不動産女子の奮闘記

第17話 田島美咲〜新入社員編〜

第17話　田島美咲〜広報から営業へ、望まぬ転機〜

202X年、春。大学4年生の田島美咲は、いわゆる“無難な就活”をしていた。

大手メーカー、地銀、保険会社――安定、育成制度、福利厚生。耳障りの良い言葉が飛び交う説明会を、淡々とこなす日々。

でも、心のどこかが乾いていた。

そんなある日、たまたま参加した合同企業説明会で「アーバン・リンクス」のブースに足を止めた。大手では無いが中堅不動産。賃貸や売買はもちろん、地域密着だからこそできる空き家の有効活用なども手掛けている。

「この会社なら、“暮らしの物語”に関われるかもしれない。」

彼女は迷わず、ESを書き上げた。

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採用後、配属されたのは営業ではなく「広報部」。業務は地味だ。社外との接点はあっても、契約や暮らしに直接触れることはない。

それでも、美咲は手を抜かなかった。

社内報に登場する営業社員には、事前にインタビューを欠かさず行った。現場を理解しようと、時間外に営業に同行した。ときには休日に空き家物件を見にいくこともあった。

上司には「そんなことまでしなくていい」と言われたが、彼女は自分の好奇心に正直だった。

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2年目の夏、SNSに投稿した空き家の再生プロジェクトが、地域紙で取り上げられた。それをきっかけに反響が広がり、移住希望者からの問い合わせも入った。

「田島さん、これ営業案件に回しておいてくれる？」

広報が種を蒔き、営業が刈り取る――それがこの会社の当たり前だった。

アーバン・リンクスに入社して3年。

田島美咲は、広報部で地味ながら確かな存在感を放っていた。

毎月の社内報、企業SNS、プレス対応――直接売上には関係ないが、会社の「顔」を支える仕事をしている。

「営業じゃなくてよかったですね、美咲さん。特に営業第1部は大変らしいよ。」

後輩の由梨がよく言った。

そのたびに、美咲は笑って答えた。

「うん、私には営業職は無理だと思う。数字で詰められるとか、絶対耐えられないし。」

本音だった。華やかに見える営業という世界には、どこか自分の“居場所じゃない”感じがあった。

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202X年初頭。美咲が中心となって仕掛けた「再生空き家×移住者ストーリー企画」が、地域の新聞で特集され、Web上でもバズを生んだ。

営業部から「問い合わせ急増中」と感謝の連絡が入ったとき、美咲は少し誇らしかった。

“表に出なくても、人の暮らしを動かせる”――それが、私のやり方。

この広報という裏方の仕事を、もう少し深めていける。そう思っていた矢先だった。

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ある日の午後、何気なく開いた社内メール。差出人は人事部。

件名は「人事異動のお知らせ」。

営業第一課への異動を命ずる。着任は来週月曜日。

最初は何かの間違いかと思った。

「え……営業……？私が？」

視界がにじむ。頭が真っ白になる。

異動の希望も出していない。営業に行きたいと一言も言っていない。それなのに、会社は「通告」だけで美咲を現場に送り出そうとしていた。

近くにいた由梨が心配そうに声をかける。

「田島さん……？顔色、悪いですよ？」

「……ううん、なんでもない。」

でも、心の中では叫んでいた。

なんで、私なの？

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上司に尋ねても、返ってきたのは曖昧な答えだった。

「いやあ、広報で頑張ってるのは分かってる。でもな、会社としては現場経験も積んでほしいっていうか……」

“育成ローテーション”という便利な言葉。誰もが納得する建前に、感情を押し込めるしかなかった。

親にも言えなかった。同期には「いい経験になるじゃん」と軽く笑われた。

でも美咲にとって、それは夢の終わりのように思えた。

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異動初日、通勤電車の中で、美咲はスマホを見つめながらこう思った。

もう広報には戻れない。戻ったとしても、私はもう“元の私”じゃない。

でも、それでも逃げなかった。

鏡の前でジャケットのボタンを留め、営業向けのヒールを履く。

心の準備はできていない。でも足は、会社に向かって進んでいく。

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営業第一課のフロア。

電話の嵐、足音、怒号まじりのミーティング。すべてが“異国のような景色”だった。

そして現れたのが、あの男――大橋課長。

「お前が田島か。営業、初めてか？ ……明日から飛び込み100件だ。名刺切らせてこい。」

その声は冷たくて、鋭くて、美咲の胸を貫いた。

営業に“向いてない”ことを証明するために配属されたんじゃない。自分で“向いているかどうか”を決めるために、ここにいるのかもしれない。

その夜、コンビニの味気ないサラダを食べながら、彼女は小さく決意する。

「やる前から逃げない。これは、私を変える物語の始まりだ。」

― 完 ―