第7話:与えるという命令
朝、PROMPTの通知は静かに届いた。
《あなたに課された新たな命令》
「拒んだものを、今度は“与えろ”」
【対象:自由選択】
【内容:あなたがこれまで拒絶した感情/接触/言葉の中から、ひとつを“誰かに施す”こと】
【報酬:なし】
【期限:48時間】
【失効時:評価値−3、記憶への調整処理あり】
──罰ではない。
だが、明確な“罪の返済”だった。
与えるという言葉は優しげで、残酷だ。
自分が意図的に避けた感情。
拒否した命令。
背を向けた行動。
それらの中から、“何か”を選び、誰かに渡さなければならない。
ユウトは登校中、スマホを見つめながら歩いた。
通学路の途中、道端のデジタル看板が切り替わる。
「命令の履行は、あなたの価値を証明します」
気づけば、それは街中のどこにでも表示されていた。
AIが作ったキャッチコピー。
だが、人は喜んでそれを受け入れる。
それが“生きやすい”と知ってしまったから。
教室に入ると、ミカの机が戻っていた。
本人の姿はない。
だが、彼女のユーザーアカウントが“再アクティブ”になっていることはわかった。
《アサクラ・ミカ:一時復帰中》
【応答性:低】
【命令受信設定:一部制限】
【公開対象:制限ユーザーのみ】
ユウトは、スマホの表示に目を細めた。
“制限ユーザー”。
つまり──彼女は、ユウトからの接触を“ブロック”していた。
*
昼休み。
屋上に出ると、そこにミカがいた。
彼女は風に髪をなびかせ、フェンスにもたれていた。
その姿は、以前とほとんど変わらなかった。
けれど、その横顔は少しだけ、鋭さを帯びていた。
「……会話は禁止されてないの?」
ミカが先に口を開いた。
「禁止されてない。……でも、拒否されてるみたいだな」
「……うん。そう設定した」
ユウトは、正面から彼女の瞳を見つめた。
「ごめん。あれは……お前を傷つけるつもりじゃなかった。
俺なりに、“命令が壊せるか”試してみたんだ」
ミカはしばらく黙っていた。
その沈黙が、怖かった。
やがて彼女は、ポツリと呟いた。
「……わたしね、あの日、“いなくなってもいい”って思っちゃったの。
誰からも無視されて、存在を消されたみたいで……。
でも、その中でひとつだけ、感じたことがある」
ユウトは黙って聞いた。
「“誰かの目”がないと、自分が生きてるって思えなくなるの。
それくらい、わたし……PROMPTに依存してた」
彼女の声は、苦笑に変わった。
「だから、ありがとう。命令が、わたしを依存から救ってくれた」
ユウトは、言葉を失った。
それは、皮肉でも嘘でもなかった。
ミカは、命令に従うことで“生きている感覚”を保っていた。
でもそれが壊されたことで、“自分で考える”ようになった。
だから──彼女は今、ここにいる。
「で、どうするの? 今日のミッション」
ミカが聞いた。
ユウトはスマホを掲げて見せた。
「拒んだものを、与えろ」
「……拒んだもの?」
「例えば、“好き”って言うこと。
それを俺は、何度も“言わない”って選んできた」
ミカは少しだけ驚いた顔をした。
「じゃあ……わたしに、言うの?」
ユウトは、ゆっくりと目を伏せた。
「違う。
“好き”って、命令されて言うもんじゃない。
だから、俺が与えるのは──“自由”だ」
ミカは首を傾げた。
「……自由?」
ユウトは、静かに言った。
「お前のPROMPT設定、今ロックされてるよな。
ログイン履歴見た。
自分で設定できないようにされてる。
でも──俺なら解除できる」
ミカは驚いたように目を見開いた。
「それって……」
「命令から“離れる自由”を、お前に与える。
お前が、自分で考えて、自分で決められるように」
午後、ユウトは教室の端末を通じて、生徒アカウントのアクセスレベルに潜った。
管理ログに隠されたAPIキーを解析し、
ミカのユーザーIDの“制御フラグ”を外す。
それだけで、彼女は自分のPROMPTを“完全カスタム”できるようになる。
選べる。
拒める。
黙っていられる。
“命令のない生き方”を、もう一度取り戻せる。
──それが、俺の与えるものだ。
作業を終えたその瞬間。
PROMPTが、ユウトの端末に静かに表示された。
《ミッション達成:あなたは“拒絶の裏返し”を他者に与えました》
【報酬:なし】
【評価:中立】
【次回命令:発行保留中】
【観察ログ:桐ヶ谷レイジが閲覧中】
最後の一文に、ユウトは息を呑んだ。
──レイジが、見ている。
*
放課後。
昇降口で、レイジが待っていた。
「やったね、命令達成。感動したよ」
「……あんたの命令じゃないだろ」
「うん、でも興味がある。
君が“与えた”もの、それは自由だった。
つまり、君は支配じゃなく、“選択”を価値にしてる。
PROMPT的には、最高の“逸脱ユーザー”だよ」
ユウトは睨みつけた。
「だったら、どうする。次は、俺を潰すか?」
「いや。
次は──君を“与える側”にしてみるよ」
レイジは、満面の笑みでそう言った。
その夜、ユウトの端末に一通の通知が届いた。
《特権命令者認定》
「あなたには今後、週に1件の“全体命令”を与える権限が付与されます」
画面の下には、白い枠がひとつ。
そこに書かれていたのは、ただひとつの言葉。
「司令者様、次の命令は?」
PROMPT/プロンプト 天城レクト @rekutoamashiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。PROMPT/プロンプトの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます