最終話 どんな逸話も越えて
「あー、楽しかったですね」
ダンスパーティーも終わり、二人は講堂を後にする。
このあとはクライマックス。教員たちが、夜空に魔法を打ち上げる。それを見るため外へ出てきたわけだが、他の生徒たちの人波から外れ、二人は研究会へ足を運ぶ。
「ここが穴場なんだ。先生方の魔法がよく見える」
いつもの研究室の、バルコニー。そこは確かに眺めが良い。
アシュリーとグレンは並んで立って、夜空を眺める。夜風が吹いてきて、火照った肌が心地よい。
「……初めて出会ったのもここでしたね。色んなことがあったなあ」
「ああ。君が
「時計塔では、
「君のおかげだ。俺一人じゃ見られない景色ばかりだった。アシュリーがいなければ、今日も俺はずっと一人だった」
「そんなの、私こそですよ。グレン先輩がいてくれたから、私もずっと楽しかった。先輩と出会えてよかった」
二人の間に神妙な空気が流れる。いつもと違う状況で、アシュリーもグレンも感傷的になっているらしかった。
心地よい沈黙が続いたあと、グレンが切り出す。
「ずっと言いたいことがあったんだ。聞いてくれるか?」
「もちろん!」
グレンはどこまでも柔らかな面持ちで言った。
「アシュリー、君が好きだ」
紛れもない告白だ。後輩に向けるのとはまた違う好意を囁かれて、アシュリーの顔が一瞬で赤く染まった。
「わ、そ、それは……!」
期待していなかったわけではない。ルチアから後夜祭の噂を聞いたとき、もしやグレンも自分を好いてくれているかも、なんて期待に胸を膨らませたものだ。
けれど、それがいよいよ現実になれば、照れと嬉しさが混ざって、頭が回らなくなる。
「君は、どうだ?」
だらだらと汗を流すアシュリーの手を、優しくグレンが取った。アシュリーは喉から、カエルが潰れたみたいなうめき声をもらしてしまう。
それでも、逃げない。偽りもしない。
「わ、私も……グレン先輩のことが、好きです……!!」
しどろもどろになりながら、それでも言い切った。
「というか私、傷害事件のときに口走ってしまったので、ご存じだとは思うのですが……」
「ああ、あのときは俺も驚いた。ずっと答えられなくてすまない」
「あんなの気にしないでください……!」
ひたすら優しい目で、グレンがアシュリーを見つめる。もうアシュリーと目を合わすことを恐れていないようだった。しっかりと視線を絡めながら、グレンは言う。
「最初は信じられなかった。俺なんかが、君のような人間に好いてもらえるものかと……でも今は、そんなこと関係なく、君に伝えたかった」
そしてグレンが跪く。おとぎ話に出てくる王子のように。
「アシュリーさえよければ、俺の恋人になってほしい」
アシュリーの胸が、ぱっと花が咲いたように弾ける。湧き上がる高揚に浮かされて、今なら空も飛べそうだった。
喜びと、けれど一点の不安がアシュリーにはあった。
「ほ、本当に、私でいいんですか……? 私なんて、ただの農民で、魔法も上手じゃなくて、グレン先輩とは釣り合わないのに……」
だがそれを聞いたグレンは、可笑しそうに目を細める。
「ははっ、君がそれを言うのか? 初めて会ったときに言っていたじゃないか。身分にも、種族にも囚われたくないと」
その言葉にアシュリーははっとした。
「嬉しかったんだ。俺が抱えるどんな逸話も、君は気にしないでいてくれるんだろ? 俺だってそうだ、君が何者で在ろうとどうでもいい。アシュリーだから、好きなんだ」
「……先輩」
万感の思いを込めて、アシュリーは呟いた。
そうだ。身分も、種族も何だって、越えられるだけの時間を二人は過ごしてきた。アシュリーがこれらかもグレンの隣にいたいと願うのなら、それでいいのだ。
ぎゅっとグレンの手を握り返して、アシュリーは答える。
「はい。私も、あなたと一緒にいたいです」
「……ありがとう」
噛みしめるように言って、そのまま、グレンはアシュリーを抱きしめた。割れ物を触るような優しい手つきで、しかし力強く。小柄なアシュリーは、グレンの胸にすっぽりと収まる。
真っ赤になって手を半端に浮かせていたアシュリーも、やがて覚悟を決め、おそるおそるグレンを抱きしめ返した。
「……好きです、先輩」
「俺も好きだ、アシュリー。これからも俺の傍にいてくれ」
「当たり前です……!」
そのまま抱きしめ合う。互いの体温も香りもない交ぜになった頃、ふと夜空に光が灯った。
教員たちのパフォーマンスが始まったのだ。夜空に浮かび上がる、鮮やかな氷や火の花。
二人もようやく体を離して、夜空を眺める。どちらからともなく手を差し出し、指を絡めた。
「……綺麗ですね」
「できることなら、来年もまた、一緒に見よう」
「はい。これだけじゃない、たくさんの景色を、一緒に見にいきましょう」
目を合わせてアシュリーとグレンは微笑んだ。
お互い、未来に相手を思い浮かべながら、二人はきっとこれからも寄り添っていく。アシュリーの胸は幸福で満たされていた。
その瞬間、ひときわ大きな花火が打ち上がった。遠くから歓声も聞こえる。まぶしい光に照らされながら、二人はいつまでも手を繋いで夜空を眺めていた。
〈END〉
ようこそ、伝承研究会へ! 渡月ミヨ @mriy
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