エピローグ
「答辞 暖かい陽の光が降り注ぎ、桜の蕾も膨らみ始め……」
西多摩高校の卒業式。
卒業生の席にりんこの姿があった。
家族席には香織と松島が並んで座っている。
中之郷は、自分が参列して迷惑をかけるようなことがあってはいけないと言って欠席することになった。
松島は警察の礼服で参列している。
肩章とモールが金色の輝きを放つ。
警察の礼服は、着用できる場合の基準が明確に定められている。
誰でも好きな時に着られるわけではない。
着用できる場合は次のとおり。
一 拝謁(はいえつ)等のため参内(さんだい)するとき。
二 公の儀式又は園遊会、国際的な行事等に出席するとき。
三 外国の機関又は文・武官を公式に訪問するとき。
四 表彰を行い、又は受けるとき。
五 所属長等が儀礼上必要と認めるとき。
結婚式で警察官が礼服を着用するのは、五の所属長が必要と認めたときに該当する。
具体的には、冠婚葬祭その他警察官の申出により支障がないと所属長がと認めたときだが、本人か家族の式典の場合に限られる。
「松島さん、あなたは本当に不謹慎な男ですね」
粛々と進行する卒業式をまっすぐに見たまま、香織が囁いた。
「はい、俺もそう思います」
松島は悪びれる様子もない。
膝の上に揃えられた松島の手に香織の細い指先が触れた。
「ママー! 貴ちゃーん!」
卒業式が終わり、しばし友達と別れを惜しんだりんこが二人の元に駆け寄ってきた。
「そんなに走ったら危ないわよ」
香織がりんこをたしなめる。
制服の胸ポケットに小さなコサージュを挿したりんこの手には、卒業証書を納めた丸筒が握られている。
「これから行くんでしょ?」
香織がりんこと松島に問いかけた。
「うん、行くよ」
「行ってらっしゃい」
「またあとでねー」
香織と別れた二人は、拝島駅に向かってゆっくりと歩き出した。
「この前を通ることももうないかな」
拝島駅前交番の前を手をつないだ二人が通り過ぎる。
交番の前では知らない制服警察官が立番している。
「りんこちゃーん!」
交番の奥からスーツ姿の若者が飛び出してきた。
「りんこちゃん、卒業おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
交番から飛び出してきたのは近藤だった。
「松島長さん、お久しぶりです。生きていたんですね」
「お、おう。ちゃんと足が二本あるよ」
松島が苦笑した。
「松島長さん、僕、暴対係になったんですよ! 長さんみたいな刑事になりたくて頑張りました」
近藤が頬を紅潮させている。
「もう内勤に入ったのか! すごいな」
松島が感心した。
「あと、彼女もできました」
「知ってる」
りんこが吹き出した。
「え、なんでりんこちゃんが知ってるの?」
「内緒。世の中は不謹慎であふれてるんだよ」
「じゃあ、またどこかで」
駅前交番を後にした二人は電車を乗り継いで川崎市役所に向かった。
「母子手帳くださーい」
制服姿のりんこを見た市役所の職員が目を丸くした。
不謹慎 -B4零号室- 吉川すずめ @yoshikawasuzume
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