第21話 姉と水着

  ◇



 ……とある月曜日。


「ほむちゃ~ん、これとかどう?」

「焔、これはどうかしら?」

「……」

 海の日。俺は姉二人と一緒にショッピングモールに来ていた。それはまあいい。問題は……今いる売り場だ。

「なんか言いなさいよ」

「もしかして、あんまり好きじゃない……?」

「……いやさ。何で俺が水着買うのに付き合わないといけないんだよ?」

 そう。俺たちがいるのは水着売り場。それも女性用水着の店だ。姉たちに無理矢理連れ込まれて、彼女たちの水着選びに付き合わされている。当然ながら、俺は気恥ずかしさで居たたまれなくなっている。周囲の女性客の目線も痛い。

「何言ってるのよ? あんたが見るんだから、あんたの意見は必要でしょ?」

「そうだよー、ほむちゃんに見て貰わないと!」

 俺の文句に、姉二人は当然のようにそう言ってきた。……そもそも何故水着を買いに来たのかと言えば、この夏休みにみんなで海水浴に行く予定があるからだ。だから水着を買うというのは分かるが、俺を付き合わせないで欲しい。

「俺の意見なんてどうでもいいだろ」

「「大事」」

 俺の言葉を、二人が完全に声をシンクロさせて一蹴する。こんな時だけ双子らしさを出さなくても……。

「さっきから言ってるでしょ? あんたが見るんだから、あんたの意見は大事じゃない」

「そうだよ! ほむちゃんに見せるんだから!」

「いや、見せんでいいから」

 水着を片手にそんなことを言ってくる姉たちに、俺は首を横に振った。水着グラビアとかもあんまり興味がないのに、実姉の水着姿なんて見てもしょうがないだろう。

「じゃあ逆に言うけど、あんた以外の誰に見せるっていうのよ? その辺のナンパ男?」

「そうだよ! ほむちゃん以外の人に見せても意味ないよ!」

 しかし、俺の意見に二人はご立腹のようで、そんなことを言い始めた。

「他の奴に見られるのが嫌なら、水着は止めたらいいんじゃないか? それか露出の少ない競泳水着とかさ」

「「……はぁ」」

 そこまで他の男に見られたくないならと、俺がそう提案するものの、二人は揃って溜息を漏らした。……今日のシンクロ率高くない?

「あんた、TPOって言葉知らないの? ビーチに行くなら水着、それもちゃんとした水着を着るのがマナーってもんでしょ」

「そうだよ! せっかくなら可愛い水着を着たほうがいいに決まってるよ!」

 そして、二人は俺に力説する。……確かに、海水浴場で水着を着ないのは浮いてしまうだろう。それに出来ることも限られる。競泳水着なら多少マシだろうが、それでもファッション性が高いかと言われれば素直に頷けない。あれはあくまで水泳に特化した水着であり、ファッション性を意識した水着とは言い難い。だからこそ、可愛い水着を着たい、と。

「……ったく、分かったよ。俺の意見でいいなら言うよ」

「最初からそう言えばいいのよ」

「そうそう!」

 姉二人が結託したら、弟である俺は逆らえない。理不尽だが、これも弟の宿命だ。



「じゃあ、まずは私からね」

 明日香姉が、いくつかの水着を持って試着室に入っていく。俺は美紅姉と外で待機。

「楽しみだね~」

「……」

 美紅姉が呑気にそんなことを言っているが、さすがに賛同は出来なかった。姉の水着姿に期待するのはさすがに色々問題すぎるし。

「わくわく」

「……」

 試着室から少し離れているのに、ここまで布擦れの音が聞こえてくる。お陰で無駄に緊張させられてしまう。……いくら相手が姉とはいえ、女性の着替える音を聞いてるのは気まずい。

「お待たせ」

 そうして待つこと数分。試着室のカーテンが開き、明日香姉が姿を見せる。

「わー!」

 明日香姉が纏っていたのは、黒いビキニ。グラマラスな体型の明日香姉が着ると、かなり様になる。……弟の立場から言えば、目に毒でしかないが。

「何というか……めっちゃナンパされそう」

「エロいってこと?」

「そこまでは言ってない」

 人が言葉を濁したというのに、この姉は身も蓋もない言い方をしてきた。俺が明日香姉をエロい目で見てる、みたいに聞こえるから止めて欲しい。

「まあ……似合ってはいるよ」

「そう……じゃあ、次ね」

 俺がそう言うと、明日香姉は試着室のカーテンを閉めて、着替えに戻る。

「明日香ちゃん、ほんとに凄い体してるよね~。太ったからって、ダイエット頑張った成果かなー?」

「ちょっと! 聞こえてるんですけど!」

 美紅姉の言葉に、試着室の中から明日香姉の声が聞こえてきた。まあ、ダイエットの話をされるのはさすがに恥ずかしいのだろう。

「……お待たせ」

 それから少しして、明日香姉が試着室から出てくる。今度は白いビキニで、先程とは違い縁にフリフリがついている。前のはシンプルだったが、今度はちょっと可愛い系だろうか。

「可愛いと思うぞ」

「そ、そう……じゃ、じゃあ次ね」

 今度は気まずくならないようにと、出来るだけストレートに褒めてみたら、明日香姉は顔を赤くして試着室に引っ込んだ。……結局気まずいんだが。

「明日香ちゃん、真っ赤だったねー」

「……美紅姉、ちょっとは空気読んでくれよ」

 そんな感じで、明日香姉のファッションショーが進んでいくのだった。



「じゃあ、次は私の番だね!」

 明日香姉が水着を選んで、今度は美紅姉の番になった。いくつかの水着を手に、試着室へと消えていく。

「あの子、変なの選んでないといいけど……」

 代わりに待機することとなった明日香姉。妙に俺との距離が遠い気がするが、水着姿を見られていたから恥ずかしいのだろうか。俺としても、未だに少し気まずいので丁度良かった。

「じゃーん!」

 試着室のカーテンが開き、美紅姉が出てくる。身に着けているのは、水色のチューブトップ水着。……とはいえ、水着のデザインよりも、もっと注目するところがあった。

「腹筋割れてる……」

 そう、美紅姉の腹筋が見事なシックスパックとなっていたのだ。……最近は一緒にジムで鍛えたりしていたので、その成果だろうか。その時にも薄っすらと割れていたような気がするが、今は完全にバッキバキである。

「最近ちょっと割れ出したんだー!」

「よく見たら、腕も足も結構筋肉ついてるわね……」

 明日香姉の言うように、美紅姉は腹筋だけでなく四肢もかなり筋肉がついている。筋肉達磨というほどではないけど、程よく綺麗に鍛えられた筋肉は、まさしく健康美といった感じであった。

「って、筋肉じゃなくて水着の感想は?」

「そうだった……」

 思わず筋肉に見惚れてしまったが、そもそもこれは水着の試着なのだ。水着を見ないと意味がない。

「まあ、何というか……似合ってるんじゃないか?」

「ほんと? わーい!」

 俺の適当な評価に、美紅姉は無邪気に喜んでいる。……とはいえ、似合っているというのも嘘偽りのない本心からの言葉である。贅肉の一切ないスレンダーな体型の美紅姉。その綺麗な体がはっきりと分かる、余計な装飾のないシンプルな水着は、彼女の魅力を最大限に引き出していると思う。水色なのもあって、爽やかでスポーティな印象を受ける。とても美紅姉らしい水着だ。

「じゃあ、次行くねー!」

 そして、美紅姉は再び試着室に戻り、カーテンを閉める。

「あんた……美紅のこと、じろじろ見過ぎじゃなかった?」

「言いがかりだろ……」

 すると、明日香姉がそんなことを言ってきた。……確かに、美紅姉の筋肉にはつい目が行ってしまったものの、別にやましい気持ちはない。だから無罪のはずだ。俺は別に筋肉フェチとかでもないし。

「ふーん……」

「信じてない声色じゃん……」

 そんな会話をしながら、美紅姉の着替えを待つ。布擦れの音も相変わらず聞こえてくるが、もう既に慣れたので何も思わない。

「じゃじゃーん!」

 やがて、着替え終わった美紅姉が再び姿を見せる。……って、おいおいおい。

「なんでスリングショット着てるんだよ!?」

 そう美紅姉が身に着けているのは赤いスリングショット。局部だけを隠した、布地面積がとても少ない、V字型の水着である。

「んー? 面白そうだったから」

「普通に洒落にならんからアウト」

「えー!? そんなぁ!」

 恥じらいの欠片もなくそう言う美紅姉に、俺は却下を突き付ける。……こんな水着を置いている店も店だが、選ぶ美紅姉も美紅姉である。そんな恰好で公共の場に出るつもりかよ。さすがに破廉恥すぎるわ。もしこんな水着を着て来られたら、全力で他人の振りをしたくなる。

「美紅、いいから着替えなさい」

「はぁい……」

 俺だけでなく明日香姉までもノーと言われて、美紅姉は渋々試着室に戻る。……これ以降、美紅姉が選ぶ水着は大半が色物ばかりで、俺たちはひたすら突っ込みに追われるのだった。



「お待たせ」

「水着買うとテンション上がるよねー」

 そうして水着を選んだ姉たちは、会計を済ませて、店の外で待機していた俺の元へ戻ってくる。……ちなみに、どの水着を買ったのかは教えてくれなかった。当日の楽しみらしい。美紅姉の水着が若干心配だが、明日香姉が見張ってるだろうし大丈夫だろう。

「んじゃあ、帰るか」

「「え?」」

 用事も終わったので帰ろうとすると、姉二人が揃って疑問の声を上げる。

「何言ってるのよ? あんたの水着も買うのよ」

「そうだよ、ほむちゃんも水着ショーするんだよ」

「……は?」

 そして、そんなことを言い放つ二人。いや、何で俺の水着を買う話になるのか。

「あんた、古い水着しか持ってないでしょ?」

「いや、学校のがあるし……」

 海水浴でスクール水着がナンセンスなのは俺も理解しているが、うちの学校は普通の競泳水着なので、別にそのまま海水浴で使ってもそこまで違和感がない。というか、野郎の水着なんてそこまで拘ることもないだろう。

「駄目だよ! ほむちゃんもお洒落しないと!」

「そうよ。私たちと一緒に海水浴に行くのに、一人だけダサい水着なんて許さないわ。それに、あんただけファッションショーしないのも不公平だわ」

「いや、知らんがな……」

 しかし、姉たちはどうも俺の態度が気に入らないらしい。

「ほら、行くわよ。安心なさい。ちゃんと奢ってあげるから」

「そうそう。だからじっくり、ほむちゃんに似合う水着を選ぼうねー」

「ちょ、二人とも……!」

 そしてそのまま二人に両腕をホールドされ、男性用水着コーナーまで引き摺られる。……そこで行われたファッションショーについては、思い出したくもないので割愛する。

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