見ているだけでよかった

白川津 中々

◾️

見ているだけでよかった。


彼女の揺れる髪を、くすぐるような笑顔を、小さく弾む体を眺めるだけでよかったのに、僕は彼女を求めてしまった。


「……」


「……」


安い蛍光灯に照らされた黒い髪が光る。彼女はもう、僕を見てくれない。夜の21時、二人以外、誰もいない会社で僕は……


「……」


「……」


彼女は裸のまま、ずっと泣いている。時に声をあげ、時に静かに、僕を拒絶するように顔を伏せ、涙を落としている。これまで会話をして、お互い笑い合っていたのに、理解し合えていたのに、今では、大きな壁ができてしまった。

愛しているのは僕だけだった。彼女は僕を愛してくれていなかった。その事実が、ただただ、辛く、悲しい。


「……」


「……」


後悔があった。なんということをしてしまったんだという罪悪感が体を震わせる。手を触れなければ、抱きしめなければ、こんな気持ちにはならなかった。見ているだけでよかった。彼女をどうにかしようだなんて思うことが間違いだった。同僚として、善き友人として過ごしていればよかったのに、僕はどうして、どうして……


「……」


「……」


けれど、彼女を抱きしめた瞬間、無理やり抑え付け、貪った瞬間、一つになった瞬間、確かに幸福だった。満ち足りていた。これまで奥にしまっていたものが吐き出され、衝動に従うことへの喜びに胸がざわついた。一匹の獣として、僕は絶対的な悦楽を感じられたのだ。


「……」


「……」


裸のままの彼女を眺めていると、先程までの感覚が蘇る。渦巻いていた自省の念が消え、再び、彼女が欲しいという想いが湧き上がる。


「……」


「……! もうやめてください!」


柔らかい肌が手に吸い付く。

叫ぶ彼女の声が心地い。

もう、止められない……

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見ているだけでよかった 白川津 中々 @taka1212384

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