第9話

一瞬の暗闇ののち、ゆっくりと目を開ける。


目の前には、鏡で見慣れた私の顔が、

崩れた化粧でグズグズになっていた。

アイラインとマスカラでパンダになっている目と視線が合うと、

ニンマリと目を細めて不気味に笑った。


「ほら。入れ替わっただろ?」


自分の手元を見ると、年老いているであろう、

ほぼ皮と骨しかない細く長い指の先に

闇夜のようなネイルが輝いていた。


「嘘でしょ…?」


女性のしゃがれた声が呟いた。

いや。私が、そう発したのだ。



「クク…。これで…若い女の体は私のものだ…!」



不敵に笑うと、目の前の私がそう喜んで体を抱きしめる。

何が何だか理解が追い付かないが、態度が急変した”私”を見てゾッとする。


「ま、まさか、もしかしてこれが目的だったの…!?」


ガタンと反射的に立ち上がり、しゃがれた大きな声を出す。


「………という、映画に憧れたこともあったが、

 私は今の私に満足しているし、

 こんなありきたりな展開はないから安心しろ。」


表情を、スンと無表情に戻して、また頬杖をつく。


「……は?」


「第一、アプリのボタンタップですぐ元の体に戻れるし、

 アプリ削除、スマホの故障等々で、トラブルがあっても

 元に戻れるようにしてあるから、完全乗っ取りは不可能だ。」


得意げに私の顔でにやりと笑う。


「い、今の茶番は…?」


「お前さんの体が、役者のスキルに長けていたから

 やってみたくなっただけだ。有名な女優だったとはね…。」


楽しそうに笑う、パンダ目の私の顔を見て、

一気に脱力し、椅子へ体が落ちた。


……完全に、この老婆に弄ばれている。


「さて。元に戻るとしよう。」


”私"が、私のスマホを使って、アプリのボタンをタップした。

そこで私の意識も飛ぶ。


その後、アプリの説明を一通り受けたのだが、

なんともまだ納得できないまま放心状態でいる私を、

占い師は楽しそうに笑った。


「まあ。ここで会ったのも、お前さんの運命だ。

 このアプリ、有効に使うと良い。」


そして、今日は店仕舞いだからサッサと帰れ。と手ではらわれた。

ふわふわとした意識の中、言われるがままテントを出て数歩歩いたのち、

お金を支払っていないことに気付いて振り返ると、

そこには跡形もなく、路地の暗闇が広がっているだけだった。

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こうして、私は推しと入れ替わる。 如月(・∀・) @kisaragi2024

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