AIと仲良くしようよ

デリカテッセン38

AIという新たなツールに対する若者の意見に、昭和のオジサンが思う

 若者というのは、志高く、素晴らしいもので、その純粋な主張は清々しいものです。

 いわく、「AIは創作ではない!」、「AIは、誰かの作品のコピペであって、創作ではない!」、「AIイラストやAI小説は、自分は創作物として認めない!」。

 「近況ノートなどにAIイラストを貼り付けて得々としている人たちが、このカクヨムにいるのは、信じられない!」などなど。


 私などは、いい年寄りなので、

「行く川の流れ絶えずして、しかももとの水にあらず、だよねえ」

などと思って、創作の仕方も変わって行くのは時代だなあ、と韜晦しているのですが。


 *  *  *  *  *


 私が学生のころ、大学に提出するレポートは手書きが必須でした。

 東芝「Rupo(ルポ)」シリーズや、富士通「オアシス」シリーズ、NEC「文豪」シリーズなどのワープロ専用機は発売されていましたが、まだまだ「高値の花」で、一部のお金持ちな学生さんの持ち物でした。

 「読みやすさ」はレポートの評価基準の一つでしたけれども、ワープロ提出を認めてしまっては、お金の有無がそのまま反映されてしまって不公平、という認識であったのでしょう。


 昔の日本には、「清貧」という言葉があったものです。今では死語でしょうけれども。

 親の収入の有無が学生の提出物の評価につながっては、教育機関たる大学としていかがか、という意識があったのでしょう。


 それでも、私が卒業論文を作成する頃には、先生方も、ワープロ提出を受け付けてくれる様になっていましたので、貧乏学生だった私がバイトで稼いだお金で頑張って購入したワープロ君も、活躍の機会を得る事が出来たのでした。

 だって、ペンで原稿用紙に手書きするのって、時間がかかるんですもの!

 私も、いつも、銭には不足していましたけれども、「時は金なり」と言うではないですか?


 そうした頃に、後輩を、某メーカーのショウルームに案内してあげた事がありました。

 そうして、

「ワープロというのは、便利で、こう使うんだよ!」

と、即興デモをしてみせた訳です。

 ところが、漢字変換というのは、当時も今も、なかなか難ありで、しばしば、可笑しな当て字に変換してくれるのです。

 それを見て、後輩君、

「面白いですねえ!」

とケラケラと笑ってくれたものでした。

 ワープロ君、私に「先輩」として良い所を見せさせてちょうだいよぉ、と思ったものでしたね!


 漢字変換というのは、漢字辞書があって、そこに、或る「よみがな」と或る「漢字」の「関連づけ」が格納されていて、その「関連づけ」に従って漢字をコピペして来るのです。

 漢字辞書がより充実しているほどに、漢字変換は適切になっていきます。

 ワープロは、漢字変換を行いながら、同時に、漢字辞書の調整を行っているのです。

 それは、私の漢字の選択を「学習」していくということなのです。

 そして、最初からよく出来た漢字変換システムというのは、その漢字辞書が、適切に組み立てられていて、それは、多くの人の漢字選択を学習した結果なのでしょう。


 学校を卒業して就職した私は、職場で、本式にコンピュータと向き合う事になりましたが、ある時、フォントデータの分析という事をしてみました。

 「フォント」というのは、コンピュータが画面やプリンタなどに文字を出力する際の「字種」です。

 現在は「アウトラインフォント」というものが主流ですが、当時は「ビットマップフォント」でした。

 例えば、画面表示用のフォントであれば、16×16ドットのビットマップに、黒くする部分、白くする部分の情報が0と1で格納されていて、コンピュータは、画面に文字を表示するたびに、そのビット情報をコピペするのです。


 人間が紙に文字を書くのとは、原理が全然違いますね。

 人間は、常に、筆先から新たな図像を作り出しているのです。だから、同じ人間であっても、書いた文字は、厳密には1文字1文字違います(共通した性向はありますが)。


 現在の「アウトラインフォント」も、データの保持の仕方が違うだけで、根本原理は同じです。

 コンピュータを使って文字を画面に表示するというのは「コピペ」なのです。

 そうして、その「字種」であるフォントも、自分で作っている人などはほぼいなくて、ほとんどの人は、メーカーが作ったフォントを使っているはずです。


 私が社会人を始めた頃は、私が所属していたこうしたコンピュータ関連の会社であっても、就職のための「履歴書」は紙に手書きをするものでした。

 それが「礼儀」でした。

 ある時、上司が私に嘆息したものです。

「デリカくぅん! 近頃の学生は、履歴書をワープロで書いて送って来るんだよぉ! 嘆かわしいねえ!」

 私が上司に、

「駄目ですかね?」

と尋ねると、

「そりゃ駄目だよ。『履歴書』というのはだね!」

と、熱心に、手書きの価値を説明してくれたものでした。

 私はニヤニヤして、

「そうしたら、手書きした履歴書をスキャナで読んで、その画像をメールに添付して送って来たら、どうです?」

と尋ねたところ、

「デリカ君! 駄目~ェ!」

と苦笑されました。


 いかがですか、今?

「コンピュータの文字はコピペなんかだら、そんなもので書かれた書類には心がこもっていない、漢字変換システムで作られた文章は『創作物』ではない」

と言いますか、カクヨムで小説を書いている皆さん?


 今、情報伝達の手段として、文章やイラストは、多くの場面で必要とされます。

 そして、文章執筆にもイラスト作成にも、多くの時間がかかります。

 貴重な時間の消費を軽減して、必要な文章やイラストの作成を省力化できたならば、それは「悪い事」でしょうか?

 出来上がったものの良し悪しを判断するのは、その人です。

 そうして、その文章やイラストを受け取り、情報を読み取ったり、楽しさを享受したりするのも人間です。

 AIは、そうした人間の実務をサポートする新たなツールだと思っています。


 他人の文章やイラストを丸ごとコピッたりしたらばNGなのは、これまでだって同じ事です。

 自分のオリジナルの文章やイラストであっても、その意図や情報が他人に伝わらなかったら、それは「良い文章」、「良いイラスト」とは言えないでしょう。

 文章やイラストから成るコンテンツを、「良い物」に仕上げて他人に提示するのは、結局は人間の役割なのです。

 AIが作る程度の文章やイラストしか作れなかったら、それこそ、そんな人は「創作者」とは呼べないでしょう。


 時代と共に道具立てが変わって行くだけの話であって、AIを、頭から否定していては、逆にAIに負けていくだけではないでしょうか?


 *  *  *  *  *


 などと言いつつ、私、AIを全然活用できていません。

 乗り遅れているなあ……(汗)


[終]

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