第16話 田島美咲〜未来編〜

第16話 田島美咲、5年後の物語~


202X年、春。


田島美咲は、地域再生プロジェクトのチームリーダーになっていた。


立ち上げ時は3人だったチームも、今や10名を超える。


行政や金融機関との連携も強化され、彼女の名前は社内だけでなく地域紙でも見かけるようになっていた。


それでも、美咲は「肩書き」にこだわらなかった。大切なのは、“誰とどんな未来をつくるか”。



5年前に手がけた、斉藤さんの空き家。今は、地域の子ども食堂と放課後教室として運営されている。


ある日、担当スタッフから連絡が来た。


「田島さん、久しぶりに来てください。あの家、子どもたちが“たじま先生の家”って呼んでるんです。」


訪れたその日、子どもたちが駆け寄ってきた。


「ほんとにいた!この人が“まほうの家”つくったんだよね?」


笑いながら、美咲は言った。


「ううん、みんなが“魔法”をかけたんだよ。私は、ドアを開けただけ。」



チームに新しく入った新人、山本遥。かつての自分を思わせる、まっすぐで不器用な女性だった。


「田島リーダー、私、向いてないかもです……数字、全然取れなくて。」


ある朝、美咲は山本の机に一通の封筒を置いた。中には、5年前に自分が初契約のときにこっそり書いたメモのコピー。


『数字よりも、“その人にとっての正解”を見つけたい。それが私の営業です。』


山本は、少し泣いた。そしてその日から、1件1件を“丁寧に”回るようになった。



同年冬。大橋課長が定年退職を迎えた。


送別会で、大橋は短く、こう言った。


「田島、お前が俺の最後の“逆転ホームラン”だったな。」


「……なんですかそれ。」


「売れると思わなかった新人が、一番会社を動かしてる。営業人生、これで悔いなしだ。」


その夜、帰り際に美咲は小さく頭を下げた。


「育ててくれて、ありがとうございました。」



エピローグ:未来の「街」


数年後、美咲は社内で「街づくり戦略室」の室長に就任。空き家、商業地、公共施設の再活用を通じて、“地域に根づく不動産”を広げていった。


新聞の特集記事には、こう紹介された。


「不動産の“未来”は、数字じゃなく人の温度で動く。田島美咲は、その体現者だ。」


インタビューの最後、美咲はこう答えた。


「私は、“家を売る人”じゃない。“誰かが暮らす場所を、一緒につくる人”でいたいんです。」


― 完 ―

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