最終話 姉と海水浴

  ◇



 ……とある祝日。


「海だぁーーー!!!」

 叫び声を上げながら、美紅姉が海へと駆けていく。……今日は八月唯一の祝日、山の日。俺たちは海水浴に来ていた。シーズンだけあって、海水浴場はそこそこ混雑している。

「ったく、あの子は……」

「まあ、楽しみにしてたからな……」

 一人はしゃいでいる美紅姉を、俺と明日香姉が呆れながら見守る。俺らの中で一番海水浴を待ち遠しにしていたのは彼女だし、その気持ちも分かるが。

「とにかく、パラソル立てるか」

「お願いね」

 俺は砂浜に場所を確保して、拠点を作る。ビニールシートを広げ、パラソルを立てて、荷物を置いた。

「ふぅ……」

「お疲れ様」

 諸々設置が終わると、明日香姉が戻ってきた。身に着けているのは黒いビキニ。更衣室で着替えてきたようだ。泳ぐからなのか、いつもの伊達眼鏡は外している。

「結局それにしたんだな」

「まあね……」

 俺がそう言うと、明日香姉がそっぽを向きながら呟いた。やはり、スタイルが良い明日香姉が水着を着ると様になる。

「二人ともー! 一緒に遊ぼー!」

 すると、美紅姉が戻ってきた。水色のチューブトップ水着に着替えている……というか、手に着ていた洋服を抱えているから、最初から下に着ていたのを洋服だけ脱いだって感じか?

「あんた……下に水着着てたの? 下着忘れてないでしょうね?」

「大丈夫! ほら!」

「ちょ……! 何考えてんのよ……!」

 明日香姉の懸念に、美紅姉がバッグから何かを取り出した。明日香姉が慌てて隠したので、恐らくは下着を出そうとしたのだろう。……一応公共の場なんだが。

「ったく……バッグはコインロッカーにでも預けなさいよ」

「はーい……」

 明日香姉に怒られたからか、ちょっとしょんぼりしてる美紅姉。コインロッカーにバッグを預けてくると、すぐに戻ってきた。

「んじゃあ、遊ぶか」

「うん!」

「ええ」

 というわけで、俺たちの海水浴が始まった。



「わーい!」

 大はしゃぎで海に飛び込んでいく美紅姉。混雑しているとはいえ、海の沖のほうは人が少ないので、迷惑にはならないだろう。

「全く……あの子は相変わらずね」

 対して、明日香姉はツインテールを振り払いながらそんなことを呟いた。運動音痴な彼女はわざわざ沖のほうまで泳ごうとはしないだろうな。

「んで、俺たちはどうする?」

「そうね……まあ、あそこまでガッツリ泳がないにしても、せっかくだから波と戯れるくらいはしたいわね」

「じゃあ、波打ち際まで行くか」

 俺と明日香姉は揃って波打ち際へ向かう。人は多いが、通れない程ではないので、割とすぐに辿り着いた。

「冷たくて気持ち良いわね……」

「だな……」

 素足を海に浸けると、冷えた海水のひんやりとした感覚が心地良かった。夏本番だけあって、日差しもかなりえげつないから、この冷たさはありがたかった。

「そういや日差し強いけど、日焼け止めとか塗ったのか?」

「当たり前でしょ? ちゃんと水に強いの塗ってきたわよ。……美紅はどうか知らないけど」

 そこでふと思い至った懸念について尋ねてみると、明日香姉は呆れたようにそう言った。……まあ、美紅姉が日焼けを気にしていなさそうという点については同意だ。むしろこんがり焼けた肌を誇るタイプだろう。

「そっか。なら、もうちょい沖のほうへ行くか?」

「そうね」

 俺と明日香姉は、膝が隠れないくらいの深さまで足を延ばした。これ以上沖に行くと波に足を取られそうなので、この辺が限界か。

「……えいっ」

「うぉっ……!」

 すると、明日香姉が水を掛けてきた。こいつ……。

「おらっ……!」

「きゃっ……! やったわね……!」

 お返しに海水を掛け返すと、明日香姉もやり返してくる。ベタなバカップルみたいな感じになってきた。

「そらっ……!」

「えいっ……!」

 止め時が分からず、お互いびしょ濡れになるまで掛け合いをする。……これ、どうしたらいいんだろうか? ぶっちゃけあんま楽しくないし、そろそろ辛いんだが。

「ぷはぁ……!」

「おわっ……!」

「きゃっ……!」

 すると、俺たちの間から何かが飛び出してきた。それに驚いて、水の掛け合いも中断する。

「あれ? 二人とも何してるの?」

「美紅姉か……」

 飛び出してきたのは美紅姉だった。辺りを泳ぎ回って、ここで浮上したのか。この辺、泳ぐにはちょっと浅いと思うんだが、どうやって潜水してたのか。

「別に……というか、あんたこそ何やってたのよ?」

「んー? その辺を適当に泳いでたー」

「ほんと、相変わらずだな……」

 予想通りの答えが返って来て、俺は呆れるやら安堵するやら、何とも言えない気持ちになった。



「私はちょっと休憩してるから……」

 美紅姉が戻って来て、明日香姉はパラソルの下へ入っていった。水を掛け合っただけなのに疲れたらしい。

「じゃあ、一緒に遊ぼう、ほむちゃん」

「いいけど……何するんだよ?」

「うーん、ビーチバレー?」

「いや、二人でかよ?」

 美紅姉の提案に、俺は突っ込んだ。二人でビーチバレーは成立しないと思う。というかそもそもボールがない。一応、貸出もあるだろうけど。

「じゃあスイカ割り?」

「いや、スイカもないが……」

「えー? じゃあ一緒に泳ぐ?」

「まあ、それが現実的か……」

 道具がないし人数も足りない以上、普通に泳ぐ以外の遊び方はないに等しいだろう。さっきみたいに水の掛け合いも出来なくはないが、あれは別に面白くないし。

「じゃあ、あのブイのところまで競争ね!」

「……って、さすがに遠すぎるだろ」

 泳ぐことが決まって、美紅姉が指さしたのは沖に浮かぶブイ。……でも、ブイがあるのは相当沖のほうだ。あそこまで泳いで帰ってくるのはかなりしんどそうだが。

「じゃあ、よーい……どん!」

「あ、ちょ……!」

 しかし、美紅姉は人の話を聞かずに海へ飛び込んだ。……仕方ない。俺も追いかけるか。



「ぜぇ……ぜぇ……」

「楽しかったねー!」

 それからしばらくして。俺たちは砂浜へと戻ってきた。結局俺は途中で命の危機を感じてブイより手前で引き返したが、それでも美紅姉のほうが早く戻っていた。……この姉、マジで体力お化けである。

「ったく……一旦戻るぞ」

「だねー。そろそろお昼だし」

 言いながら、俺たちはパラソルを設置した場所まで戻る。昼飯時だし、一度海の家で腹ごしらえでもするか。

「……ん?」

 しかし、俺たちのパラソルが見えてきたところで、異変に気付く。……パラソルには明日香姉がいるはずだが、今は見知らぬ男たちに囲まれている。嫌な予感がするな。

「ちょっと! どっか行きなさいよ!」

「威勢が良いねーちゃんだな」

「ほらほら、こっち来ようぜ~」

 案の定、明日香姉がチャラ男たちに絡まれていた。……そういえば、明日香姉はナンパされやすいんだったな。しかも、今は水着姿。一人でいたらチャラ男が絡んでくるのも必然と言えた。それなのに明日香姉を一人にしたのは迂闊だったか。

「おい」

「ん?」

 ありったけの殺意を込めて、俺はチャラ男一号の肩を掴む。こういう時にナンパを追い払うのが俺の役目だ。

「何してくれてんだ? ん?」

「お、おう……」

「男連れだったか……」

「さ、さーせん……」

 幸い、ちょっと凄んだら、ナンパ男共はあっさり退散してくれた。本当ならぶっ殺してやりたいところだが、大人しく引き下がるなら見逃してやるか。

「大丈夫か、明日香姉?」

「ええ……油断したわ。気を抜くとすぐにこうなるんだから」

 チャラ男を追い払って明日香姉のほうを向くと、彼女は腕で自身を抱き締めながらそう言ってきた。……普段と違って防御力の低い水着だから、あいつらの視線を受けたことで生理的な嫌悪感が沢山生じたのだろう。

「ほむちゃん、カッコいい!」

「そうか?」

「うん! 明日香ちゃんを颯爽と助けて、まるで王子様みたい!」

 すると、後ろから美紅姉が抱き着いて来て、そんなことを言ってくる。……というか、さすがに今は抱き着かないで欲しい。お互い水着なので、いつも以上に体の感触がダイレクトに伝わってくるし、いくらなんでも恥ずかしい。

「まあ、そうね。ナンパ対策としては頼もしいわね」

「お役に立てたようで何よりだよ」

 せっかくの海水浴に水を差す輩が現れたが、拗れることがなくて不幸中の幸いである。



「ふぅ……」

 電車の座席に座って、俺は溜息を漏らした。……あれから海の家で昼食を取り、海を存分に堪能して、日が傾き始めた頃合いで俺たちは引き上げることにした。荷物を背負い、帰りの電車に乗る。

「……すぅ」

「ん?」

 荷物を前に置いたところで、右肩に重みを感じた。そちらに目を向けると、明日香姉が頭を俺の肩に乗せていた。寝息も聞こえるし、疲れて眠ってしまったようだ。

「……すぅ」

「こっちもか……」

 すると、今度は左肩に重みが。美紅姉も眠ってしまったみたいだな。

「疲れたな……楽しかったけども」

 今日はとても楽しかった。というか、最近は姉弟三人で出掛けることが多くて、前より楽しいことが増えた。両親が海外に移住して、姉二人が社会人になったことで、行動範囲が今までより広がっているのが大きいか。俺が小さい頃はあまり遠出をした経験がないが、この前は遊園地に行ったりと、確実に幼少期よりも旅行のハードルが下がっている。

「これからも、色々なところに行きたいな……」

 二人は社会人として仕事にも馴染んだし、俺も受験が終わって余裕がある。これから大学受験が始まるまでの間に、三人でもっと旅行に行ってみたいと思う。

「ほんと、幸せだな、俺……」

 こうやってたまに遠出するイベントもだけど、多分の日々も十分すぎるくらいには楽しい。こんな毎日がずっと続いて欲しい。そんなことを思った。

 ……それは良かったのだが、俺はそのまま一緒に眠ってしまい、姉弟揃って電車を乗り過ごすのだが、それはまた別の話である。



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【完結】二人の美人姉に愛され過ぎて夜しか眠れない マウンテンゴリラのマオ(MTGのマオ) @maomtg

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