蛇足 世は全て事もなし

「ただいまー!」


 私は今日の予定を終えて事務所に戻ってきた。


「おかえりなさい佳那かなちゃん!いつものおじいちゃん元気だった?」


 自分のデスクにバッグを乱暴に置いて大きな溜息をついて椅子に座る。


「元気だったよ~!相変わらず同じ事を何度も何度も言ってて聞いてるこっちは疲れちゃうんだけどね」


 椅子に座ると上半身を机に預けてぐったりとしてそう答える。


「あー!いつものあれ?なんだっけ?自分の昔書いた小説の話しを本気にしちゃって、さもその本で登場している賢者だっけ?になりきって話すやつね」


「そう!それ!一回聞く位なら平気なんだけど、毎回毎回同じ事を話す物だから辛いったらありゃしないわ」


 同僚は苦笑いを浮かべて椅子から立ちあがると、奥の給湯室に向かった。


「今お茶入れてあげるから、一息いれなさいよ?」


「うわー!たすかる~!ありがとう!」


「ところでさ?知ってる?」


「何を?」


 同僚はお茶を入れながらそう話しを切り出す。


「あのおじいちゃんの本ね、下巻は発売されなかったんだって」


「え?マジで?でもおじいちゃんの家にあるじゃん?」


 給湯室から戻ってきた同僚は、私の机にお茶の入ったコップを置いたので顔を上げてお礼を言う。


「そうなのよ!でもさ登録さんが行った時にその本の背表紙に見本って印鑑あったんだって」


「え?そうなの?でもそれが見本ってだけで発売されなかった事にならないんじゃないの?」


 同僚もお茶の入ったコップを持って椅子に座りながら片手でスマートフォンをいじりながら続ける。


「うん、私もそれ聞いて気になっちゃって調べたんだけど、ほらこれ」


 そう言ってスマートフォンの画面をこちらに向けた。


「これって、出版社のページ?」


「そう、そのページのおじいさんの本の情報がのってるページ」


 そう言うので私はまじまじとその画面を見る。


「ここに乗ってるの上巻だけなのよ」


「あー……なるほどねぇ、おじいちゃんそれがショックでああなっちゃったのかな?」


「どうだろうね?もうこの本30年は前っぽいから関係ないんじゃい?」


「そっかー、色々あるんだね人生って」


「ほんとよねぇー」


 それだけ言うと二人して溜息をついて黙ってしまった。

 私も自分の将来ってどうなるんだろうって思ってしまって、その妄想の中に浸ってしまった。

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賢者探偵~死んだ勇者の真実を追え~ 猫電話 @kyaonet

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