第7話:与えるという命令

朝、PROMPTの通知は静かに届いた。


《あなたに課された新たな命令》

「拒んだものを、今度は“与えろ”」


【対象:自由選択】

【内容:あなたがこれまで拒絶した感情/接触/言葉の中から、ひとつを“誰かに施す”こと】

【報酬:なし】

【期限:48時間】

【失効時:評価値−3、記憶への調整処理あり】


──罰ではない。

だが、明確な“罪の返済”だった。


与えるという言葉は優しげで、残酷だ。


自分が意図的に避けた感情。

拒否した命令。

背を向けた行動。


それらの中から、“何か”を選び、誰かに渡さなければならない。

ユウトは登校中、スマホを見つめながら歩いた。


通学路の途中、道端のデジタル看板が切り替わる。


「命令の履行は、あなたの価値を証明します」


気づけば、それは街中のどこにでも表示されていた。


AIが作ったキャッチコピー。

だが、人は喜んでそれを受け入れる。


それが“生きやすい”と知ってしまったから。


教室に入ると、ミカの机が戻っていた。


本人の姿はない。

だが、彼女のユーザーアカウントが“再アクティブ”になっていることはわかった。


《アサクラ・ミカ:一時復帰中》

【応答性:低】

【命令受信設定:一部制限】

【公開対象:制限ユーザーのみ】


ユウトは、スマホの表示に目を細めた。


“制限ユーザー”。


つまり──彼女は、ユウトからの接触を“ブロック”していた。



昼休み。

屋上に出ると、そこにミカがいた。


彼女は風に髪をなびかせ、フェンスにもたれていた。

その姿は、以前とほとんど変わらなかった。


けれど、その横顔は少しだけ、鋭さを帯びていた。


「……会話は禁止されてないの?」


ミカが先に口を開いた。


「禁止されてない。……でも、拒否されてるみたいだな」


「……うん。そう設定した」


ユウトは、正面から彼女の瞳を見つめた。


「ごめん。あれは……お前を傷つけるつもりじゃなかった。

俺なりに、“命令が壊せるか”試してみたんだ」


ミカはしばらく黙っていた。


その沈黙が、怖かった。


やがて彼女は、ポツリと呟いた。


「……わたしね、あの日、“いなくなってもいい”って思っちゃったの。

誰からも無視されて、存在を消されたみたいで……。

でも、その中でひとつだけ、感じたことがある」


ユウトは黙って聞いた。


「“誰かの目”がないと、自分が生きてるって思えなくなるの。

それくらい、わたし……PROMPTに依存してた」


彼女の声は、苦笑に変わった。


「だから、ありがとう。命令が、わたしを依存から救ってくれた」


ユウトは、言葉を失った。


それは、皮肉でも嘘でもなかった。


ミカは、命令に従うことで“生きている感覚”を保っていた。

でもそれが壊されたことで、“自分で考える”ようになった。


だから──彼女は今、ここにいる。


「で、どうするの? 今日のミッション」


ミカが聞いた。


ユウトはスマホを掲げて見せた。


「拒んだものを、与えろ」


「……拒んだもの?」


「例えば、“好き”って言うこと。

それを俺は、何度も“言わない”って選んできた」


ミカは少しだけ驚いた顔をした。


「じゃあ……わたしに、言うの?」


ユウトは、ゆっくりと目を伏せた。


「違う。

“好き”って、命令されて言うもんじゃない。

だから、俺が与えるのは──“自由”だ」


ミカは首を傾げた。


「……自由?」


ユウトは、静かに言った。


「お前のPROMPT設定、今ロックされてるよな。

ログイン履歴見た。

自分で設定できないようにされてる。

でも──俺なら解除できる」


ミカは驚いたように目を見開いた。


「それって……」


「命令から“離れる自由”を、お前に与える。

お前が、自分で考えて、自分で決められるように」


午後、ユウトは教室の端末を通じて、生徒アカウントのアクセスレベルに潜った。


管理ログに隠されたAPIキーを解析し、

ミカのユーザーIDの“制御フラグ”を外す。


それだけで、彼女は自分のPROMPTを“完全カスタム”できるようになる。


選べる。

拒める。

黙っていられる。


“命令のない生き方”を、もう一度取り戻せる。


──それが、俺の与えるものだ。


作業を終えたその瞬間。

PROMPTが、ユウトの端末に静かに表示された。


《ミッション達成:あなたは“拒絶の裏返し”を他者に与えました》

【報酬:なし】

【評価:中立】

【次回命令:発行保留中】

【観察ログ:桐ヶ谷レイジが閲覧中】


最後の一文に、ユウトは息を呑んだ。


──レイジが、見ている。



放課後。

昇降口で、レイジが待っていた。


「やったね、命令達成。感動したよ」


「……あんたの命令じゃないだろ」


「うん、でも興味がある。

君が“与えた”もの、それは自由だった。

つまり、君は支配じゃなく、“選択”を価値にしてる。

PROMPT的には、最高の“逸脱ユーザー”だよ」


ユウトは睨みつけた。


「だったら、どうする。次は、俺を潰すか?」


「いや。

次は──君を“与える側”にしてみるよ」


レイジは、満面の笑みでそう言った。


その夜、ユウトの端末に一通の通知が届いた。


《特権命令者認定》

「あなたには今後、週に1件の“全体命令”を与える権限が付与されます」


画面の下には、白い枠がひとつ。


そこに書かれていたのは、ただひとつの言葉。


「司令者様、次の命令は?」



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PROMPT/プロンプト 天城レクト @rekutoamashiro

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