地下室の中の南極大陸
もち雪
第1話
凍えるような気温の中、僕は体中から小さな、小さな息を吐き出す……。ふぅ……って僕の吐息のそれと、それが凍る音がする。キラキラともカチカチとも聞こえる音。
それと……凍った息の結晶が、キラキラと光輝き僕の前を覆う。
とても切ない輝きに、僕の頬をつたう温かい雫に僕は気付くが、それは凍る事がなくコンクリートの床に、美しいあとを残しただけで凍る事はなかった。
僕はまだ全然近づく事が出来ては居ない事に、胸が張り裂けそうに痛むだけだった。そんな時、ハァハァハアと熱い獣の息遣いに気付く。
辺りを探すと彼は、僕の斜め後ろから現れた、サファイアとトパーズ、その2つの宝石を瞳にあわせ持つ獣、彼はとてもシベリアンハスキーによく似ていた。
「おいで」
手を広げ彼を、もしくは彼女を待つ。仮に彼として……、彼は僕をその宝石の瞳で見つめると、僕に向かってやって来てくれる。
目に見える部分の、氷の極寒の世界から僕のもとへやってくる。
彼は僕の友達。
5歳の頃、この地下室へ迷い込んだ時から、僕の友達であり命の恩人で、僕がこの何も無い地下室で出逢う事の出来る何者か……。
厚い手袋を身に付けた僕は、彼の背の上へと手を乗せる。彼は僕の手に撫でられるように、僕の左側から後ろを回り、僕の右の脇、体と腕の間へと入り込んでくる。僕は少し不安定な姿勢になるが、僕は彼に逆らえない。それだけの魅力が彼にあり、存在だけが命の輝きだ。
先ほどの僕の息の結晶と比較にならないくらい。僕が彼に涙しないのは、彼がきっと気さくだから。何者も遠ざける美しい瞳のその奥で温かい光をたたえている。誰でもきっとよく見ればそれに気付くはず。
でも、彼は僕の前にしか現れない。それが僕の自慢であり、唯一、一番の寂しさ。僕は誰も彼もに、彼を紹介してまわりたい。でも……出来ない。
ここは僕の家の地下室であり、魔法使いの可能性を持つ者だけが行き着く所。
目をふせ過去に遡る、血の香りが辺りを染め……、彼がクーン……と、不安そうに呟く。僕はふたたび目を開けて、彼をなでる。
「心配しなくてもいいんだよ……僕は、今日も探しものをするだけ、きっと今日も帰ってこれる」
そうすると彼は2つの宝石で僕を見て、そしてゆっくり瞼を閉じた。
彼から探す旅の了承を得て、過去へと改めて旅立つ。観測を始めて何百年経つたのだろうか? 先祖たちは少しの驚きと出会えるだけで、何の進展も無いのは『初歩、その最初からその観測の仕方が、間違いだつたかからかもしれない』と最近誰かが言い出た。
無駄に長い会議を繰り返し、そこに居るだけから、悲劇の日を観測するように愚か者の末裔はなった。しかしそこには悲劇と、狂気しか未だ、見いだせていない。
そして地下室のまわりに寄せ集まり、生きる僕ら、末裔の日々も、それになっていると、お父さんが顔を覆いながら言うのを、僕は何度か聞いた事がある。
それでも僕はいつもの様に目をつぶると、少々の苛立ちが僕の体を包む。無能な人々の行列に苛立ちしかおきない。そうだ、アイツらの血を深く継いでるのだから仕方ない、私はローブをひるがえしてそこに立つ。
ここにはもうなにもありはしない。地下に南極など無いのだ。もう失われてしまった。血の匂い、ヘドが出る。
無能でしかないあいつらの血は、やはり醜悪でしかないのだ。むせ返る血の匂い。その中を歩き進む。そこは錬金術師の工房で、私と妹と半分しか血がつながっていない魔法使いたちの戯れの場所。だから必然的に目的は1つしかない。
それを作る為に、半分しか血がつながって居ないからと言って『生娘の血』『魔法使いの血』を使うとは思っていなかった。私を閉め出してまでおこなった結果がこれなのか!? 血の海と精霊の楽園につながる事のなかった道……。
これだけの為に、自分と半分血のつながっていた妹の血を使ったのか?
胸の奥に積もる熱く、硬い無力感と残虐性。しかし行動する前に会っておきたいかもしれない……。妹に……。そこで少しの人間性を取り戻しているのだろう……俺も……歩いた先、行き着いた先……。鈍く光るテーブルの上に置かれた妹……。さわった頬は冷たく、もう話す事は無いのだ。
クックックッアハハハ!! もういい始めよう。生き残りは探すがいい! アレ! 賢者の石へとたどり着くための後、一歩の煌めきを!! 私が用意してやろう! そこへ辿る道のりも、地下室の南極も!! そうだ探せばいい! 探せばいい! 愚かしいその人生の全てを使って!
その為に最後に私の体を使っても、必ず! 必ず! 必ず! そこまで辿り着く。
しかしそれはフェイク……、お前たちの妄執を糧に、妹を呼び起こすフェイク。妹の選んだ相手に前にのみ、現れる宝箱。それほど妹を完璧、完全に、素晴らしく呼び起こすには時間と魔力がかかる。
その後は妹次第。でも、彼女なら掴みとれるはず。
「さよなら、妹よ……、その伴侶と幸せおなり、夢出口はすぐそこ……さようなら」
そして僕は覚ます。過去へのダイブは、今日もうまくいかなった。そして彼はどこかに行ってしまったようだ。長年一緒にいるが、そんな事は今日が始めてだ。地下室の魔法も、一段とおぼろげになったようだし……もうすぐ彼とは会えなくなるかもしれない。
「あぁ……」私はため息をはくが、ため息のままだ。子どもの頃の夢や光は、もうここでは見られない。
魔力の衰え事態は感じていないし……、打つ手のない暗い未来について考えるのを辞めて、魔法と同じく素晴らしい外の空気を吸いに行こう。
振り返り、階段を重い足取りで上がって行く。
ーーそしてドアに手をかけた時。
「ねえ……」
今までにない、人間の女の子の声を聞き、僕は振り向いた。
終わり
地下室の中の南極大陸 もち雪 @mochiyuki5
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