第19話 『文化祭の余韻と休日の街』

 文化祭が無事に終わってから一夜明けた日曜日。秋の陽射しが柔らかく降り注ぐ街は、穏やかな休日の空気に包まれていた。校庭に響いていた祭囃子や笑い声、提灯の揺れる光はまるで夢のようで、昨夜までの緊張感が嘘のように遠く感じられた。私は生徒会長としての責任からようやく解放され、久しぶりにリラックスした気分で街に出ていた。文化祭の成功はもちろん嬉しかったけど、裏で起きたあの不気味な事件――古い提灯に隠された装置や、行方不明の女子生徒の伝説――はまだ私の頭の片隅に残っていた。あの事件を解決できたのは、風間くんの協力があってこそだった。彼の冷静な判断と、時に見せる意外な行動力には、改めて感心させられた。そんなことを考えながら、私は駅前のショッピングモールで風間くんと待ち合わせをしていた。文化祭の片付けが一段落した後、


「たまには息抜きしようよ」


と私が半ば強引に誘ったのだ。風間くんは最初、


「いや、俺、買い物とかあんまり…」


と渋っていたけど、「生徒会長命令よ!」と押し切ったら、しぶしぶ了承してくれた。まあ、彼のそういう真面目でちょっと気弱なところ、嫌いじゃないんだけど。モールの入り口で時計を見ると、約束の時間まであと5分。風間くんのことだから、絶対遅刻しないで来るだろうな、なんて思っていると、案の定、遠くから彼の姿が見えた。ジーンズにシンプルな白いシャツ、肩に小さなかばんを掛けたラフな格好。でも、いつもより少し髪を整えてる気がする。ふふ、ちょっと気合い入れてきた?


「おはよ、風間くん。時間ピッタリね、さすが。」


 私は笑顔で手を振った。


「お、おはよう、会長。…って、こんな時間にモールって、なんか用?」


 彼は少し緊張した様子で、いつもの生徒会室での落ち着いた口調とは微妙に違う。文化祭のドタバタを一緒に乗り越えた後なのに、プライベートだとちょっとよそよそしいんだから。


「用って、ただのウィンドウショッピングよ。文化祭でバタバタだったでしょ? たまには息抜きしないと、私たち燃え尽きちゃうわ」


 私は軽く肩をすくめて、モールの入り口に向かって歩き始めた。


「ほら、行くよ!」


 風間くんは少し慌てた様子で後ろをついてきた。


「いや、でも、俺、買い物ってあんまり慣れてなくて…何見て回るの?」

「何でもいいじゃん。服とか、雑貨とか、カフェでなんか美味しいもの食べるとか。ほら、せっかくの休日なんだから、楽しまなきゃ損よ」


 私は振り返ってニヤリと笑った。


「それとも、風間くん、私と一緒に歩くの嫌?」

「え!? いや、そんなことないよ! ただ、なんか…こう、普段と違うから、ちょっと…」


 彼の顔がみるみる赤くなり、言葉が詰まる。ふふ、ほんとわかりやすい。


「ふーん、普段と違う、ねえ。じゃあ、今日は特別に、私のこと『会長』じゃなくて、名前で呼んでみてよ。すみれ、でいいから」


 私は立ち止まり、彼の顔をじっと見つめた。


「え、名前!? いや、でも、会長は会長だし…急にそんなの、変じゃん!」


 風間くんは目を丸くして、明らかに動揺してる。手をバタバタさせて、まるで逃げ場を探してるみたい。


「変じゃないわ。プライベートなんだから、堅苦しいの禁止! ほら、言ってみなさい。す・み・れ」


 私は一歩近づいて、わざと少し意地悪な口調で言った。


「う、う…す、すみれ…さん?」


 彼は顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声でなんとか絞り出した。いや、なんで「さん」つけちゃうの! そこまで照れなくていいじゃん!


「ぶっ! 『さん』って何!? 風間くん、ほんと真面目か! いいよ、今日は私がその堅苦しさ、ぜんぶ崩してあげるから!」


 私は思わず笑い出して、彼の肩をポンと叩いた。


「ほら、行くよ、風間くん! いや、待てよ、名前で呼ぶなら私も風間くんの本名で呼ぼうかな。ねえ、悠斗くん?」

「うわ、ちょっと、会長! いや、すみれ…! やめて、名前で呼ぶの、なんか恥ずかしいって!」


 彼は完全にパニック状態で、頭をかきむしりながら後ずさり。もう、めっちゃ可愛い反応!


「ふふふ、悠斗くん、顔真っ赤よ。文化祭で幽霊の影追いかけてた時より、よっぽど焦ってるじゃん」


 私はもう我慢できなくて、クスクス笑いながら彼をからかった。


「ほら、もっと自然に呼んでみなよ。すみれ、って。簡単でしょ?」

「うう…わかったよ、すみれ…」


 彼は諦めたようにため息をつき、ようやく私の名前を少しハッキリ呼んだ。でも、目線は完全に床に落ちてる。ほんと、こういうとこ、めっちゃいじりがいがあるんだから。


「よーし、合格! じゃあ、今日は一日、すみれって呼ぶこと。約束ね!」


 私はウインクして、彼をモールの中に引っ張り込んだ。


 モールの中は、休日の家族連れやカップルで賑わっていた。色とりどりのディスプレイ、キラキラしたアクセサリーや服の並ぶショップ、甘い匂いが漂うカフェ――文化祭の喧騒とはまた違う、街の活気が心地よかった。

 私はまず、雑貨屋のウィンドウに目を奪われた。カラフルなキーホルダーや、動物モチーフの小物が並んでいて、なんだか文化祭の装飾を思い出させる。


「ねえ、悠斗くん、これ見て! この猫のキーホルダー、めっちゃ可愛くない?」


 私はガラス越しにキーホルダーを指さして、振り返った。


「え、うん…可愛い、かな?」


 彼はキーホルダーをチラッと見て、ちょっと困ったような笑顔。ほんと、雑貨とか興味なさそう!


「ふーん、悠斗くんって、こういうの興味ないタイプ? じゃあ、どんなの好き? ほら、教えてよ。私、知りたいなー。」


 私はわざと少し甘えた口調で言って、彼の反応を観察した。


「いや、別に…興味ないってわけじゃないけど、うーん…実用的なもの? ペンとか、ノートとか…」


 彼は真剣に答えてるけど、なんかめっちゃ無難! もうちょっと面白い答え期待してたのに!


「ペン!? ノート!? 悠斗くん、ほんと真面目すぎ! せっかくのウィンドウショッピングなんだから、もっと冒険してみなよ。ほら、例えば…このキラキラのストラップ、悠斗くんに似合いそうじゃない?」


 私はわざと派手なピンクのストラップを手に取り、彼の目の前で振ってみた。


「え、ピンク!? いや、絶対似合わないって! すみれ、からかってるでしょ!」


 彼は慌てて手を振って、顔がまた赤くなってる。もう、反応が分かりやすすぎて、からかうのやめられない!


「ふふ、冗談冗談! でもさ、こういうの持つと、ちょっと気分上がるよ。文化祭の準備でバタバタだった分、なんか楽しいことしないとね。」


 私は笑いながら、ストラップを元に戻した。


「よし、次は服の店行こう! 悠斗くんに似合う服、選んであげる!」

「服!? いや、俺、服はこれで十分だし…」


 彼は自分の白いシャツを指さして、必死に抵抗してる。でも、私はそんなの無視して、彼の手を引っ張ってアパレルショップに突入した。


 服屋は、トレンドのスウェットやジャケット、色とりどりのシャツが並ぶ明るい店内だった。店員さんが「いらっしゃいませー!」と元気に声をかけてくる中、私はさっそくメンズコーナーに突進。風間くん、いや、悠斗くんは後ろでオロオロしながらついてくる。


「ねえ、悠斗くん、このジャケットどう? ちょっとカジュアルだけど、かっこいい系。文化祭のステージで着てたら、女子にモテそうじゃない?」


 私はダークグリーンのジャケットを手に持って、彼に押し付けた。


「モ、モテるとか関係ないって! ていうか、俺、こんなの着ないよ…普段ジーンズでいいし…」


 彼はジャケットを受け取りながら、めっちゃ照れてる。ほんと、こういう反応、めっちゃ楽しい!


「ふーん、じゃあ、私が選んだ服、試着してみてよ。生徒会長命令! ほら、試着室そこ!」


 私は彼を試着室に押し込み、ジャケットと一緒にチェック柄のシャツも渡した。


「着たらちゃんと見せてね!」

「う、うそ、ほんとに着るの!? すみれ、ちょっと待って…!」


 彼は試着室のカーテンの向こうでブツブツ文句を言ってるけど、ちゃんと着てくれるみたい。数分後、カーテンがそっと開いて、悠斗くんがジャケット姿で出てきた。


「お、似合うじゃん! 悠斗くん、めっちゃイケメン!」


 私は手を叩いて、わざと大げさに褒めた。実際、ダークグリーンのジャケットは彼の落ち着いた雰囲気に合ってて、なかなか良かった。


「や、やめてよ、すみれ! そんな大声で…」


 彼は顔を真っ赤にして、周りをキョロキョロ。店員さんがクスクス笑ってるのを見て、さらに恥ずかしそうにしてる。


「ふふ、照れなくていいじゃん。ほんと、いい感じよ。ねえ、写真撮っていい? 文化祭の思い出アルバムに追加しましょ!」


 私はスマホを取り出して、カメラを構えた。


「え、写真!? ダメだって! 絶対ダメ!」


 彼は慌てて手を振って、試着室に逃げ込もうとしたけど、私はすかさずシャッターを切った。


「はい、撮れた! 悠斗くんのイケメン試着姿、永久保存版!」


 私はスマホを掲げてニヤニヤ。もう、彼の反応が可愛すぎて、からかうのやめられない!


「すみれ、ほんとやめてって! それ、誰かに見せる気でしょ!」


 彼は試着室から顔だけ出して、必死に抗議してる。もう、めっちゃ必死!


「ふふ、誰にも見せないわよ…多分ね。ほら、脱いで次行くわよ! 今度はアクセサリー見ましょ!」


 私は笑いながら、彼を次の店に連れ出した。


 一通り服屋で遊んだ後、さすがにちょっと疲れてきたので、モール内のカフェに入ることにした。カフェはガラス張りの明るい店内で、木のテーブルにカラフルなクッションが並んでいて、なんだか落ち着く雰囲気。私は抹茶ラテ、悠斗くんはアイスコーヒーを頼んで、窓際の席に座った。


「ふう、久々にこんなリラックスした時間過ごしたな。」


 私はラテを一口飲んで、窓の外の街並みを眺めた。


「文化祭、ほんと大変だったわね。幽霊の噂とか、装置とか…今思えば、夢みたい」「だろ? 俺、あの地下室の影見た時、ほんと心臓止まるかと思ったよ」


 悠斗くんはコーヒーを飲みながら、ちょっと苦笑い。


「でも、すみれが冷静だったから、なんとか乗り切れたんだよな。さすが会長」

「ふふ、でしょ? でも、悠斗くんも結構活躍してたじゃん。あの装置の配線切るの、めっちゃ素早かったし」


 私はニコッと笑って、彼を少し持ち上げた。


「いや、俺なんて…ただ、すみれの指示に従っただけだし…」


 彼は照れくさそうに頭をかいて、コーヒーカップを見つめてる。ほんと、褒められ慣れてないんだから。


 「ねえ、悠斗くん。文化祭の話もいいけどさ、今日はプライベートなんだから、もっと普通の話しようよ。例えば…好きなタイプとか!」


 私はわざと少し意地悪な笑みを浮かべて、彼の反応を待った。


「ぶっ! 好きなタイプ!? すみれ、なんで急にそんな話!?」


 彼はコーヒーを吹きそうになって、慌ててカップを置いた。もう、顔真っ赤!


「ふふ、だって気になるじゃん! 悠斗くん、普段真面目だけど、絶対なんか面白い好みありそう。ほら、言ってみなよ。優しい子? クールな子? それとも…私みたいなタイプ?」


 私はわざと身を乗り出して、彼をじーっと見つめた。


「う、うわ、すみれ、やめてって! そんなの…急に言われても、わかんないよ!」

 彼は完全にパニックで、テーブルに突っ伏しそうになってる。もう、めっちゃ可愛い!


「ふふふ、悠斗くん、ほんと反応面白いね! じゃあ、逆に私がどんなタイプ好きだと思う? 当ててみて」


 私はさらに攻め込んで、彼をからかい続けた。


「え、すみれの好きなタイプ!? いや、俺、そんなの…うーん、頭いい人とか? リーダーシップある人とか?」


 彼は必死に考えながら、チラチラ私の顔を見てくる。なんか、めっちゃ真剣に答えてる!


「ふーん、悪くない答えだけど、ちょっと無難すぎ! まぁ、今日は許してあげる。ほら、もっとラテ飲んでリラックスしてよ、悠斗くん」


私は笑いながら、自分の抹茶ラテを手に持った。


 カフェを出た後、私たちはモールの屋上にある小さな公園エリアを散歩した。秋の風が心地よく、遠くに街のビル群が見える。文化祭のバタバタから解放されて、こんな風に悠斗くんと一緒に過ごす時間、なんか悪くないな、なんて思った。


「ねえ、悠斗くん。今日、楽しかったでしょ? ほら、素直に言いなさい」


 私は彼の隣を歩きながら、軽く肘でつついた。


「う、うん…楽しかった、よ。すみれとこうやって歩くの、なんか新鮮だったし」


 彼はちょっと照れながら、でもちゃんと私の目を見て言った。なんか、こういう素直なとこ、嫌いじゃない。


「ふふ、だろ? じゃあ、次はもっと面白いことしようね。映画とか、遊園地とか! 悠斗くん、私のことちゃんと『すみれ』って呼べるようになったら、もっと楽しいとこ連れてってあげるわよ」


 私はニヤリと笑って、彼をまたからかった。


「え、また名前で!? すみれ、ほんと容赦ないな…」


 彼はため息をつきながら、でもどこか楽しそうに笑ってた。


「ふふ、だって、悠斗くんのそういう反応、めっちゃ楽しいんだもん! これからもいっぱいからかってあげるから、覚悟しなさい!」


 私は笑いながら、彼の肩をポンと叩いた。夕陽がモールのガラスに反射して、オレンジ色の光が二人を包んだ。文化祭のドタバタを一緒に乗り越えた仲間として、こうやって笑い合える時間が、なんだかすごく大事に思えた。私は心の中でそっと呟いた。


「次も、悠斗くんと一緒に、どんな事件でも乗り越えちゃおう」

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「今日から俺は生徒会の犬!?」 tai-bo @taisetu

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