論文代行-The Thesisdyder(テーシスダイダー)

加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】

才能は使い方次第

 いつもの喫茶店で、

 いつもの酸化銦事生錫インジウムスズ電光薄膜でんこうはくまくにらみつけ、

 いつもの文字鍵盤キーボードはじき、

 いつもの珈琲コーヒータバコむ。

 灰のまばらに散る木目調もくめちょうのテーブル上で、薄型電脳ラップトップをパタリ閉じる。

 今日も、四本書き上げた。


 無限量の発想アイデアと、


 速読と、


 速筆。


 それらが、俺の特殊能力サイノウだ。

 俺はそれらを駆使して、生計を立てている。

 生計を立てる、とは、何をすか。

 決して大きな声では言えないが……



 論文代行テーシスダイダー、だ。



 俺は、ここSエス市〈学園都市〉に集結する十数の大学の学生相手に、講義で課されるレポートや卒論といった論文の類の代打かたがわりをして、それ相応の対価を得ている。

 〈学園都市〉の主たる構成要素は、いわゆる中堅大だ。その本質は、申し訳ないが————Fラン。それも、文系が多い。つまり何が言いたいかというと、引き受ける論文のレベルはのだ。 数千から数万字程度の、単一論点ワンイシューの論文なら、おおよそ秒速五文字〉〉〉分速三百字〉〉〉〉〉〉時速一八〇〇〇字の速さで、執筆可能だ。

 たとえ卒論(もはや今となっては大学の卒業条件から卒論じたいが抹消まっしょうされている大学・学部・学科も多い)でも、自称中堅大Fラン文系のそれなら、情報源ソース収集や、論の構成・章立ての吟味ぎんみ、誤字脱字確認を含めても、ものの二、三時間で完了する。


 今、時計は午後九時前を指している。

 閉店まで約三十分、空席も増えてきた。

 さて、キリがいいことだし、今日は早めに引き上げ——


「あのぉ……」

 ——られないようだ。

 新規顧客。

 女子大生。

 身なりからしておそらくL女子大生。


「なんだ?」

 ハキハキと。

 ビジネスライクの返事。


「スキンヘッドの筋肉隆々きんにくりゅうりゅう……お兄さんあなたですよねぇ? 噂の、論文だいこ——」

 という女子大生の声をき消すように、

「シーッ!」と、俺は鼻先に人差し指を立てて制止すると、「要件を、手短に」と、尋ねる。

「卒論なんですぅ。ゼミの教授からは二万字以上って言われてますぅ」

「卒論か。テーマは?」

「まだぁ、ぼんやりしてるんですけどぉ、猶太人のぉ、映画産業発展、への寄与! みたいな感じで考えてたんですぅ」

「よし、『猶太人の映画産業発展への寄与』がテーマの卒論、二万字以上だな? 期日は?」

「来月のぉ、九日の二十三時五十九分が提出期限でぇ。その前日までにお願いできるとぉ、嬉しいんですけどぉ」

「なら十二月八日だな。午後八時引き渡しで、どうだ?」

「あ、全然大丈夫ですぅ。ちなみにお金ってどれくらいな感じですかぁ?」

 

 俺は、

 指を四本——親指サムのみを折り曲げ静止ステイ、女子大生のケバい目を凝視ステアする。


「いち、にぃ、さん、よぉん……四十万円ですかぁ?」と、驚愕の顔。

「四万だ」と、涼しい顔(スキンヘッドであるし)。

「そんなのでいいんですかぁ!? やったぁ! お願いしますぅ!」と、騒ぐので。

「シーッ!」と、再度静めて、「契約成立だ」と告げる。

「えっとぉ、何か注意点とかってありますかぁ? たとえばぁ、何か変更したい時とか——」

 という女子大生の不安混じりの声に俺は食い気味で、

「ルール其ノ一ナンバー・ワン、契約厳守。論文テーマの変更や、字数の変更は受け付けない。納品期日の変更も無し。いいな?」

「は、はい……。じゃあ、お願いしま——」

「ルール其ノ二ナンバー・ツー、名前は聞かない。また、お互いに、名乗らない。いいな?」

「は、はぁ……。じゃあ、おねg——」

「ルール其ノ三ナンバー・スリー、加筆修正不可。依頼主は、完成した論文に、いかなる変更マイナーチェンジすらも加えてはいけない。そのまま提出すること。いいな?」

「は、はい!」

「念を押すが……ルールは守る。絶対にだ。いいな?」

「はいっ!」

「テーマ、『猶太人の映画産業発展への寄与』。字数制限、二万字以上。納品日時、日扇日光にせんにっこう年十二月八日午後八時。引き渡し場所、師弟寒シテイサム珈琲。以上」

「いえっ、さー!」

「じゃあ、そこを退いてくれ。俺は帰る」


 俺は師弟寒シテイサム珈琲をあとにした。






 〆🧑‍🦲✨






 いつもの喫茶店、師弟寒シテイサム珈琲コーヒー

 いつもの珈琲、タバコ薄型電脳ラップトップ


 今日も早速一本、書き上がった。

 不備がないか、例のブツの詳細情報——これはL女子大生のぶん——に、で目を通す。




——————————————————

【顧客番号】

JS1967726


【依頼内容】

テーマ:『猶太人の映画産業発展への寄与』

字数制限:二万字以上

納品日時:日扇日光年十二月八日午後八時

引渡場所:師弟寒シテイサム珈琲


【完成品表題】

ハリウッド映画産業の草創期における猶太人の貢献

https://kakuyomu.jp/works/16818093090697784907


【目次】

序章 はじめに

 

第1章 猶太人メジャーの興隆と変遷

1-1 猶太人メジャー創業者

1-2 トーキーの台頭と金融資本の流入

 

第2章 猶太系大移民と映画との遭遇

2-1 アシュケナジムの大移動

2-2 アメリカでの映画の流行と猶太人

2-2-1 映画のニューヨークでの流行

2-2-2 映画の中心が東から西へ移る経緯

 

第3章 猶太人はなぜ映画産業で活躍できたのか

3-1 環境的要因

3-2 特性的要因

3-3 戦略的要因

3-3-1 劇場の近代化

3-3-2 スター・システムの起用

3-3-3 映画芸術科学アカデミーの設立

 

第4章 数字で見る映画と猶太人

 

終章 おわりに

——————————————————




 よし、これでいいだろう。


 まぁ、今度のは、今までのとは違う、がな。

 実を言うと、この冬に依頼を受けた卒論代行は、全て……




 ——てんこ盛りに、剽窃ひょうせつ盗作とうさく




 「してある」なんて言うからには、もちろん故意わざと、だ。

 ではなぜ、そんなことをするのか。

 俺がこれまで何百何千とやってきた論文代行テーシスダイダーには、真の目的がある。




 ——Fラン大学の撲滅ぼくめつ




 この国には、大学が、異常に、非情に、非常に、多い。

 学生の優秀性を伴うならば、その多さも、認められるだろう。

 だがしかし、ほとんどの場合、そんなことはない。

 とは、名ばかりだ。

 虚飾レッテルである。

 虚飾レッテルは、履歴書やエントリーシートESに書くためのものだ。




 ——日扇日光にせんにっこう年 三月 〈〈××大学〉〉 卒業


    なんて具合に。




 世の就活事情はというと、まだまだ大学新卒一括採用が主流だ。

 学生たちは、大事な講義やゼミ——何百万と学費をそそぎ込んだもの——を欠席してまで、企業面接や説明会に行く。

 これは社会全体の風潮、同調圧力、よく言えばと評する他なく、不可抗力的、構造的な問題としての側面が強く、個々の学生に全面の原因と責任をするべきではないが、事実として、そうだ。

 それも、一度や二度でなく、常習的に、そうだ。

 のために大学に来ているはずなのに、それをおろそかにするなど、由々ゆゆしき事態だ。

 というのも、学生たちは、大学という場所を、教育機関、の機関、ひいては就活予備校などと勘違いしている。

 誰に吹き込まれた、洗脳されたのかは知らないが……

 違う、違うぞ。

 大学というのは、その本質的性質を問うならば、『研究機関』である。

 勉強や教育は、研究に必要な大前提、スタートラインに立つ資格、素材、原料、発端、ブロック遊びの多種多様の部品パーツでしかない。

 かれたレールの上のお勉強、受動的教育を超越ちょうえつする、おのれきわめる何かがなければならない。

 ほんの些細ささいでもいいから、新しい論の一つ以上が、あってしかるべきだ。

 大学在学中に幾度いくどとなくされる論文の中でもとりわけ、卒業論文というのは、学部なら一般に四年間をかけて蓄積した経験と知恵を前提とした、自分独自の調査と研究の集大成、そうあるべきだ。

 だが、現実は、激しく乖離かいりしている。

 取得単位十分、かつ卒業論文が通れば、晴れて卒業。

 学生たちは、参入への切符としての、『大卒バッジ』が、のどから四肢ししと首とが出るほど欲しい、それだけのことだ。

 特に、Fランと揶揄やゆされる大学においては、それが普通、当たり前、跳梁跋扈ちょうりょうばっこしている、のだ。もちろん中には、優れた学生、学問研究的向上心のある学生もいるにはいるはず。その可能性を全否定するわけではない。どんな大学にもいるザル網目あみめの上という存在、その優秀な一握りに対して、烏合うごうしゅう百万学費ひゃくまんがくひという大枚たいまいを投資している、という肯定否定撞着どうちゃく見方みかたも、できなくはない。

 そこで、だ。




 ——撲滅だ。撲滅、撲滅、撲滅だ!




 俺は今冬こんとう、ここSエス市〈学園都市〉に集結する十数の大学の学生、六六六人の卒論を代行している。

 例年なら、を、規範にのっとった正式で正確な形で納品する。

 だが、今回は違う。

 六六六の論が全て、剽窃ひょうせつ盗作とうさく、パクリ、ドロボーだ。

 依頼主の学生どもは、そんなこと、知るよしもない。

 なぜなら、彼らはどうせ、他人おれ大傑作だいけっさくに目を通すことさえも、おこたっているからだ。事実、に疑問を感じて、連絡クレーム寄越よこした者は、ゼロだ。

 ちょっぴり同情はするが……


 俺の手で

 〈学園都市〉の四年生は

 壊滅する。





 〆🧑‍🦲✨





 日扇日光にせんにっこう年、年末某日。

 そろそろ、学園都市じゅうの大学で、卒論査読さどくが完了した頃だろう。

 俺は、おの出来高できだかをこの目で確認するべく……

 L女子大の公式HP、




 『重要なお知らせ』


 という青字をクリック、のぞいてみた。




———————————————


【重要掲示】


下記44の学生は、卒業論文内に

明確な剽窃・盗作が発覚したため、

強制退学処分とします。



      ≈



———————————————




 撲滅完了。

 次はどの地域を狙おうか。



   〈了〉

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