グラタンと雨
江戸バイオ
第1話
野生のグラタンは吠えた。
それは雨が降る夜の事だった。
「ぐらー」
その咆哮に呼応するかのように、次々とグラタンが現れる。
「ぐらー」「ぐらー」「ぐらー」
咆哮が木霊する。
その多くが、紙皿だった。
その多くが、白色を基調としていた。
その多くが、柔らかそうだった。
中には、茶色や赤色の者もいた。歯ごたえのありそうな者もいた。プラ皿もいた。
多種多様なグラタンたちであったが、彼らの動きは一様に芳しくなかった。
最初に吠えたグラタンも、今にも倒れそうな様子である。
集まった当初は湯気を発するほどに熱かったグラタンたちは、徐々に熱を失っていっている。
降り注ぐ雨が、彼らの存在意義を消し去るかのように、彼らの熱を奪っていた。
グラタンは、熱いうちが華なのだ。乙女よりもはるかに短い、その輝くべき瞬間が、無情にも消え去ろうとしている。
その多くが、空を睨んだ。
その多くが、雨を憎んだ。
その多くが、何処かで食されている、同胞を妬んだ。
彼らが野生になったことに、大した意味なんてない。
彼らの身体に張られたなにかに刻まれた日付が、過去のものであるというだけだ。
その多くは、味を保っていた。
その多くは、食中毒のリスクなどなかった。
その多くは、〇〇引き!などど刻まれたなにかも張られていた。
最後の執念か、吠えることでその身に熱を宿すことが出来る野生のグラタンたちは、一縷の望みにかけていた。
店舗ですら、この雨による客足の悪さから彼らを見捨てたというのに。
グラタンが最も輝く、アツアツにさえなれば。この香りが、少しでも届けば。
彼らの唯一の望みである「人に食されること」を叶えることが出来ると信じて。
雨は、降りやまない。
人は、通らない。
熱は、冷めゆく。
その時、奇跡が起きる。野生のグラタンたちの想いが届いたのか、それとも。
「わー! グラタンだ! しかもまだあったかそうだよ? おにいちゃん、これ、もってかえっても、だいじょうぶかな?」
「誰かの物って訳でもなさそうだし、いいんじゃないか? 量は凄いことになってるが、孤児院に帰れば腹を空かした奴がいくらでもいるからな。全部、持って帰っちまおうぜ」
「わーい! これでみんな、おなかいっぱいになれるね! きょうはクリスマスだったから。サンタさんのプレゼントかな?」
「そうかもな。こんなにグラタンが捨てられるほど食い物が余ってる奴らもいれば、俺たちみたいにいつも腹を空かせた奴らもいる。
神様に期待できない世界なら、サンタくらい居たってバチは当たんねぇだろうよ」
二人の子供の身体は、やせ細っていた。
二人の子供の身体は、濡れそぼっていた。
二人の子供の身体は、痛ましい傷があった。
彼らがここに来るまでに、何があったのかは分からない。分かっているのは、世界が理不尽であることだけ。
雨は降りやまない。二人も、グラタンも、降り続く雨に打たれ続ける。しかし。
グラタンを抱えた二人は、少しだけ温かくなった。
抱えられたグラタンは、その身に再び熱を宿していた。
「ぐらー」
消え入りそうなつぶやきは、二人には聞こえない。それでも確かに吠えたのだ。声は小さくとも、魂が吠えていた。
その熱は二人の子供を温め、そしてきっと、彼らの行き先に居る他の子供たちの、身体と心を温めるだろう。
降り注ぐ雨も、この世界も。
冷たいままだというのに――
グラタンと雨 江戸バイオ @edobaio
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