上底大作戦の末路
いつもと変わらないはずの帰り道。私が生まれた時からそこにあったコンビニが、解体されている。信じられない、いや信じたくない光景が広がっていた。敷地はパーテーションのような白いバリケードで区切られている。コレを見て改めて気づいたことではあるが、土地そのものは小さなマンションかアパートがギリギリ建てられる程の広さしかない。こんな小さな敷地に、本当に数日前までコンビニが建っていたのかと思えるくらいには狭い。
柱や壁などの、硬いものが壊れるような轟音が嫌でも耳に飛び込んでくる。無常とも冷酷ともとれるような機械音は、コンビニを外から何時間も破壊しているようだ。あれだけ慣れ親しみ、思い出が詰まったコンビニが目の前で壊されているのに止められない。涙が出そうなくらい悲しくなり、私は家路を急いだ。
小さくとも凝ったデザインの門扉を開け、部屋番号を入力してから自動ドアを駆け抜けた私は、エレベーターのボタンを押した。家は三階の突き当たりにあり、目的の階まではすぐに着いた。このマンションのエレベーターは古いタイプのようである。表示板に記されている番号の上にランプが付いており、それが点滅することで、目的の階に到着したことが分かるようになっている。機械によるアナウンスやチャイムはなく、今どきよく見るタイプとは違い、そこまで親切ではない。ドアが開くとすぐに、私は三〇六号室へと向かっていった。近くのコンビニが余りにも呆気なく最期を迎えた事実を母に伝える為に、いつの間にか全速力で走っていた。
勢いよくドアを開け、私は革靴を脱いだ。硬い音が響くと同時に靴が落ち、
「ただいまっ!」
と言った後、私は母に泣きそうな声で、
「近くのコンビニが!いつの間にか潰れてて……」
「ああ、あそこのコンビニね。こないだ、閉店売り尽くしセールがやってたわよ。でも、あそこは品揃えが悪かったからね……」
「そんなあ……。保育園の時お父さんに連れて行ってもらったことあるけど、食玩の人形とか飴買ってもらったのに。風邪で苦しかった時にのど飴買ってもらったのも、あそこだよ?」
「恵理奈にとっては思い出が沢山あるのね。でもねえ、あそこは数年前からいい噂を聞かなくなったからね……」
「どうして?」
「あそこ、いっ時上げ底弁当売ってたって」
母が続ける。
「以前、ここでお昼ご飯のお弁当を買った時、あまりにもボリュームがスカスカでさ。ご飯が平べったかったのよ……。あたし自身、近くの事務所で働いてるし、デスクワークが主だから残業がない日はギリギリ耐えられるけど……。唐揚げはまだしも、お新香はないし、コーンとかでかさ増ししてるようにしか思えなかったの」
「ごめん、あのコンビニの弁当、一回も食べたことないんだ。でも、おにぎりなのに具が少なかったことはあったかな……」
思い返せば、あのコンビニではいつの頃からか、おかしな商品ばかり売り始めていた。切れ端以外は入っていないソーセージパン、半分くらいタマゴが入っていないサンドイッチ。沢山入っているのかと思いきや、容器の一部は空気だと噂されたドリンク。まともな自社ブランドの商品は、ブリックパックのジュースとサラダチキンくらいしかないとさえ囁かれていた。部活の時、確かに一度だけそう聞こえてきた。
私は女子バレーボール部に所属している。合宿は当たり前で、厳しい練習も日々こなしている。そんな時でも、スマホを開けばSNSを見ることは出来るし、夜の自由時間にコンビニへ行く子もいた。だが、暇を潰すと言ってもお菓子を少しだけ、もしくは飲み物を買うくらいしか選択肢がなかった。この時は、タピオカドリンクを手に取った友達がいたのだが、
「何これ!上の方スカスカじゃん。空気でも入ってんの?意味わかんないし」
「面白いじゃん!撮ろう、撮ろう」
同じ部活のメンバーが、まるで悪ふざけのように、何度もスマートフォンのカメラを向ける。カメラのシャッター音が静かな部屋に響くが、フラッシュは焚かれていない。そのせいか、撮られた写真は暗かった。写真はすぐSNSにアップロードされ、私のタイムラインにも回ってきた。ぱっと見はただドリンクのカップを、アップで写しただけで顔は見えない。私は、ハートマークをタップした。テキスト自体は、
『上がスカスカのドリンク!さっき買ったけど、空気入ってるみたいで面白い』
というもの。誰がどう見ても、女子高生の悪ふざけとしか感じられない筈だ。事実、最初は一つもリプライが来ていなかった。
合宿が終わってから二日後、スカスカのドリンクの投稿には、『いいね』『リポスト』が沢山付いていた。フキダシのマークに目を向けて見ると、二十以上のリプライがあった。試しに覗いてみると、そこには、
『本当だ!上の方ペイントだったんだ!スカスカじゃん。信じらんない』
『最近のコンビニはこんなことしてんの⁈』
『このコンビニはもう信用しない』
『ぼったくられて可哀想』
などのコメントがあった。他にもこのドリンクを売っているコンビニへのコメントはあったが、大半は怒りと呆れ、やるせなさが溢れたものばかりだった。
同じような内容の投稿が、タイムラインには幾つも流れてくる。スカスカの弁当やおにぎり、サンドイッチや調理パンの写真ばかりでタイムラインは埋め尽くされていた。そうした投稿には決まって沢山の『いいね』が付き、どんどん拡散されていく。ハートマークの横には、数百から数千の数字が刻まれていく。それだけあのコンビニが叩かれているのだ。実際、休日には駐車場に一台も車は愚か、自転車すらもなく、店の中には昼時だというのに三人しかいなかった。客の出入りも少なく、商品が減っている様子はない。そんな日が何ヶ月も続いたせいで、私の家から二、三分のところにある、あのコンビニは潰れてしまったのだろう。
結局、あのコンビニは時間をかけて解体されることになった。同じ頃、同じコンビニチェーンが次々と閉店していった。このことはニュース番組でも報じられ、ネットニュースやSNSでも数日はその話題で持ちきりだった。
あれから数年後、コンビニの跡地には小さな喫茶店が建った。個人経営のサンドイッチやオムライスが美味しい店だ。オープン当日、私は興味本位で行ったが、家から二、三分のところにあるのは変わらない。ドアにはアルバイト募集の貼り紙があり、職種と賃金、一番下には電話番号が書かれている。店の中は明るく雰囲気が良い。席は満員で、客の朗らかな声が絶えず、何度も行きたくなる程だった。実際、最初の数ヶ月は何事もなく沢山の客が入ってきたのだが、暫く経った頃から雲行きが怪しくなってきた。
小綺麗な店内は、ぱっと見何も問題がないように見える。私が久々に一人で食べに来た時は、休日の昼にも拘らず、客席は然程埋まっていなかった。レジ付近のお菓子や紅茶のブースにあるクッキーなどはそこそこ減った形跡もある。中には売り切れたものもあるが、その割に客席はガラガラだ。私はカウンター席に座っていたが、この時は一人でのびのび使えることに感謝しつつ、注文した料理をゆっくり味わっていた。
運ばれてきた紅茶は温かく、ホットサンドには小さなサラダが付いていた。私は砂糖をカゴから取り出して入れ、金メッキの可愛らしいティースプーンでかき混ぜてから口を付けた。淹れたてを飲んだこともあり、舌を少し火傷してしまった。ホットサンドを食べる前には、スマートフォンのカメラで一枚だけ写真を撮った。素人が撮ったものだから、アップロードしても中々『いいね』が付かない。それでも良かった。
今では珍しい白熱電球のランプに照らされる、ガラスのサラダボウル。皿の底に残ったドレッシングは水っぽく見える。私は残っていたコーンをフォークで掬い上げ、口にした。ほのかな甘みが口の中に広がり、やがて消えていく。その後、ホットサンドに齧り付くと、隣に誰かが座ってきた。二十代前半の青年のようだが、洒落ていてシックな喫茶店には似合わない、紺のウインドブレーカーを羽織っている。耳にはピアス、髪は脱色していて、どう見ても不良やチンピラにしか見えなかった。メニューを閉じた彼は、私に気づくとこちらを向き、
「なあ、この店……。なんでこんなにガラガラなのか知ってるか?」
「どういうことですか?」
「どうしてかは分かんねえけど、誰かに復讐するって噂だぜ?だから、ここのスープは注文しない方がいいぜ?」
「注文してません。そもそも小腹が空いただけですし」
「なら良かった」
彼はにっこり笑うと、コーヒーとパンケーキに向き直った。この時、彼の言葉が何を意味しているのか分からなかったが、五日後に私は意味を知ることになる。
その日は朝から講義のない日だった。母はまだ起きてこない。新聞を郵便受けから取ってくると、その中にある見出しを見つけた。
『喫茶店で六人食中毒』
『客の胃から農薬が検出』
あの青年が言ったことは真実だったのだ。小さな記事ではあるものの、事件は公になったのだ。店長も逮捕されているらしく、喫茶店自体はそう遠くないうちに潰れるのだろう。あの土地は呪われているのだろうか。次は一体何が建つのだろう、と思いながら、私は居間のテーブルに新聞を投げ置き、ソファーへ足を投げ出した。
のんびり短編集 出張版 縁田 華 @meraph
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