準惑星の1週間

木曜天文サークル

準惑星の1週間

いちにちめ

 種を植えた。あと五分もすれば日が昇る。緩やかに湾曲した地平線はもうきらきら光っていて、砂と岩と死んだ火山と遠くに見える砂丘の見渡す限りそこにはいのちの気配が一つもない。

 丸くて小さくて真っ白な種。手のひらの上で種は神秘的だった。きっと命がこの中にぎゅっと詰まっている。植えるならなるべく光に近い方がいいだろうと思った。植物は光を食べて育つと聞いたことがある。黄色のスコップを手にとって、砂っぽい乾いた土を掘った。種は土の中に収まって、それから立ち上がる。来た時と同じように星の四分の一を歩いて、それからだいたい十回昼夜が繰り返すほど眠って、その次の夜に目を覚ました。

 種はまだ芽を出さなかった。


ふつかめ

 北極点の朝、待っていると向こうから一本の列車が来た。真っ黒な空間に遠くからくる一本の長い光。滑り込むように停まったそれは、軋んだ音を立てて一両目の一番前の扉を開けた。深く帽子を被った車掌が運転席に座っている。車掌はきっちりと制服を着込み、顔は影になってよく見えなかった。

「太陽をひとつください。」

「九号車へどうぞ。発車は三日後です。」

 三段の段差。臙脂色の座席の並ぶ一両目の奥の扉を開けて、二両目の春を過ぎ、夏を過ぎ、なんでもない季節があって、秋と冬の車両を過ぎると、七号車は海の底みたいだった。窓がないから暗くて、ぎっしりと並んだそれぞれの水槽の青い照明が仄暗い車内をぼんやりと照らしている。水槽はどれも水で満たされているだけだったけれど、左の中段にひとつだけ、ゆっくりひらひらと透明に揺れるものを見つけた。彼をなんというか知っている。さかなだ。

「昔、池は海だったんだ。」

 さかなはそう言った。

「この星には、もう池も海も無いんだ。」

 さかなは青い水槽の端まで泳いで、また反対の端まで泳いで、ずっとそれを繰り返しているようだった。

「いつか治してあげるからね。」

 八両目の扉を開けると緑でむせかえっていた。奥の方で夕陽に照らされた一輪の薔薇が静かに微笑んでいた。

「丸くて小さくて真っ白な種を植えたけれど、種は芽を出さないんだ。」

「水をあげるといいわ。あなたの後ろにジョウロがあるでしょう。」

 後ろの棚にあった黄色のブリキのジョウロを手に取って、九両目の扉を開けた。


 九号車の板張りの床にはいろんな星が散らばっていた。そのほとんどは自ら燃えていて、夜になると星々は輝きだした。銀河系をぼうっと眺めていたら白鳥座の一等星が瞬いた。

「あなたは何を求める?」

「丸くて小さくて真っ白な種を植えたんだ。でも種は芽を出さないんだ。太陽がひとつ、種の隣にいてくれればと思って。」

「なら、月をひとつ与えると良い。その種にはきっと月の光が必要なんだ。」

 銀河の中から月をひとつ見つけて持ち上げた。手のひらで半分だけ光を反射している月。丸くて小さくて銀色だった。


みっかめ

 種を植えた場所に、黄色いジョウロで水をかけた。月を箱から取り出してそこに浮かべた。月は新月だった。


よっかめ

 目を覚ますと、月は満ちていた。種を植えた場所には、小さな双葉があった。

 双葉が大きくなるように、歌をうたう。双葉は月の光を浴びて、ゆっくりと大きくなった。

いつかめ

 一輪の、花があった。花は言った。

「お水が欲しいわ。」

 水をあげると、花はみずみずしさを全身に行き渡らせた。花は歌い始める。

「歌がうたえるの?」

「あなたが教えてくれたから。」


むいかめ

「ねぇ、この惑星には昔、海があって、やがて池になって、そこにはさかながいたんだ。」

「私、海を知っているわ。遠い記憶の中に、青い海と青い空。」

「空って、どんなの?」

 花は知らないことをたくさん教えてくれた。風、草原、雨、大地、鳥。花はなんでも知っていた。何度も日が昇っては落ちて、会話はずっと続いた。

 花はひとつ、あくびをした。ふと隣を見ると、月は三日月よりも大分細くなっていた。

「わたし、そろそろ眠らなくちゃいけないみたい。」

 花は哀しそうに微笑んでいた。

 月はさらに欠けていって、新月に戻った。

「たくさん話してくれてありがとう。」

「ええ、おやすみなさい。」

 花は閉じて、俯いて眠りについたようだった。


なのかめ

 北極点の朝、向こうから一本の列車が来た。海の底みたいな七号車にひらひらと泳ぐさかながいた。

「昔、池は海だったんだ。」

 さかなはそう言った。

 水槽に手を入れて、さかなを水と一緒にすくった。

「これから海や空を見にいこう。」

 さかなは何も言わず、手の中でくるくると泳いでいた。

 三日後、列車は静かに動き出した。

 これから、列車に乗って九個隣の惑星へ行こう。青い海や青い空を見に行こう。

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