第3話

 じゃあ、と父ちゃんが口を開いた。

「音羽だけでもやってみないか?」

「……はあ? 嫌だよ、オレはキヨとやりたい」

「あとから合流すればいいじゃないか。清彦くんが、やりたい、と思ったときにできる場所を作っておこう」

「……」

「音羽、私も賛成。清彦くんの二つ目の居場所を、音羽が作りなさい。何かあったら援助するから」

 ね? と母ちゃんにもせがまれて、オレは渋々ながらも頷いた。

 正直、キヨといっしょにやらない商売には価値はないと思っていた。でも、母ちゃんや父ちゃんの言葉を受けて、それもそうだと納得した自分がいるのも事実だった。

「わか、わかったよ。なんとかやってみる。でも、もしオレが嫌だって思ったらすぐ辞めるからな!」

「よし、決まりだな! 明日、不動産屋に話してみる。そしたら来週頃には使えると思うよ」

 ニコリ、と笑う父ちゃんを見て、後戻りはもうできない、と心に決める。雑貨屋さんならば、具体的な試験とかはない。だから絶対に成功させて、いつかは――。

 ぐ、と拳を握りしめる。

「お店の名前とか、売るものとか、考えてみらたら?」

「そうだな……。オレ、ネーミングセンスとかねえしな……」

 うーん、と考え込む。こういうのは断然、キヨのほうが得意だ。オレは考えたことすらそんなにない。あるとするならば美術の作品名だけだし……。笑われた過去を思い出して、オレは考えるのをやめる。

「母ちゃんが決めてよ」

 母ちゃんは目を見開いた。

「何言ってるの、音羽が決めなさいよ」

「いやだってオレ……」

「音羽のネーミングセンスが皆無なのは知ってるから、自由にね?」

「余計ささるって……」

 と、ふと思う。

「ていうか、こういうのってやっていいのか? 高校卒業したばっかりなのに?」

「いい、んじゃない?」

「父ちゃんは?」

「……よくわからない」

 おいおい、大丈夫なのかよ……。

「でもオレ、よくわかんねえけど? 商売上手ってキヨには言われたけれど、それって中学高校の文化祭のときの話だし、実際のところよくわかってないし」

 だんだんと不安になってくる。

「オレ、やってけるかな?」

「でたよ、音羽のいざってときに弱腰になるやつ」

「わ、悪いかよ」

「だったらアルバイトでも始めてみたらどうだ?」

 父ちゃんの提案に固まった。

「え、は……? アルバイト?」

「いいじゃん! 音羽、やってみなよ!」

「何事も経験だ。最近はそういうアプリがあるし、やってみたらどうだ? なんなら、紹介しておこうか? 俺の知り合いに募集しているやつがいてな」

「父ちゃんはその人を紹介したかっただけじゃんか……」

 渋った理由はこれだな。

古郡ふるこおりネオンさんっていうんだけど。雑貨屋さんを営んでるし、いい機会だと思わないか?」

「古郡、ネオン……? あ、じゃあ、そうしとくよ」

 オレがそういうと、父ちゃんは嬉しそうに笑って、スマホを片手にリビングを出た。オレも、部屋に戻るとしよう。

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手紙 セキチク @sekichiku

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