第14章 シルバーリングに願いを込めて

「おはよーございます。」

「一ノ瀬、10分遅刻だぞー。」

はぁ、と優楽のため息が聞こえた。

ここは、夕方のバー〈ナンバー〉だ。


駿也が死んだ日、里久は何日も寝込んだ。

寝込んで、寝込んで、寝込んで、寝込み通したあと、ほとんど食事もとらなかったくらい動けなかったのに、たかと思うと、バー〈ナンバー〉に来ていたのだ。

「一ノ瀬?どうした。」

「お願いがある。働かせてくれ。」

「はあ???!」

突然の里久の申し出に、優楽は唖然とする。

「どうしたんだ、突然って言えないくらい山ほど色々あったのは知ってるが、ここで?」

「頼む!俺、働いたこともないし、そもそも大学だって中退だし......でも、駿也の為になにかしたいんだ。」

「……こんな時でも駿也くん、ね。」

優楽は、微かに嫉妬のような感覚を覚えた。

胸に、しまっておける程度には、出来なかったが。

「駿也の悪口言うなよ。」

「子供か。はいはい分かってますって。」

里久は左手の薬指のシルバーリングを上から握った。

その様子に優楽は、目を細めながらため息をついた。

里久の中で駿也は確かに生きているし、駿也は今でも大切な存在なのだと、見せつけられていた。

「はいはい、分かった分かった。その代わり、時給はそんなにやれるほどこの店流行ってないからな?」

「俺"幽霊カウンセリング"やるけど?」

「え?」

「イヤフォンもばっちり...なんなら、前より色んな声拾うかも。」

優楽は声を詰まらせた。

無理をしているのではないかと思うが、里久はそれを、先に感じたかのようににっこり笑った。

「いつまでもこのままじゃいられないしな。」

それは、里久が自分に言い聞かせるように言った言葉。

駿也を確実に愛していたし、愛されたからこそ言えるのだ。

優楽が驚いたままに黙っていると、里久は言葉を続ける。

「俺と駿也を引き合わせてくれた"幽霊カウンセリング"は、やっぱりやめちゃいけないと思って……イヤフォンも聞こえるし、続けていきたいから。」

里久が、口元を柔らかく緩ませると、優楽の肩の力が抜けたようにふっと笑った。

「じゃあ、"幽霊カウンセリング"が受けられるバーとして宣伝しないとな。」

「ありがとう...…日下部。」

「もういい加減名前で呼べよ、里久。」

「優楽もだからな。」




END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『イヤフォン』 青空みこと @aozora_mikoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ