるかもしれないので、そのときはよろしく」
本当にお母さんに言うのか?今の女子高生のノリにはついて行けないと思った。
翌日、美羽ちゃんのお母さんからメッセージがきた。
「美羽に高部さんのことをお伺いしました。一度会ってお話をしたいと思います。こちらは平日であれば19時以降、土日であれば終日大丈夫です。高部さんのご都合の良い日時をお知らせください」
こんなメッセージがくるということは、美羽ちゃんのお母さんもその気になっているということか?何か裏でもあるのではないだろうか。断るにしても、とりあえず会って話さないといけないと思い、俺は次の土曜日の午後に会いましょうとメッセージを返した。
待ち合わせのカフェに現れた美羽ちゃんのお母さんは、すぐにわかった。美羽ちゃんにそっくりだった。美羽ちゃんのお母さんは俺の顔を見て、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに我にかえったように挨拶してきた。
「初めまして、美羽の母の大島和美と申します」
「高部睦弘です」
挨拶をしたあと、俺は和美さんに見とれていた。美羽ちゃんが言っていた通り、和美さんは美人だった。年は41歳と言っていたが、まだ30代半ばにしか見えない。
「高部さんは、45歳ということですが、美羽は18歳になったばかりです。一応法律上は成人していますが、まだまだ子供です。経済的援助をして頂くのは助かりますが、変な関係にならないようにお願いしたいということだけ申し上げたくて」
「あのー、何のことでしょうか?」
「何のことって、美羽からパパ候補を見つけたと聞きましたけど」
「あのー、美羽ちゃんが言っているパパ候補というのは、私がお母さんと結婚して美羽ちゃんのお父さんになってほしいということでしたけど」
和美さんの表情が固まった。しばらく二人の間に沈黙が流れる。
和美さんは動揺した気持ちを取り繕うように、コーヒーを一口飲んで口を開いた。
「申し訳ありません。美羽の話をよく聞かずに、勝手に勘違いしてしまって。少し前に美羽はパパ活をしている友達がいると言っていたものですから、パパ候補を見つけたと聞いて、てっきりパパ活のことだと思ってしまいました」
「私も美羽ちゃんからパパになってほしいと言われたとき、てっきりそういう意味のパパだと思いましたから、お気持ちはわかります」
「でも、美羽の言っていた意味が、私との再婚ということでしたら、高部さんには申し訳ないですが、私は再婚するつもりはありませんので、美羽のたわ言だったと思って、流してもらえればと思います」
「美羽ちゃんは、どうして初めて会ったばかりの私をパパ候補に選んだのでしょう?」
俺がそう聞くと、和美さんは一瞬困惑した顔をした。しかし、すぐに柔らかい表情にもどり、口を開いた。
「高部さんが、亡くなった美羽の父親によく似ているのです。私も会った瞬間に驚きました。あの人が45歳になったら、こんな感じになっていたのではないかと思いました」
「美羽ちゃんのお父さんは亡くなっていたのですか。いつごろ亡くなられたのですか?」
「美羽が3歳のときです。ですから、美羽は父親の顔は覚えていないと思います。おそらく写真を見て父親の顔はこんな顔だと認識していたのだと思います」
「じゃあ、美羽ちゃんは父親が恋しかったのでしょうかね」
「それはないと思います。15年間、父親がほしいなんて言ったことないですから」
「だったらどうしてでしょう?」
和美さんが、躊躇いながら口を開く。
「気を悪くなさらないでくださいね」
「大丈夫ですよ」
「おそらく、高部さんの経済力だと思います。会社を経営していて、結構儲かっている人だからと言っていましたから」
「確かに儲かっているのかとは聞かれましたけど、私の経済力が目的なのですか?」
「あの子は大学進学を希望しているのですが、国公立に入る力はないので、私立大学になります。しかも、将来は薬剤師になりたいといって、薬学部を希望しているのです。うちの家計ではとてもそんな授業料は払えないので、国公立に進むか、薬剤師はあきらめて専門学校へいきなさいと言っているのです。そしたらあの子、ママがお金持ちと再婚すればいいと言うのです。私は亡くなった美羽のお父さんが、生涯唯一の旦那さんだから、再婚はしないよと言っていたのです。もうあきらめていたと思っていたのですが、高部さんを見て、亡くなったあの人に似ている人であれば、私が再婚を考えるのではないかと思ったのではないでしょうか」
「なるほど、そういうことだったのですね」
「高部さんからしてみれば、迷惑な話で申し訳なかったです」
「和美さんは、本当に再婚はされないのですか?」
俺がそう聞くと、和美さんは驚いた顔をした。
「私は、今の話を伺ったうえで、和美さんとの再婚を真剣に考えてもいいと思っています」
ここに来るまでは断るつもりだったのに、あまりにも和美さんが俺の好みのタイプだったので、思わずそう言ってしまった。
和美さんは、戸惑っているようだった。
「私は、和美さんの好みのタイプではないですか?」
「タイプかどうかと聞かれれば、あの人に似ているので、タイプだとしか言えませんが、高部さんのことはまだ何も知りませんので」
「当然です。私も和美さんのことはまだ何も知りません。まずは、外見的にタイプと大きく外れていれば論外ですから、とりあえずは第一関門は突破したということで、あとは少しずつ相手のことを知ってから判断するというのではどうですか?」
「でも、私は生涯の伴侶は亡くなったあの人だけと決めていますので」
「それも含めてです。ある程度私のことがわかったうえで、その考えが変わらないのであれば仕方ないです。でも、人生何があるかわかりません。明日になったら、昨日までの考え方が180度変わることだってありますから。何よりも、私はこの10年ほど、ドキドキしたことがないのです。和美さんと会って、私は久しぶりにドキドキしました。このドキドキをこの場で終わらせてしまうのはもったいないです」
「私も、ドキドキしています。こんなことは美羽の父親が亡くなってから初めてのことです。私には再婚の意思はないということを承知してくださるのであれば、時々お茶を飲んだりすることはかまいません」
「ありがとうございます。ではまた誘いますので、連絡先を教えてもらえますか?」
和美さんは帰って夕飯の支度をしなければならないというので、俺たちは連絡先を交換して、その日は別れた。
その日の夜、美羽ちゃんから電話がかかってきた。
「今日うちのママと会ったらしいじゃない」
「お母さんは、パパ活の相手だと誤解していたよ」
「えー、ちゃんと説明したつもりだったんだけどな。それで、どうだった?うちのママ美人だったでしょ?」
「うん、綺麗な人だった。俺は君のお父さんに似ているらしいね?」
「そうなの。私はちゃんと覚えていないんだけど、おじさんを見たときに、写真のパパに似ていると思ったの」
「それで俺に声をかけたのか」
「声をかけたのは席がなくて困っているようだったから。正面に座ってちゃんと顔を見た時に似ていると思ったの」
「君は、大学進学のために俺とお母さんを再婚させようとしているらしいね?」
「ママがそう言っていたの?まあ、いいけど」
「違うのかい?」
「そう思ってくれていいよ。おじさんの経済力があれば、私の学費を出すのも難しくないでしょ?」
「まあ、それくらいは何とかなるけど、まだ再婚するとは決まっていないからね」
「おじさん自身はどうなの?ママと結婚する意志はあるの?」
「まだ君のお母さんのこと何も知らないから、何とも言えないな」
「あまり悠長に構えないでね。それによって私の進路がきまるのだから」
「そうだね。せいぜい頑張るよ」
俺は何を頑張るのだろう。
和美さんとは週に1回会うようにした。最初は来てくれるだろうかと心配していたのが、3回目からは別れ際に和美さんの方から、来週は何曜日の何時が良いですと言ってくれたりするようになった。最初の数回は美羽ちゃんの夕飯の支度があるので夕方までに帰るようにしたが、美羽ちゃんから一緒に食事をしてくればいいのにと言われたというので、一緒に夕食を食べることにした。どこへ行こうか考えたが、お寿司屋さんに行って、帰りに美羽ちゃんの分を折詰にして持って帰ってもらおうと思い、行きつけのお寿司屋さんに行った。
カウンターに並んでお酒を飲む。
「和美さんは、お酒は好きですか?」
「美羽の父親とは交際中によく飲みに行きました。でも、美羽が生まれてからはほとんど飲んでいないです」
「美羽ちゃんを置いて飲みには行けないでしょうしね」
「あの人がいなくなってからは、こうやって美羽を置いて外食するのも初めてなんです」
「たまには友達と外食したいとは思わなかったのですか?」
「友達と外食するよりも、美羽の世話をする方が楽しいですもの。私は子離れができていないのでしょうね」
和美さんがそう言って笑った。
「美羽ちゃんが生まれてからの和美さんの人生は、美羽ちゃんがすべてだったのですね」
「そうですね。あの子さえいれば、他に何もいらないって感じですね」
「その美羽ちゃんが薬剤師を目指しているのを、叶えてあげたいとは思いませんか?」
「それは、高部さんと結婚した方が良いよと言っているのですか?」
「いや、そういう意味ではないです。純粋な和美さんの気持ちを聞いているのです」
「そうですね、娘がやりたいことを、親としてやらせてあげたいという気持ちはあります。でも、人生は自分が思うようになるわけではないじゃないですか?親のすねをかじっているうちは、親が何とかしてくれるだろうって思っているでしょうけど、独り立ちして社会に出たら、すべて自分の力でやっていかなければならない。当然思うようにならないことだらけです。自分がやりたいことをやるには、自分の力量ももちろんですが、周りの環境や、お金の問題も出てきます。世の中はそういうものだと教えてあげるのも親の愛情だと私は思っています。ですから、高部さんとのお付き合いは、あの子の進学とは切り離して考えています」
俺は和美さんの考え方に共感した。俺がいままで付き合ってきた女性とは、ひと味も、ふた味も違う気がした。ますます和美さんに惹かれていくのを実感した。
4か月もすると、かなりの回数デートを重ねた。そろそろ和美さんの気持ちを聞いてみようと思った。
「和美さんは、私のこと、どう思っているのですか?」
「どうって?」
「つまり、私と結婚しても良いとか、そんな気はないとか」
「私は最初に言ったはずですよ。再婚する気はないって」
「確かに聞きましたけど、この何ヶ月かで気が変わったりしていないのかなと思って」
「気が変わることはありません。それに高部さんは言っていたじゃないですか。最初の結婚で懲りたので、次に結婚する相手とは、同棲期間を設けて、一緒に暮らしても良い人かどうかをお互いが見極めてからにするようにしたと。私は美羽がいますので、同棲することは無理です。つまり、高部さんにとっても結婚の最終条件を満たしてないということでしょ?」
そう言われると身も蓋もない。
その日は美羽ちゃんの提案で、大島家で手料理を振舞ってもらうことになった。
家にあがるのは初めてだったが、2LDKの賃貸マンションは小綺麗に片付いていた。築年数はそれほど経ってなさそうなので、数年前に引っ越してきたのだろう。
テーブルに料理が並べられ、普段の独り暮らしでは食べられない家庭料理が嬉しかった。
「料理作るの、私も手伝ったのよ」
美羽ちゃんが得意げに言った。
「美羽ちゃんも料理できるんだ?」
「練習しているの。高校卒業したら独り暮らしになるだろうから、その時のためにね」
「美羽ちゃん、そのことなんだけど、お母さんは再婚はしないって言っているんだ。だから、俺の経済力をあてにしてもらっても困るんだけどな」
俺がそう言うと、美羽ちゃんはキッとした顔で和美さんをにらみつけた。
「ママ、再婚しないの?」
「美羽、お母さんは再婚はしないって、前から言っているでしょ?だから、薬学部はあきらめてちょうだい」
「そんなのどうでもいい。ママが再婚するなら、薬剤師になる必要はないもの。てっきりママは高部さんと再婚するものだと思って、専門学校の資料を取り寄せていたのに」
どういうことだ?俺は思わず美羽ちゃんに聞いた。
「お母さんが再婚するなら薬剤師になる必要はないって、どういうこと?」
「薬剤師になって、お金をたくさん稼いで、ママに楽をさせたかったの。ママは女手一つで私を育ててくれて、おしゃれもせずに、自分の服を買うよりも私の服を優先的に買って、毎日毎日仕事と家の往復だけで、どこにも遊びに行かず、家にいてもテレビすらろくに見ずに、家事だけやって寝る。そんな生活をパパが亡くなってから15年間、ずっとしてきたの。だから、私がたくさんお金を稼げるようになって、ママに楽をさせてあげて、もっともっと自分の時間を作ってほしかったの。それで色々調べていたら、薬剤師だったらそれなりに給与もいいし、頑張れば私だってなれるかなと思ったの。でも、そんなことより、再婚してもう一度その人と女として暮らす方が幸せじゃないかなと思うようになって、何より、いつかは私もこの家を出て行くわけだから、その時にママが一人ぼっちになってしまう。それを考えると、一緒に暮らしてくれる人を見つけるのが一番いいなと思っていたの」
和美さんは言葉もなく美羽ちゃんをみつめている。
「高部さんも高部さんだよ」
「え?俺?」
「この数か月、何してたのよ?もう数えられないくらいママとデートしてるのでしょ?」
「まあ、それなりに・・・」
「それで、どうしてママをその気にさせられないのよ!」
「そう言われても・・・」
「ママはどうなの?高部さんと会うことが楽しかったから、デートの誘いを断らずに会っていたのでしょ?本当は高部さんのことが好きなのでしょ?ママは生涯自分の旦那さんはパパだけだと言うけど、そんなこと言われたパパは辛いと思うよ。だって、自分はもういないのだから。ママと話すことも、抱きしめることもできない。ママを幸せにしてあげられないのに、生涯唯一の旦那さんだなんて言われたら、辛くて辛くて、どうしようもないよ。パパが可哀そうだよ」
和美さんがティッシュボックスからペーパーを抜き取り、目頭を押さえる。
「ママ、もう十分だよ。私をここまで育ててくれたことは本当に感謝している。だから、これからは自分のことも考えてよ。もっと自分に正直になってよ」
いきなり美羽ちゃんは立ち上がり、台所へ行ってタッパーを持ってきた。そしてテーブルに並んだ料理をタッパーに詰めだした。
「私、今日は友達のところに泊まるから、友達と一緒にこれを食べる。高部さん、今日は泊って行って」
「え?」
「いつもママが寝ている部屋にはパパの仏壇が置いてあるので、今日は私の部屋のベッドを使っていいから」
それだけ言うと、自分の部屋に入って、すぐに小さめのキャリーケースを持って出てきた。最初からそのつもりで、あらかじめ準備していたのだろう。
「じゃあ、お二人さん、頑張って!」
美羽ちゃんはそう言って玄関を出て行った。俺と和美さんが顔を見合わせていると、再び玄関が開いた。
「ママ、私のベッドを使ったら、シーツだけは交換しておいてね」
それだけ言うと、今度こそ出て行った。
重ぐるしい空気の中、食事を済ませると、和美さんが「シャワーを浴びてください」と言った。本当に泊まっていいのだろうか。半信半疑でシャワーを浴び、替わりに和美さんがシャワーを浴びている間に、俺は旦那さんの仏壇に手を合わせた。
美羽ちゃんの部屋に入り、ベッドに腰かけていると、シャワーを浴びた和美さんがやってきた。部屋の電気を消し、近づいてくる。
「初めて会った時、亡くなったあの人にそっくりで、ビックリしました。でも、不思議なんです。高部さんと会うたびに、あの人に似ていると思わなくなってきたんです。高部さんは高部さんなんです。私の中で、あの人に似ている人ではなくなったんです。最近では、亡くなったあの人の顔を思い出せなくなってきました。写真を見て、そうだ、こういう顔だと思うようになってしまったんです。いつの間にか、ふとしたときに思い出す顔は、高部さん、あなたの顔なんです」
俺は和美さんの手をとり、引き寄せた。
「私は、いつも和美さんの顔を思い浮かべています」
そういって、唇を寄せると、和美さんは静かに目をつむった。
長いキスのあと、俺は言った。
「もう同棲はしなくていいです。籍を入れて一緒に暮らしましょう。そして、もし私が、和美さんが思っていた男と違っていたら言ってください。その時は潔く離婚に応じますから」
「結婚するにあたって、私が高部さんに望むことは、ただひとつだけです」
「何ですか?」
「私を置いて、逝ってしまわないでください」
俺は和美さんを強く抱きしめた。
会ったばかりの高校生に「私のパパになって」と言われた 春風秋雄 @hk76617661
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