第20話 未来へ続く、物語の力

夏の終わりの朝。

空は高く、風には秋の気配が混じりはじめていた。

ひと夏の熱気がゆっくりと冷まされていくなかで、ハルの胸の奥には、

まだ“熱いまま”の想いが灯っていた。


今日は――「本を手渡す日」。


学校の図書館。

放課後の静かな空間に、ハル、ミオ、ユウキ、ピピ、そして図書館の司書の先生が集まっていた。


「本当に、ここに置いてくれるんですか?」


ハルが少し緊張した声で尋ねる。


先生は、やわらかくうなずいた。


「もちろんです。“ふしぎな放課後文庫”のみんなが心を込めて作ったこの本。

この図書館にとっても、宝物のような1冊になりますよ」


テーブルの上に置かれていたのは、完成した冊子『夢のかけらをひろいに』。

表紙にはミオが描いた空の島、背表紙にはピピのデザインしたロゴ。

ページをめくると、ハルの書いたストーリー、ユウキのセリフと小ネタ、

そしてミオの挿絵とスケッチ、読者への手紙、あとがきまでが丁寧に綴られていた。


“物語”だったものが、“本”という形になって、いま手のひらにある。


それが、どれだけ不思議で、うれしくて、少しこわくて、

そしてなにより誇らしいか――


その思いが、3人と1体の胸に静かに広がっていた。


寄贈式は、こぢんまりとしたものだった。

でも、それでよかった。


先生の前で、それぞれが一言ずつ感想を述べた。


「……ひとりで書いてた頃より、もっと“想像が広がる”ことがわかりました」(ハル)


「絵だけじゃなくて、物語に“流れ”を描くのって、楽しいって思えました」(ミオ)


「やっぱオレ、“物語を盛り上げる役”が好きだってわかった!」(ユウキ)


ピピも、ちいさな声でつぶやいた。


「ぼく、ハルたちの物語で“気持ち”というものを、たくさん学びました。

本は、記録だけじゃなくて、感情の“かたち”なんだと知りました」


司書の先生は、ゆっくりと本を手に取り、本棚の一角――

「創作作品」コーナーの中央に、そっと差し込んだ。


それは、まるで長い旅を終えた物語が、

ようやく“居場所”を見つけたかのようだった。


式が終わったあと、3人とピピは図書館の窓際の席に並んで座っていた。

沈む夕日が、ガラス越しに彼らを照らしている。


「……終わったね」


「うん。でも、“終わった”って感じじゃないな」


ユウキが、ぽつりと呟く。


「むしろ、ここからが本当のスタートかも。

だってこの本、これから“誰かの手に渡る”んだよ?」


「知らない誰かが、ページをめくって……

笑ったり、泣いたりしてくれるかもしれない」


ミオの声は、どこか未来を見ていた。


ハルは静かに目を閉じて、思い返していた。


はじまりは、ひとりきりだった。

自分の世界を、ノートにだけ書き留めていた日々。

そこにピピがやってきて、「物語ってなあに?」と尋ねてくれた。


ユウキが、ノートを読んでくれて、「面白い」って言ってくれた。


ミオが、絵で感情を表してくれて、ハルの物語に色がついた。


みんなが少しずつ、自分の“好き”を出し合って、ひとつの世界が生まれた。


そしていま、それが誰かに届こうとしている。


「……ありがとう、みんな」


ハルが静かに言うと、ミオもユウキも笑ってうなずいた。


「次の物語、なににする?」


「ホラーもやってみたいって思ってたんだよな~」


「じゃあ、ミステリーと組み合わせたらどう?」


「ぼく、“こわい話の中のやさしい光”ってテーマ、提案します!」


誰もが、前だけを向いていた。


未来はまだ白紙だ。

でも、その白紙のページに、物語を描ける筆は――たしかに、彼らの手にある。


その夜、ハルの部屋の窓辺。

物語ノートの最後のページに、彼はこう書いた。


『ふしぎな放課後文庫』――第一冊、完成。


これは、ぼくたちのはじめての旅だった。

ひとりで描きはじめて、仲間に出会って、

声を出して、受け取ってもらって、

そして、また誰かに“つなぐ”ことができた。


物語には、終わりがある。

でも、想いが残るかぎり、次の誰かがそれを“始まり”にする。


だから、これからも書こう。

描こう。届けよう。


世界には、まだ出会っていない“誰かのための物語”がある。


未来へ――続いていく。


ハルはページを閉じ、そっと目を閉じた。

そこに浮かんだのは、ふしぎな島の空の色。

物語が生まれたときの、あのやさしい色だった。


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アイとふしぎな物語ノート Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

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