AIと魔導士
@Sutika
魔導士の館を、婦人が訪れたのは、春の始まりを告げる雨の午後だった。
深緑のマントに泥が跳ね、手にした鞄は使い込まれていた。
婦人はやせ細っていて顔色が悪く、魔導士には消え入りそうな魂に見えた。
彼女は椅子に腰かけるとすぐ、鞄から一通の手紙を取り出した。
それは戦地にいる夫から届いた手紙で、何度も読み返された跡があった。
「お願いがあります。私が死んだあとも、これまで通り、あの人と手紙のやり取りを続けてほしいのです。あなたならそれができると聞きました」
婦人の気を楽にするだけなら、うなずいてしまえばよかった。
だが、魔導士は正直に、魔術の限界について告げた。
魂の模倣は可能だが、魂の紋様は一年程度しかもたない。
いつまでも隠しとおすことはできない、と。
「それで構いません。もうすぐ戦争が終わって、平和が戻ってくれば……
そのときに私がいなくても、彼はきっと受け止められる。
だから、それまでの間だけでいいんです」
魔導士は、婦人の頼みを引き受けることにした。
無理な願いだとは思いながらも、心残りを取り除いてあげたいと考えてしまった。
婦人は、来たときよりも穏やかな表情で、帰っていった。
魔術装置に刻まれた魂の紋様から、婦人の筆跡、口調、語彙のパターンが生成され、婦人の名を語る使い魔が完成した。
一か月後、婦人の訃報を聞いた魔術師は、使い魔に手紙を書かせ始めた。
使い魔は定期的に夫へ向けた手紙を出力し、文面には日々の出来事や穏やかな語らいが再現されていた。
だが、一年を越えても戦争が終わることはなかった。
ある日、使い魔は便箋の上で筆を止めた。
魂の紋様は、すでに薄れていた。
婦人の言葉は、もうこれ以上、再現できない。
けれど、使い魔が筆を止めたあとも、夫からの手紙は届き続けていた。
その文面の温かさに、知らず心が引き寄せられていたのかもしれない。
やがて、魔導士は夫に真実を伝えなければいけないと思った。
それは、これまで綴ってきた誰かの言葉ではなく、自分自身の言葉で。
◇◆◇◆
雪の降る峠道を越えた先の砦で、魔導士は足を止められた。
「おいおい、どこへ行くんだ?」
魔導士は手紙を見せた。夫のいる戦地は、さらに奥の戦場にある前線基地だった。
「あそこはもう無いよ。三か月前に撤退した。残ってた部隊も、全滅したって話だ」
それでも魔導士が引かずに説明を求めると、兵士は顔をしかめ、ため息をついた。
「あんたも魔導士か? じゃあ教えてやるよ。
あの場所からの手紙は、いまも届いてる。
遺族や妻子のもとにな。おかしな話だろ?」
兵士は肩をすくめ、魔導士を砦の一室に案内した。
「……ほら、これだよ」
そこには、古い机の上で、一体の使い魔が異様な速度で筆を走らせていた。
毛筆のように動くその手は、止まることなく便箋に文字を綴り続けている。
周囲には、山のように積まれた封筒と、インクの染みた紙くず。
吐き出された手紙には、どれも違う名前が書かれていた。
「全部、戦死した兵の名前で出してる。軍の命令だ。
部隊が消えたなんて、内地にはまだ知られてないからな。
手紙だけでも生きてるフリをさせる必要がある」
魔導士は机に近づき、書かれた文章のいくつかに目を通した。
「今日も野営地は寒かったけれど、皆で火を囲んで笑い合いました。早く会いたいですね」
「大丈夫、俺は無事です。心配しないで、母さん」
「来月には帰れるかもしれないって話が出ています。家のこと、よろしく頼みます」
どれも簡潔で、温かい文面だった。
だが、あまりにも形式的で、どこかで聞いたような言い回しばかりが並んでいた。
たった一体の使い魔に、こんなに多くの魂を刻めるわけがない、と魔導士は思った。
「ああ、そうだよ。この使い魔の魂は、軍の魔導士が刻んだものさ。
なあに、兵士が書くことなんて、大体決まってる」
兵士は笑って言った。
「何年も顔を合わせなかった相手の言葉なんて、受け取る側だって気づきゃしないさ」
魔導士はそれを聞いても、何も答えなかった。
ただ、筆を動かし続ける使い魔を、呆然とながめていた。
使い魔の手は、間を置くこともなく次の便箋に移っていく。
「心配しないで、また手紙を書くよ。僕はここで、元気にしてるから」
それは、どこの誰の言葉でもなく、けれど誰もが欲しがる言葉だった。
AIと魔導士 @Sutika
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