賢い青年とちからもちの農夫たち(短編)

桶底

それぞれのしごと

むかしむかし、草のにおいがただよう広い村に、ひとりの青年がやってきました。

青年は町の学校で勉強をたくさんして、字も数字も上手に書ける、たいへんかしこい若者でした。


「わたしは、収穫がどれくらいになりそうかを調べにきたんです」

青年は、紙とペンを手に、畑を見ながらメモをしていました。


そのとき、畑でくわをふるっていた大きな手の農夫が、にこにこしながら声をかけました。

「やあやあ、わけぇの。そんなとこで立ってないで、こっちで手伝ってくんろ。野菜っちゅうのは、手をかけてやらねば育たねぇだよ」


青年は首をふって答えました。

「それはあなたたちの仕事です。私は数字を見て、計算するために来たのです」


農夫はちょっと笑って、くわをふり上げました。

「なるほど、そういうことなら、おらはおらのやることをやるまでだ」


青年はそのあとも、何日も村じゅうの畑をまわって、数字を書きつづけました。

でも、頭の中はどこか、もやもやとしていました。


「どうしてだろう。どの畑も、どこか手が足りていないような気がする……」


そんなある日、集会所で書いた紙をまとめていると、あの農夫がやってきました。

手にはくしゃくしゃの紙と黒い炭。にこにこして、こう言いました。


「おらも今日から記録係だ! あとは数字を書いて、神さまにお祈りするだけだな!」


青年はあきれて言いました。

「そんなもの、まねごとです。字も読めないのに、何ができるんです?」


でも、そのあとも次から次へと、農夫たちが「自分も記録する!」と紙と炭を持って集まってきました。まるで、数字を書けば作物が実るとでも思っているようでした。


「まったく……誰が畑を耕すんだ?」


そのとき、小さな農夫の子どもが言いました。

「誰も働かないなら、収穫はゼロになるよ」

「ゼロだと……?」


青年はノートとペンを地面に落とし、畑へと駆け出しました。自分が働かなければいけないと、使命感を抱いたのです。

かたくなった土を、ひ弱な腕でスキを使って耕します。でも、うまくいきません。手の皮はすぐに剥けますし、スキは思うように動きません。


それを見ていた農夫たちは、そっと立ち上がり、ひとり、またひとりと畑へ戻っていきました。


「わけぇの。おめぇさんの手じゃ、土は泣いちまうだよ」

「おらたちがやる。数字のほうは、あんたに任せるべ」


青年は、よろよろと立ち上がり、集会所に戻りました。けれどそのとき、あの子どもがペンと紙を持って追いかけてきました。


「お兄ちゃん、これ。ぼく、字が書けないから……教えて?」


青年はふと笑い、子どもの頭をそっとなでました。

「いいとも。いっしょに学ぼう。そして、できることをやろう」


それから青年は、農夫たちの畑をまわって記録をつけ、間違っていたら直し、手入れの仕方も数字と照らして助言しました。

そして子どもたちには、文字や計算を教え、ノートのつけかたをいっしょに学びました。


農夫たちは、前よりうんと効率よく働けるようになり、畑はぴかぴかに整い、野菜もお米も元気に育ちました。


その年の収穫は、これまででいちばん多かったといいます。


そして村では、勉強が得意な人も、働きものの人も、子どもも大人も、みんなが「自分にできること」を見つけて、手をたずさえて生きていったのです。

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賢い青年とちからもちの農夫たち(短編) 桶底 @okenozoko

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