第18話 幽霊の仕業?
文化祭当日の夕暮れ。校庭は、色とりどりの提灯と屋台の喧騒で活気に溢れていた。焼きそばの香り、ポップコーンの甘い匂い、ステージから響く軽音楽部の演奏――生徒たちの笑顔と笑い声が、秋の夜を温かく彩っていた。私は生徒会長として、運営の最終確認に追われながら、校内を巡回していた。表面上、すべては順調だった。しかし、胸の奥に引っかかる不穏な予感は、昨夜の事件――不審な男子生徒が仕掛けた妨害装置の一件――以来、消えることがなかった。あの事件は、単なるクラス間の競争心や軽い悪意では片付けられない何かだった。外部の人間が関与していたこと、そしてその目的が文化祭の混乱を狙ったものだった可能性は、私の警戒心を一層強めていた。校庭の賑わいを見ながら、私は静かに呟いた。
「この文化祭、本当に無事に終わるのか…?」
その時、風間くんが私の隣にやってきた。彼はいつもの落ち着いた表情だったが、どこか緊張感が漂っているように見えた。
「会長、ステージのタイムテーブルは予定通り進んでます。模擬店の売上も順調。ただ…」
彼は一瞬言葉を切り、校舎の暗い窓を見上げた。
「なんか、変な感じがするんですよね。さっき、2階の教室で妙な物音がしたって、美術部の子が言ってました。」
「物音?」
私は眉をひそめた。
「どんな音?」
「ガタガタって、何か重いものを引きずるような音らしいです。誰もいないはずの教室から聞こえたって。」
私は一瞬、昨夜の事件を思い出した。あの不審な男子生徒も、物置小屋で妙な動きをしていた。単なる偶然かもしれないが、文化祭の裏で何かが蠢いている気がしてならなかった。
「わかった。風間くん、美術部の子に詳しく話を聞いて。どの教室で、どんな状況だったか、できるだけ具体的に。私はその教室を見てくる。」
彼は頷き、すぐに校庭の美術部ブースへと向かった。私はスマートフォンの懐中電灯機能をオンにし、校舎の2階へと足を踏み入れた。文化祭の準備で賑わっていた校舎も、夜になると静まり返り、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。廊下の蛍光灯がチラチラと点滅し、遠くから聞こえる祭りの喧騒が、まるで別の世界の音のように感じられた。問題の教室は、2年B組の教室だった。ドアに貼られた「お化け屋敷」のポスターが、提灯の光に揺れていた。私はドアノブに手をかけ、そっと開けた。中は暗く、装飾用の黒い布や作り物の墓石が不気味な雰囲気を醸し出していた。お化け屋敷の準備中とはいえ、誰もいないはずの教室で物音がしたというのが気にかかった。「誰かいる?」私は声をかけながら、懐中電灯で教室を照らした。すると、奥の黒板の近くで、ガサッという小さな音が聞こえた。私は息を呑み、ゆっくりと近づいた。黒板の前に置かれた机の上に、古びた写真が一枚、ぽつんと置かれていた。写真を手に取ると、それは古い文化祭のスナップショットだった。数十年前のものらしく、モノクロの画像には、提灯や屋台が並ぶ校庭と、笑顔の生徒たちが写っていた。しかし、写真の隅に、ぼんやりとした人影が映っているのに気づいた。誰もいないはずの場所に、まるで幽霊のような影が立っていた。「何、これ…?」私は写真を手に、背筋に冷たいものが走るのを感じた。その瞬間、教室の窓がガタンと音を立て、風もないのにカーテンが揺れた。私は咄嗟に振り返ったが、誰もいなかった。心臓が早鐘を打ち、スマートフォンを握る手が震えた。
「落ち着け、私…ただの風かもしれない。」
自分に言い聞かせながら、私は写真をポケットにしまい、教室を出た。
しかし、廊下に出た瞬間、遠くの階段からまたガタガタという音が聞こえた。今度は、明らかに何かが動いている音だった。私は急いで音のする方へ向かった。階段を下り、1階の美術準備室の近くにたどり着くと、ドアが少し開いているのに気づいた。中を覗くと、暗闇の中で何かが動いている――いや、動いているように見えた。提灯の光が反射し、壁に奇妙な影を映し出していた。「誰!?」私は声を張り上げ、懐中電灯を向けた。しかし、そこには誰もいなかった。代わりに、床に散乱した古い文化祭の資料や、埃をかぶったアルバムが目に入った。私は資料を手に取り、ページをめくった。そこには、数十年前の文化祭の記録が残されていた。記事の中には、「文化祭の夜に生徒が行方不明になった」という一文が目に飛び込んできた。「行方不明…?」私は資料を読み進めた。1970年代の文化祭で、3年生の女子生徒が夜の校舎で姿を消し、その後見つからなかったという。事件は事故として処理されたが、詳細は不明のままだった。記事の端には、「幽霊が出る」という噂が書かれ、毎年文化祭の夜になると、彼女の影が校舎に現れるという伝説が記されていた。私は背筋がゾッとした。この写真、物音、噂――すべてが繋がっている気がした。だが、超自然的な現象を信じる前に、もっと現実的な可能性を探る必要があった。昨夜の妨害装置の一件を考えれば、誰かがこの「幽霊」の噂を利用して、文化祭を混乱させようとしている可能性も否定できない。
私は風間くんに連絡を取り、美術準備室で待つよう伝えた。彼が到着すると、私は写真と資料を見せ、状況を説明した。
「これ、ただの噂じゃないかもしれない。誰かがこの伝説を使って、何かを企んでる可能性がある。」
風間くんは写真をじっと見つめ、眉をひそめた。
「確かに、変な感じがする。でも、会長、もし本当に幽霊とか…そういうのだったら、どうするんですか?」
「幽霊かどうかはわからないけど、真相を突き止めるのが私の仕事よ。まずは、この資料の続きを調べる。それと、校内の監視カメラを確認して、最近の不審な動きをチェックする。」
私たちは生徒会室に戻り、学校の古い記録や監視カメラの映像を調べ始めた。監視カメラには、昨夜から今朝にかけて、2階の廊下や美術準備室の周辺で、ぼんやりとした人影が映っている場面がいくつかあった。しかし、映像は不鮮明で、人物を特定するのは難しかった。
「これ、誰かが意図的にカメラを避けてるみたいだ。」
風間くんが言った。
「でも、こんな時間に校内をうろつくなんて、普通じゃないですよね。」
「うん。もしかすると、昨夜の男子生徒の件と繋がってるかもしれない。外部の人間が関わってるなら、校内にまだ協力者がいる可能性もある。」
私は資料をさらに掘り下げ、1970年代の行方不明事件について詳しく調べた。記録によると、行方不明になった女子生徒は、文化祭の準備中に美術準備室で作業していたところ、忽然と姿を消したという。当時、校内では「彼女が呪われた提灯に触れたからだ」という噂が広まり、文化祭の夜にその提灯が光ると、彼女の幽霊が現れると言われていた。「提灯…?」私はふと思い出した。校庭のメイン会場に、毎年文化祭で使われる古い提灯が飾られている。その提灯は、美術部が代々受け継いで管理しているものだった。
「風間くん、美術部の子たちに、メイン会場の提灯について聞いてみて。特に、歴史のある古い提灯について。何か変な話や噂がないか、詳しく。」
彼が美術部に確認しに行っている間、私は校庭に戻り、メイン会場の提灯を観察した。提灯は赤と白の模様が施された古風なもので、確かに他の装飾とは一線を画す雰囲気を持っていた。近くにいた1年生の実行委員に尋ねると、
「あれ、めっちゃ古いらしいですよ。なんか、触ると呪われるって噂で、誰も近づかないんです」
とのことだった。
その夜、文化祭のメインイベントである野外ライブが始まった。校庭は生徒や保護者で賑わい、ステージのライトが夜空を照らしていた。私は提灯の近くで待機し、目を光らせていた。すると、ライブの喧騒の中、提灯の一つが突然チカチカと点滅を始めた。周囲の生徒たちは気づいていないようだったが、私はすぐに異変を感じた。
「風間くん、提灯が変だ! すぐ来て!」
彼が駆けつける中、私は提灯に近づき、裏側を調べた。すると、提灯の内部に、小さな電子装置のようなものが仕込まれているのを発見した。それは、昨夜の妨害装置と似た作りだった。誰かがこの提灯を使って、文化祭の雰囲気を操作し、恐怖や混乱を煽ろうとしている可能性があった。
私は装置を慎重に取り外し、風間くんに渡した。
「これ、すぐに顧問の先生に持って行って。警察にも連絡して、昨夜の事件と関連があるか調べてもらう。」
その時、ステージの音楽が突然止まり、スピーカーから不気味なノイズが流れ始めた。会場がざわつき始め、生徒たちの間に不安が広がった。私はすぐに放送室に駆けつけた。放送室のドアは開いており、中には誰もいなかったが、机の上に古いラジオが置かれ、勝手に音声を流していた。
「…文化祭を…やめなさい…さもないと…呪いが…」
私はラジオを止め、コンセントを抜いた。だが、背後でガタンという音がした。振り返ると、放送室の窓の外に、ぼんやりとした人影が立っていた。暗闇に溶け込むようなその姿は、まるで写真に映っていた影そのものだった。「誰!?」私は叫んだが、人影はスッと消えた。私は急いで窓に駆け寄ったが、外には誰もいなかった。心臓がバクバクと鳴り、冷や汗が背中を伝った。
「落ち着け…これは、誰かの仕業だ。」
私は自分に言い聞かせ、放送室を調べた。すると、机の引き出しから、古い手紙が見つかった。手紙は黄ばんでおり、1970年代の日付が書かれていた。内容は、行方不明になった女子生徒が書いたもので、「文化祭の提灯に隠された秘密を守るために、私は消えなければならない」と記されていた。
「秘密…? 提灯に何があるっていうの?」
私は手紙を握りしめ、校庭に戻った。風間くんが戻ってきて、美術部からの情報を教えてくれた。
「会長、提灯の話、聞いてきました。あの古い提灯、実は美術部の先輩が作ったものらしいんですけど、数十年前に、なんか変な儀式に使われたって噂があるんです。詳しいことは誰も知らないけど、提灯の中に何か隠されてるんじゃないかって…。」
「隠されてる…?」
私は手紙と提灯のことを結びつけ、急いでメイン会場の提灯を再確認することにした。会場はまだライブの余韻で賑わっていたが、私は提灯の周りを封鎖し、美術部のメンバーに協力を求めた。提灯を慎重に分解すると、中から小さな金属製の箱が出てきた。箱を開けると、中には古い鍵と、暗号のような文字が刻まれた石板が入っていた。石板には、「文化祭の夜、校舎の地下室を開け」と書かれていた。
「地下室…?」
学校には、普段は使われていない古い地下室があった。そこは、老朽化のために立ち入り禁止になっていたが、昔は美術部の倉庫として使われていたという。私は風間くんと数人の信頼できる実行委員を連れ、地下室に向かった。
地下室の扉は錆びついており、鍵穴に埃が詰まっていた。私は見つけた鍵を差し込み、力を込めて回した。ガチッという音と共に、扉がゆっくりと開いた。中は湿った空気が漂い、薄暗い電灯がチラチラと点滅していた。地下室には、古い美術品や文化祭の装飾品が雑然と積まれていた。その奥に、大きな木箱があった。箱には、提灯と同じ模様が刻まれていた。私は風間くんと共に箱を開けると、中から古い日記と、奇妙な装置が出てきた。装置は、昨夜の妨害装置や提灯に仕込まれていたものと似ていたが、もっと古い設計のものだった。日記は、行方不明になった女子生徒のもので、彼女が文化祭の準備中に、ある「秘密の計画」に巻き込まれたことが書かれていた。計画の内容は不明だったが、彼女は「提灯に隠された装置を守るため、身を隠すしかなかった」と記していた。さらに、装置が「文化祭の夜に作動するように設定されている」とも書かれていた。
「これは…何? 文化祭を混乱させるための装置? でも、なぜこんな昔のものが…?」
私は混乱しながらも、日記の最後のページに目をやった。そこには、「この秘密を知った者は、呪われる」と書かれていた。
その瞬間、地下室の電灯が一斉に消え、暗闇の中でガタガタという音が響いた。私は風間くんの腕を掴み、懐中電灯を点けた。光の先に、ぼんやりとした人影が立っていた。まるで、写真や放送室の窓に映った影と同じだった。
「会長、気をつけて!」
風間くんが叫び、私を庇うように前に出た。人影はゆっくりと近づいてきたが、突然、装置から低い電子音が鳴り始めた。私は咄嗟に装置を手に取り、配線を切った。すると、人影がスッと消え、電灯が再び点いた。
「…何だったの、今の?」
風間くんが震える声で言った。
「わからない。でも、この装置が何か関係してるのは確かよ。」
私は装置と日記を手に、地下室を出た。外では、警察と顧問の先生が到着していた。私はすべての証拠を渡し、状況を説明した。
後日、警察の調査で、装置は数十年前に学校のOBが作った実験的な電子機器であることがわかった。
当時、科学部のプロジェクトとして、文化祭で特殊効果を演出するために作られたが、誤作動を起こし、女子生徒の失踪事件に繋がった可能性があるという。彼女は装置の暴走を防ぐため、身を隠し、その後行方不明となった。噂の「幽霊」は、装置が発する電磁波が引き起こす幻覚や、誰かが意図的に広めた恐怖だった可能性が高い。
しかし、今回の事件は、単なる過去の遺物ではなかった。昨夜の妨害装置や提灯の装置は、最近になって誰かが再利用し、文化祭を混乱させようとしていたことが判明。背後には、外部の犯罪グループが関与しており、学校のOBを利用して装置を再起動させようとしていた。
文化祭は無事に終了し、花火が夜空を彩った。私は校庭で、仲間たちと笑顔で写真を撮りながら、胸の奥の不安がようやく消えていくのを感じた。
しかし、今回の事件は、私に大きな教訓を残した。どんな小さな異変も見逃さず、真相を追い求めること。それが、文化祭を――そしてこの学校を守る私の使命だった。
「次は、もっと平和な文化祭にしようね。」
風間くんが笑って言った。
「うん。でも、油断はしないよ。」
私は微笑みながら、夜空に咲く花火を見つめた。
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