旅の始まり、風の記憶

焦げついた風が、岩肌を削るように吹きつけていた。

乾いた赤土の大地がどこまでも続き、遠くには砂嵐の兆しがうっすらと見えている。その中を、レオン・ヴァルカンとヴィクター・ギアソンは小型の浮遊バイクで進んでいた。アイアンバレーを発ってから、すでに半日以上が経過している。

「じっちゃん、本当にこんな辺境に人がいるのか?」

レオンが後部座席から声をかけると、前方を操縦するヴィクターは小さく肩をすくめた。

「さあな。だが、昔はここに交易キャンプがあった。物資と情報の交換所ってやつだ。今も機能してるかは分からんが、行ってみる価値はある」

「……それにしても、あのリングギアの件。まだ頭が追いつかねぇよ」

レオンの右腕には、今も青白い光を宿したリングギアが装着されていた。母の遺産。都市の遺構で偶然発見された人格同期型制御端末。そしてその中に宿る、AI・ヴァルの声。

『混乱するのは当然です。ですが、あなたが選ばれたことに意味があります』

唐突に脳裏に響いたヴァルの声に、レオンは少し身を震わせた。

「いきなり話しかけんなよ……」

『申し訳ありません。ですが、通信回線は常時接続です。必要に応じて介入します』

「便利すぎるのも考えものだな……」

ヴィクターは振り返らずに言った。

「ヴァルの声か?」

「ああ。四六時中だ。なんかもう、俺の頭の中に住んでる感じ」

ヴィクターが軽く笑った。

「お前の母さんも、四六時中研究に没頭してるような人だった。似たようなもんだろう」

レオンは口元を緩め、小さく息を吐いた。

「……だといいけどな」

赤土の丘を越えると、目の前にうっすらと人影らしきものが見えた。レオンが目を凝らすと、それは人影ではなく、壊れかけた貨物コンテナがいくつか積み重なった、簡易的な建物群だった。

「じっちゃん、見えたぜ! あそこか?」

「ああ、あれだ。……だが何か様子がおかしいな」

近づくにつれ、そのキャンプ跡が完全に荒廃していることが分かった。焼け焦げた跡や砕けた部品が散乱している。

「……襲撃されたのか?」

「そのようだな」

ヴィクターは警戒を強めながらバイクを停め、工具バッグから銃を取り出した。

「慎重に行くぞ」

レオンも腰のブレードを確認し、二人はゆっくりとその廃墟に足を踏み入れた。

ひどい有様だな……」

レオンは瓦礫を慎重に避けながら呟いた。破壊されたコンテナの内部には、焦げた機械の残骸や武器の破片が散乱し、争いの跡が生々しく残されている。ヴィクターが銃口をゆっくりと周囲に向け、注意深く辺りを見回す。

「盗賊か、それとも軍か……」

「軍って、この辺境に?」

ヴィクターは難しい表情を浮かべた。

「最近、辺境でも妙な動きがある。古代遺物を狙ってな。特にリングギアのようなものをな」

レオンは腕にはめられたリングギアを見て、軽く舌打ちした。

「俺たちもターゲットってことかよ」

『否定はできません。この端末には非常に高度な技術が使われていますから』

ヴァルの冷静な声が頭に響く。レオンは軽く頭を振り、溜息をついた。

その時だった。瓦礫の陰から微かな物音がした。

ヴィクターが素早く銃を構え、声を張り上げる。

「誰だ! 出てこい!」

短い沈黙の後、ゆっくりと姿を現したのは、淡い銀髪をした一人の少女だった。細身の体には汚れた外套を纏い、鋭い視線を二人に向けている。彼女は右手に小型の銃を構えていた。

「お前たち、何者だ」

少女の声音は冷たく警戒心に満ちている。

「悪いが、質問に答えるのはそっちだ」

ヴィクターが低い声で返す。レオンは二人の緊張を解こうと両手を挙げた。

「待った、俺たちは敵じゃない。襲った奴らとは違う」

少女は少しだけ銃口を下げ、警戒を解かないまま問い返す。

「じゃあ何しにここへ?」

レオンは腕のリングギアを示し、少女に視線を合わせた。

「俺たちは情報が欲しい。リングギアに関するな」

少女の目がわずかに見開かれる。その表情に、レオンは直感した。

――彼女は何か知っている。

「そのリングギア……どこで手に入れた?」

少女の声は微かに震えていた。レオンは静かに答える。

「母さんの形見だ」

少女は小さく息を呑み、銃を完全に下ろした。彼女の態度に変化が見え始める。

「形見……。じゃあ、あんたがセリーナ博士の息子?」

レオンが驚いて目を見開くと、ヴィクターもまた驚きを隠せずに眉を上げた。

「じっちゃん、この子……母さんを知ってるみたいだ」

ヴィクターは慎重に銃を下ろし、少女に穏やかに問いかけた。

「あんた、名前は?」

少女は少しためらった後、小さな声で答えた。

「エレナ……エレナ・フロスト」

レオンはゆっくりとエレナに近づき、穏やかな表情を見せた。

「エレナ、ここで何があったか教えてくれないか?」

エレナはためらいがちに目を伏せ、静かに口を開いた。

「私たちはここで情報収集をしていた。でも数日前、軍を名乗る集団が襲ってきた。古代遺物を渡せと……。私は運良く生き延びたけど、仲間は……」

エレナの声が途切れ、肩が小さく震える。レオンは胸が締め付けられる思いだった。

「酷い話だ……」

ヴィクターは深く息を吐き、ゆっくりと周囲を見回した。

「ここはもう安全じゃない。俺たちと一緒に来るか?」

エレナは逡巡するように瞳を揺らした後、小さく頷いた。

「……いいの?」

レオンは力強く微笑みかける。

「当然だろ。一人で放っておけない」

エレナは緊張が解けたように小さく笑みを返した。その時、瓦礫の中から再び物音が響いた。三人は即座に警戒態勢をとった。

「……待って、気配が違う」

エレナが鋭く呟く。瓦礫の陰から現れたのは、浅黒い肌に逞しい体格をした若い男だった。肩には大きなライフルを背負い、陽気な笑みを浮かべている。

「よう、エレナ。無事だったか?」

「マックス! あんた、生きてたの!?」

エレナが驚きと安堵の混ざった声を上げる。男――マックスは陽気な表情で頷いた。

「俺がそう簡単にやられるかよ。……で、この二人は?」

レオンが自己紹介をしようとすると、マックスはそれを遮り、興味深そうにレオンのリングギアを眺めた。

「それ、リングギアだよな? 本物を見るのは初めてだぜ」

マックスの態度はどこか子供じみていて、レオンも思わず苦笑した。

「俺も手に入れたばかりでよく分かってない」

「ま、仲良くしようぜ。これも何かの縁だ」

マックスは快活に手を差し出す。レオンは笑みを浮かべ、その手を握り返した。

「よろしく、マックス」

「おう!」

「……気楽な奴だな」

ヴィクターが呆れたように呟いたが、口元には僅かな笑みが浮かんでいた。

「とにかく、この場を離れよう。安全な場所へ移動だ」

ヴィクターの言葉に一同は頷き、廃墟を後にする準備を始める。

その時、砂丘の向こうから新たな気配が近づいてきた。微かな殺気を感じ、全員が一斉に振り返る。砂埃を巻き上げながら現れたのは、長身で冷徹な目をした男だった。腰には鋭い日本刀が差してある。

「何者だ?」

ヴィクターが銃を構える。男は鋭い視線を向け、静かに告げる。

「敵ではない。俺はサイラス・ナイトシェイド。ここでお前たちを待っていた」

「待っていた?」

レオンが怪訝に尋ねると、サイラスは静かに頷いた。

「お前たちには、世界を変える運命が託されている。俺もまた、その運命に導かれた者の一人だ」

レオンは理解しきれないままサイラスを見つめたが、その瞳の奥に宿る決意と覚悟を感じ取った。

「どういう意味だ?」

サイラスは短く答える。

「全ては後で分かる。今はここを離れろ」

一同は互いに視線を交わし合った後、ヴィクターが決断したように声を上げた。

「行くぞ。全員バイクに乗れ」


荒野を吹き抜ける風が砂を巻き上げ、乾いた大地を波打つように揺らしている。ヴィクターを先頭に、レオンたちはそれぞれバイクに乗り込み、廃墟から遠ざかるように走り出した。

「行き先はどうする?」

エレナがヴィクターに問いかけると、彼は迷わず前方を指さした。

「旧交易キャンプだ。あそこなら一時的に身を隠せる」

サイラスは黙って頷き、レオンは軽くアクセルを握り直した。

「旧交易キャンプって?」

レオンの問いにマックスが楽しげに答える。

「昔、辺境を行き交う連中の拠点だった場所さ。今じゃ廃れて誰も寄り付かないがな」

「おいおい、それで安全なのかよ?」

レオンは不安げに眉を寄せたが、ヴィクターは落ち着いた口調で返した。

「廃れているからこそ安全なんだ。今はな」

一行は黙々と砂地を走り続けた。やがて遠くに、古びた建物の輪郭が見え始める。赤茶けた錆と風化した壁が、長い年月を物語っている。

『スキャン中――付近に敵性反応はありません』

リングギアからヴァルの声が響く。レオンはほっと胸を撫で下ろした。

キャンプに辿り着き、バイクを停めると、ヴィクターは慣れた様子で建物に入った。内部は埃っぽく暗かったが、辛うじて人が生活できそうなスペースが残っている。

「ひとまずここで休息だ」

ヴィクターが荷物を下ろしながら指示を出す。サイラスは壁際に立って周囲の様子を窺い、マックスはリラックスした様子で椅子に腰掛けた。

エレナはバッグから携帯食料を取り出し、レオンに手渡した。

「あんた、リングギアの使い方、分かってる?」

「いや、全然……」

レオンが苦笑いすると、エレナは小さく息を吐き、リングギアを覗き込む。

「私も噂程度にしか知らないけど、その装置は人の意識とリンクするの。上手く使えれば、信じられない力を発揮するはず」

レオンはリングギアを見つめ、複雑な表情で口を開いた。

「……これ、本当に俺が使いこなせるかな」

エレナは静かに笑った。

「使いこなせなきゃ、私たちみんな困るわ」

その言葉にレオンは肩をすくめて笑い返した。

「厳しいな」

一方、マックスはライフルの手入れをしながら楽しげに話しかけてきた。

「まあ心配すんな。ピンチの時は俺が後ろから狙撃してやるぜ」

レオンは皮肉っぽく返す。

「それって、信用していいのか?」

マックスは豪快に笑った。

「任せろって! 俺は天才スナイパーだぞ」

そのやり取りを見ていたヴィクターは、小さく呟く。

「頼もしいのか不安なのか分からんな……」

サイラスが壁にもたれながら口を開いた。

「それより、今後の方針を話し合おう」

一同の視線がサイラスに集まる。

「このリングギアがある以上、俺たちは必ず狙われる。逃げ回るだけでは解決しない」

ヴィクターも頷きながら口を開いた。

「ああ、奴らがリングギアを狙う理由を突き止めない限り、俺たちはずっと追われ続けるだろう」

レオンは黙ってリングギアに目を落とした。

『レオン、提案があります』

ヴァルが静かに語りかける。

「何だ?」

『私に格納された記憶データの中に、古代遺跡に関する情報が記録されています。そこに行けば、何か手がかりが掴めるかもしれません』

レオンは周囲を見回し、仲間たちの顔を確かめた。

「ヴァルが古代遺跡の情報を持ってるって。そこへ行ってみる価値はあると思う」

ヴィクターが深く頷いた。

「なるほどな。悪くない提案だ」

マックスは腕を組み、楽しげに言った。

「遺跡探索か、面白そうだぜ」

エレナは慎重に問い返す。

「でも、それって危険じゃない?」

サイラスが落ち着いた声で割り込んだ。

「危険を避けていては何も得られない。行くしかない」

レオンは決意を込めて言った。

「決まりだな。古代遺跡へ向かおう」

一同が頷き合った瞬間、キャンプの外から遠く轟音が聞こえた。全員が一斉に立ち上がり、表情を引き締める。

ヴィクターが素早く指示を出した。

「すぐにここを離れるぞ。長居は無用だ」

全員が荷物を掴み、素早く外に飛び出した。砂嵐の向こうに、接近する黒い影が見え始める。

「敵か……?」

レオンの呟きに、サイラスが静かに応えた。

「迎え撃つ準備を」

その言葉を合図に、全員が再びバイクに飛び乗り、荒野へと走り出した。レオンは前を見据えながら、心の中で強く誓った。

砂嵐が視界を奪い、砂粒が肌を刺すように打ちつける中、一行は速度を緩めずに荒野を疾走した。

「奴ら、何者なんだ?」

レオンが叫ぶように問いかけると、ヴィクターが険しい顔で答えた。

「分からんが、お前のリングギアを追っていることは確かだ」

「ちっ、面倒なことになったな!」

マックスはバイクのハンドルを巧みに操りながら、後方をチラリと見やる。

「おい、来るぞ!」

後方から黒い装甲に覆われた無人機が、唸りを上げて急接近してきた。無人機の赤いセンサーが、砂塵の中で不気味に光っている。

「レオン、ヴァルを使え!」

ヴィクターの叫びに、レオンはリングギアを見つめた。

「ヴァル、何か使えるのか!?」

『使用可能な防衛機構があります。ただし、共鳴率が十分でないため、短時間しか展開できません』

「短くていい!やるぞ!」

レオンが叫んだ瞬間、リングギアが蒼く輝きを放った。彼の腕に流れ込むエネルギーが、全身を痺れさせる。

『シールド展開』

ヴァルの声と共に、半透明の蒼い光が一行を覆うように現れ、迫ってきた無人機が激突した。

ガァン!

無人機は弾かれるように後方に吹き飛び、砂地に激しく叩きつけられた。

「やったか!?」

レオンが歓喜の声を上げると、エレナが冷静に返す。

「油断しないで!あれは一機だけじゃない」

その言葉通り、遠方から複数の無人機が次々と現れ、編隊を組んで近づいてくる。

「くそ、これじゃキリがねぇぞ!」

マックスが苛立ちを隠せずに叫ぶ。サイラスは腰の日本刀を握り締めながら冷静に声をかけた。

「ひとまず距離を取るしかない」

ヴィクターが素早く進路を変え、狭い岩場へと一行を誘導した。岩肌が連なる狭い峡谷に入ると、後方の無人機が追尾を躊躇するように動きを緩める。

「ふぅ……助かった」

レオンは安堵の息をついたが、ヴィクターは険しい表情を崩さなかった。

「一時的に振り切っただけだ。奴らはまた来る」

「なあ、じっちゃん。何であいつらはリングギアを狙うんだ?」

レオンが問いかけると、ヴィクターは小さく息を吐いた。

「リングギアは、単なる装置じゃない。古代の超技術を引き出す鍵だ。悪用すれば、この世界を支配する力にもなる」

レオンは息を飲んだ。

「そんな重要なもの、なんで俺が……」

ヴィクターが静かに答えた。

「お前の母さん、セリーナが最後に託したんだ。彼女は、これを誰にも悪用させないためにお前を選んだ」

レオンはリングギアを見つめ、強く握り締めた。

「母さんが……俺を……」

エレナが静かに声をかける。

「あんたが選ばれたってことは、責任があるってことよ」

レオンは決意を込めて頷いた。

「ああ、逃げたりしない」

マックスが軽く肩を叩き、ニヤリと笑う。

「まあ、責任も重いが、俺たちがついてるぜ」

サイラスも静かに言った。

「共に行こう」

ヴィクターは満足そうに頷いた。

「よし、先を急ぐぞ。遺跡はここからそう遠くないはずだ」

一行は再びバイクを走らせた。


焼けつく風が岩の斜面を吹き抜け、赤茶けた砂粒が視界を曇らせた。かつて交易と探査の拠点として栄えた旧キャンプの一角に身を潜めながら、レオン・ヴァルカンはリングギアを確認していた。青白い光はわずかに脈動しており、彼の鼓動とどこかでリンクしているかのようだった。


「本当にこの遺跡で、何かが分かるのか?」


レオンの問いかけに、脳裏へ直接語りかける声が静かに答えた。


『この地点に、かつてセリーナ博士が調査していた記録があります。あなたの父の手掛かりも、ある可能性が高い』


「ヴァル……父さんのこと、知ってるんだな」


『正確には、私の中にある“彼に関するデータ”がまだ封印されています。条件が揃えば、順次開示可能です』


レオンは深く息を吐き、仲間たちへ視線を向けた。エレナは冷静な眼差しで小型端末を操作し、マックスはスナイパーライフルのメンテナンスを終え、陽気な笑みを浮かべていた。サイラスは静かに壁際で刀を研いでおり、ヴィクターは工具を片手に設備の補修に集中している。


「よし、出発しよう。全員、準備はいいか?」


「もちろん。狙撃位置も考えておくぜ」


「問題ないわ。戦闘が起きても、最低限は守れる」


「拙者の刃、研ぎ澄ませておいた」


「……小僧。くれぐれも無茶はするなよ」


レオンは笑って頷いた。


「わかってるって。今回は慎重にな」


彼らはキャンプを出て、崩れた谷底へと向かった。そこには地図に記されていない、地下へ続く裂け目があった。古代の防衛遺構だとヴァルは告げていたが、その中に何が待っているのかは誰にも分からなかった。


「まさか本当に地下遺跡があるとはな……」


ヴィクターが感心したように呟く。


「罠は?」


「スキャン中……反応あり。複数の機械式トリガーと赤外線監視網が存在します」


「ほう……合理的だな」


不意に別の声が割って入った。音もなく背後に現れたのは、淡く発光するプラズマのような人影。頭部も胴体も明確な輪郭を持たず、身体全体が透き通るように光を帯びていた。


地下へ続く通路は、まるで呼吸するかのように青い光を脈打っていた。レオンたちはリュミエルの導きに従い、慎重にその中を進む。


「この遺跡……普通じゃないわね」


エレナが周囲を見回しながら呟く。壁に刻まれた古代文字は、リングギアの内部構造に似た模様を持ち、ところどころから浮遊する微細な粒子が宙を舞っていた。


「重力が……おかしい?」


マックスが跳ねるように足を踏み鳴らすと、ほんのわずかに浮き上がった。


「この階層は空間制御技術によって維持されている。重力、温度、時間感覚も干渉を受ける」


リュミエルが淡々と説明する。


「要するに、よく分からん場所ってことだな」


ヴィクターが溜息混じりに言いながら、背中の工具を揺らした。


「前方、生命反応……一体」


ヴァルの警告が響いた瞬間、廊下の先で影が揺れた。機械のような、だが有機的な動きを見せる人影。レオンは足を止める。


「誰だ……?」


ゆらりと現れたのは、黒衣に包まれた人物だった。仮面のような装置で顔を覆い、右腕にはリングギアのような装置が埋め込まれている。


「レオン・ヴァルカン……やはり、ここに来たか」


その声は低く、どこか歪んでいた。


「……誰だお前」


「俺は……かつての“選ばれなかった者”だ。リングギアが反応しなかった、もう一人の“候補”だよ」


仮面の奥から赤い光が一閃した。レオンは咄嗟に身構える。


「何のつもりだ!」


「証明する……“力”が誰に相応しいか。選ばれるだけでは、世界は救えない」


次の瞬間、仮面の男が踏み込んだ。その動きは、人間の域を超えていた。


「来るぞッ!!」


サイラスの叫びと共に、遺跡の深層で戦いが始まろうとしていた――


光が炸裂したその瞬間、遺跡の空間全体が震えた。青白い稲妻のようなエネルギーが天井を走り、照明装置の一部が閃光を放って落下する。


「レオン!」


エレナの叫びが響く中、レオンは爆風を受けながらも体勢を崩さず、リングギアの輝きを盾のように前へ掲げていた。


「こっちは無事だ……けどあいつは……」


煙の向こうに、仮面の男が膝をついていた。装甲の一部は焼け焦げ、片腕のリングギアが火花を散らしている。


「さすがに……効いたか……」


だが男は、ゆっくりと立ち上がる。その目に浮かぶのは、怒りでも絶望でもない。純粋な、飢えに似た衝動――それは「証明」への執念だった。


「お前の力……認めよう。だがそれでも、俺は止まらない。止まるわけにはいかないんだ……!」


その叫びと共に、男の背中から何かが展開する。金属製の羽根――いや、推進装置と融合したエネルギーウイングだ。彼の全身が、今やほとんど“兵器”と化していることを証明するものだった。


「ヴァル、あれは……」


『リングギアの暴走融合体。人格情報を維持できる限界を超えつつあります。このままでは彼の自我は完全に消滅します』


「じゃあ……止めるしかないってことか……」


レオンは静かに目を伏せ、リングギアを構えた。


「力じゃない。……“想い”で、俺はお前に勝つ」


再び戦闘が始まる――

光が炸裂し、爆風が遺跡の壁を削った。


レオンは咄嗟に身を伏せ、リングギアのバリアを展開する。その青白いシールド越しに、仮面の男の姿が変貌していくのが見えた。


「……こいつ、何が……!」


男の身体が軋み、内部の人工骨格が音を立てて露出する。皮膚に見えていたものは、人工筋肉と金属繊維の擬態だった。胸部に埋め込まれた異形のリングギアが、ヴァルのものとは異なる赤い光を放つ。


『警告。相手の装置が暴走状態に入りました。機械的制御が解除されています』


「つまり……自分を抑えられないってことか?」


『いいえ。自我と本能が融合して“戦闘特化型意識”に切り替わりました。今の彼は、対話が通じない“兵器”です』


ヴァルの言葉に、レオンは拳を握る。


「なら、止めるしかないんだな……!」


暴走した男が咆哮を上げ、猛然と突進してくる。その速度はさきほどの比ではなかった。


「レオン、下がれ!」


サイラスが再び前に出て、日本刀で衝突を受け止める。しかし、力の差は明白だった。刀身が軋み、サイラスが一歩後退する。


「拙者の刃でも、貫ききれぬか……!」


「マックス!」


「分かってる!」


マックスが背後から狙撃する。放たれたエネルギー弾が男の関節部を正確に撃ち抜くが、わずかに軌道が逸れ、致命には至らない。


「くそっ、動きが読めねぇ!」


「レオン、援護する!」


エレナが遮蔽フィールドをレオンに重ねる。同時にヴァルの声が響く。


『リングギア、同期率58%。共鳴機能展開可能。出力制限解除しますか?』


「解除してくれ!こいつを止めるんだ!」


リングギアが閃光を放つ。レオンの右腕に青い雷光が奔り、ヴァルの意思とリンクする。


「いくぞ……!」


暴走する複製体と、レオンの拳がぶつかり合う――。

拳が交差する瞬間、空気が爆ぜた。


青と赤、二つの光が遺跡の闇を切り裂き、激しい衝撃波が周囲に広がる。レオンの拳は、複製体の腕に直撃していた。しかし手応えは岩のように硬く、彼自身の体が弾かれた。


「ぐっ……!」


レオンが後方に跳ね飛ばされ、岩壁に背中を打ちつける。


『ダメージ計測中……胸部に打撲あり、肋骨にひびの可能性』


「構わない……まだ、動ける!」


レオンは歯を食いしばり、リングギアのエネルギーをもう一度引き出す。


対する複製体――赤いリングギアが異常に脈動していた。身体のリミッターが外れ、関節が奇妙な音を立てて伸縮する。


「やはり“力”とは……選ばれたことではない。使いこなせるかどうかだ!」


「違う!」


レオンが叫ぶ。


「力は、誰かを守るためにある!自分を証明するためだけに振るうもんじゃない!」


その叫びに呼応するように、仲間たちが動いた。


「援護する!」


マックスの狙撃が右肩を撃ち抜き、男の動きが一瞬鈍る。


「動きが止まった、今よ!」


エレナの展開したフィールドが拡張し、敵の足元の重力を一時的に反転させる。身体がわずかに浮き、姿勢が崩れた。


「今だ、レオン!」


「――ああ!!」


レオンが全身の力を込めて跳躍し、青い光の拳を男の胸部に叩き込む。


「母さんが遺したこの力は、俺が繋いでみせる!」


炸裂音とともに、赤いリングギアが悲鳴のような破裂音とともに青白い閃光を放った


閃光が収まると同時に、遺跡の空間には鈍い沈黙が訪れていた。


 崩れ落ちた床の中心で、仮面の男――レオンの複製体は、半ば焼けただれた義体を引きずりながら膝をついていた。仮面は完全に砕け、露わになったその顔には、確かにレオンと同じ造形が宿っていた。だがそこに宿るものは違っていた。


「……俺は……“選ばれたかった”だけだった」


 かすれる声。歪んだ感情の底に、哀しみの色が混ざる。


 レオンはそっと拳を下ろし、その前に立った。


「じゃあ、もう戦うな。お前が何者であっても……その痛みを、俺は否定しない」


 複製体はゆっくりとレオンを見上げた。その目の奥に、一瞬だけ揺らぎが走る。


「……遺跡の最深部……“鍵”は、お前のリングギアだ。扉は……お前の意志にしか……応えない」


 彼はそう告げると、背後の崩落した通路の瓦礫に寄りかかり、そのまま意識を手放した。


 誰も言葉を発せず、その場にはただ静寂が漂っていた。


 やがて、リュミエルが重く口を開いた。


「彼は、生体コードの試作型。おそらくはリングギアの適合実験のために作られた存在……だが、不要とされ廃棄された」


「……まるで、おもちゃみたいな扱いだな」


 マックスが吐き捨てるように言い、エレナは静かにレオンの横顔を見つめた。


「レオン、大丈夫?」


「ああ……でも、あれがもし俺だったらって、考えちまった」


「あなたはあなたよ。揺らがないで」


 エレナの言葉に、レオンは微かに笑って頷いた。


 その時、ヴァルの声が再び響いた。


『リングギアの共鳴信号が上昇中。前方の遺跡ゲートに、反応があります』


「……最深部か」


 ヴィクターが腰の工具を軽く鳴らしながら歩み出た。


「行こう。ここまで来たら、奥を見ずには帰れんだろう」


 一同は瓦礫を乗り越え、光を放ち始めた通路へと進んだ。


 最深部への道は、静寂と青白い光に包まれていた。


 やがて現れたのは、高さ十メートルを超える石扉だった。中央には、リングギアの意匠が刻まれており、同じ光の脈動が走っていた。


「ここが……母さんのいた場所の、さらに奥」


 レオンはリングギアに手をかざした。


 ヴァルの声が低く、しかし確かに響く。


『共鳴信号一致。ゲート、開放します』


 振動と共に、石扉が静かに開いていく。その先に広がっていたのは、漆黒の宇宙を思わせる、星のような光が浮かぶ異空間だった。


「空間構造が……反転してる?」


 リュミエルの目が見開かれる。


「この技術……“彼ら”のものに近い」


「彼ら……って?」


「それを知る時が来たのだろう。中に入れ」


 レオンは深呼吸し、扉の中へ一歩を踏み出した。


そして――そこから、世界は大きく動き始めた。




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