第2話 filmを巻く。(2)

リレーの笛が鳴って、ざわめきが途切れた。

グラウンドの中央で列を作っていた生徒たちが、それぞれのクラスに散っていく。


もう一度シャッターを切る勇気はなかった。

なのに、胸の奥だけがまだざわついていた。

あの一瞬を撮ったことに、後悔はなかった。

ただ——何を撮ったのか、自分でもよく分からなかった。


肩にかけていたカメラが、いつもより重く感じた。

その存在が、自分の感情を映すようで少し怖かった。


「……あれ? もしかして、さっきの」


唐突にかけられた声に、心臓が跳ねた。

声の方向を振り向くと、さっき走っていたあの人が、僕の数メートル先に立っていた。


髪をひとつに結び直しながら、笑っている。

顔にも腕にも土がついていて、どこか無防備で、まぶしかった。


「撮ってたでしょ? こっそり」


「……え?」


「うそ、バレてないと思った? 走ってるときは気づかないけど、終わってふと見たらこっちにカメラ向けてたし」


僕は慌ててカメラを背中に隠した。

それが余計に不自然で、自分でも何をしているのか分からなかった。


「ご、ごめんなさい……勝手に……」


「怒ってないよ」


さらりとした声だった。

何の飾り気もない、正直な声。

それが少しだけ、胸に刺さった。


「別に、悪いことしてないでしょ。見られて恥ずかしいことなんて、してなかったし。むしろ……」


彼女はそこで言葉を切った。


「なんかさ、ちゃんと見てくれてたって思うと、ちょっと嬉しいよ」


風が吹いて、桜の葉が一枚、制服の袖に落ちた。

僕は、それを払うふりをして、うまく返事ができなかった。


「じゃあね、後輩くん」


そう言って、彼女は手を振り、走り去っていった。

さっきと同じように、背中が小さくなっていく。

でも、今度は“撮る”という発想すら出てこなかった。


なんだろう、この感覚。


僕は、ずっと遠くで世界を見ていた。

誰かの感情に巻き込まれるのが怖くて、冷静さで自分を守っていた。

でも今、心の奥に小さなノイズが走っていた。


名前も、学年も、部活も、何も知らない人。

それなのに——この人のことをもっと知りたいと、初めて思った。

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