52匹目 釣りバカ令嬢は反省しない~親の心はメイドが知っている~
「もう! 何ですぐ戻って来られないんですか!」
「怒んないでよ、ネッラ」
入学式が終わった後、キアーラ、ルチェッタと一緒にフィオはだらだらおしゃべりしていた。おしゃべり好きのキアーラが加わったことで話が終わらなくなってしまい、結局、それぞれの使用人があわてて迎えに来て、夜のパーティの準備へ向かった。
フィオを迎えに来たネッラは、ずっとぷりぷり怒っていて、今もまだ怒っている。既に母にこってり怒られたフィオは、もうお腹いっぱいだと思いつつも、機嫌の悪いネッラに言い訳しても無駄だと知っているので、黙っていることにした。
「昨日言いましたよね。入学式とパーティの間の時間が短いから、お色直ししたいんだったら早く戻って来ないといけないですよって。なのに、何でぺちゃくちゃおしゃべりしているんですか?」
「だって、キアーラ様がずーっとしゃべっているんだもの」
「パーティの準備があるから先に失礼しますと言えばいいじゃないですか」
「キアーラ様にそんなの言えないわよ。気を悪くされたらどうするの?」
「今更気になさらないと思いますけど」
「どういう意味?」
「だいたいキアーラ様だって支度があるでしょうに。見えていませんでしたか? 私やフェラノティ家の使用人が、ずーっと早く準備させてくださいって視線を送っていたんですけど」
「見えてたわよ。ルッチなんて、そのせいでずっとおろおろしてたもの。かわいそうだったわ」
「お嬢様が何とかしてくださいよ」
「嫌よ。だって、ネッラ、すっごい怖い顔してこっち見てたのよ。自分で気づいていなかった?」
「嘘つかないでくださいよ。そんな顔してません。これでも外面を取り繕う訓練は受けています。渾身の笑顔を送りましたよ」
「それが怖いの! いつもの仏頂面の方がまだ安心するわ。あ、これ、戻ったら絶対にお説教コースだって思ったら、キアーラ様のよもやま話でも聞いていた方がマシかなって思っちゃったの」
「よもやま話って」
「何でもしゃべるの。お父様の愚痴とか、自分も魔法生物に乗ったことあるとか、今日のドレスのこだわりとか。家を出て暮らせるから浮かれているんだわ。今日の下着の色まで話し出しそうだったもの」
「そうですね。浮かれに浮かれて入学式の朝から釣りに行った人もいましたしね」
「うっ。怒るならちゃんと怒ってよ。
「そもそも下着の色って……、ハッ! そこまで考えておりませんでした。そうですよね、お嬢様もお年頃。今日のパーティで仲良くなった殿方にお持ち帰りされるなんてことも。だとしたら、下着まで含めてトータルコーディネートしないと」
「ものすっごく、いらぬお世話だわ」
「いえいえ、女というのは脱いだときに真価を発揮するものです。まさか小さい子供が履くようなデカい綿パンツなんて履いてませんよね? それじゃ、ドレスを脱がした時点で部屋から追い出されてしまいますよ」
「そんなひどいことされないわよね!?」
「いえ、男なんて下半身でしか物事を考えていませんからね。自分は何の努力もしていないくせに、ちゃんと化粧しろとか、もっと色気のある下着をつけろとか、いちゃもんをつけてくるんです」
「偏見がすごいわ。何かトラウマでもあるの?」
「一般論です」
「そ、そう。まぁ、今日は心配無用だわ。ご飯食べたら帰ってくるつもりだから」
「いや、少しは社交してきてくださいよ。せっかくこんなにおしゃれするんですから」
ネッラの言うことはもっともだが、面倒くさいから嫌だな、とフィオは口をつぐんだ。実際、夜のパーティは学院の行事というより、貴族の社交会のような催しだ。家柄を考慮して、身分が上の者に対して挨拶に行く。キアーラ様などは大忙しだろう。フィオも暇ではなく、この家とこの家には挨拶に行けと、母のカミラからお達しが来ている。
面倒くさいなぁ、と思いつつも、さすがに貴族の義務かとフィオはしぶしぶ納得している。
「そういえば、このあとの撮影会にキアーラ様とルッチも誘ったの。いいわよね?」
「そうなんですか。私の判断するところではありませんが、断られたりはしないでしょう。それにしてもずいぶんと仲良くなられましたね」
「えぇ、よかったわ。すぐにお友達ができて」
「本当によかったですよ。お魚としかお話できないのかと思って心配してましたもの」
「ねぇ、ネッラ。何でも口に出していいわけじゃないのよ? 私だって怒るんだからね」
「あ、怒ってもいいですけれど、ちょっと目を閉じていてくださいね。お顔のメイクやっちゃいますので」
「ねぇ~ぇ、もっとしゅんとしてよぉ。私、怒っているよぉ」
「はいはい、しゅんとしてますから。お口も閉じてくださいね。口紅をひきますからね。何か、
「ん~~~~!」
今更であるが、ネッラはいつものようにテキパキとフィオを着飾っていた。料理を作っているときのように、早すぎて分裂するくらいにフィオの周囲を動き回る。特に何もすることのないフィオは、何だかお人形さんになった気分であった。
「はい、出来上がりです」
「うん、ありがと」
「姿見で一度確認してくださいね。気になるところは言ってください」
「盛り過ぎて頭が重いんだけど」
「我慢してください。他には?」
「あと、コルセットを締め過ぎて息ができないわ」
「我慢してください。他には?」
「……ネッラが話を聞いてくれない」
「つまり、何の問題もないということですね。ふー、何とか間に合いました。よかったです」
このメイド、そろそろクビにしてもいいんじゃないだろうか。優秀だからって何でも許されるわけではない。とりあえず、もっとフィオを甘やかしてほしい。
「それじゃ、すぐに奥様のところへ行ってください。撮影魔法の準備をして待っていると思いますので」
「え? まだ早くない? キアーラ様達が来てからでいいでしょ」
「その前に、奥様と一緒に撮影されるでしょ」
「えー、いいよ、そんなの。恥ずかしいし」
「そんな普通の思春期みたいなこと言われても」
「普通の思春期なんだけど?」
「わざわざお嬢様の晴れ姿を見るために、西方地区からいらっしゃったんですよ。少しくらい奥様の気持ちを汲んであげてください」
「んー。でも、私のドレス姿なんて見たいかしら? いつも顔を合わせているのに」
「私も母親との思い出なんてありませんが、母親とはそういうものらしいですよ」
「ふーん。わかったわ。ネッラがそう言うのなら」
「ちゃんと、来てくれてありがとうと言うんですよ」
「うん」
フィオは背の高いヒールをカツカツと鳴らした。自然と姿勢が伸びて、いつもより視点が高い。それでもネッラと視線が同じくらいで、フィオは少し笑った。そして、支度室の扉を開けるネッラに、フィオは告げる。
「ねぇ、ネッラ。今日はごめんなさいね。その、釣りに行っちゃって」
「もういいですよ。結果的に入学式にも間に合いましたし」
「そうね。でも、今度からは間に合うように戻ってくるわ」
「いや、そもそも釣りに行かないでくださいよ」
「それは約束できないわ」
「釣りバカ……」
「何か言った?」
「いえ、止めはしませんが、次回からは余裕をもって釣りに行ってください。海は逃げないんですから」
「ふふ、それは違うわ、ネッラ。釣りというのはね、釣りに行きたいと思った日が釣り日和なんだから」
「もしかしなくても、ぜんぜん反省していませんね?」
「ねぇ、今度は一緒に行きましょうよ。ネッラとも釣りを楽しみたいわ」
「はぁ、考えておきます」
釣りバカ令嬢 最終章 @p_matsuge
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