ページ4『猫探しと肺の病と新たなメニューと』

11 魔女の依頼をはじめました


「よし! 修業も終わりましたし、今日からビシバシ働きますよ!」


 腕まくりをして気合十分。

 しかしこの直後にわたしは絶望するのでした。


「ノルさぁ~ん、ひとっこひとりお客さんが来ません!」

「うん。だってきのうまで店閉めてたし。──あ、俺にもホットジンジャーちょうだい」


 きのうまでのぽかぽか陽気はどこへやら。

 窓から冷たい風が吹き込む本日正午のことです。

 ぴゅうぴゅうと唸りを上げる窓を閉めてノルさんと一緒にホットジンジャーをすするわたしは、客足の乏しさに嘆いていました。


「これがいわゆるオープン開始一週間後の悲劇というやつですよ……」

「いや、悲劇つうっか、まあ……提供できる料理が少ないからな……。そりゃあ客も来なくなるだろ」

「それは三日前までですぅー」


 パスタ料理が増えたのです。

 オムライス一本勝負のときは違うのです。

 これだけ豊富なラインナップならば、お客さんもメニュー選びに心躍るはずっ!

 そのように伝えると、ノルさんに「え……」って顔をされました。え、って。


「ほかに作れるもんはないのか?」

「そうですねぇ。ここでは湖魚こぎょも手に入りませんし……。作るにしても後はサンドイッチなどの軽食になりますが」

「よし、とりあえずそれも追加しておきなさい」


【季節野菜のサンドイッチ】

 新たなメニューを書き足して、わたしはホットジンジャー片手に再度吐息を落とします。


「こうなったら魔女の依頼でも受けますかね……」

「魔女の依頼?」

「ノルさんも知っての通り、わたしは魔女ですから。探しものとか、獣退治とか。そういうお仕事を受けるのも一つの手だと思うんですよ。というか、このままだとここの月々の支払いが滞ります」


 初月だからといって大目に見てくれると思ったら大間違い。

 お支払いはきっちりお願いしますね、と侯爵家の使いの方から強めに言われています。

 どうにかお金の工面をしなくては。


「おまえはいいのか、それで。料理屋としてじゃなくて魔女の店として有名になっちまうよ?」

「この際、手段は選んでいられません!」


 大事なことなので二回言いますけど、どうにかお金を工面しなくては。切実に。


 そんなわけで、さっそくわたしは表の看板に、『お困りのかたは格安で承ります。獣退治に猫探し。お気軽にご相談ください』と書きました。

 すると、二十分後。

 からんころんと玄関の鐘が鳴って、おばあさんが店に入ってきました。


「こんにちは。ここは魔導師さんのお店であっているかしら」


 上品な笑顔。仕立てのよい服。左の中指にはエメラルドの指輪。

 これは間違いなく裕福なお宅に住む、お金持ちのおばあさんだとわたしの勘が告げています。

 なぜなら、エメラルドだから。

 それ以外に理由はありません。


「はい、あっていますよ。氷の魔女〈ロゼットの料理工房アトリエ〉はこちらです」


 おばあさんに椅子をすすめて、わたしもその真向かいの席に座ります。

 依頼を聞きますと、なるほど、なるほど猫探しですか。ふむふむ。


「こち……ごほっ、こちらを」


 おや、風邪でしょうか。

 今日は寒いからですからね。

 おばあさんは軽く咳き込んでからカバンを開けて紙を取り出すと、わたしに渡してくれました。

 四つ折りの髪を広げると、なんとも美人な猫さんが。

 綿毛のようにふわふわとした白い毛並み。茶色の靴下を履いた猫の絵が描かれていました。


 名前は、シュクレちゃん、というのですね。

 かわいい名前です。

 紙のすみっこに書いてある名前を見て、わたしの中では瞬時にお姫様のイメージが固まりました。


「報酬ですが、金貨一枚でお受けできます」


 紙を折りたたんでわたしが言うと、なにやら横から熱い視線が。

 え? ふっかけすぎだって?

 ノルさん、いまは商談中なので大人しくしていてください。

 おばあさんはゆっくりと頷くと、笑顔で席を立ちました。


「では、お願いします。猫ちゃんを見つけたら、そちらの紙に書いてある住所までお願いいたします。お代はそのときに」

「はい、たしかに。氷の魔女ロゼッタがお受けいたしました。あなたに火の加護がありますように」


 これ、一度言ってみたかったセリフなんですよね。

 かっこよくないですか?

 あなたになんとかの加護があらんことを、とか。物語の主人公って感じで心躍ります。

 ですので、少しばかり得意げにセリフをキメてみせると、またもやノルさんの熱視線が送られてきました。痛いです。


「それでは」


 おばあさんはぺこりと頭をさげると玄関から出ていきました。

 すぐにノルさんの声が飛んできます。


「おま、金貨一枚とかふっかけすぎ! たぶんそれ大金だろ?」

「そうですね、リンゴが六百個ほど買える金額でしょうか」

「なんでリンゴ換算なの?」


 それがいちばんわかりやすいからです。


「……まあいいや。ところでさ」

「?」

「さっき婆さんが言っていた『魔導師』ってのはなんだ? 魔女とは違うか?」

「同じですよ。魔法を生業なりわいにするヒトのことを『魔導師』というのですが、わたしのようにお店を開いて依頼を受けたり、軍に入って国に仕えたり……。ヒトによっていろいろですけど、魔導師は希少なので、すごく稼げる職業なんですよ。魔女、というのは単にそれの別称です。古い時代の女性魔導師の呼びかたですね」

「ほーん。つまりロゼは『魔導師』で、すげー稼げる職業だから、あんな大金をふっかけてたってわけか」

「ふふふっ。このわたしに感謝してくださいね? これで夜ご飯は豪勢なチキンの丸焼きが食べられますよ!」

「おまえ、ほんとトリ好きだよなぁ」


 チキンは味よし、価格よし、量よしの、庶民を救済するコスパ食材なのです。


「さあ、猫探し。がんばりますよ!」


 やるぞー! と天井に向かって拳を突き上げ、わたしは猫探しを開始しました。

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2025年12月11日 18:13
2025年12月12日 18:23

氷の魔女の料理屋さん~師匠を探してモフモフな食堂を始めました~ 遠野イナバ @inaba-tono

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