第19話 文庫をつくろう! 夏休み特別編集会議
蝉の声が響く朝。
夏休み初日のハルは、いつものように少し早起きして、机に向かっていた。
机の上には、これまでと違うノート。
“ふしぎな放課後文庫・編集ノート”と書かれた新しい一冊。
表紙には、ミオが描いてくれた小さなロゴマーク――
空を飛ぶ本の中から、夢のかけらが舞い上がっている。
「さて、今日から“本づくり作戦”、始動ですね!」
ピピがハルの肩の横でくるくる回りながら、意気込みたっぷりに言った。
「……ねえピピ、本って、どうやって作るんだろう。
ただ物語をまとめるだけじゃ、足りない気がしてて」
「そうだね。ぼくも調べてみたよ。“本をつくる”って、物語の“外側”を決めることなんだって」
「外側……?」
「うん。“表紙”や“目次”だけじゃなくて、“あとがき”“まえがき”“読者への言葉”“プロフィール”……。
それら全部が、“物語の入り口と出口”なんだってさ」
ハルは、そっと手を止めた。
物語を書き終えたとき感じた、あのぽっかりとした余白――
それが「まだ何か伝えたかった気持ち」だったのかもしれない。
午後、児童館の工作室。
“ふしぎな放課後文庫”メンバー全員が集まり、ノートと資料をテーブルに広げていた。
「というわけで……今日から本格的に編集に入ります! 名づけて“夏休み特別編集会議”!」
ユウキがいつものように声を張ると、ミオが小さく笑った。
「テンション高いね、今日も」
「だって、テンション上げないと“地味な作業”に眠くなるだろ?」
「それを言う……」
ハルは苦笑しつつ、プリントアウトされた本文を取り出した。
「まず、目次の順番を整理しよう。
どこにイラストを入れるか、ユウキのセリフコメントを挟むか、全体の“リズム”を見ておきたい」
「……編集者って、大変なんだね」
ミオがそう言いながら、自分のスケッチブックをめくる。
「でもね、私もやってみたかった。
“挿絵”じゃなくて、“読者がそのページをめくるタイミング”で出てくる“しかけ”みたいな絵。
たとえば――」
彼女が見せたのは、白黒で描かれた“夢の欠片が流れ落ちる”ページ。
イラストの流れに合わせて、文字の位置が下へ下へと続いていくデザイン。
まるで文字自体が“落ちて”いくようだった。
「……これ、いい」
ハルは素直にそう呟いた。
「ただの挿絵じゃない。“読む”と“見る”が一緒になってる」
「それ、“視覚演出”っていうらしいぜ。図書館の人が言ってた」
「ユウキ、さすが!」
ピピがくるっと一回転して拍手風の動き。
その後も、話し合いは続いた。
●「まえがき」は、ハルが担当することに。物語をはじめたきっかけを綴る。
●「あとがき」は、3人で一言ずつメッセージを書く形式に。
● 表紙ロゴはミオが清書し、カラーに。
● ユウキは「登場キャラ解説」と「人気セリフ投票ページ」を提案(そして即採用された)。
「なんか……本って、読まれる前に、たくさんの気持ちを詰め込む場所なんだね」
ハルがぽつりとつぶやいた。
「うん。“本をつくる”って、“気持ちを届ける”ことなんだよ」
ミオの声は、やさしく響いた。
作業が一段落したころ。
ユウキが、おもむろにポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
「……実は、オレ、あれから書いたんだ。“読者への手紙”ってやつ」
「え?」
「展示会のあと、“ぼくも物語を書きたい”って言ったあの子。
その子に、手紙のようなものを残したくて。
作品の最後に、載せたいと思ってるんだ」
そう言って、紙を開く。
君へ
物語は、君が想像した時点で、もうはじまってる。
うまく書けなくても、ヘタだと思っても、気にしないで。
それでも書きたいと思ったなら、それが“本当のスタート”だ。
君の物語が、君のペースで育ちますように。
そして、またどこかで、読ませてね。
ミオが目を細めて頷き、ハルは、ページの余白にその手紙の一文を写し取った。
日が落ちかけるころ、3人とピピは並んで空を見上げていた。
「……あともう少しで、完成だね」
「うん、でも“この物語が終わる”って感じは、しない」
「たぶん、“本になる”ってことは、ここからまた“誰かの中で動き出す”ってことなんだよ」
ピピがそっと言った。
「それって、わくわくするね」
その言葉に、みんながうなずいた。
夜、ハルは編集ノートを開いて、こう書いた。
本をつくるって、“終わり”じゃなくて“次の旅の準備”だった。
ページの中には、まだたくさんの物語のタネが眠ってる。
この夏、ぼくらはひとつの地図を描いた。
さあ、次は誰の手に渡るんだろう?
その隣に、ピピが小さく描いた。
星空の下、アルが本を手に、笑っている絵。
次回予告:
第20話「未来へ続く、物語の力」〈最終話〉
完成した本を、手渡す日がやってくる。
校内図書館での寄贈式。
読者の言葉、先生のまなざし、そして……自分たちの胸に残る“気持ち”。
「また書きたい」「また届けたい」――そう思えたとき、物語は終わらない。
ハル、ミオ、ユウキ、そしてピピ。彼らの物語は、未来へ続いていく。
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